AIによる大量失業はまだ起きない=Anthropic経済研究責任者
米AI開発企業Anthropicの最高経営責任者(CEO)、Dario Amodei氏は2025年5月、AIによって初級ホワイトカラー職の半数が失われ、米国の失業率が今後1〜5年で10〜20%に達する可能性があると米ニュースサイトAxiosのインタビューで警告した。ところが、そのAnthropicから、一見すると正反対の分析が出てきた。
同社の経済研究チーム責任者、Peter McCrory氏は、Anthropicが過去18カ月に発表した経済研究を基に、AIが米国の雇用に与えた影響をまとめた長文の分析を公表した。
同氏は、AIがすでに広く利用され、生産性を押し上げ始めているにもかかわらず、現時点で失業率を目立って上昇させた形跡はないと指摘。今後1年についても、AIを原因として失業率が大きく上昇するとはみていない。
AI普及でも米雇用は安定
McCrory氏がまず強調したのは、米国の雇用情勢が現在も安定しているという点だ。
6月の失業率は4.2%で、米連邦準備制度理事会(FRB)が物価の安定と両立する完全雇用に近い水準とみなしている。4月には失業者1人に対する求人件数も1件をわずかに上回った。25〜54歳の就業率は数十年ぶりの高水準に近く、失業保険の新規申請件数や解雇率にも目立った増加はみられないという。
AIの普及がまだ限定的だから、雇用への影響が表れていないわけでもない。McCrory氏によると、米企業の約20%が少なくとも一つの業務でAIを利用しており、情報産業では利用率が40%に達している。品質の向上を加味したAIの生産量は、2024年と2025年のいずれも年間2000%を超えるペースで増加したという。
生産性の統計には、すでにAIの影響とみられる変化も表れ始めている。米国の労働生産性は2022年第1四半期から2026年第1四半期まで年平均2.0%上昇した。コロナ禍前の4年間の1.6%を上回り、AIの利用率が高い産業ほど生産性の伸びも大きい傾向がみられた。
それでも、解雇や離職、再就職率、職種の転換といった指標には、AIによる異常な変化は確認できなかった。AIの能力向上が最も目立つソフトウエア開発でも、求人件数は2025年5月以降、他の職種に比べて持ち直しているという。
AIは「仕事」ではなく「作業」を代替
では、AIがこれほど急速に普及しているのに、なぜ失業率は上がっていないのか。
McCrory氏は、現在のAIには、高度な技能を持つ人ほど恩恵を受けやすく、人間の労働を補完する性質があると説明する。AIが自動化しているのは職業全体ではなく、その職業を構成する一部の作業だからだ。
Anthropicの調査では、米労働省の職業・作業データベース「O*NET」に登録された職業のうち、Claudeが関連するすべての作業を安定して処理できる職業は一つもなかった。対人調整や現場での作業、物理的な環境への対応など、現在のAIが担えない作業が残っている。
複雑な仕事ほど、人間の専門知識も重要になる。Anthropicの研究では、Claudeが高度な経済モデルを作成する場合、利用者も専門知識に基づく複雑な指示を与えていた。AIは難しい仕事ほど失敗しやすく、人間が計画を立て、結果を評価し、問題が起きれば軌道修正する必要がある。
プログラミング支援AI「Claude Code」の約40万件の利用記録を調べた別の調査でも、同様の役割分担が確認された。一般的な利用では、人間が計画に関する判断の約70%を担い、Claudeが実行に関する判断の約80%を担っていた。
また、その仕事に関する専門知識を持つ利用者ほど、作業の成功率が高く、AIが間違えた場合にも立て直しやすかった。単純にコードを書く能力の価値は低下する可能性がある一方、何を作るかを決め、AIに指示し、成果を評価する能力の価値は高まっている。
若年層の採用には弱さも
ただし、McCrory氏は、AIが雇用にまったく影響していないと断定しているわけではない。
Anthropicが2026年3月に発表した労働市場への影響に関する調査では、Claudeが作業の自動化に多く使われている職種でも、他の職種に比べて失業率が悪化した事実は確認できなかった。一方、AIの影響を受けやすい職種では、若年層の採用率がこの1年ほど弱まっている可能性があるという。
米Stanford大学のDigital Economy Labが発表した研究でも、AIの影響を受けやすい職種で働く22〜25歳の雇用が、他の労働者と比べて16%減少したとの結果が出ている。
