及川 卓也
執筆者
及川 卓也
Tably株式会社 代表取締役 Technology Enabler
外資系IT企業3社にて、ソフトウェアエンジニア、プロダクトマネージャー、エンジニアリングマネージャーとして勤務する。その後、スタートアップを経て、独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立。著書『ソフトウェア・ファースト~あらゆるビジネスを一変させる最強戦略~』(日経BP)、『プロダクトマネジメントのすべて』(翔泳社)

プロダクトマネージャー育成の鍵: スキル習得からローテーション、メンタリングまでの全体像

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前編では、日本におけるプロダクトマネージャーの現状や、企業における育成の必要性、また、プロダクトマネージャーに共通して必要となるスキルや知識についてご紹介させていただきました。
後編では、プロダクトマネージャーの具体的な育成方法についてご紹介させていただきます。

本記事はプロダクトマネージャーのスキルを可視化する「DIA for PM」の共同開発・監修者であり、プロダクトマネジメントに関するアドバイザリの第一人者の及川卓也氏が監修しています。

プロダクトマネージャーの育成

前編で説明したように、プロダクトマネージャーの育成は求められる要件との差分を埋めることが目的ですが、実際の企業内ではどのように進められているでしょうか。プロダクトマネジメントの先輩とも言える米国企業の場合、OJTが中心となります。もちろんOJTに加えて、その企業がプロダクトマネージャーの要件として定義しているスキルを教育する形の育成もありますが、それは主体ではありません。

日本では最近まで、正解があることに対して、素早くその正解を導き出すための教育が基本でした。教えてくれる先生は絶対に正しく、学校で渡される本は正しいことしか書いていない。先生に質問をするのは、先生の言ったことを理解できなかったということであって、恥ずかしいことだ。友達の発言を正せるのは先生だけで、疑問を持ったりするのは失礼なことだ。少し誇張し過ぎかもしれませんが、少なくとも小中学校ではこのような形で教えられていた人が多いのではないでしょうか。

しかし、高度成長期のようにゴールが明確で、単純にやればやっただけの成果が出る時代とは違い、今は正解が何か分からない時代です。さまざまなことに疑問を持ち、試行錯誤を重ねながら正解に近づいていくことが求められます。

企業における従来(高度経済成長期)の教育とこれから必要とされる教育の違い

従来の教育 これからの教育
ゴールが明確 ゴールが何かわからない
やればやっただけゴールに近づく 試行錯誤を重ねながらゴールに近づく

本来、科学とは観察や実験を通じてこのように真理を導くものです。自然科学だけでなく、人文科学や社会科学も真理や真実の追求が求められます。日本にももちろん優秀な研究者が多くいます。従って、日本における正解が分かっていないものに対する取り組みがダメだということは無いはずなのですが、少なくとも義務教育においては、正解を覚えることが強調され、当たり前のことに疑問を呈することはあまり褒められた行為ではなかったのです。

これに対しては国も危機感を持っています。例えば、文部科学省が進める大学入試改革ですが、その大本となる「大学改革実行プラン」でも「思考力・判断力・知識の活用力(クリティカル・シンキング等)を問う新たな共通テスト」の開発が明記されるなど、クリティカルシンキングの重要性が示されています。また、認定NPO法人カタリバでは「みんなのルールメイキング」という児童や生徒による校則見直しの取り組みを推進しています。これは校則という、一昔前なら絶対に変えることができないと思われていた規則でさえ、疑問を呈し、より良いものに変えていくという取り組みで、学校だけでなく、企業にも活用されています。まさにクリティカルシンキングの実践そのものと考えることができます。

プロダクトマネージャーに必要となるのは、当たり前を鵜呑みにしないスキルです。そのためには、批判的な考え(クリティカルシンキング)や分析力、質問力やそれらを基にした総合的な判断をする力が必要です。与えられた情報だけを信じるのではなく、一次情報に当たることやデータを見つける力、情報やデータを多面的に組み上げて分析することが求められます。

米国企業において、スキル面のトレーニングをOFFJT (オフ・ザ・ジョブトレーニングと言い、OJTの逆で通常の業務から離れて行うトレーニング) で進めるよりも、OJTを重視しているのは、このような日米の教育の差にあるようにも思います。米国企業においては、プロダクトマネージャーに必要となるクリティカルシンキングやデータ分析の基礎は学校や前職で身につけているため、基礎からのトレーニングは不要ということかもしれません。

とは言え、米国においてもOFFJTのトレーニングがまったく無いわけではありません。人材紹介会社のクライス&カンパニーが2022年4月に行った汐留アカデミー「強いプロダクト組織の作り方 ~プロダクト組織作りの要諦となる採用と育成」では、登壇者の日本CPO協会代表理事であるKen Wakamatsuさんが、Salesforce社内のOFFJT形式のスキルトレーニングを紹介しています。このように、プロダクトマネージャーとして必要となるエンジニアリングスキル、デザインスキル、プロジェクトマネジメントスキル、さまざまなソフトスキルなどを、OFFJTの形式のトレーニングで提供している企業は多いでしょう。

