1. トップ
  2. トレンド
  3. 「AIを入れる」企業と「AI前提で作り直す」企業、売上に2倍の差――515社ランダム化実験の衝撃

「AIを入れる」企業と「AI前提で作り直す」企業、売上に2倍の差――515社ランダム化実験の衝撃

公開日
2026.07.06
「AIを入れる」企業と「AI前提で作り直す」企業、売上に2倍の差――515社ランダム化実験の衝撃

「AIに投資しているのに、成果が見えない」。経営の現場でこの声を聞かない日はない。生成AIブームから3年余り、多くの企業がツールを導入し、PoC(概念実証)を重ねてきたにもかかわらず、投資対効果(ROI)を実感できずにいる。原因は技術の未熟さなのか、それとも使う側の問題なのか。

この問いに、因果関係のレベルで答えを出した研究が登場した。欧州のビジネススクールINSEADと米ハーバード・ビジネス・スクールの研究チームが、515社の高成長スタートアップを対象に実施したランダム化フィールド実験である。無作為に選んだ企業グループに「他社がAIを前提に業務プロセスをどう作り直したか」という情報を与えただけで、そのグループの売上は比較対象の1.9倍に達した。新しい技術も、資金も与えていない。変えたのは「AIの使い方についての考え方」だけだ。

米ベンチャーキャピタル大手Andreessen Horowitz(a16z)は、この研究を取り上げた分析記事で「AI enabled or AI “enabled”?」と問いかけた。既存の業務にAIを当てはめる「なんちゃってAI対応」と、AIの能力を前提に業務そのものを組み替える「真のAI対応」。両者の間には、越えがたい溝が生まれつつある。

勝ち組のはずだったAccentureに何が起きたか

生成AIブームの初期、市場には分かりやすい勝ちパターンのシナリオがあった。「企業はこぞってAIを使いたがる。しかし使い方が分からない。ならば、使い方を教えるコンサルティング会社が儲かる」というものだ。

中でも本命視されたのが、コンサルティング世界最大手のAccentureである。戦略の助言にとどまらず、システムの実装から運用まで一気通貫で請け負える同社は、「AI導入特需」の最大の受益者になるはずだった。実際、同社の生成AI関連の受注は積み上がり、株式市場も期待を織り込んだ。

ところが、である。a16zの分析記事によれば、Accentureのフリーキャッシュフロー倍率(企業価値が年間フリーキャッシュフローの何倍かを示す指標)は、2025年初頭の30倍から約6倍へと急落した。長期平均のおよそ3分の1という水準である。記事を執筆したa16zのMoses Sternstein氏は、この評価の崩落を「AI導入のお手伝い」というビジネスモデルへの市場の期待が剥落した兆候として読み解いている。

もしこの読みが正しいなら、そこから浮かび上がるのは次のような仮説だ。「AIを導入すること」それ自体は、競争優位を生まないのではないか。ツールを買い、既存の業務に組み込むだけなら、資金さえあればどの企業にもできる。差がつくとすれば、その先の「使い方」だ。

では、AIから価値を引き出せる企業とそうでない企業は、何が違うのか。この仮説を検証する手がかりとなるのが、冒頭で触れた515社の実験である。

515社の実験――「情報」を与えただけで何が変わったか

この実験を設計したのは、仏系ビジネススクールINSEADのHyunjin Kim氏、Dahyeon Kim氏と、米ハーバード・ビジネス・スクールのRembrand Koning氏の研究チームだ。論文のタイトルは「Mapping AI into Production: A Field Experiment on Firm Performance(AIを生産活動にマッピングする:企業パフォーマンスに関するフィールド実験)」。2026年3月30日付のワーキングペーパーとして公開された。

実験の設計は、シンプルかつ巧妙である。対象は515社の高成長スタートアップ。これを無作為に2つのグループに分け、一方のグループにだけ、ある「情報」を提供した。他社がAIを中心に据えて生産プロセスをどう再編成したか、という具体的な事例情報だ。そのうえで、自社のより幅広い業務領域でAIの使い道を探索するよう促した。

注意してほしいのは、研究チームが与えたのは情報だけだという点である。新しいAIツールを配ったわけでも、開発資金を援助したわけでもない。もう一方のグループとの違いは、「AIの使い方についての考え方に触れたかどうか」。ただそれだけだ。

ところが、結果には歴然たる差がついた。論文によれば、情報を与えられたグループの企業は、そうでないグループと比べて、AIのユースケース(活用事例)の発見が44%多く、業務タスクの完了数は12%多く、有料顧客を獲得する確率は18%高かった。そして売上は1.9倍に達した。さらに興味深いことに、新たに発見されたユースケースは、日常業務の効率化ではなく、製品開発と経営戦略という、企業価値の中核に関わる領域に集中していた。

515社を無作為に分けて比較するランダム化実験という手法は、医薬品の臨床試験と同じ、因果関係を特定するための研究デザインだ。「AIをうまく使う企業は業績もいい」という相関関係を示す調査ならこれまでもあった。しかしそれでは、「もともと優秀な企業だからAIもうまく使えるだけではないか」という疑問に答えられない。今回の実験が示したのは、企業の優秀さという条件を揃えたうえでなお、「AI前提で業務を組み替えるという発想」そのものが業績の差を生む、という因果関係である。

