経営学とAI/DX戦略のプロが語る、Web3時代のビジネス戦略とは
Web3の登場によって、ビジネスモデルの構造はどう変化し、企業や個人はどのように立ち向えばよいのか。2022年8月18日にエクサウィザーズが開催したセミナーに登壇した、早稲田大学ビジネススクール教授を務める入山章栄氏、2022年8月出版の書籍「Web3時代のAI戦略」(日経BP)を上梓したエクサウィザーズ取締役の大植のセッション内容をもとに解説します。
早稲田大学大学院経営管理研究科 早稲田大学ビジネススクール教授
入山 章栄 氏
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で、主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2013年より早稲田大学大学院早稲田大学ビジネススクール准教授。2019年より現職。専門は経営学。
株式会社エクサウィザーズ 取締役
大植 択真
京都大学工学部卒業。京都大学工学研究科修了(都市計画、AI・データサイエンス)。2013年、ボストンコンサルティンググループに入社。事業成長戦略、企画変革、DX推進、新規事業立ち上げなどの多数のプロジェクトに従事した後に2018年、エクサウィザーズ入社。2019年4月より、AI事業管掌執行役員として年間数百件のAI導入・DX実現を担当。企業の経営層や管理職向けDX研修の講師実績が多数ある。2020年6月に取締役就任。兵庫県立大学客員准教授。著書に「Web3時代のAI戦略」(日経BP、2022年)、「次世代AI戦略2025 激変する20分野 変革シナリオ128」(日経BP、2021年)。
Twitter : https://twitter.com/exa_ouetakuma
Web3時代のビジネス潮流を経営学で読み解く
最初に登壇したのは、エクサウィザーズの顧問でもある入山章栄氏。経営者が知っておきたいWeb3時代のビジネス潮流や戦略論について、経営学的視点から語っていただきました。
Web3のキーワードは、分散型・信頼と共感・プロジェクトベース
最近、Web3という言葉が注目されるようになりました。Web3の定義は様々ありますが、経営学者としては「ブロックチェーン技術を基盤にして、トークン発行などの手段を使いながら、新しいビジネスや組織、社会のあり方を模索・探求する一連の流れ」だと理解しています。
Web3のブロックチェーン技術が世界に定着してくると、トークンが発行できるようになります。トークンにはイーサリアムやビットコインといった、仮想通貨というイメージがありますが、株券やメンバーシップ証明書みたいなものだと考えてください。
Web3の考え方自体は何年か前からあったものですが、トークンやブロックチェーンをうまく使うことで、新しい組織や社会を作ることができる概念が、改めて注目を集めているというわけです。
ちなみに、Web1.0は、メールやHPなどを通じた一方通行な情報受発信を指し、Yahoo!などのポータルサイトが登場したインターネット黎明期のWebの在り方です。それに対し、Web2.0は、SNSなど双方向の情報受発信を可能にしたものです。FacebookやGoogle、Amazon、Appleなど、いわゆるGAFAと呼ばれるSNSやプラットフォーマーが拡大したWebの在り方を表している言葉です。
Web3における重要なキーワードは3つあります。まずは「分散型」。つまり中央集権型じゃなくなるということ。そのドライビングフォースとなるのが「信頼と共感」ですね。新しいものがどんどん生まれ、うまくいかなかったらやめるという考え方がより加速していく。ここは、多くの大手企業が取り組む課題となるポイントだと思います。結果として、仕事や組織のあり方が「プロジェクトベース」になっていくでしょう。
Web2.0のドライビングフォースはネットワーク外部性
ソーシャルネットワークサービスが全盛である現在のWeb2.0時代において、強い組織・プレイヤーの一番鍵になるドライビングフォースは「ネットワーク外部性」です。プラットフォーマーであるGAFAが強い最大の理由も、このネットワーク外部性だと言えます。
ネットワーク外部性は、「U=f(N)」という関数の数式で表すことができます。Uはユーザーの声、高揚というハッピーの部分。 f(N)のN はそのサービスを使っている人の数です。つまり使う人が多ければ多いほど、サービスのハッピー度が上がり、価値が高まるということになります。