OFFJTとOJTのループ

OFFJTとしてのスキルトレーニングの重要性が、国によってやや異なる可能性があることを説明しました。その違いの要因を教育に求めることには異論がある方もいるかもしれませんが、OJTがOFFJTに加えて重要であることには同意していただけるでしょう。

OFFJTは、日本語では「座学」と言うと分かりやすいと思います。しかし、必ずしも文字通りに「座って学ぶ」、すなわち先生がいて、その先生が講義をするというスタイルである必要はありません。最近ではeラーニングで同等のことが可能です。eラーニングでOFFJTを提供している企業も増えているでしょう。また、書籍を使って独学で、または輪読会やブッククラブのような形で複数人で学ぶこともあります。いずれにしろ、確立された内容を知識として身につけるのがOFFJTの主な役割です。

しかし、知識があればスキルも伴っているということにはなりません。世にある認定制度の中には、試験だけでなく、実務経験を認定の条件としているものもありますが、それは試験をパスしただけの知識では、実践が不可能だからです。

従って、OFFJTが提供されていても、それを実務で実践する経験を通じて、知識をスキルに昇華させるプロセスが必要となります。OFFJTで学んだ知識をOJTで実践し、そこで知識をスキルに昇華させ、また実践して気づいた自らに足りないスキルをOFFJTで知識として補完する。このような学習ループを効果的に回し続けるのが育成において重要となります。

出典:エクサウィザーズ

ここで評価の出番です。スキルとして何が不足しているのかを第三者として見つけ出し、本人にフィードバックする。そして、本人とともに、その不足しているスキルをどのように身につけるかを考えるのが評価の目的です。

知識が不足しているならば、OFFJTで身につけることを推奨することになるかもしれませんし、知識は十分だけど実践の場が足りないようであれば、スキル習得のために環境を変えることも考えます。

ローテーションによる場の提供

不足しているスキルが明確になった場合、そのスキルを身につけられる環境に異動させるという手もあります。もちろん、企業は学校とは違い、個人の成長のために存在しているわけではありません。戦力としてプロダクトに貢献できるだけの最低限のスキル(この場合は実践がまだやや不足している知識レベルのスキルと言った方が良いでしょう)は習得していることが前提です。その上で実践の場として、特定スキルが特に求められる場を提供するのです。

これは日本の一般企業に良くある定期異動ではありません。従来の定期異動はメンバーシップ型雇用を前提に、ジェネラリストとしての育成を目指すものです。そのため、異なる職種を経験させることに主眼が置かれていました。例えば、営業を経験した社員に人事を経験させるなどです。しかし、ここで述べているローテーションは同じプロダクトマネージャーという職種の中で、担当するプロダクトや同じプロダクトであっても担当領域を変える形でのローテーションです。

プロダクトマネージャーに求められるビジネス、技術、UXというスキルマップでローテーションを考えることもあれば、プロダクトのステージや対象となるユーザーがコンシューマーか法人かによって考えることもあります。プロダクトの立ち上げ期の経験が薄いプロダクトマネージャーに、新規プロダクトを担当させるとか、BtoCの経験しか無いプロダクトマネージャーにBtoBのプロダクトを担当させるなどです。

日本の一般企業とGAFAなどの企業のローテーションの違い

日本の一般企業 GAFAなどの企業
目的 ジェネラリスト育成 プロダクトマネージャーのスキル習得
手段 定期移動(異なる職種の経験) 担当領域の変更
具体例
  • 営業→人事 など
  • ビジネス、技術、UXのスキルマップでのローテーション
  • toB→toC
  • 既存→新規 など

このローテーションプログラムは米国企業でもよく行われています。先にも紹介したクライス&カンパニーの汐留アカデミーでも、GoogleのAPM (Associate Product Manager) では、1年ごとにローテーションが行われることが紹介されていました。また、Meta(旧Facebook)にも、RPM (Rotation Product Manager) という形で未経験者をプロダクトのローテーションを通じて育成するプログラムがあります。その様子は元Facebook社員であるWill Lawrence氏が記事「Death, Growth and Payments: My 18 months as a Rotational Product Manager」にしています。

先輩社員によるメンタリング

ローテーションによって環境を変えることで、必要とされるスキルの習得が可能となりますが、その中でも特にソフトスキルが学べることがローテーションの魅力です。紹介したWill Lawrence氏の記事の中でも、最初のローテーションで先輩プロダクトマネージャーである配属先マネージャーのすることをすべて把握するために、ミーティングに同席(英語でShadowingと表現しています。このほうがニュアンスが伝わるでしょう)させてもらったという経験を書いています。そして、どんなに馬鹿げたことであっても分からないことはすべて質問したと。このように、シニアなプロダクトマネージャーの振る舞いや考え方を知り、その背景を理解することがスキル、特にソフトスキルの習得には役立ちます。

