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GoogleはAI競争から脱落したのではなく、抜け出したという説

GoogleはAI競争から脱落したのではなく、抜け出したという説

AIの最先端モデルをめぐる開発競争は、米OpenAIと米Anthropicの二強時代に入った――。少なくともコーディングエージェントの分野では、そうした見方が広がっている。

両社は高性能モデルを相次いで投入し、AIにプログラム開発を任せるコーディングエージェントでも激しく競い合っている。一方、かつてOpenAIの最大のライバルとみられていた米Googleは、いつの間にか話題の中心から外れたように見える。

Reutersによると、6月に予定されていた次期最先端モデルGemini 3.5 Proの公開は遅れている。組織の縦割りや、コーディングエージェントの活用の遅れを指摘する声もある。(関連記事:AIの最先端競争でGoogleは7位、原因は社内の縦割りか

AIニュースレター「The Algorithmic Bridge」を運営するAlberto Romero氏は、7月28日付のエッセイで、これとは異なる見方を示した。同氏の言い方を借りれば、Googleは先頭集団から「脱落した」のではなく、自ら「抜け出した」のだという。

ただし、「競争から抜け出した」とは、GoogleがGeminiの開発をやめたという意味ではない。OpenAIとAnthropicが力を入れる、コーディングエージェントを使ってAI研究そのものを自動化する競争から、Googleは意図的に距離を置いたのではないか、という説である。

Romero氏自身も、Googleから公式な説明があったわけではなく、公開情報をつなぎ合わせた「情報に基づく推測」だと断っている。

AIが次のAIを開発する競争

OpenAIとAnthropicが目指しているのは、現在のAIを使って、次の世代のAIの開発を加速する仕組みである。

AIがプログラムを書き、実験を実行し、結果を分析する。さらに学習方法やモデル設計の改善にも関わる。現在のモデルが、より優れた次のモデルを作り、そのモデルがさらに次のモデルを改良する。この循環は「再帰的自己改善」と呼ばれる。

Anthropicは2026年6月、この構想を説明する論考「When AI builds itself(AIが自らを作るとき)」を発表した。同社は、AIが次のAIを完全に自律して開発する段階にはまだ達しておらず、再帰的自己改善が必ず実現するとも限らないとしながらも、AIが既にAI開発を加速していると説明している。

同社によると、2026年5月時点で、社内のコードベースに統合されたコードの80%以上をClaudeが書いていた。2026年4~6月期には、エンジニア1人当たりが1日に統合したコードの行数も、2024年の8倍になったという。

ただし、コードの行数は品質を測る指標ではない。Anthropic自身も、この数字は実際の生産性向上を大きく見せている可能性があると注意している。

OpenAIでもCodexの社内利用が急速に広がっている。同社が2026年6月に公表した社内利用データによると、研究部門でCodexに処理させた量を示す出力トークン数の中央値は、2025年11月から2026年6月までに56倍になった。

こうした数字だけで、再帰的自己改善が始まったとは言えない。それでも、AIを使ってプログラム開発や実験を高速化し、次のAIの開発につなげる動きが、両社で進んでいることは確かだ。

モデルの性能が上がるほど研究が速くなり、その研究によって次のモデルがさらに高性能になる。この循環を先に確立した企業は、後続との差を急速に広げられる可能性がある。

一方、Romero氏によれば、Googleはコーディングエージェントを基盤とした再帰的自己改善の競争では、OpenAIやAnthropicほどの存在感を示せていない。

同氏は、これを単なる開発の遅れとは見ない。GoogleのAI研究部門Google DeepMindのCEO、Demis Hassabis氏が、コーディングエージェントによる研究自動化をAGIへの本命の道だと考えていないのではないか、というのがRomero氏の仮説だ。

Googleは別の道を選んだのか

Romero氏は、Hassabis氏が重視しているのは、言葉やプログラムを扱う能力を拡大したAIだけではなく、現実世界の仕組みを理解できるAIだとみている。

Hassabis氏は、AGI(汎用人工知能)を判定する厳しい試験の一例として「アインシュタイン試験」を挙げている。Y Combinatorの2026年4月のインタビューでは、過去のある時点までの知識だけで学習したAIが、Einstein氏のような科学的発見を独力で再現できるかどうかを試したいと語った。

