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    DX成功の鍵は「失敗」と「撤退」

机上の空論をやめスモールスタート
DX成功の鍵は「失敗」と「撤退」

株式会社三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務 グループCDIO
株式会社三井住友銀行 専務執行役員
谷崎 勝教 氏
出光興産株式会社 執行役員 CDO・CIO
デジタル・ICT推進部管掌
三枝 幸夫 氏
ファシリテーター:
株式会社エクサウィザーズ 取締役
大植 択真

※所属等は、2023年3月の取材当時のものです。

デジタルを活用したビジネス変革を強力にリードする、出光興産のCDO・CIO(Chief Digital Officer・Chief Information Officer)三枝 幸夫氏と三井住友フィナンシャルグループのCDIO(Chief Digital Innovation Officer)谷崎 勝教氏。両氏は、2021年と2022年にそれぞれ、 CDO Club Japanで年間で最も輝かしい活動をした最高デジタル責任者に贈られる「Japan CDO of The Year」を受賞しました。

三井住友フィナンシャルグループは、金融業界のみならず、非金融分野でも新しいデジタルサービスを次々と展開し、「新しい金融事業」の創造にチャレンジしています。また、デジタルアントレプレナーの育成を目的とした「社長製造業」では、若手社員を社内ベンチャーに抜擢するなどの取り組みにも力を入れています。

一方、出光興産は「脱炭素社会」に向けたDXを推進。エネルギー業界の事業環境が大きく変化する中、抜本的なビジネスポートフォリオの転換に挑戦しています。その一つには、同社が持つ、全国約6200ヵ所のサービスステーションを地域課題解決のサービスハブに進化させる「スマートよろずや」構想があります。また、既存事業のDXによる生産性向上やDX人材育成では、エクサウィザーズと協働して取り組みを進めています。

---経営とデジタルはもう切り離せない。

両氏は、このように語り、デジタルを通じた経営革新に挑戦してきました。とはいえ、100年以上の歴史を持つ企業を変革していくには、さまざまな障壁があったに違いありません。デジタル変革のリーダーとして、どのような意識を持ってDXを推進してきたのでしょうか。エクサウィザーズ取締役 大植 択真がファシリテーターとなり、両氏に話を聞きました。(前編、後編の2回に分けてお届けします。)

カラを破って、チャレンジする組織を作る「社長製造業」

大植:お二人の共通点が、歴史ある伝統的な企業でのDXを強力に推進されている点かと思います。多くの企業でも、デジタルを活用した新しい顧客価値の創造や既存事業の変革を目指していますが、非常に難しさを感じているCDOの方が多くいらっしゃいます。お二人は、そこに対してどのようにアプローチされてきたのでしょうか。

谷崎氏:もともと、私たち金融機関は、50年以上コンピューターと一緒に成長してきた業態で、実はテクノロジー産業なのです。ただ、これまでのデジタル活用の目的は、支店で行われていた手作業の効率化やコスト削減など、我々を起点にした発想のものでした。

それがここ10年間で、「お客さまにより良いサービスを提供する」ためにはデジタルを活用して何ができるのか、という顧客起点の発想に変わってきました。CDIOの私に求められるミッションも、デジタルを活用して、お客さまとの関係性の中でサービスのあり方をいかにして変えていくか、新しい事業を創出・提供していくか、ということに重きが置かれるようになったと思っています。

大植:50年間、企業の業務効率化を追求してきた皆さんが、急にデジタルで新しい価値を提供するとなると、かなり大きな意識の変革が必要になりますね。

谷崎氏:デジタル化への抵抗はないとしても、これまでの仕事の仕方を急に大きく変えろと言われたら、そこにアレルギーを感じてしまうのは当然のことですよね。

SMBCグループのグループCEOの太田は就任以来、前例や先入観、固定観念、組織の論理などにとらわれず、どんどんチャレンジして欲しいという想いを込めて「カラを、破ろう。」というメッセージを発信しています。これを現実のものにするために、我々が始めたのが「社長製造業」というものです。グループの新たな成長の柱となるような面白いアイデアがあれば、CDIOミーティングという会議を通してすぐに予算と人員を割り当て、担当者を社内ベンチャーの社長に抜擢します。古めかしい体質と思われがちな金融業の会社でも、やりたいと思ったことを起案していくと、会社の社長にもなれるんだという空気感を作り出したかったのです。

