新規事業づくりとプロダクトマネジメントに必要なスキルと素養〜守屋 実・及川 卓也対談~
スタートアップに限らず、大企業でもプロダクトマネジャーのポジションを正式に設け、増員させようとしている企業が増えつつあります。一方、大企業内の新規事業についても、変わらず注力する企業は多く、増員傾向が続いていますが、その2つの職務の違いは明確に定義されておらず、概念化されているケースも見受けられます。
今回は、プロダクトマネジメントの第一人者であるTably株式会社の及川氏と、数々の新規実業を手掛けた新規事業家の守屋氏をお招きし、その二つの職務の共通点・違いについて紐解きます。
新規事業のプロとしての二十年
及川:
今回は新規事業とプロダクト開発の類似点、新規事業に求められる人材、プロダクトマネージャーとの類似点や相違点について、新規事業のプロである守屋さんにお話を伺っていきたいと思います。
守屋:
私は、新規事業家と名乗っています。ある分野でプロになろうと思ったら、1万時間くらいの経験や学習が必要だといわれますが、私の場合は30年以上、新規事業しかやっていないんですね。日数でいうと1万日をゆうに超えています。
もちろん量だけはなく、質も伴ってなくてはいけないのですが、質の話しは一旦横に置かせていただき、量だけの話でいうと、新規事業は人よりちょっとはやれるんじゃないかと。一応そういうキャラ設定にさせてもらってます(笑)。
ちなみに、これまでの約30年の経験を一行のキャッチコピーにしたのが、この「54=17+22+15」という算数です。私の「年齢」である54歳を「立ち上げた事業」の数で割ったもので、17が「社内起業」の数、22が「独立起業」の数で、15が「週末起業」の数となります。
この3つの数字のうち、一番ユニークだと思っているのは、「17」という数字です。大学を卒業して入社したミスミと、ミスミの創業オーナーと一緒に立ち上げたエムアウトの2社、合計で20年、サラリーマンとして勤務したのですが、その20年の間に下りた辞令が「17回連続すべて新規事業の立ち上げ業務だった」という意味の数字なのです。この経歴は、かなり異色なのではないかと(笑)。
しかも私の場合、17回チャレンジした結果は5勝7敗5分け。要は負け越しているのです。多くの場合、事業が成功するとその事業の責任者としての道を歩むようになり、事業に失敗すると新規事業から外されてしまうので、成功しても失敗しても連続してアサインされ続けるということは、かなりユニークなのではないかと思っています。
ちなみに、「22」は独立起業の数で、ラクスルやケアプロという、いわゆるユニコーンやゼブラを志すスタートアップの創業期に混ぜてもらったりしながら経験値を積んできました。
及川:
守屋さんは来年55歳になられますが、今の足し算でいうと、どこが一つ増える感じになるのですか。
守屋:
独立起業の「22」を「23」に一つ増やそうかなと、今のところは思っています。(笑)
そもそも新規事業とは?
及川:
次はどういう一社になるのか楽しみですね。新規事業のプロの守屋さんにとって、そもそも新規事業というのは何をもって新規事業というのか。まずは、新規事業の定義から伺えますでしょうか。
守屋:
私は、商売の起点は顧客だと思っているんですよ。なぜなら儲けは顧客からしかやってこないじゃないですか。だから、お客様を自分たちでつくることが新規事業である、と思っているのです。
例えば、大手自動車メーカーが人気車種の新シリーズ車をつくったとします。すでに製造工場から販売網、そしてこれまでの顧客リスト。何から何まで全部あった場合、これは新規事業というよりは新商品といったほうがいいんじゃないか、という感覚です。
ただ、その新車の売り方を「EC」というこれまでは全く違う新たな手段をとった場合や、ガソリン車でなく「電気自動車」だった場合、車両代金を「月額固定」などにした場合などは、新規性が高いとも言えるので、その場合は、新規事業と呼んでも違和感はないのかもです。
そんな感じで、いろいろ診立てることは出来ると思いますが、それでも私は「顧客をゼロから創造する」というのが、一番新規事業っぽいと考えています。