(出典:入山章栄氏の講演資料)
なぜ私たちは、たくさんあるSNSの中でFacebookやTwitterを使うのか。それは、「N=参加者が多い」から多くの人と繋がり、多くの情報を手に入れることができるからです。参加者が多ければ多いほどユーザーのハッピー度が増えるので、さらに参加者が増える。
多くの人が使うことでより便利になり、そして結果的に独占に至る。これがネットワーク外部性です。今世界中でプラットフォーマーと呼ばれるプレイヤーが強い最大の理由と言えるでしょう。
一度優位を築いたプラットフォーマーは、簡単には崩れません。日本企業はここに乗り遅れたために、GAFAの優位性を崩せない状況に陥りました。つまり、プラットフォーマーに権力が集中する状態が続いているのがWeb2.0時代です。Web3時代でも、このネットワーク外部性はある程度残ると言われています。
Web3時代のドライビングフォースはソーシャルキャピタル
Web2.0時代の中央集権型ビジネスを変革させるWeb3の主要ドライビングフォースとなるのが、ソーシャルキャピタルです。ソーシャルキャピタルは経営学的に言うと、「濃密な人間関係によって相互監視が働く。不正を行えば他の人から制裁ペナルティを受けるので損である」と考える状態を指します。
これをボンディング型のソーシャルキャピタルともいい、チームのメンバーがお互いを完全に見合っている状態だと言えます。情報が完全にシェアできているので、お互いの行動が完全に見えている状態です。
(出典:入山章栄氏の講演資料)
このソーシャルキャピタルは、もともと社会の仕組みにある「お互い相手が裏切らないと合理的に判断し、相手のために良いことをする」ものです。地域コミュニティにおける「ご近所付き合い」がこれに当たります。息苦しい面もありますが、合理的な信頼関係があるからお互い助け合い、村八分になるのが怖いからこそルールを守るわけです。
実は江戸時代にも「株仲間」という同じような仕組みがありました。お互いの行動を監視するために株仲間メンバーで「台帳」をシェアすることで、相手の取引が全て透明化されていたんですね。つまり、合理的な信頼関係を築いていたのです。ブロックチェーンは分散台帳と呼ばれますが、まさに現代の株仲間と言えます。
これがブロックチェーンの仕組みであり、Web3の一番前提にある考え方です。ハッシュ関数による台帳の改ざんが不可能なので、全員が相互監視の状態にある。広範囲でのソーシャルキャピタルが生まれ、参加者間で合理的な信頼が確立される。それがWeb3なのです。
(出典:入山章栄氏の講演資料)
企業はプロジェクト型の「ティール組織」になっていく
Web3時代の大きな特徴は、広いプレイヤー間でトークン(台帳)が発行されること、合理的な信頼性のもとでフラットに組織が作れることです。さらに、プレイヤー全員が同じ目線で参加することができます。
Web2.0時代までは、経営者、投資者、顧客、従業員といった企業を取り巻くステークホルダーがそれぞれ違う目的を持っていました。例えば、経営陣は業績を上げたい、顧客は商品やサービスの価格をもっと安く、いいものを提供してほしい。従業員はもっと賃金を上げてほしいし、投資家は株価を上げてほしいと考えています。
ところがWeb3時代では、プレイヤー全体に同じ台帳、つまりトークンが配られるようになります。そのトークンはいろいろな人が使うことで価値が上がるので、みんなの目線が「トークンの価値を上げる=コミュニティの価値を上げよう」と揃うわけです。
ステークホルダー全員が同じトークンを持つことで、お互いに情報をシェアし、信頼関係を持ってフラットに議論ができる。つまりWeb3時代では、経営陣・投資家・従業員・顧客という垣根がないティール組織になっていくのです。
(出典:入山章栄氏の講演資料)
組織のあり方、ドライビングフォースは歴史の中で変化します。アイゼンハート教授らが2005年に『オーガニゼーション・サイエンス』に発表した論文では、組織は「パワー(power)」「効率性(efficiency)」「認知(congnition)」「ネットワーク(network)」の4つで捉えられると提示しました。具体的には、中世の時代では力の強い者が弱い者を従える「パワー」、すなわち権力が重要でした。そこに資本主義が発達したことで、「効率性」が重要視されるようになりました。
