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センサーからデータ基盤へ Wiliotが描くフィジカルAI戦略

センサーからデータ基盤へ Wiliotが描くフィジカルAI戦略

電池交換を必要とせず、温度などの状態を計測するセンサー技術は、日本を含む各国で開発が進んでいる。イスラエル発のWiliotが目指すのは、センサーの販売にとどまらない。商品や物流資材から集めたデータをクラウド上で整理し、企業の業務システムやAIが利用できる基盤として提供することだ。

Wiliotは、現実世界から継続的にデータを集める基盤こそが、フィジカルAIで重要な位置を占めるとみている。同社が公表している物流現場での活用例や、経済効果に関する説明を手がかりに、その戦略を見ていく。

生成AIだけでは、現実世界の「今」は分からない

例えばAIに「この肉は販売しても安全か」と尋ねても、輸送中の温度履歴がなければ答えようがない。「この荷物はいつ店舗に到着するか」と尋ねても、現在位置や移動履歴がなければ、信頼できる予測はできない。

工場や物流、店舗などでAIを働かせるには、「いま、どこで、何が起きているか」を継続的に伝える仕組みが必要になる。この課題に取り組んでいるのが、センサーとクラウドを組み合わせたデータ基盤を提供するWiliotだ。

Wiliotのマーケティング担当副社長Amir Khoshniyati氏は、米テクノロジー番組「Big Technology」のインタビューで、商品や物流資材の状態をセンサーで継続的に捉え、AIが判断に使えるデータへ変換する仕組みについて説明した。

同社の最新世代の小型センサー「IoT Pixels」は、縦3.3センチ、横6センチほどで、切手に近い大きさだ。バッテリーを内蔵せず、倉庫や店舗などに設置した通信機器から電波で給電される。商品や箱、パレットなどに取り付けると、温度、湿度、光の変化などを検知し、Bluetooth Low Energy(BLE)で信号を送る。

通信機器はIoT Pixelsを作動させると同時に、センサーが発した信号を受け取り、クラウド上のデータ基盤へ転送する。Wiliotは、センサー、通信設備、データ基盤を一体のシステムとして提供している。

電池を使わないセンサーや、現場の状態をデータ化する技術は日本にもある。慶應義塾大学、デンソーウェーブ、RAMXEED、パナソニックホールディングスが中心となって日本から提案したUHF帯RFIDの国際規格「ISO/IEC 18000-65」は、2026年2月に発行された。電池なしで動くセンサー端末から、温度や振動などのデータを連続的に取得するための通信規格で、今後は実用化に向けた実証が進められる。

通信方式や用途、実用化の段階が異なるため、Wiliotの技術と単純な優劣を比べることはできない。

Khoshniyati氏はインタビューで、「信頼できるデータ源がなく、現実世界の物品を継続的に読み取れなければ、言語モデルは価値を生み出せない」と語った。AIがどれほど進化しても、現場の状況を示すデータが入らなければ、判断の材料そのものが存在しないというわけだ。

「37分の滞留で年間2億7000万ドルの損失」

Khoshniyati氏がインタビューで挙げた活用例の一つが、冷蔵食品の管理だ。

肉や野菜を載せたパレットが店舗に到着しても、すぐに冷蔵庫や冷凍庫へ運び込まれず、荷降ろし場所に置かれたままになることがある。センサーが記録した温度と滞留時間を分析すれば、「あと5分置かれると基準を外れ、販売できなくなる」と事前に警告できるという。

商品ごとの履歴があれば、輸送中に温度基準を何度外れたのかを基に、食品の危険性を評価することも可能になると同氏は説明した。

Wiliotは公式の導入事例でも、イチゴを入れたケースにIoT Pixelsを取り付け、配送センターから輸送、店舗まで温度と位置を追跡したとしている。温度や作業工程の異常を検知し、食品廃棄の削減や在庫確保に役立てたという。ただし、この事例もWiliot自身が公表したものである。

Khoshniyati氏はBig Technologyのインタビューで、ある大手小売企業が、パレットの滞留時間が37分を超えると損失が発生すると分析したと説明した。こうした滞留による年間の損失額は、2億7000万ドルを超えたという。

ただし、このインタビューはWiliotの提供で制作されている。顧客企業の名前や損失額の算出方法は示されておらず、2億7000万ドルという数字を裏付ける第三者資料も確認できなかった。現段階では、Khoshniyati氏による説明として受け止める必要がある。

Wiliotが狙う、フィジカルAIのデータ基盤

フィジカルAIを動かすには、現実世界を読み取るセンサー、情報を運ぶ通信網、生のデータを整理するクラウド基盤、企業の業務システムとの接続、そして分析や判断を担うAIが必要になる。

Wiliotは、このうちセンサーからデータ基盤までを自社の中心領域と位置づけている。Khoshniyati氏はインタビューで、同社の支出の中心はAIモデルを動かす計算資源ではなく、ハードウェアとデータ基盤だと説明した。整理したデータをERP(基幹業務システム)やWMS(倉庫管理システム)と連携させ、AIエージェントが分析や判断に使えるようにする構想だ。

AIモデルは、性能や価格に応じて別の製品へ切り替えられる可能性がある。一方、現場に設置されたセンサー網や、そこから蓄積される温度、位置、移動、滞留時間などの履歴は、簡単には作り直せない。Wiliotは、この現場データの蓄積が、フィジカルAIにおける重要な資産になるとみている。

その先にKhoshniyati氏がインタビューで描いたのが、「物理世界のデータファウンドリ」という将来構想だ。顧客企業から集まる物流データを横断的に分析し、商品の種類や温度帯ごとの標準的な配送時間、品質を保てる時間の目安など、業界で利用できる指標を作る。大規模な自社データを持たない中小企業も、こうした指標を判断材料にできるようにする考えだ。

ただし、企業をまたいでデータを利用するには課題もある。物流データには、販売量、仕入れ先、在庫不足、配送速度、品質事故など、企業の競争力に関わる情報が含まれる。個々の企業を特定できない形にどう処理するのか。他社向けの分析やAIの学習にどこまで使うのか。分析結果の所有権を誰が持つのか。Khoshniyati氏の説明からは分からない。

それでも、Wiliotの狙いは明確だ。AIモデルそのものではなく、AIが現実世界を判断するためのデータの入り口を押さえる。フィジカルAIの競争は、モデル開発だけでなく、現場データを集め、整理し、供給する基盤にも広がり始めている。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。