つまり、ボトルネックは技術ではなかった。資金でもなかった。「AIをどこに、どう使うか」を発見できるかどうか。研究チームがタイトルに掲げた「マッピング」の巧拙こそが、勝敗を分けていたのだ。

「AI対応」と「なんちゃってAI対応」の分かれ道

a16zのSternstein氏は、この実験結果を紹介する記事に「AI enabled or AI “enabled”?」というタイトルをつけた。本物のAI対応なのか、なんちゃってAI対応なのか、という意味だ。

多くの企業がやっているのは、後者の「なんちゃってAI対応」だ。既存の業務プロセスはそのまま維持し、その中の個々の作業をAIで置き換える。議事録作成をAIに任せる。問い合わせ対応にチャットボットを入れる。資料の下書きを生成AIに書かせる。一つひとつは間違いではない。しかし、業務の流れそのものは何も変わっていない。

一方、実験で成果を上げた企業がやっていたのは、まったく逆のアプローチである。まず「達成したいビジネスの成果」を起点に置き、AIの能力を前提として、そこに至るプロセス自体をゼロから組み替える。既存の手順にAIを当てはめるのではなく、AIがあるならそもそもこの手順は要らないのではないか、と問い直す。研究チームはこの探索活動を「マッピング」と呼んだ。

事例情報を与えられたグループで新たに発見されたユースケースが、製品開発と経営戦略に集中していたという事実は、この違いを裏づけている。業務の末端の効率化ではなく、事業の根幹に関わる領域でこそ、AIの使い道は見つかったのだ。

もうひとつ、見逃せないデータがある。効果は全社で均等に現れたのではなく、売上と投資の伸びは、情報を与えられたグループの中でも上位10%の企業で最も大きかった。a16zの記事によれば、上位5%の企業では売上が約2倍、上位10%でも50%以上の増加だったという。この分布から論文が導く解釈はこうだ。AIは、業績の振るわない企業を平均レベルに引き上げる技術ではない。もともと力のある企業を、これまでの限界を超えたレベルにまで押し上げる技術なのだ。

これは経営者にとって、希望であると同時に警告でもある。AIによる業務の再設計は、平均点を少し上げる施策ではない。うまくやった企業だけが突出して伸びる、勝者総取りに近い性質を持つ。「みんなが導入しているから、うちも」という横並びの発想でツールだけ揃えても、勝ち組には入れないのだ。

100年前の「工場の電化」が教えてくれること

「新しい技術を、古い業務の枠組みに当てはめても成果は出ない」。実はこの現象、歴史上一度、ほぼ同じ形で起きている。Sternstein氏が記事の中で引き合いに出すのが、19世紀末から20世紀初頭にかけての、工場の「電化」だ。

電気モーターが登場した当初、多くの工場経営者がやったことは、いま多くの企業がAIでやっていることと瓜二つだった。それまで工場の動力源だった巨大な蒸気機関を、巨大な電気モーターに置き換えたのである。工場の中央に鎮座する動力源から、天井のシャフトとベルトを通じて各機械に動力を分配する、という工場の構造はそのまま残した。つまり「動力源の置き換え」だけを行った。結果、生産性はほとんど上がらなかった。電気という当時の最先端技術を導入したにもかかわらず、である。

生産性の革命が起きたのは、それから数十年後だ。きっかけは、発想の転換だった。電気モーターは蒸気機関と違って小型化できる。ならば、工場の中央に大型モーターを1台置くのではなく、機械の1台1台に小さなモーターを組み込めばいいのではないか。この発想に立てば、シャフトもベルトも要らない。動力の配置に縛られていた工場のレイアウトを、作業の流れに合わせて自由に設計できる。工場を電気前提で丸ごと作り直したとき、初めて電化の真価が解き放たれた。

この歴史が教える教訓は明快だ。汎用技術の価値は、技術そのものからではなく、技術を前提とした「再設計」から生まれる。蒸気機関をモーターに置き換えた工場と、議事録作成をAIに置き換えた企業。両者がやっていることの構造は同じである。そして515社の実験が示したのは、AIにおける「機械ごとの小型モーター」に相当する発想の転換、すなわち業務プロセスの再設計こそが成果を分ける、ということだった。

電化の歴史には、もうひとつ示唆がある。置き換えから再設計への移行には、数十年を要した。今のAI導入で企業が直面している停滞は、技術の限界ではなく、この移行期特有の産みの苦しみなのかもしれない。だとすれば、他社より早くこの移行を終えた企業が手にする先行者利益は、計り知れない

最後に、留意点をひとつ付け加えておきたい。この実験の対象は、あくまで高成長スタートアップである。長年磨き上げた業務プロセスと組織を持つ大企業で同じ効果が出るかどうかは、この実験からは分からない。既存の仕組みが精緻であればあるほど、「組み替え」のハードルは高くなるからだ。

それでも、問うべきことは明確になった。「AIに何ができるか」ではなく、「AIがあるなら、自社の仕事はどうあるべきか」。この問いを立てたかどうかで、515社の運命は分かれたのである。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。