現代社会では、「認知」が重要とされています。近年は変化が激しく、常にイノベーションを起こさなければいけないため、以下の図のように、強烈なビジョンを持ち共感を集めることのできるリーダーについていく時代になってきました。
(出典:入山章栄氏の講演資料)
Web3の仕組みでは、コミュニティに関わる全ての人がトークンを持つことができるので、情報の透明性が高くて監視できる。だから中央集権的な意思決定が不要になります。
Web3が浸透した世界では、総合的かつ自由にコミュニケーションを取ることで、お互いの透明性が非常に高まるため、これまでのような強いリーダーがいらなくなる。つまり、権力が分散されるのです。
(出典:入山章栄氏の講演資料)
そうした4つ目の進化形態がティール組織であり、そのインフラとなるであろうWeb3を、世界中の人たちが注目しているのです。
参考:フレデリック・ラルー「ティール組織」、
キャサリン・アイゼンハート教授ら 2005年「Organizational boundaries and theories of organization」
(出典:入山章栄氏の講演資料)
経営学的にWeb3の特徴をまとめると、まずネットワーク外部性はある程度残るでしょう。加えて、広範囲でのソーシャルキャピタルや信頼性が生まれます。
先述してきたように、様々なプレイヤーが同じトークンを持つため、トークンの価値を上げるという目的が揃います。その関心の一致から、みんなが組織やコミュニティを良くするために動く。これがWeb3で出てくる大きな流れとなります。
Web2.0はどちらかというと中央集権型でしたが、Web3が実現することで分散型・全員参加型という仕組みになっていきます。従業員も消費者も投資家も同じように議論する。利得以上にプロジェクトベースで、コミュニティに対する共感性が非常に重要になります。
(出典:入山章栄氏の講演資料)
注目すべきポイントは、これからの事業は株式会社のような法人から、プロジェクトベースになっていくであろうという点です。トークンさえあれば誰もが参加でき、興味がなくなったらいつでもトークンを手放すことがやりやすくなる。一方で、トークンの価値が下がったら一気にへこむ可能性もあるわけです。
株式会社には、ゴーイングコンサーンという事業を継続させていくという前提があり、株主には永続的にリターンを返さなくてはいけない義務があります。このゴーイングコンサーンがなくなるので、Web3はトライアンドエラーに適しているとも言えるでしょう。
エクサウィザーズの専門領域であるAIについては、Web3と圧倒的に補完的であるというのが私の理解です。なぜかというと、Web3によって多様な人々がブロックチェーン上で繋がり、様々な情報が透明化されてシェアされます。AIはそれらの情報を収集し、分析する手法として適しているからです。
We3時代の企業に求められるDX推進とは
Web3の考え方や仕組みはDXと大変相性が良い反面、多くの企業は既存のビジネスにデジタルをアドオンしているだけで、いまだ真のDXには至っていません。
逆に言えば、いまDX化を十分に進めておかないと、Web3の時代が本格的に来たときにうまく活用できないという問題があります。本当の意味でのDXを推進するならば、現場の権限委譲を進め、様々な社外のプレイヤーとオープンに付き合っていく、いわゆる分散型の考え方で組織を動かしていく必要があります。
Web3のプロジェクトはトライアンドエラーで進めるアジャイル型なので、DXとは相性が良いのですが、日本企業はこのトライアンドエラーが苦手です。その理由の一つは、失敗を受け止める人事評価がないことです。
DXとはデジタルを取り入れるだけではなく、会社全体をデジタルがはまりやすくイノベーションを起こしやすい環境に変えていくこと。デジタル化をゴールにするのではなく、それを契機にして会社全体の仕組みを変えることが重要であり、それがあってのWeb3です。
つまり、会社全体を変えるDXがないままアドオン型のデジタル化をしていては、Web3に立ち向かうことは、不可能だと言えるでしょう。日本企業には、まずはAIも積極的に取り込みながら会社全体をDXし、これから来るであろうWeb3時代に備えていただきたいと考えます。
(出典:入山章栄氏の講演資料)
【パネルディスカッション】Web3的な組織が増えたらどうなる?