これは、既に答えの分かっている難問を解けるかどうかを測る試験ではない。人類がそれまで知らなかった考え方や法則を、AIが自ら生み出せるかを問うものである。

Google DeepMindの研究者Tom Zahavy氏は、2026年の国際機械学習会議ICMLで発表したポジションペーパー「LLMs can’t jump(LLMは跳躍できない)」で、現在の大規模言語モデルには科学的発明に必要な能力が欠けていると論じた。

Zahavy氏によれば、科学的発明には三つの思考が必要になる。

一つ目は、多数の観測結果から共通する規則やパターンを見つける「帰納」。二つ目は、既に与えられた原理や公理から論理的に結論を導く「演繹」。三つ目は、目の前の現象を説明する新しい仮説や原理を考え出す「仮説推論」である。

同氏は、現在の生成AIは帰納を得意とし、演繹能力も急速に高めている一方、観測された事実を説明する新しい仮説を生み出す仕組みが不足していると主張する。

この仮説推論を実現する手段として、Zahavy氏が提案するのが、物理的に矛盾のないマルチモーダルな「世界モデル」である。

世界モデルとは、物体がどのように動くのか、ある行動がどのような結果を招くのかといった現実世界の仕組みをAIの内部に再現し、将来の状態を予測するモデルを指す。

Google DeepMind自身も、世界モデルをAGIへの重要な足がかりと位置づけている。同社は世界モデルGenie 3の発表記事で、世界モデルを使えば、AIエージェントを多様な仮想環境の中で訓練できると説明している。

Zahavy氏の主張に従えば、文章やコードの続きを予測する現在の大規模言語モデルを拡大するだけでは、Einstein氏のような理論的な飛躍には届かないことになる。

Romero氏は、Google DeepMindが、コーディングエージェントによる再帰的自己改善とは別の方法をAGIへの主軸に据えているのではないかとみる。現在の競争から距離を置いているように見えるのも、そのためだというのが同氏の読みだ。

Googleには、そのような長期戦略を取る余地もある。

OpenAIとAnthropicにとって、AI開発は事業の中心そのものである。モデル競争で後れを取れば、会社の成長に直接響く。

Googleには検索、広告、YouTube、クラウドといった巨大事業がある。短期的なモデルの順位を追うだけでなく、成果が出るまでに時間のかかる世界モデルや科学向けAIの研究にも投資を続けられる。Romero氏は、こうした会社の成り立ちの違いも、Googleが別の道を選べる理由の一つだとみている。

ただし、Zahavy氏の論文は一人の研究者が示した見解であり、Google DeepMindの公式な経営方針を示すものではない。世界モデルを重視していることと、コーディングエージェントの開発競争から撤退することも同じではない。

それでもGoogleは競争から降りていない

Googleと親会社AlphabetのCEOを務めるSundar Pichai氏は、7月22日の決算説明会で、コーディングとエージェント型コーディングについて「改善が必要な分野だと認識している」と述べた。

一方で、「最先端であり続けることに強く取り組んでおり、自信も持っている」と強調した。Googleは現在Gemini 4を学習中で、同氏は「非常に野心的な取り組み」と説明している。今後はモデルの公開頻度を、ほぼ月1回まで高める方針も明らかにした。

企業としてのGoogleも好調だ。Alphabetの2026年4~6月期決算によると、売上高は前年同期比24%増の1198億ドルだった。

検索関連の売上高は17%増。Google Cloudの売上高は82%増の248億ドルに達し、営業利益は前年同期の28億ドルから88億ドルへと3倍以上に増えた。

こうした数字は、GoogleのAGI戦略が正しいことを証明するものではない。ただ、Googleが巨額のAI投資を続けながら、既存事業でも成長を維持していることは確認できる。

現時点で確実に言えるのは、Googleが最先端AIの開発競争から脱落したわけでも、諦めたわけでもないということだ。

Romero氏の説が正しければ、GoogleはOpenAIやAnthropicとは異なり、コーディングエージェントによる研究自動化だけに賭けるのではなく、世界モデルをより重視する道も並行して進んでいることになる。

コーディングエージェントによる再帰的自己改善と、現実世界の仕組みを理解する世界モデル。この二つは必ずしも排他的ではない。Googleがどちらに研究資源を重点配分するのかによって、今後のAI開発競争の形は大きく変わりそうだ。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。