及川:
なるほど。顧客をつくることが新規事業というお話でしたが、プロダクトマネジメントにおいても共通点があると感じました。プロダクトマネジメントはすでにあるプロダクトの改善でも十分活用できるし、非常に意義のあることではありますが、やはりプロダクトで考えるべきことは新たに顧客を発見すること。顧客も気づいてない課題を発見し、そこに対してユニークで新規性のあるアイデアや解決策をぶつけていくことが重要ですよね。
これも守屋さんに聞きたいのですが、市場規模を見て、自社の事業がどのくらいの規模で収益を得られるかを予測するときに、そもそも最初に市場がゼロかもしれないところにこそ、守屋さんが言われた顧客を作るチャンスがあると思うのですが、いかがでしょう。
守屋:
その通りだと思います。「顧客を変える」ではなくて、まさに「顧客を創る」なので、やりがいのある新規性の高い新規事業だと思います。
及川:
一般的な大企業の中でいうと、新規事業立ち上げを発令する側はもちろん期待はあるものの、受け取った側がどこまで新規なものを求めるか、かなり左右されるのではないでしょうか。「別にそこまで新規って言ってなかったけれど、こいつ何かすごいものを作っちゃったよ」といったように。受け手側がどこまでチャレンジしようか、依存するところもあるのかなと思いました。
守屋:
私は、ネットで印刷を注文できる事業を展開するラクスルの創業期に参画をさせてもらったんですけど、ラクスルは果たして新規性があるかといえば、上場してユニコーンとして成長していますし、「ラクスルモデル」といった言葉を耳にすることもあるので、そういった意味では、新規性は明確に存在しているのではないかと。
ただ一方で、ネットで印刷注文できる会社は以前からたくさんあったし、ラクスルはむしろ最後発でした。そういった点では、既存事業的な診立ても出来ると思うのです。つまり、どの視点から捉えるのかで、変わる面もあるのではないでしょうか。
及川:
例えば、ラクスルはスタートアップなので、新規事業という言葉は使っていないかもしれませんが、創業メンバーは印刷業や既存のネット印刷事業もたくさんある中、自分たちは「ユニークで新たな印刷ビジネスをやろう」といったスピリットがあったのでしょうか。
守屋:
「シェアリングエコノミー」の実現が、自分たちが最後発で突入するこだわりだったんですよね。当時、国内には印刷会社が3万社ぐらいあり、しかも多くの印刷所に未稼働な時間帯がたくさんあったのです。
その日本中に点在してる未稼働の時間帯をデジタルの力で横串で刺して、仮想的に1つの巨大なスーパー印刷所みたいなものを仮想的に作る。そうすることで、お客様も印刷所も喜ぶサービスをつくれば、みんなハッピーだと考えました。そのシェアリングエコノミーが、私たちの最初の意義だったんです。
さらに、「お客様は刷ることにも困っているけど、刷った印刷物を配ることにも困っているのではないか」と考えました。なので、印刷会社をシェアリングエコノミーしたのと同様に、新聞折込会社、ポスティング会社、ダイレクトメール会社などの「配る会社」をシェアリングエコノミーすれば、刷って配るというソリューションを提供できると気づいたのです。
競合の印刷会社は、自分たちの価値である「刷る」にフォーカスしている。我々は、顧客が求める価値である「刷って配る」にフォーカスする。しかも、チラシを刷るだけだと1枚1円なのに、刷ってポスティングすると1枚10円になる。競合と差別化を図ることが出来、顧客の求める価値を満たすことが出来、そして自社の売上が10倍になる。
これは印刷をラクにするからラクスルと名付けた社名の由来を、商売をラクにするからラクスルなのであると、会社の名前の由来を後付けで変えたぐらい、飛躍のあった進化点でした(笑)。
及川:
ラクスルの創業者たちは、印刷所が結構回ってないというところから着眼をしたのか。それとも、シェアリングエコノミーの適用をどこの業界にしたら一番効果的なのかというところで、印刷に目をつけたのかでいうと、どちらなんですか?
