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    全国2万4000カ所の現場知見でAIとの協働を目指す

AIは独創性と社会的知性で人間には及ばない
全国2万4000カ所の現場知見でAIとの協働を目指す

日本郵政グループは、グループ中期経営計画「JP ビジョン2025」の中で、様々な企業・自治体等との連携による「共創プラットフォーム」を通じてリアルとデジタルの融合や社会的課題の解決を目指すことを謳っている。その取り組みをグループのデジタルトランスフォーメーション(DX)の面から牽引しているのが、2021年7月に設立したJPデジタルだ。楽天の米国法人を率いていた飯田恭久氏が日本郵政株式会社 執行役・グループCDOとして、JPデジタルのCEOを務めている。

一方、AIスタートアップのエクサウィザーズは、AIを用いた社会課題解決を通じて、幸せな社会の実現を目指している。「社会課題の多様性、人材の多様性、幸せの多様性」を掲げ、そのミッションに共感をしたメンバーが、世界20数カ国から集結。少子高齢化に伴う介護や働き手不足の解消、伝統的な産業における生産性向上などに向け、幅広い領域のDXとSX(ソーシャル・トランスフォーメーション)に関与している。

エクサウィザーズのアドバイザーであり、オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授は、「約5割の仕事がAIに代替される」との論文「雇用の未来」を2013年に発表し、注目された英オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授。2017年には、2030年に必要とされるスキルについての論文を発表し、現在日本でも注目されるリスキリングのトレンドを先取りした格好だ。

日本の社会や重要産業におけるDX、そしてSXをともに目指す両者が、AIを活用しいかにそれらを実現していくか。その道筋や過程で留意すべき点を語り合った。

進行は日本郵政 サステナビリティ推進部部長の關祥之氏が担当した。

マイケル・オズボーン氏

マイケル・オズボーン氏
エクサウィザーズ アドバイザー、英オックスフォード大学教授

 

飯田恭久氏

飯田恭久氏 日本郵政 執行役、グループCDO、JPデジタルCEO

 

▼飯田恭久氏(日本郵政 執行役、グループCDO、JPデジタルCEO)

まずは日本郵政の取り組みから説明させてください。日本郵政は40万人の従業員、全国に約2万4000の郵便局の拠点があります。国内の非常に小さな島にも郵便局を持っており、ユニバーサルサービスとして、毎日郵便を配達している組織です。ただ郵便の扱い数は減っておりまして、売り上げが落ちているのですが、サービスは提供し続けています。

その一方で世界はデジタルテクノロジーで非常に急速に変わっています。しかし組織は非常に遅い速度で対応しています。

私はこの組織にデジタルテクノロジーを浸透させていく責任を負っていますが、それが全ての問題を解決してくれる訳ではないと思っています。

ここには膨大な(業務の)マニュアルやプロセスがあります。そして紙も減らさないといけません。デジタルテクノロジー自体で人々が喜ぶ訳ではありませんので、デジタルをリアルな郵便局の場と融合していくことで、顧客を喜ばせていきたいと考えています。

単にアプリやスマートフォンを導入するのではなく、人を中心に考えていきます。(一気に飛躍するような)ロケットサイエンスの話をしている訳ではあリません。

日本郵政_リモート相談ブース

日本郵政グループが取り組む「みらいの郵便局」実現に向けた実証プロジェクトの施設。
東京の大手町郵便局で実施している。
リモート相談ブースでは画面を見ながら金融の相談ができるほか、
専門家に生活や人生に関する相談ができる

 

この日本郵政グループ本社ビルの1階にデジタルテクノロジーを活用したさまざまな施策を体験できる実証実験郵便局があります。郵便局内の小さなブースから顧客が専門家と話せるところもあります。デジタル発券機やセルフレジもあります。そして天井には25個のカメラやセンサーを埋め込んでいます。ここでは訪問した顧客をAIが分析して、人数、性別、年代を推測しています。今日、何人顧客がきたのか、女性や男性がどの程度の比率かということがわかります。また、顧客がどの場所に立ち止まったのかということもわかります。そこから郵便局で何をしたいのかということを推測できます。

こうして得られたデータを分析して、日々のオペレーションに反映させています。これらは全ての郵便局ではなく、試験的に一部の局で実施しています。

 

大手町郵便局

大手町郵便局での取り組みの全体像。
AIカメラやセンサーを設置して、来局者の人数や利用動向を把握している。
「セルフ差し出し&セルフレジ機」では、顧客が自身で郵便物を差し出したり、
レターパックなどの販売品を購入したりできる

 

▼マイケル・オズボーン氏(エクサウィザーズ アドバイザー、英オックスフォード大学教授)

