守屋 実
ゲスト
守屋 実
新規事業家
ミスミを経てミスミ創業者田口弘氏と新規事業開発の専門会社エムアウトを創業。2010年守屋実事務所を設立。新規事業家としてラクスル、ケアプロの創業に副社長として参画。2018年、ブティックス、ラクスル、2か月連続上場。博報堂、JAXAなどのアドバイザー、東京医科歯科大学客員教授、内閣府有識者委員、山东省人工智能高档顾问を歴任。近著、『新規事業を必ず生み出す経営』(日本経営合理化協会出版局)、『起業は意志が10割』(講談社)、『DXスタートアップ革命』(日本経済新聞出版)。
及川 卓也
インタビュワー
及川 卓也
Tably株式会社 代表取締役 Technology Enabler
外資系IT企業3社にて、ソフトウェアエンジニア、プロダクトマネージャー、エンジニアリングマネージャーとして勤務する。その後、スタートアップを経て、独立。2019年1月、テクノロジーにより企業や社会の変革を支援するTably株式会社を設立。著書『ソフトウェア・ファースト~あらゆるビジネスを一変させる最強戦略~』(日経BP)、『プロダクトマネジメントのすべて』(翔泳社)

新規事業とプロダクトマネジメント:その類似点と人材を増やすために必要なこと〜守屋 実・及川 卓也対談~

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※本記事はプロダクトマネジメントの第一人者であるTably株式会社の及川氏と、数々の新規実業を手掛けた新規事業家の守屋氏の対談記事の後編になります。前編をお読みでない方はこちらの「新規事業づくりとプロダクトマネジメントに必要なスキルと素養〜守屋 実・及川 卓也対談~」よりお読みください。

新規事業とプロダクトマネジメントの類似点

及川:
ここからは、新規事業とプロダクトマネジメントの類似点について、伺っていきます。先ほど守屋さんに言われて気づいたのですが、まさに「感化される力」が一つのポイントだと思っています。例えば私が顧問をしている会社に対しては、自分の体験として、プロダクトの立ち上げ時の産みの苦しみや、新たなビジョンを作ったことで迷走していたプロダクトを立て直したことを生々しく語るのですが、同時に自分が経験していないことも語れるんですよ。

例えば、任天堂の亡くなった岩田社長やAmazonの創業者ジェフ・ベゾスのエピソードもまるで自分がそこにいたのかというくらい語れちゃうんですよ。

なぜ語れるかと考えたんですが、そうしたエピソードを様々な書籍などで読んだ時に、自分事として落ちてきているからではないかと思います。この「感化される力」を、私は「憑依される力」と表現しています。この2つの言葉は、顧客の解像度を上げるという意味では全く同じなのではないでしょうか。

顧客の現場を見て、顧客の声を聞いた瞬間に、まるでその人が憑依したかのようにエピソードやペインが語れる。実は言ってなかったとしても、恐らくこうだろうというところを肉付けして、もうその人の代弁者になって語れるようなところがあるんですよね。この力が大事なんだなと思いました。

守屋:
私も大事だと思います。事業の解像度が上がって意思決定する時に、より顧客に寄り添った正しい判断ができるのは、やはり熱量や馬力にも直結しますよね。そのくらい感化されやすくて追体験能力がある人は、そうしたエネルギー補給ができるんですよね。

及川:
私は変な癖があって、人間観察が好きなんですね。例えば、公園のベンチに不自然なカップルが座っていたら、勝手にシチュエーションを考えて、二人のセリフをアテレコしてみたりしています(笑)。一見では不自然な行為でも、整合性があるようなシチュエーションだったらあり得るといった想像をしているんですね。

顧客が話したことを肉付けできるというのは、こうした一種の想像力、いい意味での補完力でもあるなと思ったりします。新規事業でも、そんなことはありますか?

守屋:
例えば、BtoBの事業で僕がよく話すのは、「BtoBは、稟議書作成代行業だよ」ということ。企業の中で意思決定する際には、稟議書を書くじゃないですか。会社にとってのメリットや、なぜその業者に発注しなければならないのかといったことは、まさに自分事として憑依して想像し相手と同じ気持ちにならないと、承認される稟議書は書けないと思うのです。

そういうふうに相手のことを想像できる。自分は自動車業界の人間じゃないけど、想像できる。自分は医療の仕事をやってないけど、想像できる。そうした「想像できる力」は大事だと思っています。

及川:
守屋さんは、ミスミのときもおそらく全然違う業界にいながら、新規事業を立ち上げられたと思うんですね。ということは、顧客に対する興味関心で憑依される力が必要であると同時に、関係ない業界に対しても興味関心を持てるかも大事だと思うんですよね。
守屋さんが業界に関係なく、顧客に興味関心を持てるのは何でなんでしょう?