守屋:
印刷所の方が先です。ラクスル創業者の松本恭攝さんが前職でA.T. カーニーに在籍していた時に、コスト削減プロジェクトを担当していたそうです。大手企業のコストを削減する取り組みなんですけども、コストの中に印刷の費用があると、相見積もりをかけるだけでコストダウンが出来たそうです。
松本さんは、その「プライシング」に注目をしました。まずは印刷業界自体に興味を持った、ということです。そしてそののちに、たまたまミスミのビジネスモデルをケーススタディーとした勉強会が社内であったそうで、そのときに、印刷とミスミのモデルを掛け合わせると業界を革新できるかもしれないと、閃いたそうです。
リーダーには、どのような素養が必要か?
及川:
新規事業をリードするリーダーには、どのような素養・スキルというものが必要だと思いますか。
守屋:
私はどうしても顧客にこだわる派なんですよね。なので、その事業に対する想いの強度も、顧客に接することで生まれるタイプだったりします。
たとえば、顧客が抱える「不」の存在を理解すると、その「不」のシーンに接するたびに、それが原体験となって積みあがっていくのです。私は火がつきやすいタイプなので、何人かの顧客と連続して話していると、みるみるうちに原体験として膨らんでいき、想いをもってリーダーシップを発揮したり、フォロワーシップを発揮したりすることになるのです。
顧客がすべてだとまでは言わないのですが、私としてはどうしても顧客に拘りがちなので、一緒にビジネスをやる人にも、高い顧客解像度を求めがちだったりします。例えば、顧客にいちいちインタビューしに行かなくても、顧客と同じ視点で物事を考えて仮説を立てられる人とか、サイコーです。
もちろん実際聞いたり、試してみなくてはわからないこともありますし、本当に売ってみなきゃわからないこともあります。でも、顧客に憑依しながら仮説を立ててしまうような顧客解像度の高さの獲得が、私のこだわりポイントだったりするのです。
及川:
守屋さん自身はいろいろな人と会うことで、顧客となる人の課題を興味持って聞かれたり、話をされたりしていると思うんですけども、これは先天的な素養なのか、それとも後天的に身につけられるようなものなのでしょうか?
守屋:
私は後天的だと思っています。先天的な部分もあるのかもしれないのですが、私自身が顧客、顧客とこだわり始めたのは、ミスミとエムアウトの2社で、20年にわたって田口弘さんという経営者のもとにいたからなんですね。
田口さんは、昔はプロダクトアウトで良かったが、どんどん売り手が増えてきたことで、もっと顧客に近づかなくてはビジネスが成り立たなくなってきた。だからマーケットインだと。しかしながら世の中はさらに進化し、もはや供給能力が消費能力を優に超えて久しい、と。
だから、自分たちがいいと言っているものを売るために金をかけるよりは、客が欲しいと言ってるものを調達してくる方が、コストがかからないんじゃないかと。だとすると、時代はすでに、「マーケットアウト・プロダクトイン」なんじゃないか、と。
要するに、そのくらい顧客にこだわれと、田口さんに20年間延々と言われてきたんです。人間20年間も同じことをずっと言われると、流石に自分の中に定着するじゃないですか。私は田口さんの教えを受けたことで、顧客にこだわるという人間になったので、後天的な部分もあると思っている、ということです。
及川:
今まで守屋さんが携わってこられた大企業の新規事業開発の方たちも、後天的に身につけられた方が多いのでしょうか。
守屋:
私の持論として、人は人に最も影響を受けると思っています。もし私が及川さんのところに丁稚奉公として入ったら、私は瞬く間に及川さんの影響を受けるではないかと。言うことも及川さんにぐっと寄っていくと思うんですね。
だから、新規事業家の集団に大企業の人が舞い降りたら、その人は瞬く間に新規事業家としての血の色が濃くなっていくのではないかと。つまり、「大企業の新規事業開発の方たちも後天的に身につけられる」ということです。
ただ残念ながら、大企業の新規事業担当者は本業との兼務になることが多いんですね。だから染まっても染まっても、また本業に上塗りされてしまうんですよね。それが大企業の人が変われない理由の一つです。
私はこれを大企業の「本業の汚染」と言っているのですが、その汚染力が凄まじすぎて、その人の変化スピードを超えて汚染していると思っているのです。
及川:
でも、中には汚染されない人もいるんですよね。
守屋:
時々いますね。そういう人がいると嬉しいです。
及川:
本来であれば、「新規事業を専任でやらないなんて、お前ら本気か!」と企業の経営者に言いたいところですが、実際問題として兼業で担当されている方々は多いと思うんですよ。その中でも汚染されない人には、どのような素養があるからなのでしょう。
守屋:
100人に1人なのか、1000人に1人なのか。どんな汚染されてる環境の中でもマインドを失わない人っていると思うんですよね。
私はケアプロというヘルスケアサービスのスタートアップで、制度疲労を起こしている我が国の医療の法律を変えようと頑張っていた時期があります。もう10年以上前の話しなのですが、そのとき、行政の中にも「そうだそうだ、法律を変えよう!」って言ってくれて、変革しようとしてくれた人がいたのです。
もちろん大多数の行政の方々は、そうはいきません。明らかにその人の周りにはアゲインストな風が吹き荒れていて「お前何言ってんだ」と怒られたはずなんですよね。でも、そういう環境の中でも「今の時代に合っていないものは変えるべきだ」と強力に後押しをしてくれたのです。やはりいるところにはいるのだな、と思いました。
新規事業向きのスキルはどう育つか?