デジタルでの取り組みというのは少しずつ小規模なトライアルを行う必要があると思います。人間の代わりに機械を使うのでなく、組織全体のオペレーションを見直す方法としてデジタルを活用するということに共感しました。

私は生まれ故郷であるオーストラリアの鉱山会社と仕事をしたことがあります。ここは鉱山内を走るトラックのドライバーの一部を機械で置き換えることに関心を持っていました。大きなトラックのドライバーには、年間18万豪ドルもの報酬を支払っています。同社は自律走行型のトラック車両を開発し、現在ではそれらが走り回っています。

もっとも彼らの本当の価値は自動化ではありませんでした。トラックにはLiDARやGPSなどのセンサーがついており、鉱山内で行われている全てのことを記録しています。そしてそこから得られる情報に価値を見出そうとしていたのです。

飯田さんが郵便局の例で話していたように、どう移動して、何に興味があるのかを記録したかったのです。そして車両から入ってくるデータにリアルタイムで対応できるようになったのです。

 

▼飯田氏

賛同いただきまして、ありがとうございます。デジタル、そして膨大なデータを有効活用していくために、AIを活用していくことは避けては通れません。AIの能力はどこまで来ていて、何に留意すべきでしょうか。

 

ついにAIが交渉力を獲得

▼オズボーン氏

まずはAIがここ数年間、特にこの数週間でどのように進歩したのかを実感していきたいと思います。

一例をあげたいのですが、シセロというのをお聞きになったことはありますか?シセロは先週米国のメタが発表したAIです。シセロはディプロマシー(外交)と呼ばれるゲームができるAIです。

ディプロマシーはかなり古いゲームなのでご存じない方もおられるかもしれませんが、他のプレーヤーと交渉し、協力しながら進めるのが特徴です。この点がボード上でコマを動かすだけの囲碁などとは異なります。

「CICERO」について説明するFacebook

ボードゲーム上でAIによる交渉を可能にした「CICERO」について説明する
米Facebookのページ(https://ai.facebook.com/research/cicero/

 

シセロはインターネット上の人間と同盟を組んで、情報を与えたり、説得したりして交渉できます。こうしたAIは初めてです。過去に強化学習のアルゴリズムが成功を収めたような出来事です。

このようなゲームをこなすには、さまざまなジョブやタスクをこなす必要があります。交渉したり説得したりすることで初めて正しい判断をすることができるのです。シセロの登場は、人間しかできなかったような作業がAIでもできるようになる可能性を示唆しています。

このようにAIがネゴシエーションしたり説得したりできるようになったら、人間だけができる能力は何になるのでしょうか。もっともAIは非常にパワフルですが、できることは限定的です。成功裏にタスクをこなすには、やはり人との協業が不可欠です。

 

 

あくまでも特定ゲームの上

この点でシセロは大成功を収めたと言えますが、ディプロマシーというゲームの特定のものであることを理解する必要があります。

AIは万能な銀の弾丸ではないのです。AIと協力していくためには、どういった目標でどういったタスクを実現するのか、明確に特定することが必要です。次に重要なのは正しい形式のデータを集めることです。そしてそのデータが何をもたらしてくれるのかをしっかりと理解することです。そして、もっとも重要なデータセットはそれぞれの従業員の頭の中にあります。特定の問題を解くためにはその問題の関係者と対話していく必要があります。

私が共同創設者であるマインドファウンドリーで私はチーフ・サイエンティスト・オフィサー(CSO)も努めていますが、そこでは多くの企業にデジタル化のアドバイスをしています。多くの企業が誤解していることがあります。中央集権的なデータサイエンスチームが、AIを使って組織全体の問題を解決できると思われがちです。しかしそうではありません。AIはある特定の問題に特化させる必要があります。

ではAIで成功するためにはどのようなスキルが必要かという最初の質問に戻ります。まずはAIとは何か、AIが実現できることは何かということを、ある程度理解する必要があります。

だからと言って全員がソフトウェアエンジニアや研究科学者になれと言っている訳ではありません。もっとも重要なことは、AIが解決できる問題の種類を理解することです。つまり問題がどのように構成されているのかを理解し、AIの特定の強みに合うようにすることです。

 

独創性と社会性を持ってAIと協働すべき

やはりビジネス目標を達成する上でどのようなデータが存在しているのか。まずはそれを理解すること。そして人間がAIのように働くのではなく、AIと一緒に働いてお互いに補完し合うことが重要だと思います。

調査でわかったことですが、AIが進化する中で自動化されないものもあります。シセロの登場があっても、独創性と社会的知性のような領域は残っていくと思います。AIはものすごい量のテキストを瞬時に生成できますが、人間社会の文化に対する深い理解は欠けています。ですので、AIチームが成功するためには社会的な理解を与えていく必要があるのです。リーダーシップやメンタリング、ステークホルダーとのネゴシエーションの知識を与えていくのです。