「メガバンクに30代の社長が登場」などとメディアに取り上げられて、社内の雰囲気もだいぶ変わってきました。社内で取り組みを広報する以上に、外部メディアを通じた情報として、社内に取り組みが知れ渡ることのインパクトは大きいなと感じています。

デジタルをフックに、会社の変革をサポートするのがCDOのミッション

三枝氏:我々、出光興産は、100年以上石油の元売りをメインのビジネスとしてきました。しかし、これからの時代は、石油の需要が減り、新しいエネルギーへと移行していくことは間違いありません。なので、多くの社員が、今の延長線ではない新しいことにチャレンジしていかなければならないことを理解していると思っています。

しかし、石油業界は安全性や安定性を第一に、エネルギーを供給することが使命の一つです。そこへの使命感が非常に強い組織だからこそ、新しいことをやろうと頭ではわかっていても、なかなか行動に踏み出せないところもあるのが課題だと感じています。

そこで、「責任ある変革者」という2030年ビジョンを掲げました。2050年の事業ポートフォリオ転換に向けて、既存エネルギーの安定供給と新たなエネルギーの社会実装を両立していく決意を表したものです。

これから新たな業態へと変革していく際に、デジタルのテクノロジーを活用しないという選択肢はもうあり得ません。テクノロジーをフックにしながら、新しい形に会社が変わっていくサポートをしていくことが、CDOである私のミッションだと思っています。

教育プログラムとかいろいろな啓蒙活動もしていますが、実際にやってみて「これはいい」という体験に勝るものはないですよね。現場の困りごとをテクノロジーで一緒に解決していく成功体験を繰り返していって、現場の社員が「自分でやってみようかな」というところまでいくと、ぐっと進み始めるというのを実感しています。

大植:谷崎さんは、最前線にいる現場の皆さんのマインドの変革に向けて、どのようなことを重要視されていますか?

谷崎氏:我々は、デジタル戦略というものをあえて掲げないようにしています。それはなぜかというと、すべての事業戦略はデジタルを活用するのが当たり前だからです。デジタルの部署や会社を特別に立ち上げてしまうと、それ以外の社員からは「デジタルはあの人たちの仕事でしょ」という風になってしまいます。

今の中期経営計画でSMBCグループとして掲げていることは、「最高の信頼を通じて、お客さま・社会とともに発展するグローバルソリューションプロバイダー」を目指すことです。「情報産業化」「プラットフォーマー」「ソリューションプロバイダー」という3つの方向性を掲げていて、これを成し遂げるためにはデジタルを使わざるを得ません。この方向性を示した上で、デジタルは、特別な人たちの問題ではなく、各事業部門が「自分ごと」として取り組まなければいけない、そういう雰囲気づくりや事業部の伴走支援を進めてきました。

失敗を体験して成長する。ビジネスとテクノロジーを繋げる人材の育成が急務

大植:こういったデジタルで会社を変えていく取り組みを進めていく中で、CDOとして、どのようなことを大事にされてきましたか?

三枝氏:現場の社員を早い段階から巻き込むことを重要視してきました。現業をやっている従業員にいきなり「明日からDXをやってほしい」と言ってもうまくいかないのは当然です。まずは成功体験を積んでもらうために、パイロットプロジェクトを立ち上げて、事業部門の人たちと一緒に進めるというスタイルをとりました。手間はかかりますが、結果的に早く広がっていくというのを実感しているところです。

ある程度プロジェクトが現場で立ち上がるようになってきた今は、プロジェクトがスケールしていく時に、新しいビジネスプランとテクノロジーを繋ぐ役割が足りないことに課題を感じています。いわゆるビジネスアーキテクチャーのような人材の育成が急務だと思っています。

谷崎氏:小さくてもいいからお客さまのニーズに合うサービスをまずやってみて検証するというアプローチを私は採用してきました。大企業にありがちなのは、組織論を徹底的に議論して、予算や人員を決めればそれでうまくいくと考えてしまうことです。そうではなくて、小さく始めて、それがちょっといけるとなれば、子会社に変えていく。後から振り返ってみると、実はこういう考え方でやっていたのだと理路整然と語れるというのが理想だと思っているのです。

