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中国AIはなぜ安いのか DeepSeek創業者の流出発言が示す一つの答え

中国AIはなぜ安いのか DeepSeek創業者の流出発言が示す一つの答え

中国のAIモデルは、なぜこれほど安いのか。

中国の人件費が安いから。政府の支援があるから。米国の輸出規制で高性能半導体を十分に使えず、効率化を迫られたから。これまで、さまざまな理由が挙げられてきた。

だが、中国のAI企業DeepSeekの創業者、Liang Wenfeng氏が投資家に語ったとされる約4時間の会話記録からは、別の答えが浮かび上がる。

DeepSeekは、利益を最大化できる価格ではなく、購入したサーバーの費用を約10カ月で回収できる価格を基準にしているという。しかも、モデルを無料で公開しても、他社は同じ費用では運用できないため、API事業は成り立つと考えている。

中国AIの安さは、赤字覚悟の値下げではなく、価格の決め方と運用技術を組み合わせた事業モデルなのかもしれない。

サーバー代を「10カ月で回収」

会話記録は、2026年5月20日に開かれた投資家向け会議を文字に起こしたものとされる。ネット上に公開されたGitHub版によると、録音時間は約3時間44分。音声認識で文字化した後、AIでテーマ別に整理されており、話者の区別はされていない。固有名詞や数字に誤りが含まれる可能性もある。

DeepSeekは記録の真正性を認めておらず、一般に確認できる形で元の音声も公開されていない。それでも、もしこの記録が本当にLiang氏の発言記録であるならば、この記録にはDeepSeekの低価格戦略を読み解く手掛かりがある。

記録の中で同氏は、DeepSeekのAPI価格について、次のような考え方を説明している。

市場でサーバーを購入し、約10カ月で設備費を回収できれば、十分な収益性があると考える。サーバーは通常、会計上は3年から5年かけて減価償却するが、事業としては10カ月で元を取れれば十分だという。

DeepSeekの認識では、価格を1.5倍や2倍にしても、利用されるトークン数はそれほど減らない。つまり、値上げすれば売上を増やせる。それでも同社は、その選択をしていないという。「利益を最大化するなら、価格はもっと高く設定すべきだ」とも語っている。あるモデルの料金を当初の4分の1に下げた際には、社内のチャットで多くの社員が喜んだとも述べている。

多くの企業は、原価だけでなく、競合の価格や顧客が支払える金額を見ながら価格を決める。これに対し、記録が示すDeepSeekの発想は、設備費を回収し、研究開発を続けるのに必要な収益が得られれば、それ以上の上積みを価格に乗せないというものだ。

この説明が正しければ、低価格は一時的な販売促進策ではなく、利益の最大化を優先しない経営方針の表れということになる。

安く売っても利益を出せる

もちろん、理念だけでは価格を下げられない。競合よりも運用費用が低くなければ、低価格は長続きしない。

記録の中でLiang Wenfeng氏は、10カ月で設備費を回収できる価格を実現できるのはDeepSeekだからだと主張している。中国IT大手のAlibabaやTencentが同じモデルを運用すれば、費用はDeepSeekの数倍になるとの見方も示した。

この数字を外部から確認することはできない。しかし、DeepSeekがモデルの性能だけでなく、訓練や推論にかかる費用の削減を重視してきたことは、公開資料からも確認できる。

DeepSeek-V3は、モデル全体を毎回動かすのではなく、質問に応じて必要な部分だけを使うMoEと呼ばれる構造を採用している。さらに、会話の文脈を保持するために必要なメモリーを減らすMLAや、低い精度の数値を使って計算量を抑えるFP8などを組み合わせた。

DeepSeekの技術資料からは、モデルの設計だけでなく、計算方法、半導体間の通信、処理プログラムまでを一体で最適化しようとする考え方が読み取れる。

2025年3月には、V3と推論モデルR1のオンライン運用費が1日8万7072ドルだったのに対し、すべての利用をR1の通常価格で課金したと仮定すると、1日56万2027ドルの売上になるとの試算も公表した。

理論上は、運用費を差し引いた利益が、運用費の約5.45倍になる計算だ。

ただし、無料利用や割引料金があるため、実際の売上はこの数字を大幅に下回るとDeepSeek自身が説明している。ここでいう費用にも、研究開発費や人件費など、会社を運営するための費用がすべて含まれているわけではない。

それでも、1回の処理に必要な計算量を減らし、サーバーを高い稼働率で動かせれば、低料金でも設備費を早期に回収できる。低価格だから必ず赤字になるわけではない。

2026年7月時点で、DeepSeek-V4-FlashのAPI料金は、100万トークン当たり、入力が0.14ドル、出力が0.28ドル。過去に入力した内容が一時保存されている場合、入力料金は0.0028ドルまで下がる。

少なくともDeepSeekの事例では、安さを支えているのは人件費だけではない。モデルを動かす費用を少しずつ削る技術の積み重ねが、大きな役割を果たしていると考えた方がよさそうだ。

モデルを無料公開してもAPIは売れる

DeepSeekの価格戦略には、もう一つ、一見すると矛盾する点がある。

同社は、最先端モデルの設計情報やウェイトを公開するオープンウェイト戦略を取っている。誰でもモデルを入手できるなら、わざわざDeepSeekのAPIを使う必要はなくなるように思える。

