中国AIが躍進したのに中国AI株が売られた理由
中国Moonshot AI社が新モデルKimi K3を公開し、X上で「中国AIが米国を抜いた」と大騒ぎになった翌日、世界の株式市場で最も激しく売られたのは、当の中国のAIモデルメーカーだった。
中国AIの大躍進という話なら、米AI大手の株が売られるはず。当のOpenAIもAnthropicともに未上場ということもあるが、なぜ中国AI株が売られたのか。市場は、AI業界に起こり始めた地殻変動を嗅ぎ取ったのかもしれない。
AI業界で起き始めた地殻変動
7月17日、香港市場でZ.ai(Zhipu)が28%安と上場以来最大の下げを記録し、同業のMiniMaxも16%下落(TradingKey)。当事者のMoonshotも非上場なので、Z.aiなどは流れ弾を浴びた格好だ。米国側では、OpenAIの代理銘柄と見られるSoftBank(9%安)と、Nvidiaはじめ半導体株が売られた(Fortune)。米中に関係なく、AIモデル関連株が売られたのだ。
何が起こったのか。米シリコンバレーの著名投資家Gavin Baker氏は7月17日、「Kimi K3はAIの重要な転換点かもしれない」とX上に投稿した。同氏によると、この転換点は、AnthropicとOpenAIには潜在的にマイナス要因だが、AI業界の他の企業や幅広い産業にプラスに働くという(Gavin Baker氏のX投稿)。投稿は111万回以上表示され、Elon Musk氏も「Interesting」と反応した。
なぜAIモデル専業の2社だけにマイナスで、他の全員が潤うのか。Baker氏の論理はこうだ。
ごく一握りのAI大手が高い利益率で市場を支配する世界を考えてみてほしい。買い手がその数社しかいないから、電力会社も半導体メーカーもクラウド事業者も彼らに頭が上がらず、言い値で買い叩かれる。AI大手はやがて電力や半導体まで自前で手がけ、アプリケーションの領域まで呑み込んでいく。AI大手が儲かれば儲かるほど、取引相手は儲からなくなる。
逆にモデル同士の競争が激しくなって値下げが始まれば、電力会社や半導体メーカーは対等に交渉できるようになり、削られていた儲けを取り戻せる。「モデル層のマージン率の低下は、インフラ層のあらゆる部分でのマージン額の増加であり、ソフトウェアにとっては天の恵みだ」とBaker氏は言う。オープンモデルが最先端の性能に並ぶことは、AIモデルメーカーには脅威でも、電力会社、半導体メーカー、クラウド事業者、ソフトウェア企業には朗報になるというわけだ。
AIモデルメーカーの高利益率時代は終わった。市場はそう受け止めたのかもしれない。なので米中関係なく、AIモデル関連銘柄が売られたのだろう。
本当にKimi K3が、AIモデルメーカーの高利益率時代の終焉という地殻変動の引き金になったのだろうか。Baker氏は、K3のインパクトはまだ弱いという。なぜならK3は、トークン効率が低く、同じタスクをこなすのに多くのトークンを必要とするからだ。よりトークン効率のよいモデルが登場したときこそが、地殻変動が確定するときだというわけだ。ただSpaceXAIのGrok 4.5やMetaのMuse Spark 1.1など、トークン効率の優れたモデルが次々と登場してきているので、AIモデルメーカー高利益率時代が終焉の方向に向かっているのは間違いなさそうだ。
ではOpenAI、Anthropicは弱体化するのか。前回の記事で述べたようにAIモデル単体での性能差が縮小したとしても、モデルを動かす実行基盤(ハーネス)と密に結合することで性能を大きく向上できる。OpenAIのCodexやAnthropicのClaude Codeなどのコーディングエージェントはその好例だ。両社ともコーディング以外の領域でもハーネスとの密な結合を目指して開発を急いでいる。どちらにせよモデルだけで大きく儲ける時代は終わりということだ。
また両社とも、再帰的自己改良の技術を開発中だ。両社のAIが自分で自分を改良する技術を身につければAIの進化は大きく加速することになり、中国AIをあっという間に引き離す可能性がある。
地殻変動は本当に起こっているのか
英・投資調査会社BernsteinのアナリストRobin Zhu氏は、最先端モデルの性能が横並びに近づくことが、OpenAI、Anthropicの利益率には逆風だという。同氏は「OpenAIとAnthropicがここ数週間、一種の価格(利用上限)戦争を始めているのは注目に値する」(Yahoo Finance)と語っている。K3の登場前から、米AI大手2社は同じ料金で利用枠を増やす、事実上の値下げ競争に入っていた。性能で差がつかなければ、残る競争軸は価格しかない。K3は、その流れに投じられた最も重い一撃だと言える。
政治が動き始める可能性もある。ホワイトハウスでAI顧問を務め、現在はOpenAIに籍を置くDean Ball氏は、K3を「米国モデルの単なるコピーではない、明らかに強力なモデル」と評価した上で、トランプ政権の動きを次のように予測している。同氏によると、トランプ政権は、中国製AIを正面から禁止するのではなく、「隠れたリスクがある」との警告を重ねる。「十分な規制リスクを作り出せば、規制対象の企業はみな手を引く」(Yahoo Finance)と言う。
K3がさまざまな変化を引き起こすのは間違いなさそうだ。ただこれは本当に、OpenAI、Anthropicの2強時代の終わりという地殻変動なのだろうか。
中国発のモデルが市場を揺らすのは、2025年1月のDeepSeekショック以来2度目だ。あの時、株価は数週間で戻り、AIインフラへの投資競争はむしろ加速した。ただ、あの時と今回では、市場が突きつけられた問いが違う。DeepSeekの問いは「AIはもっと安く作れるのではないか」で、答えは「安く作れるなら、同じ投資でもっと多くの知能を作れる」という楽観に回収された。K3の問いは「作れたとして、モデルで儲かるのか」だ。作る量を増やしても、この問いには答えられない。7月27日にK3のウェイトが公開され、性能の実測が出揃ったとき、市場がもう一度楽観に戻れるかどうか。地殻変動が本物かどうかは、そこで見えてくる。