もっとも、McCrory氏は、この動きをAIによる雇用喪失の証拠とみなすことには慎重だ。AIが普及した時期には、コロナ禍後の経済の正常化や急速な利上げ、ウクライナ侵攻後の商品価格の変動、貿易政策をめぐる不透明感などが重なった。企業にとって採用は将来への投資であり、経済の先行きが不透明になれば、AIとは関係なく抑制されやすい。
職種によって今後の影響が異なる可能性もある。McCrory氏は、テクニカルライター、データ入力担当者、顧客サポート担当者、プログラマーなどを、AIが主要な作業を比較的安定して処理できる職種として挙げた。現時点で失業率の上昇はみられないものの、AIへの影響度が高い職種ほど、2034年までの雇用の伸びが小さくなると予測されている。
また、Claudeが作業の自動化に多く使われている職種で働く人ほど、実際に失業率が上昇しているかどうかとは別に、仕事を失うことへの不安を強く感じていた。AIによる失業が統計には表れていなくても、働く人の意識にはすでに影響が及んでいる可能性がある。
McCrory氏の分析が示しているのは、AIによる大量失業がすでに始まったという証拠はない一方、AIの影響を受けやすい職種では、若年層の採用が弱まっている可能性を否定できないという現状だ。
CEOの大量失業予測とは矛盾するのか
McCrory氏の分析は、Dario Amodei氏が示してきた見通しとは、かなり温度差がある。
Amodei氏はAxiosのインタビューで、テクノロジーや金融、法律、コンサルティングなどの分野で、とりわけ若者向けの仕事が大量に失われる恐れがあると指摘。AI企業や政府は、その可能性を包み隠さず伝えるべきだと訴えていた。
これに対し、McCrory氏は、現時点でAIによる失業率の上昇は確認できず、今後1年についても「少なくともAIを理由として、失業率が目立って上昇するとは予想していない」と結論づけた。
ただし、両氏の見解は完全に矛盾しているわけではない。McCrory氏が主に検証したのは、現在のAIが米国の労働市場にすでに及ぼしている影響だ。一方、Amodei氏が警告したのは、AIの能力が今後さらに向上し、企業が人間に代えてAIを本格的に使い始めた場合に起こり得る変化だった。予測の期間も、McCrory氏の「今後1年」に対し、Amodei氏は「今後1〜5年」と幅を持たせている。
McCrory氏も、現在の傾向が将来まで続くとはみていない。AIの苦手な作業が減り、人間による指示や監督の必要性が薄れれば、これまでとは異なる雇用への影響が生じる可能性がある。AIが研究開発や次世代AIの開発まで自動化すれば、経済や雇用の変化が急激に進む可能性も認めている。
両氏の違いは、AIが将来、雇用を脅かす可能性を認めるかどうかではない。その影響がいつ本格化すると考えるかにある。
大量失業論を修正するAnthropic自身のデータ
AI企業の経営者がAIの危険を強調し、自ら政府に規制を求めることには以前から批判がある。複雑な規制に対応できる資金や法務部門を持つ大手企業ほど有利になり、新規参入企業やオープンなAIの開発者を排除する「規制の取り込み」につながるのではないか、という指摘だ。米Axiosも2026年7月、AI大手が求める規制は資金力のある先行企業に有利に働く可能性があると報じている。
今回のMcCrory氏の分析が、そうした批判を意識して発表されたのかどうかは分からない。また、同氏の分析はAnthropicの公式見解ではなく、同社の経済研究を率いる立場からまとめた見解だ。
ただ結果として、AnthropicのCEOが示してきた大量失業への強い警告を、同社自身の研究データが相対化する形になった。
少なくとも現在のAIが代替しているのは、職業そのものよりも、職業を構成する一部の作業だ。しかも、AIを使えば専門知識が不要になるわけではない。専門性を持つ人ほど、AIに適切な指示を与え、間違いを見抜き、より複雑な仕事を成功させやすい。
AIを日常的に使う現場から見ても、この結論には実感がある。AIによって不要になる作業は確実に増えているが、仕事全体を安心して任せられる場面はまだ限られている。むしろ能力の高い人ほどAIを使って仕事の範囲を広げ、これまで以上に高度な成果を出し始めている。
当面の問題は、人間の仕事が一斉にAIへ置き換わることよりも、AIを使って能力を拡張できる人と、そうでない人の間で、生産性や仕事の機会の差が広がることなのかもしれない。