だが、巨大モデルを入手することと、それを低い費用で安定して動かすことは別問題だ。

自社運用には、多数のAI半導体、サーバー間を接続する高速ネットワーク、電力、冷却設備、専門の技術者が必要になる。利用量が少なければ、高価な設備を十分に使い切ることもできない。

一方、多くの顧客からAPI利用を集めるDeepSeekは、さまざまな顧客の処理を自社の大規模設備に集約できる。サーバーの稼働率を高め、設備費を大量のトークンに分散できる。

モデルが無料で手に入っても、多くの企業にとっては、DeepSeekのAPIを利用した方が安い。その状態を作れれば、モデルを公開してもAPI収入は失われない。

DeepSeekの競争力は、モデルを公開してもなお、他社より安く運用できることにあるというわけだ。

会話記録によると、Liang Wenfeng氏は、APIなどAI事業の年換算売上高が数億ドルに達する可能性があると語っている。さらに10億ドルまで伸びれば、研究開発費を含む会社の全費用を賄い、キャッシュフローを黒字化できるとの見通しを示した。

そう考えれば、モデルの公開は収益を放棄する行為ではない。モデルの利用者を増やし、自社の技術を広く普及させるための戦略にもなる。

「コスト削減」を技術力と考える中国勢

では、この考え方を中国AI全体に広げることはできるのだろうか。

会話記録の中でLiang Wenfeng氏は、中国企業にはコスト削減と製品開発で構造的な強みがあるとの見方を示している。

同氏によると、米国企業がコスト削減を最優先課題にしないのは、価格を下げなくても事業が成り立つためだ。反対に、中国企業はコスト削減を重要な技術課題と位置づけ、改善を続ける。

中国企業は製品を安く作ることに長けており、AIでも中国製品は構造的に安くなる可能性があるという。

これは、家電、太陽光パネル、電気自動車などで見られた中国企業の競争を、AIに当てはめた見方だ。

一社が低価格の商品を出せば、競合も値下げと効率化を迫られる。DeepSeekの登場後、中国IT大手のAlibaba、ByteDance、Tencentなども相次いでモデルの料金を引き下げた。低価格とオープンウェイトは、中国AI企業にとって有力な競争手段になりつつある。

ロイター通信は、DeepSeekのAPI価格が一時、同等とされる米国モデルの20分の1から40分の1だったとの証券会社の試算を報じている。

米国の輸出規制も、皮肉な形で効率化を促した可能性がある。

最先端の半導体を米国企業ほど自由には調達できない中国企業は、限られた半導体から、より多くの処理能力を引き出さなければならない。半導体の不足は明らかに不利だが、モデルの軽量化や推論処理の最適化を急がせる圧力にもなる。

少ない計算資源でモデルを動かす技術が蓄積されれば、その成果はAPI料金の低下となって現れる。

中国AIすべてに当てはまるわけではない

ただし、こうした仮説には注意も必要だ。

まず、流出記録が本当にLiang Wenfeng氏の発言なのかは確認できない。また、発言が本物だったとしても、投資家向けの説明には、自社の強みを大きく見せようとする意図が含まれている可能性がある。

10カ月で設備費を回収するという計算も、サーバーが高い稼働率で動き続けることが前提だ。電力、通信、人件費、研究開発費、無料サービスの費用まで含めた、会社全体の利益率を示すものではない。

さらに、DeepSeekの戦略を中国企業すべてに当てはめることもできない。巨大なクラウド事業や広告事業を持つ企業は、AIを別事業の利用者獲得に使えるため、DeepSeekとは異なる理由で価格を下げることもある。

それでも、この記録は、「中国AIは補助金があるから安い」「赤字覚悟で安売りしている」という単純な説明とは異なる見方を提示している。

低価格を支えるのは、利益の最大化を優先しない価格設定だけではない。API利用を集約して設備の稼働率を高め、モデルから半導体向けプログラムまでを一体で最適化し、1トークン当たりの費用を下げ続ける。

少なくともDeepSeekについては、コストを下げること自体を技術開発と競争戦略の中心に据えることで、低価格を成立させている可能性がある。

中国AIの安さを考えるとき、単なるダンピングだと決めつけるのではなく、コスト削減を技術力に変える事業モデルにも目を向ける必要がありそうだ。



参考資料

https://github.com/iamsophie/deepseek-liang-wenfeng-investor-meeting

https://github.com/0xtresser/Transcript-of-Liang-Wenfengs-DeepSeek-Founder-4-Hour-Investor-Meeting

https://linas.substack.com/p/deepseeks-leaked-investor-call

https://api-docs.deepseek.com/quick_start/pricing/

https://github.com/deepseek-ai/DeepSeek-V3

https://www.reuters.com/technology/chinas-deepseek-claims-theoretical-cost-profit-ratio-545-per-day-2025-03-01/

https://www.reuters.com/technology/artificial-intelligence/deepseek-rushes-launch-new-ai-model-china-goes-all-2025-02-25/

https://www.reuters.com/world/china/year-deepseek-shock-get-set-flurry-low-cost-chinese-ai-models-2026-02-12/