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SBT⑥ 政治と経済を分けない民主主義

公開日
2022.07.21
更新日
2026.06.17
SBT⑥ 政治と経済を分けない民主主義

この原稿は、一般公開用の原稿の草稿のようなものです。一般公開用の原稿にする際に、多くの情報を削ぎ落とします。会員の皆様にはできるだけ多くの情報を提供したいと思いますので、草稿の段階で共有いたします。ですので、この原稿の一般公開はお控えください。

▼所有権を分解する

所有権という権利は、どういった権利なんだろう。古代ローマ時代には既に、所有権には、使用する権利(usus) 消費、破壊する権利(abusus)、利益を得る権利(fructus)があると定義されていた。そしてこれらの権利をすべて、一人の所有者が持っていた。

ところが現代社会では、所有権の概念がより複雑になっており、所有権が幾つかの権利に分解されて、複数の人がそれぞれの権利を持つことが一般的になっている。

例えばアパートなどの賃貸住宅の場合、建物のオーナーはアパートを貸し出して利益を得る権利を持っているが、貸し出している間は使用する権利を持っていない。

一方でアパートの住人は、使用する権利を持っているが、部屋をリフォームしたり破壊する権利は持っていない。

またオーナーであっても自由な形に建て直すことはできず、その地域の条例に従った建築様式にしなければならない。また不動産を担保に銀行から融資を受けているのであれば、所有権はさらに限定される。

このようなリアル社会での所有権の複雑な使い方を、今のWeb3のNFTで実装できているわけではない。多くの場合、NFTアートを購入すればその所有権のすべてが購入者のものになり、所有権が分解されて利用されることはない。

リアル社会並みの所有権のあり方を実装したり、さらにはリアル社会にもないような新しい所有の形のイノベーションを起こすには、所有権の概念の分解が不可欠だ、とこの論文は指摘している。

実は会社や組織の形は、所有権の概念が分解されることによって進化を遂げてきたという。株式会社の場合、社屋の使用権は従業員にあり、社屋を建て直したり破壊する権利は経営者にある。社屋を含む会社から利益を得る権利は、株主にある。

所有権の概念の分解が新たなビジネスを生み、社会を進歩させることになるわけだ。

SBTは非常に自由度が高い技術なので、リアル、オンラインの両方の世界での所有権の概念をさらに分解し、新しいイノベーションを起こす可能性があるという。例えば次のようなことが可能になるかもしれない、とこの論文は主張している。

・アクセス許可。個人および公共の資産に対するアクセス許可を細かく設定できるようになる。例えば、自宅の裏庭の使用権を特定の個人に与えるが、その人が別の人にその権利を譲ることはできない。SBTを使えばそういう条件設定が簡単にできるし、その条件に合意する借り手とのマッチングも簡単になる。

・データ協力。データの使用権を細かく設定し、その代償を受け取ることもできる。例えば個人の健康データを薬品会社などがリサーチ目的などで使用することを認め、リサーチ協力費としてトークンを受け取ることができるようなスマートコントラクトを作ることができる。一人一人に説明し契約書を結ぶ必要がなくなるので、リサーチコストを大幅に軽減できるだろう。

・地域通貨の実験。特定の地域やコミュニティに所属する人物に対して、よりメリットがあるように設定された地域通貨を発行できる。

・社会参加の実験。「投票は18歳から」という年齢制限がある。誕生日が投票日の前日である18歳と、投票日の翌日である17歳との間に、どの程度の成熟度の違いがあるのだろう。とはいえ現実問題として、どこかで線引きしなければならない。そうした年齢による線引きではなく、社会参加の度合いによる線引きがSBTによって可能になるかもしれない。例えば10代のうちは家族や地域コミュニティとしか関係性がない人でも、次第により広い社会との関係性を持ち、新しい種類のSBTを受け取るようになる。幅広いコミュニティでのSBTが増えた人に対して、幅広いコミュニティでの投票権を与える、というようなことが可能かもしれない。

・所有物市場の実験。新しい所有権の売買の形としてSALSA(self-assed licenses sold at auction)と呼ばれる方法が提案されている。例えば土地の所有がSALSA形式でのみ認められている自治体では、土地の所有者はその土地の推定市場価格を自分で決めることができて、その価格に従って税金を納めることになる。ただし定期的にその土地をオークションにかけなければならず、推定市場価格以上の価格でその土地を買いたいという人が現れれば、その土地を売らなければならない。SALSAはそんな仕組みだ。

所有者が土地の価格を安く設定すれば、税金は少なくてすむが、その価格での購入を希望する人が出てくれば、売り渡さなければならない。一方で高く設定すれば、売り渡す心配はないが、税金が高くなる。個人とコミュニティーの両方にとっての適正価格に、落ち着くようになっているわけだ。土地は完全に個人のものではなくコミュニティのものでもあるので、個人とコミュニティーの双方にとっての土地の有効利用を促進しよう、というのがSALSAの考え方だ。

ここでもSBTは力を発揮することが可能だ。SBTを使うことで、土地のオークションに参加できる資格を設定することができる。その土地とまるで関係のない人物による投機目的の土地を買い占めるのを防ぐことができるわけだ。

・民主主義のメカニズムの実験。SBTを利用することで、クワドラテッィック投票のような新しい民主主義の形を模索することができる。

政治システムは、一人一票が基本。特定の議題に関する思いは人によって違うのに、議題について真剣に考えている人と、無関心な人の票の重さは同じだ。その結果、専門性の高い人よりも、単に知名度や好感度が高い人の方が、より多く票を集めたりする。

逆に株式会社などの経済システムでは、一株一票が基本。株を多く持っている人のほうが利害関係が大きいので票数が多くなるわけだが、お金持ちの意見が優先される結果にもなる。