及川:
本業や組織に汚染されない人は数少ないものの、新規事業には必要な人材だということですね。他に何か新規事業に携わる人に必要なスキルはありますか。
守屋:
新規事業は十中八九上手くいかないとか、中には、千三つという人もいるじゃないですか。千三つだと、1,000回やっても997回はうまくいかない、ということになってしまうので、流石にそこまでじゃないだろうということで、「十中八九」を一端の目安とすると、つまりそれは、10回やったら1回か2回は成功するよね、という話ですよね。
だとしたら、十中八九の8や9の失敗をうまく切り抜けるスキルが重要ということです。早々にリスクに気づいてピボットしたり、この市場は勝ち目がないから一旦撤退したりなど、どうやって能動的に失敗を次に活かすことができるか、その判断力や切断力が、とっても大事だということなのです。
そこを上手にできるかできないかで心が折れてしまったり、こだわって意固地になり過ぎて、かえって危ない橋を渡ってしまうとか変な方向に行きがちなので、失敗を能動的にこなしていくスキルは大事だと思います。
及川:
その失敗を能動的にこなすためには何が必要なんでしょうか。
守屋:
能動的にこなしてた人をそばに置いておくことじゃないですかね。
及川:
やはり周りに影響されるということなんですね。
守屋:
人や場の力は大きいと思います。例えば及川さんのような経験をしている人ってあまりいないじゃないですか。だから、及川さんがそばに居ると、及川さんの過去の引き出しの中から「今回はこういうことだと思うよ」と言ってもらえ、そのアドバイスが有用であることはもちろんなんですが、それに加えて「及川さんが言ってくれた」という信頼感や安心感も効いてくると思うんですよ。
でも及川さんが居ないと、あらゆるものを自分一人で乗り越えていかなければならない。これは、かなりきつい。
及川:
OJTや近くにロールモデルがいるといった話に近いかもしれないのですが、守屋さんが言う「場の力」というところが大事なのですね。
とはいえ、新規事業を成功させてきた人というのは、特にこの日本の失われた30年の中で少なくなってきているのも事実です。だから守屋さんも引く手あまたで、多くの企業から支援の依頼が来ていると思います。
となると、周りにそういう人がいる環境が無い人も少なくないでしょう。周りに人がいなかった時に、書物などから同じような体験を得ることは可能なのでしょうか。
守屋:
私は、少なくとも書物で追体験はできると思っています。あとはその人がどこまで感化される「追体験力」があるかですね。
書籍を読んで勉強になったという感想を持つだけではなく、書籍を読むことによって、「あの人はそう考えたのか。じゃあ私はこう考えよう」といった追体験力を高めることができれば、書物は十分にパワーを持つのではないかと。
書籍を読んで、「ああ、面白かった。いい話を読んで勉強になった」だけで終わらせず、次の行動に活かすといった追体験力が大事かと。
及川:
私も「ソフトウェア・ファースト」という書籍の冒頭で、同様のことを書いています。守屋さんが言われるように、「感化される力」というのはとても大切ですよね。
守屋:
周りからすると無謀に見えたり、「お前は及川さんじゃないだろう」って周りに冷たく言われても構わないから、及川さんからもらった熱量で燃えてみろってことかな、と。
──後編に続く