続いては、参加者から寄せられた質問をもとに、入山章栄氏とエクサウィザーズ 取締役の大植によるパネルディスカッションが行われました。
大植:まず入山先生にうかがいたいのは、Web3的な組織が増えたときに、経済学的視点から社会がどう変わっていくのか。私が捉えているWeb3は、行き過ぎた中央集権型から分散型となり、個人が力を取り戻すトレンド、価値観の変化が起きていくであろうということ。プロジェクトベースの仕事が増え、Web3的な働き方になることで、どのように社会が変容していくとお考えでしょうか。
入山:Web2.0時代は株式会社に属することが一般的でしたが、Web3時代はいろいろな人がいろいろな組織で働く。いわゆる副業が当たり前になっていくでしょう。一方で、トライアンドエラー型の組織も出てくるので、全てが上手く安定するわけではありません。逆に、Web2.0組織が補っていくことになると考えています。
例えば、業務の3割くらいはWeb2.0組織で、残りの7割はWeb3的な形態でWeb2.0の組織外で実行する。個人側もWeb2.0組織に所属しながら、仕事の5~6割はWeb3的に社外と連携したプロジェクト型になるなど。そうした働き方や組織に変わっていくのではないでしょうか。
大植:まさに副業や兼業、ワーケーションなど、より個人がフレキシブルでオプションを選択できる働き方になりそうですね。
入山:世界はすでにそういう流れになっているので、Web3時代になればなるほど、個人が自由に働ける仕組みが必要となってきます。
日本企業はまだメンバーシップ型雇用が中心ですが、Web3時代では自分のスキルやキャリアを示すジョブディスクリプションがある方が望ましい。その仕組みを今から変えていくことが重要だと思います。
大植:今のお話は経営者にとっても、非常に視座深い内容ですね。
入山:DXはレガシー企業よりも、スタートアップの方がWeb3やAIの相性が良さそうだという声もあります。「レガシー企業では、プロジェクトベースでサンドボックスのような組織でやるべき」という考え方はどう思いますか。
大植:もちろんプロジェクトベースでやるという方法もありますが、日本企業にとってWeb3はまだ先にあると考えています。こういった新しい技術トレンドに対しては当然アンテナを張って情報収集はしておくべきですが、まずは社内を徹底的にDXすることが重要です。社内の組織を管理型ではなく、フレキシブルな自律型にした先にWeb3の舞台を作ることができるのではないでしょうか。
入山:私も同じ意見ですね。新しく始めるスタートアップの方がやりやすい面はあります。しかしレガシー企業ができないかというと、そんなことはありません。自律的に従業員が働ける環境を作ることで可能になると思います。
また、ブロックチェーンが普及し、総合監視が実現するとリーダーが不要になります。いわゆる強いリーダーがいなくても、お互いがネットワークで繋がり補完し合うようになるというのが私の考えです。
書籍「Web時代のAI戦略」のポイント紹介
セミナーの最後には、 Web3時代のビジネス戦略やAI戦略の立案・実行に役立つ書籍「Web3時代のAI戦略」の概要を著者である大植が紹介しました。
(出典:エクサウィザーズ)
書籍の第1部では、Web3×AI時代の社会課題解決型ビジネスのフレームワーク「BASICs」というエクサウィザーズが提唱する新たなコンセプトを解説。第2部では、10個の領域における社会課題に対するユースケースを30例ほど紹介しています。第3部では、BASICsを実現するための組織のあり方や、その実現のためにはどのような人材要件が必要なのかを解説しています。
まずは、経営者としてWeb3時代にどのようにDXに向き合うべきかを3つのポイントに分けて解説しました。
(出典:エクサウィザーズ)
さらに、Web1.0、Web2.0、Web3の内容と軌跡についても解説しています。Web3は、基本的にはブロックチェーンを中心とした技術的なパラダイムですが、Web2.0時代の行き過ぎた中央集権から徐々に影響力を人々に転換していこうという価値観変化が大きいと言えます。そうした中央集権から非中央集権へのパラダイムチェンジについても述べています。
(出典:エクサウィザーズ)
また、日本にいるとわかりづらいのですが、シリコンバレーでは優秀な人材が続々とWeb3業界に参入しています。書籍内では、Web3の先行事例、最新トレンド、Web3を支えるブロックチェーン技術として、NFTやSBTに関する技術説明なども詳しく解説しています。
(出典:エクサウィザーズ)
さらにWeb3と一緒に語られることが多いメタバースについてや、AIの市場規模が飛躍的に伸びている背景についても言及。AI戦略については、旧来のAIの使い方とAIぐるぐるモデルというモデルを紹介しました。
蓄積したデータを活用したAIモデルでサービス品質を上げて利用者を増やすサイクルの重要性について、企業のユースケースと合わせて述べています。
(出典:エクサウィザーズ)
本記事では、Web3時代のビジネス潮流や戦略論、AI戦略についてダイジェスト版でご紹介しましたが、書籍ではより詳しい解説や事例を紹介しています。ぜひご活用ください。