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AIはアインシュタインになれるか DeepMind研究者が問う「科学的発明」の壁

AIはアインシュタインになれるか DeepMind研究者が問う「科学的発明」の壁

AIが人間並みの知能、いわゆるAGIに到達したかどうかは、何を基準に判断すればいいのだろうか。

米Google傘下のAI研究組織Google DeepMindの最高経営責任者(CEO)、Demis Hassabis氏は、一つの試験を提案している。AIが利用できる知識を1911年までに制限し、アルバート・アインシュタインのように一般相対性理論を生み出せるか試すというものだ。

Hassabis氏は2026年2月17日、インド理科大学院での対談で、現在のAIには「真の創造性」や継続的に学ぶ能力、長期的に計画する能力が欠けていると指摘した。そのうえで、一般相対性理論の再発見は「完全なAGIが実現したかどうかを測る本当の試験になる」と語った。

既に知られている問題で人間を上回るだけでは十分ではない。人類がまだ知らない世界の仕組みを、自ら見いだせなければならないという考えだ。

ところが、同じGoogle DeepMindの研究者が、現在の大規模言語モデル(LLM)には、その飛躍を生み出す仕組みがないと論じた。

研究科学者Tom Zahavy氏が発表したポジションペーパーの題名は「LLMs can’t jump(LLMはジャンプできない)」。アインシュタインが一般相対性理論にたどり着いた過程を手がかりに、AIは本当に新しい科学を発明できるのかを考察した論文である。

これは実験によってLLMの限界を証明した研究ではない。科学史と科学哲学を基に著者の立場を示した単著の論考であり、Google DeepMindの公式見解でもない。それでも、同社がAIによる科学的発見を強く打ち出す中で、内部の研究者が「発見とは何か」を問い直した意味は大きい。

答えではなく、前提を作れるか

Zahavy氏は、科学者の思考を大きく三つに分ける。

一つ目は帰納である。多数の観測結果から、共通する規則やパターンを見つける。大量の文章や画像、実験データから規則性を学ぶ現在の生成AIが、最も得意とする処理だ。

二つ目は演繹である。既に与えられた原理や公理から、論理的に結論を導く。数学の証明やプログラムの検証などが該当し、推論モデルや定理証明AIの進歩によって、この能力も急速に高まっている。

三つ目がアブダクション、つまり仮説を生み出す推論である。目の前の現象を説明するため、それまで存在しなかった前提や説明原理を考え出す。

Zahavy氏によれば、LLMは帰納と演繹には強くても、このアブダクションの「ジャンプ」ができない。既に文章や数式として存在する知識を組み替えることはできても、観測や身体的な直感から、世界を見る新しい枠組みを発明する仕組みを持っていないという。

論文が例に挙げるのが、アインシュタインが「生涯で最も幸福な思考」と呼んだ着想である。

自由落下している人は、自分の周囲では重力を感じない。アインシュタインはこの思考実験から、重力を受けている状態と加速している状態は局所的には区別できないという「等価原理」にたどり着いた。これが、重力を物体間の力ではなく、時間と空間の構造として捉え直す一般相対性理論の出発点になった。

重要なのは、既存の公理から一般相対性理論がそのまま導かれたわけではないことだ。アインシュタインはまず、自由落下という物理的な感覚から新しい前提を置き、その後に数学を使って理論を組み立てた。

Zahavy氏も、等価原理のような正しい前提を与えられれば、LLMが必要な数式を導ける可能性は認めている。問題は、数式を解けるかどうかではない。まだ文章にも数式にもなっていない前提を、AIがどこから生み出すのかである。

AIは既に「発見」している

この主張に反論する材料もある。Googleの複数部門が、AIによる新しい発見を相次いで発表しているからだ。

米Google Research、Google DeepMind、Google Cloud AIが共同開発したAI co-scientistは、複数のAIエージェントが研究仮説を作り、互いに批判し、順位を付けながら改良していくシステムである。科学論文やデータベースを調べ、人間の研究者が見落としていた仮説を提案する。

薬剤耐性菌の研究では、英Imperial College Londonの微生物学者José R. Penadés氏の研究チームが10年近くかけて到達した未発表の仮説に対し、AI co-scientistが2日以内に5つの説明案を提示した。第1位に選ばれた案は、研究チームが独自にたどり着いていた仮説と一致していた。