もう一つ、小さく始めることと同様に大事なことは、引き際を見極めることだと思っています。大企業ほど、「これはあの専務がやっていた案件だから」「社長の発案だから」といって、なかなかやめる決断ができず、すぐに回収や対処が難しいサンクコストとして積もっていくという話はよくあると思います。どの時点で撤退すべきかは、本を読んだりビジネススクールに行ったりしても学べるものではありません。若いうちから、実務経験として積み重ねていかなければならないものだと思います。

三枝氏:新しいチャレンジに対して、やめる決断は非常に難しいですよね。ずるずるいってしまいがちです。やっている本人が一番分かっているのに、なかなか言い出せない。もうやめた方が良いと言える人は重要ですし、評価していくべきだと思います。そういったことを言える環境を作るのもマネジメントとして大事なことだと思っています。そういう組織は強いですよね。

谷崎氏:とても共感します。実は私たちも、小さい段階での失敗は沢山やってきています。金融機関としての信頼を損なうような失敗はご法度ですが、思いきってやれるところは失敗を恐れずにやる。この辺のさじ加減をうまくやることが重要です。経営が傾かないようなチャレンジをたくさんやって、その結果をナレッジとして組織内に残していこうと思っています。

大植:数多くの失敗をしてきたとのことですが、社員の学びとしては、その体験も不可欠ではありますよね。

谷崎氏:失敗の経験に基づいて成功があるという風に思っているので、失敗を重ねないと成功に向けた道筋は作れないと思っています。そういう意味では、失敗している人間の方が、次の成功につながる可能性は高いと思っています。一度の失敗を処罰するような企業文化では、イノベーションは起こりえません。失敗ばかりでも困りますが、そこから何を学んだかと言うことが重要で、その点を評価していきたいですね。

後編では、デジタルの素養を持つアントレプレナー人材の育成方法や組織風土を変革するための取り組み、今まさに変革に挑戦しているCDOへのメッセージなどをご紹介しております。

【後編】意外な部門でDX人材を発掘<br>圧倒的に足りない起業家人材は「塾」で育てる

※所属等は、2023年3月の取材当時のものです。

株式会社三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務 グループCDIO
株式会社三井住友銀行 専務執行役員
谷崎 勝教 氏
三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務 グループCDIO、三井住友銀行 専務執行役員。東京大学法学部卒業後、住友銀行(現三井住友銀行)入行。2013年、三井住友銀行常務執行役員、2015年、同取締役兼専務執行役員 兼 三井住友フィナンシャルグループ取締役執行役専務。2019年、同専務執行役員 兼 三井住友フィナンシャルグループ執行役専務グループCDIO。現在に至る。
出光興産株式会社 執行役員 CDO・CIO
デジタル・ICT推進部管掌
三枝 幸夫 氏
株式会社ブリヂストンにて、生産システムの開発、工場オペレーション等に従事。2013年に工場設計本部長、2016年に生産技術担当執行役員、2017年よりCDO・デジタルソリューション本部長となり、全社のDX、ビジネスモデル変革を推進。2020年より出光興産に移籍し、執行役員CDO・デジタル変革室長、2022年より現職。
ファシリテーター:
株式会社エクサウィザーズ 取締役
大植 択真
京都大学工学部卒業。京都大学工学研究科修了(都市計画、AI・データサイエンス)。2013年、ボストンコンサルティンググループに入社。事業成長戦略、事業変革、DX推進、新規事業立ち上げなどの多数のプロジェクトに従事した後に2018年、エクサウィザーズ入社。2019年4月より、AI事業管掌執行役員として年間数百件のAI導入・DX実現を担当。企業の経営層や管理職向けDX研修の講師実績が多数ある。2020年6月に取締役就任。兵庫県立大学客員准教授。兵庫県ChatGPT等生成AI活用検討プロジェクトチーム アドバイザー。著書に「Web3時代のAI戦略」(日経BP、2022年)、「次世代AI戦略2025 激変する20分野 変革シナリオ128」(日経BP、2021年)。
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