プロダクトマネージャーの育成においては、ローテーション以外にメンタリングの機会を用意することも重要です。必ずしも方法論が確立されていないプロダクトマネジメント業務においては、実際に先輩プロダクトマネージャーから話を聞くのが一番です。業務の進め方だけではなく、失敗談や苦労話などからも多くを学ぶことができます。優秀なプロダクトマネージャーの経験談を自分の中でメタ化(抽象化)して蓄積し、自分の実務に活かすのです。

例えば、ある企業では社内でメンターシッププログラムを用意しています。これはメンターとメンティー(メンタリングを希望する人)をマッチングする仕組みです。自分よりも経験の浅いプロダクトマネージャーから相談を受けると、ボランティアとして名乗りを上げたメンターは、メンタリング可能な時間を社内共通のメンターカレンダーに公開します。メンティーはそのカレンダーから自分の希望するトピックに合うメンターを選び、空いている時間で申し込むことでメンタリングを受けることができるというものです。

また、別の企業ではプロダクトマネージャーが集まるイベントを年に一度開催しています。このイベントは任意参加ですが、多くのプロダクトマネージャーが集まり、トピックごとに議論をします。その中でも、やはり経験のあるプロダクトマネージャーが語るセッションは人気のようです。

出典:エクサウィザーズ

コミュニティの活用

このような社内イベントはシニアプロダクトマネージャーから若手への一方向の教育だけでなく、同僚同士の情報交換の場、コミュニティとなります。リアルな場に集まるだけでなく、オンラインコミュニティとして日頃からさまざまな情報交換や相談などができる場を用意している企業も多いです。

今では日本でもプロダクトマネージャーのコミュニティがいくつもあります。さまざまなことに悩み、時には社内でも孤立しがちなプロダクトマネージャーが切磋琢磨して成長する場として盛り上がっています。社内だけだとサイロ化(タコツボ化)してしまいがちな情報や知識も、社外のプロダクトマネージャーと交流することで多様なものを得ることができます。

しかし、当たり前ですが、そこでは社外秘の内容を話すことはできません。組織の問題やクリティカルな失敗談など、門外不出の内容こそ、本当に知りたかったり、相談したかったりする内容です。従って、社外コミュニティだけでなく、是非社内コミュニティも活用しましょう。

ただし、このようなコミュニティを自発的に盛り上げる組織文化の醸成も忘れてはなりません。他の企業がやっているからといって、社内コミュニティを「器」だけ用意する企業がありますが、その結果、いくら奨励してもあまり活用する人はおらず、気づけば閑古鳥が鳴いているというケースも珍しくありません。

プロダクトマネージャーたるもの、率先して共有したり、質問したり、質問に答えたり、議論したり、そのようなことを当たり前にするような人間であってほしいものです。コミュニティは与えられるものではなく、作るもの。そのように考えるプロダクトマネージャーが多くいるプロダクト組織を目指しましょう。

社外から支援を受ける

育成に不可欠な本人へのフィードバックやメンタリングは、社内にシニアなプロダクトマネージャーがすでにいることが前提となります。コミュニティもそれを形成するだけの人数のプロダクトマネージャーがいる必要があります。

では、まだプロダクトマネジメント組織を立ち上げたばかりの企業はどうしたら良いでしょう。経験のあるプロダクトマネージャーをできるだけ多く、できるだけ早く採用するのは1つの方法です。ただ、前編でも書いたように、プロダクトマネージャー、その中でも経験のあるシニアなプロダクトマネージャーの採用はそう簡単にはいきません。時間もかかります。

そのような場合は、社外に支援を求めることも考えてみましょう。米国ではプロダクトコーチといって、プロダクトマネジメントを社外から支援する人たちがいます。また、それをビジネスとしている企業もあります。日本でもプロダクトマネジメント需要が高まるにつれて、そのような人たちが増えてきています。社内の体制が整うまでは、社外からの支援を考えてみるのも良いでしょう。

まとめ

この記事では、プロダクトマネージャー育成の考え方を説明しました。OFFJTとOJTを組み合わせることやOJTとして異動やローテーション、メンタリングやコミュニティの活用も説明しました。

前編では、プロダクトマネージャーに必要なスキルや知識にはどういったものがあるのか説明しました。これらのスキルや知識についてどういったレベルのものが社員に求められているのかを知り、社員の現状を振り返り、求められているものと現状にどれだけのギャップがあるか理解することで社員の育成が計画できます。前編と合わせて今回の記事をご活用頂ければと思います。

社員の現状を把握するには、プロダクトマネージャーのアセスメントである「DIA for PM」を活用し、まずは客観的に社員および組織の現状を理解することをおすすめいたします。

これらをヒントに、自社のプロダクトマネージャー育成に取り組んでいただければと思います。

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