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ByteDance「映像」から「世界モデル」へ

ByteDance「映像」から「世界モデル」へ

TikTokを運営する中国ByteDanceが、利用者の操作に応じて空間映像をリアルタイム生成するAIモデルの開発を急いでいることが分かった。創業者の張一鳴(チャン・イーミン)氏が部門横断で開発を直接指揮し、早ければ2026年10月にも公開する可能性がある。米Bloombergが複数の関係者の話として報じた。空間映像モデルは、ロボティックスなど日本が推進するフィジカルAIにも直結する技術なので、中国勢の動きには注目しておきたい。

新モデルは、同社の動画生成AI「Seedance」を技術基盤とし、事前に完成した動画を再生するのではなく、利用者の移動や音声入力に反応して次の映像を連続生成するという。ライブ配信、縦型ショートドラマ、ゲームのほか、将来的にはロボットや自動運転向けシミュレーションへの応用も想定される。

報道によれば、目標性能は毎秒約20フレーム、応答遅延約50ミリ秒。演算を端末ではなくクラウド側で処理し、ByteDance傘下のXR端末「Pico」で、利用者の声や身体の動きに応じて変化する仮想空間を表示する構想だ。実現すれば、ヘッドセットに最高性能の半導体を搭載せずに済み、端末価格を抑えられる可能性がある。

一方、50ミリ秒という数字がモデル単体の生成時間なのか、通信を含む利用者側の実効遅延なのかは明らかになっていない。連続利用時の空間整合性や解像度、同時接続数、計算コストも未公表で、現段階ではデモや第三者検証を伴わない開発情報として扱う必要がある。

「Genie 3」を年内に追う

競争相手として強く意識されているのが、Google DeepMindの「Genie 3」だ。Genie 3は文章から720pの仮想環境を生成し、毎秒20~24フレームで数分間探索できる。利用者の行動によって世界が変化し、以前通った場所の状態も一定時間保持する。Google DeepMindの公式説明によると、現時点では長時間利用や複数エージェントの相互作用などに制約が残る。

中国テックメディア36Krは6月、ByteDanceが「2026年末までに少なくとも一つの世界モデルを公開し、Genie 3相当を目指す」と社内目標を設定したと報じていた。世界モデルは同社の2026年におけるAI最優先分野とされ、VLA、長時間動画、3Dデータの取得費は8桁人民元規模。データ供給会社の証言では、競合他社の3~4倍を投じているという。36Kr/KrASIAの報道

ByteDance自身も、Seedance 1.0の技術報告で「動画生成モデルを世界シミュレーターへ発展させ、人間とリアルタイムに交流させる」と将来方針を明記していた。今回の情報は、突然浮上した新計画というより、既存の動画生成技術をインタラクティブ化するロードマップの具体化とみられる。ByteDance Seedの技術報告

Seedanceの「物理表現」が足場

2026年2月公開のSeedance 2.0は、文章、画像、動画、音声を同時に参照できる統合型の音声・動画生成モデルだ。複数人物の動作、物体同士の接触、カメラワーク、効果音の同期などを重点的に強化した。

同社は、最大9枚の画像、3本の動画、3本の音声を入力でき、15秒の音声付きマルチショット動画を生成できるとしている。一方で、公式説明にも細部の安定性や写実性には改善余地があると記されている。Seedance 2.0公式発表

通常の動画生成は、入力に対して一本の完成映像を返せばよい。世界モデルでは、利用者が右へ進む、物を動かす、後ろを振り返るといった操作のたびに、物理的に矛盾しない次の状態を即座に描かなければならない。Seedanceで培った動作表現と高速化技術を、この「操作可能な連続世界」へ拡張できるかが開発の核心となる。

 

中国勢、「即時生成」「3D制作」「映像配信」の三路線

中国の世界モデル開発は、同じ技術を競うだけでなく、どの用途を優先するかによって三つの路線に分かれつつある。アリババはロボットやAIエージェントが行動を学ぶための「即時生成」、テンセントはゲーム制作に利用できる「3D空間」、ByteDanceは動画サービスやXR端末につなげる「映像配信」をそれぞれ重視する。

アリババが進むのは、AIの操作に応じて環境を即座に変化させる路線だ。リアルタイム生成世界モデル「HappyOyster」に加え、ロボットの行動結果を予測する「Qwen-RobotWorld」を展開している。人間が楽しむ仮想空間だけでなく、ロボットやAIエージェントが試行錯誤しながら行動を学ぶ訓練環境としての活用を見据える。Alibabaの年次報告書

テンセントは、生成した空間をゲームや映像制作で再利用できる3Dデータとして扱う路線を取る。「HY-World 2.0」は文章や画像、動画から、視点を変えながら内部を移動できる立体的な仮想空間を生成する。さらに、作成した空間を3Dデータとして出力し、ゲームエンジンや制作ソフトに取り込めることを強みとする。コードやモデルも公開し、外部の開発者を取り込もうとしている。HY-World 2.0技術報告

ByteDanceが狙うのは、高品質な生成映像をクラウドからリアルタイム配信する路線だ。Seedanceの映像生成能力を、DouyinやTikTokなどの動画サービス、クラウド基盤、XR端末「Pico」と結び付ける。生成した世界を制作素材として渡すだけでなく、利用者がその場で視聴・操作し、反応データを次のコンテンツ制作やモデル改良に生かす構想とみられる。

今各社が強調している部分は異なるものの、それぞれの対象分野は重なるところも多く、今後はゲーム、ロボット、XRをまたいで競争が激しくなる可能性が高い。

勝負は「きれいな映像」だけではない

世界モデルの評価軸は、映像の美しさだけではない。操作への応答速度、物理法則の一貫性、同じ場所に戻ったときの記憶、長時間動かしても崩れない安定性、そして生成1分当たりの計算費用が重要になる。

さらに、映画やゲーム素材の著作権、実在人物の再現、仮想空間内での有害表現、ロボット学習に使った場合の安全性も商用化を左右する。Seedanceは高品質な人物・映画表現で注目を集めた一方、権利者の許諾や学習データを巡る懸念も受けてきた。リアルタイム世界では利用者が展開を自由に変えられるため、従来の完成動画より安全管理は難しくなる。

今回の開発が予定通り表に出れば、ByteDanceのAI戦略は「動画を作るモデル」から「人間やAIが行動できる世界を生成するモデル」へ踏み込む。10月に問われるのは、Seedance級の映像品質を保ったまま本当にリアルタイムで動くのか、そしてGoogle、アリババ、テンセントとは異なる実用的な生態系を構築できるのかである。

情報確度:開発計画・張一鳴氏の関与・10月公開の可能性は、匿名関係者に基づくBloomberg報道。ByteDanceによる正式確認はなく、製品名、提供地域、料金、公開日は未確定。Seedanceの既存能力と研究方針、競合各社の公表済み仕様は公式資料で確認した。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。