AIを活用することの最大のメリットは繰り返しで退屈な作業を肩代わりしてくれることです。それを組織全体で活用していくことが可能なのです。そして人類は繁栄していくために本当に必要なことに集中していくのです。

 

▼飯田氏

AIと人が密接に協力していくということに同感です。協働していく上で、現在のAIが独創性と社会的知性がどこまで来ているのか、もう少し説明していただけませんでしょうか。

 

▼オズボーン氏

今年に入ってAIが独創的になってきたことにお気づきかもしれません。その場面を説明するテキストを入力するだけでAIが画像を生成する「DALLE 2」や「Stable Diffusion」のような進歩が見られました。さまざまなバリエーションの画像を生成できます。これは明らかに我々がクリエイティブな作業と呼んでいる画像の作成をAIが代行しているのです。

ただ重要なのはこれらのAIのアルゴリズムも限定的な面があることに変わりはないことです。例えば、DALLE 2は数字のような単純なものの理解に苦労しています。2つや3つのリンゴの絵を生成することはできますが、5つのリンゴの絵を頼むと突然悩み始めてものすごい数のリンゴを描いてきます。また、半分のリンゴの絵が右と左にあると、それを合わせて1個と数えてしまいます。我々と同じような深い理解はしていないからです。

 

AIは与えたデータの範囲で進化していく

 

▼飯田氏

将来的にそうした課題は解消されると思いますか。

 

▼オズボーン氏

AIはほんの数年前に予想した以上の進化を遂げており、今後も進化していくでしょう。

ただ、やはりAIが理解できるのは学習させたデータセットの範囲だけです。大規模言語モデルにおいても多大なる進化があり、テキストを生成できます。会話的な振る舞いにも成功しており、(人間的かどうかを、AIかどうかを判定するための)チューリングテストのようなものに合格することができます。

また、私たちを取り巻く世界の全てのニュアンスを取り込むことは非常に難しい。このことを強調しておきたいと思います。

例えば次のようなテキストがあったとします。

The city councilmen refused the demonstrators a permit because they feared violence.
(市議会議員たちは暴力を恐れてデモ隊の許可を拒否した)

The city councilmen refused the demonstrators a permit because they advocated violence.
(市議会議員がデモ隊の許可を拒否したのは、彼らが暴力を擁護していたからだ)

この2つの文章では「They」が異なるものを指しています。これを理解するには、デモ隊が何をする人たちであるのか、議員が何をする人たちであるのか、そうした文化についての深い理解が必要です。

 

▼飯田氏

私たちはAIにデータを与え続けています。今後、さらに進化して人間らしくなることは可能だと思いますか?

 

▼オズボーン氏

興味深い質問です。近年起こった驚くべき進化を考えると、我々が予想するよりもそうしたAIが早く登場することに対しては反論の余地がないように思えます。

しかしまだ人間レベルの知能には遠く及ばないのではないでしょうか。世界は非常に複雑で、与えた学習データで捉えることは不可能に近いです。現実世界の全てのニュアンスや機微を把握することはできません。

ここ最近話題となっている「ChatGPT」は他の大規模言語モデルとともに、より社会的で、より創造的なAIに向けて確実に前進しています。ただ、ChatGPTであっても人間に比べれば信頼性も理解力も、それらの幅も限られています。まとまりのある面白い小説は書けません。

少なくとも今のところ、大規模言語モデルは人間を代替するものではなく、人間の道具として使われるでしょう。特に、イノベーションやリーダーシップといった独創性や社会的知性を必要とする高度な仕事ではそうだと思います。

ChatGPTがビジネスで活用されるとしたら、検索エンジンのような分野で使われていくのではないでしょうか。

 

▼飯田氏

今後、どういった企業がAI開発を将来的にリードしていくのでしょうか。グーグル、メタ、それともマイクロソフトでしょうか。

 

▼オズボーン氏

この10年、20年の間に大きなハイテク企業に多くの力が集中しました。AI全体や私の専門としているAIの分野にとっては異なる動きも必要だと考えています。

そうしたテクノロジー大手は極めて大きなデータやコンピューティングリソースを持っていることを強みにしていますが、必ずしも必要ではないと思っています。Web検索のような仮に結果が間違っていても大きな問題がないエリアでのAI活用に必要以上にフォーカスしています。

仮にハイテク大手が持っているデータを各個人が持つデータ信託のようなものを導入したらどうでしょうか?国民のデータが実際に国民によって所有されるようになり、より多くの人や中小企業が、これらのテクノロジーから価値を実際に感じられるようになります。

 

 

オズボーン教授らが設立した英マインドファウンドリーの目指す
AI活用(同社ホームページより引用)

 