研究内容は当時まだ公表されていなかったため、AIが訓練データから答えを引き出したわけではない。既存の文献を組み合わせ、研究者と同じ仮説に独力で到達したことになる。

Google DeepMindが2025年5月に発表したAlphaEvolveも、AIが新しいアルゴリズムを生み出せることを示している。LLMがプログラムを作り、自動評価装置が性能を測り、その結果を基に改良を繰り返す。GoogleのデータセンターやAI訓練の効率化に使われたほか、行列計算や数学問題で、人間が知らなかった解法を見つけた。

こうした成果を見れば、AIは既に新しい知識を生み出しているように見える。

Google DeepMindは2026年7月の論考で、こうした科学向けAIエージェントを「仮説を生み出す機械」と位置づけた。AIによって候補を作る費用は下がる一方、どの仮説が正しいかを確かめる実験や査読には、依然として時間と費用がかかる。AIが科学者を不要にするというより、研究のボトルネックを「アイデア不足」から「検証能力の不足」へ移す可能性がある。

しかしZahavy氏の枠組みでは、ここに一線が引かれる。

AlphaEvolveでは、人間が問題と評価基準を与えている。AI co-scientistも、既存の論文やデータベースを読み、研究者が設定した課題に対する仮説を探す。

つまりAIは、与えられた地図の上で新しい道を見つけることには長けている。しかし、地図の描き方そのものを作り替えたのかどうかは別の問題だ。

「新発見」の意味をどう測るか

もっとも、人間の創造性も、過去の知識や経験の組み合わせにすぎないのではないかという反論は成り立つ。アインシュタインも無から一般相対性理論を作ったわけではない。古典力学、特殊相対性理論、当時の物理学が抱えていた矛盾、数学者との議論など、膨大な知的蓄積があった。

既存知識の組み合わせと、本当に新しい概念の発明との境界は明確ではない。

また、現在のLLMとアインシュタインを比べる条件も公平とは言い切れない。アインシュタインは何年にもわたり、現実世界を観察し、他の研究者と議論し、何度も考えを修正した。AIに短い指示を与え、数時間考えさせただけで「ジャンプできない」と結論づけるのは早い可能性がある。

長期記憶を持つAIエージェントが、実験装置やロボットを操作し、結果を観察しながら数カ月、数年にわたって仮説を修正したらどうなるのか。そのような試験は、まだほとんど始まっていない。

Zahavy氏自身も、AIに科学的発明が永久に不可能だと主張しているわけではない。必要なのは、言葉の関係だけを学ぶLLMではなく、物体の動きや因果関係を内部で再現し、現実世界に働きかけて結果から学べる世界モデルだとしている。

誰が問いを作ったのか

この論争は、AIによる科学的発見を評価する際の新しい物差しを示している。

AIが成果を出したとき、「新しい答えを見つけた」という説明だけでは足りない。研究課題を決めたのは誰か。調べる変数を選んだのは誰か。答えを判定する基準を作ったのは誰か。AIは既存の研究空間を広く探索したのか。それとも、人間が考えもしなかった研究空間を作ったのか。

現在のAIは、科学者が見落としていた文献を見つけ、膨大な候補を調べ、検証すべき仮説を提案する強力な共同研究者になり始めている。それだけでも、科学研究の速度を大きく変える可能性がある。

一方で、人間の科学史を変えたのは、既にある問いに答えた研究者だけではない。何を問うべきか、世界をどう表現すべきかを作り替えた研究者たちだった。

AIがアインシュタインになれるかどうかは、難しい数式を解けるかでは決まらない。まだ存在しない前提を作り、そこから検証可能な新しい世界像を示せるかどうかで決まる。

Hassabis氏が掲げた「アインシュタイン試験」に、現在のAIはまだ合格していない。

「LLMs can’t jump」が問いかけているのは、単にAIの能力が足りないということではない。合格するために必要なのは、より大きな言語モデルなのか。それとも、現実世界を経験し、働きかけ、失敗から学ぶ、まったく異なるAIなのかという問題である。



一次資料URL:

https://research.google/blog/accelerating-scientific-breakthroughs-with-an-ai-co-scientist/

https://storage.googleapis.com/deepmind-media/DeepMind.com/Public-Policy/conjecture-machines-ai-agents-and-the-new-validation-bottleneck-in-science/conjecture-machines-ai-agents-and-the-new-validation-bottleneck-in-science.pdf

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。