守屋:
私は顧客のペインを聞いていると、めきめきとその顧客と同化しちゃって、「どうにかせねばならん」と、勝手に火が付くタイプなんですよ。

及川:
業界が何であれってことですね。

守屋:
はい、そうです。業界差分というよりは、ペイン差分というか、強烈なペインを目にすると自然発火してしまう、というような。

ちなみに、顧客だけでなく、ビジネスモデルにも反応するタイプだったりもします。たとえば、金型部品のミスミと印刷のラクスル、板金加工のキャディ、衣服生産のシタテル、自動車整備のセイビー、就労困難者特化型BPOのヴァルトジャパンなどは、業界は違っていても私の中では全部同じビジネスモデルの会社なんですよね。

八百屋をやった後に、果物屋をやる感じなんですよ。キャベツとイチゴは違うけど、生産者さんが作ってそれを鮮度高く仕入れて、軒先で売るのは一緒じゃないですか。ミスミでは「持たざる経営」と言い、ラクスルではそれを「シェアリングエコノミー」と言ったのですが、要はサプライチェーンをデジタルの力で構造改革するという点では似通っていて、そしてそれらは、あらゆるインダストリにおいて汎用性をもって通じるビジネスモデルだと思っています。

もちろん、厳密に言えばいろいろと違うところだらけなのですが、私の中では全部同じです。何が違うのかが問題ではなく、何が同じなのかというところに着目しているのです。

及川:
商売の型が一緒である。例えば、新しいビジネスモデルとして「シェアリングエコノミー」といった手法の適用を考えたときにも、「業界を問わない」と言えるということですね。

守屋:
ミスミの創業オーナーである田口さんからは、ずっとそのように教えられてきました。田口さんは新規事業を再現性をもって量産することに注力をされていて、ことあるごとに「共通項を見極めろ」と。

たとえば、ある時期に、要介護高齢者向けに口腔内ケアをおこなう歯科サービスと、都心の高級百貨店に出店する女性向けブティックの事業を同時に任されたのですが、その時私は2つの事業をやっていると思っていたんですね。

すると、田口さんから「今2つの事業をやってると思ってるんだろうが、それじゃ新規事業の共通性を見い出せない」と指摘されてしまったのです。

「全ての物事は一緒だと思え。思えなくても思うんだ。そうすると共通項が見えてきて、そこに一つの勝ち筋みたいなものが見えてくるんだ」と。そんなことを20年も続けていたら、同じところにやたら目が行くようになりました。あらかたのビジネスは大事なところは同じだと捉えられるようになったのです。

及川:
今の話は、最近のプロダクトマネジメントに通じるところがあると思いました。私が今サポートしている会社は、純粋なSIerから、SIビジネスから脱却したくてプロダクト力を高めようとしている会社まで様々です。それらのうち純粋なSIerが提供しているプロダクトは個社ごとの個別カスタマイズを山ほどしているので、「これって、プロダクトなんですかね」みたいな感じになっているんですね。

守屋さんがおっしゃるとおり、共通項を多く設定すればやれるはずなんですが、A社からの依頼はこうで、B社からの依頼はこうだと、それぞれちゃんと依頼に応えないと発注いただけないと考えて対応してしまう。しかし、たぶんそれは間違いで、共通項をしっかり持ち、共通項の部分でビジネスするという発想が必要なんだと思います。

守屋:
はい、そう思います。今の及川さんの話を、金属加工業の現場の事例に置き換えると、こんな感じの話になります。

共通品が誕生する以前の時代は、たとえば鉄板に3㎝の丸穴の抜き加工をするときには、A社はA社仕様の3㎝の丸パンチ(穴あけ加工をするための製品)を発注し、B社はB社仕様の3㎝の丸パンチを発注するという、個社別都度発注がおこなわれていたのです。

そこで、これはどちらも同じ部品だと考えて3㎝の共通品をあらかじめ作って在庫しておくと、都度製造をしなくて済むので、短納期、小口出荷、安定品質などが実現するのです。そうすると、2cmも欲しい、2.5cmも欲しいと、追加で様々な発注が来るようになり、それらを全部標準化することで圧倒的な品揃えが実現するのです。