私のAI研究は、より少ないデータセット、計算量で価値を実現することに重点を置いています。マインドファウンドリーというAI企業を、私の博士課程の指導教官であるスティーブ・ロバーツと、オックスフォード大学の工学部からスピンアウトさせて設立しました。

私のファウンダーとしてのビジョンは、AIを活用して利害関係が複雑で重要な問題に取り組むことです。保険などの分野にAIを積極的に導入したいと考えています。行政では、スコットランド政府と緊密に連携しています。また、国防の分野では判断を誤ると人命に関わる重大な結果を招く可能性があります。あまり多くを語れませんが、AIはこの分野で大いに役立ちます。

 

▼砂山 直輝氏(日本郵政 執行役 事業共創部長)

私は日本郵政で新規ビジネスを担当しています。オープンイノベーションをどう社内にどう取り込むか、もう1つはトラディショナルなビジネスを外にどう提供していくかということを担当しています。その観点で非常に興味深いのが社会的知性という言葉です。

我々も自分達の組織の強みとして、それぞれの郵便局長の地元での対話力を、何らかの形で社会に活用していけないか。日常業務から離れて、AIなどを活用して定型の仕事から解放し、社会的知性のある対話力に特化できないかと思っています。同時に、こうした社会的知性による対話が再現される時代がくるのではないかという点に期待や興味を持っています。

 

砂山直輝氏

砂山 直輝氏 日本郵政 執行役 事業共創部長

 

▼オズボーン氏

もちろんAIは進化しているけど、やはり人間の社会的知性からするとかなり遠いものです。特にAIが不得手とするのが関係性を構築して維持するという点です。郵便局長は地元で幅広い関係性を構築しているということですが、これは決してAIで自動化されることではありません。

 

▼砂山氏

我々も日々データを集めて活用しています。定型的な使い方としては、配達経路の最適化、荷物の量を予測するといったAIやテクノロジーの活用を日々検討しています。

一方で、我々が仮説を持っているからこそデータを活用できると思います。新規ビジネスの立場から、仮説として思いついていない、もっと別の使い方ができないかと考えています。人間が仮説を与えないとAIがワークしないと思いますが、あえて収集したローデータから新たな仮説を見出していくことができないものでしょうか。

 

▼オズボーン氏

おっしゃる通り、AIがしっかりと仕事するためには予測(Assumption)なり仮説をしっかりと指示する必要があります。予測がないような場合でもデータのパターンを解析するため、AIを活用することが増えており、AI自体も進化しています。

 

三苫倫理氏

三苫 倫理氏 日本郵便 執行役員 人事部長

 

三苫 倫理氏(日本郵便 執行役員 人事部長)

まず私が担当する人事や人材という観点で、考えている点をご説明させてください。

DXはデジタルを駆使して、持続的に成長する会社になるのが目的と考えています。デジタルを使って何かを変化させるのでなく、持続的に成長し続ける組織になるのがDXだと考えています。その文脈で、人材をどう作り上げていくのかが非常に重要な要素になります。

日本郵政グループ全体でDXの人材育成としては、企画部門の社員全員に、デジタルの基礎的な知識やマインドセットなどの研修を始めています。特に郵便局を運営している日本郵便では独自の研修をしています。Pythonを使ったプログラミングやデータ活用を行っておりますが、コードを書ける人材を育成したい訳ではありません。仕組みに触れることで、素養としてどんなアルゴリズムで課題を解決し、どんなデータが必要なのか、そして価値を実現するのかというプログラムです。その後、実際に担当分野で実践している人もいますが、専門家と共創する人材を作り続けていきたいと思っています。

その上で質問ですが、AIやデータの活用が当たり前の環境になっている現在、企業人として最も重要な素養とは何でしょうか。

 

▼オズボーン氏

まず、まさに私も誰もがAIのエンジニアになる必要はないと思っていますが、人々がAIの強み、弱みを把握していくべきだと思います。そしてAIを少しでも理解している人材がいれば、AIが問題を解決するような環境を作り上げられます。

例えば、データサイエンティストは業務の80%をデータの収集や調整に費やしています。残りの20%はなんでこんなことが必要なのかと愚痴を言っているようなものです(笑)。もし、現場で働く人がAIについての基礎的な正しい理解があり、適切なデータがあれば正しい解を導き出せることを知っていたら、この80%の時間を有効に使うことができます。

現場で働いている人こそが、どのデータが正しくて、目標は何かを定めることができ、それによって結果を得るためのモデルによって正しい予測が提供できます。データサイエンティストがデータをモデルに適用して分析する前にできることがあるのです。

AIと人間とのパートナーシップでは、AIがより信頼でき、より堅牢で、より透明性の高いものであれば、人間の意思決定で信頼できるパートナーとして行動できるようになると思っています。