クワドラティック投票は政治と経済の中間のような投票システムで、票をトークンで購入する。1つの議題に対して1票を投じたい場合は1トークン、2票なら4トークン、3票なら9トークンを支払う。票の数の2乗のトークンが必要になるので、2次関数の2次の意味で2次(クワドラティック)投票と呼ばれる。一人一票でもないし、1トークン一票でもない。その中間のような投票方法だ。

こうした投票システムの実験が、本人認証が可能なSBTと、貨幣価値を持つトークンとの組み合わせで可能になるわけだ。

この論文は、政治と経済を完全に分けるのではない、新しい民主主義のあり方が模索できるとしている。

もちろんSBTがすべてを解決するわけではない。権力が一部に集中するより分散される方が望ましいのは間違いないが、民衆がパワーを持つことで愚民政治になる可能性だってある。

社会や組織の大多数の人が差別的な思想を持っていれば、社会や組織が差別的な判断を下すことになるだろう。そうした問題が完全に解決されるわけではないが、少なくともSBTをベースにすることで、今のシステムに比べて、差別的思想などの問題の所在がより明らかになる。問題の所在が明らかになれば、それに対処する方法も検討できる。問題が解決する可能性が高まるはずだとこの論文は主張している。

▼公共財、私的財から複数ネットワーク財へ

世の中の財というのは、公共財か私的財の2つのうちのどちらかに区分けされることが多い。しかしこの論文によると、実際には完全な公共財や完全な私的財などというものは存在しないという。

お金持ちが自宅邸宅の庭に森のような木々を植えた場合、もちろん私的財なんだが、近隣の住民はその緑や鳥の声に癒される結果にもなる。光合成で2酸化炭素を酸素に変えてもくれる。メリットは、お金持ち一人に限定されない。

反対に自治体が作った公園は公共財だが、近くに住む住民はまるで私的財のように利用できる。公共財とはいえ、遠くに住む住民はその恩恵をほとんど受けることができない。

同様に、DAOは資産を持つことがあるが、その資産は全体のものでもあるが、個人によって受ける恩恵が異なる場合がある。この複雑な関係性を考慮した資産の運用方法が幾つか考案されている。その代表例がクワドラティック・ファンディングだ。

クワドラティック・ファンディングとはどんなものなのか、具体例を挙げて説明しよう。

ある自治体で図書館と公民館の両方を建設することになった。建設費は住民からの寄付と自治体予算の両方でまかなう。ただし自治体が支払う金額は、住民からの寄付額をベースにある計算式で算出したものになる。

この計算式とは、住民一人ひとりの寄付額の平方根を足して2乗したものを建設費とし、その足らない部分を自治体の予算から支出する、というものだ。

例えば図書館建設には10人の住民が賛成し1ドルずつ寄付した。1ドルの平方根は1。それが10人から寄付されたので、合計は10ドル。それを2乗すると100ドル。それが建設費となり、不足分の90ドルを自治体予算から支出することになる。

一方で、公民館の建設には一人の資産家が賛成し、10ドルを寄付した。10ドルの平方根を2乗すれば10ドル。それが建設費。その建設費のすべては資産家の10ドルでまかなわれるため、自治体からの支出はない。

図書館、公民館ともに、完全な公共財でも私的財でもなく、個人として受ける恩恵と、自治体全体で受ける恩恵に従って、建設費を分担しようという考え方だ。ただし住民からの寄付総額と同額を自治体も支出するという単純なマッチング寄付であれば、寄付額の多い資産家が望む案件の方に自治体の予算がより多く使われることになる。住民全体の資産である自治体の予算の使い方に、富裕層の意見がより尊重されることがないように、このクワドラティック・ファンディングという計算式が考案された。

ビットコインと並ぶ有力暗号通貨であるイーサリアムを運営するDAOは、物事を決定する際にこのクワドラティック・ファンディングを採用することが多いという。

ただこのクワドラティック・ファンディングにも問題がある。一人ひとりが自分が受ける恩恵のことだけを考えて寄付すればいいのだが、友人や知り合いが恩恵を受けるプロジェクトも応援したくなってしまう。完全な公共財、私的財がないように、実は動機にも完全な利己、利他はない。自分に直接的なメリットがなくても、知人友人を少しは支援したくなる。人間とはそういうものだ。

そうなると人気者が推すプロジェクトに自治体の予算が多く使われることになり、友達のいない人の推すプロジェクトには予算がほとんど使われなくなる。不公平な結果になってしまう。

もちろん自分たちだけが得をしようと、示し合わせて寄付する談合のようなものがあってはならないし、権力者に媚を売るような忖度があってもならないが、友人、知人を応援したいという純粋な利他の心でさえも、この仕組みの本来の目的を台無しにしてしまう。クワドラティック・ファンディングは完全な利己的動機で寄付することを前提にした仕組みだが、その前提にそもそも無理があるわけだ。

ところがこの論文によると、SBTが普及すれば、このクワドラティック・ファンディングがより公平な仕組みになる可能性があるという。

例えば同じ業界、同じ所得レベル、同じ地域などといった人たちのSBTは相関関係が高くなる。相関が高い人が、同じプロジェクトを推すのであれば、談合もしくは利他の気持ちが働いていて、不公平な結果を生む可能性がある。そこで相関関係の高い人の票の重さを自動的に軽く計算することができる。

一方でSBTの相関関係が低い人が同じプロジェクトを推す場合は、自動的に票の重さを重く計算する。そうすることで、より公平に自治体の予算を使うことができるようになるというわけだ。

もちろんこの計算式は非常に複雑になり、ケースバイケースで計算式を一から作成しなければならないだろうが、その基本形になりそうな計算式に関しては関して、この論文の巻末で詳しく議論されているので、関心のある方は参照していただきたい。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。