さらには、穴径以上の細かな加工は、あらかじめ在庫しておいた「半製品」に追加工することにすれば、圧倒的な生産の効率化も実現できるのです。

要は、何に共通性を持たせて、何に付加価値を乗せるのかみたいなところを考えることで、劇的な進化を遂げることが出来る、ということです。

新規事業の人材を増やすために

及川:
今日のお話では、プロダクトマネジメントと新規事業はかなり重なるところが多いのだと、改めて実感しました。一方で、日本にはプロダクトや新規事業をマネジメントする人材がまだまだ少ないといった課題があります。

日本がグローバル競争力をやや失っていることが要因としてあるのかなとも思うのですが、新規事業の人材を増やすために何をすればいいのか、ご意見をお聞かせください。

守屋:
これさえやれば劇的に増える、というようなウルトラC、簡単・単純な施策はないでしょうね。それこそ日本が破綻する事態にまでなったら、一気に構造が変わるかもしれないのですが、たぶん明日とか明後日に我が国は破綻しないので、もうちょっとジワジワしている状況が続くのではないかと。

そうすると、個々人の行動が、けっこう大事になってくるのではないかと。及川さんが頑張って他者に影響を与えることで新規事業人材が増える、守屋も頑張って他者に影響を与えることで新規事業人材が増える、というように1人ずつ新規事業人材が増えていく。地道だけど、やはり必要だと思うんですよね。人は人に影響を受けるものなので。

私たちの影響力を受けた人たちが、更に他者に影響を与えてどんどん広げていってくれる。何らかのウルトラCを受け身で待つのではなく、自らが他者に働きかけて頑張ることの集積は、けっこう大事だと考えています。

及川:
影響力を伝播できることを活用して、地道に少しづつ取り組んでいくということですね。

守屋:
今回の対談企画もその一つだと思っています。こうして伝えることによって、少しでも影響を受けてくれる方がいてくれるはずだと。「ためになる話だった」「勉強になった」という感想だけで終わる人が多いかもしれませんが、今回の話しを聞いて、何かしらの新しい一歩を踏み出す人もいてくれるのではないかと。

そうした毎日の積み重ねって、けっこう大きいと思っているんですよ。1日や2日では何も成し得ないけど、10年続けたら成し得ていることってあるので。

及川:
この対談記事を見て刺激を受け、実際に行動を起こそうと思う人たちが増えてくれるといいですね。例えば、その人たちは次の日からどういう行動をとれるでしょうか。

守屋:
まずは一歩を踏み出しさえすれば、それは何でもいいんじゃないかと思っています。

一方、これはやっちゃいかん、というものもあります。それは、正解を探そうとすることです。「何をするのが一番いいのだろうか」と考えてばかりでは、結局何も行動していない、ということです。やろうと思ったなら、とりあえずやってみる。違ったと思ったら、やり直せばいい。

やっぱり1日2日じゃ何も変わらないと思うんですよ。でも、それを10年続けるとかなり変わるので、とにかく最初は動く、できることをやる。小さくてもいいからやる。次の日もやる。そしたら10年経ったら全然違うよという。そういう動き方をとにかくしてほしいです。

及川:
私は10数年前に、翔泳社が開催している「Developers Summit(デベロッパーズサミット:デブサミ)」で講演した時に、タイトルを「見る前に跳べ」にしたんですけど、全く一緒ですね。

通常は、いきなり跳んだら危険だからまずゴールをちゃんと確認して、体力もつけてチャレンジする。しかし、多くの場合はもうそれができているので、あとはそこに挑むだけ、といった話をしました。

社会人何年目かは分からないけれども、もう十分に下地があるのなら、行動あるのみという形にする。もしその体力がないのであれば、体力づくりのためにとりあえず毎朝ランニングをするなど。まず次に何をやるかが大事で、緻密な計画を立てることは必要はないということですよね。

守屋:
見る前に飛べないのは、その原因は「本業の汚染」だと考えています。大企業では、何も考えずに起案して経営会議にかけたら絶対怒られるじゃないですか。だから事前にめちゃくちゃ調べた上に、経営企画部や財務部に相談して根回しして合意形成をした上で、経営会議にかけている。

本業では正しいのかも知れませんが、新規事業では、それは致命傷です。そこに時間をかけてスピードを落とすくらいなら、多少粗くてもいいから高速回転すべきかと。

及川:
やはり人が人を変えるということで、我々も努力して考えていきたいですね。同時に、この対談を読んだ人たちに、人を変え得るような人材になっていただけたらいいですね。最終的には変革を生み出す人材が増え、日本も大きく変わっていくという未来に繋げていきたいですね。今日はありがとうございました。

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