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創薬企業からヘルスケアカンパニーへ変革を遂げる第一三共のデータと先進デジタル技術活用

第一三共株式会社
取締役専務執行役員 ヘッド オブ グローバルDX
Chief Digital Transformation Officer (CDXO)
大槻 昌彦 氏

※掲載内容は2022年12月の取材当時のものです。

100年を超える創薬の歴史を有する第一三共株式会社。同社は現在、従来の創薬中心から、ヘルスケアカンパニーへと変革の歩みを進めています。その重点戦略として位置付けられているのが、DX推進によるデータ駆動型経営の実現と、AIをはじめとする先進デジタル技術による全社変革です。本記事では、同社のDX推進の先導役である取締役専務執行役員 ヘッド オブ グローバルDX Chief Digital Transformation Officer (CDXO) 大槻 昌彦氏に、データ駆動型経営の実現に向けた基盤や体制の構築、全社変革に向けたAI(人工知能)の活用、変革の難所の乗り越え方などについてうかがいました。

グローバルファーマイノベーターへの変革

Q.御社では、バリューチェーン横断的な統合データ分析基盤の構築や、トータルケアエコシステム・プラットフォームの構築など、製薬業界の中でもDXを積極的に推進されています。経営ビジョンにおけるDXの位置付けやお取り組みについてお教えください。

まず経営ビジョンについては、2025年度をターゲットにした中期経営計画期間で、2025年目標の「がんに強みを持つ先進的グローバル創薬企業」を達成し、2030年ビジョンの「サステナブルな社会の発展に貢献する先進的グローバルヘルスケアカンパニー」の実現に向けた成長ステージへ移行することを目指しています。

DXは、この戦略を支える重要な基盤の一つとして位置付けており、DX推進によるデータ駆動型経営の実現と、先進デジタル技術による全社変革を進めています。
具体的な取り組みとしては、統合データ分析基盤の構築やガバナンスの整備、AIやロボティクスなどの先進デジタル技術を活用した、創薬・開発・生産・営業といったバリューチェーン全体のプロセス変革などを行なっています。

加えて、一人ひとりに寄り添った最適なサービスを提供する「Healthcare as a Service」の実現に向けて、様々な企業や団体との協働による「トータルケアエコシステム」の構築を進めています。また、分散した健康や医療に関するデータを個人に紐づくように共通IDにまとめ、データの流通や活用を可能とする「トータルケアプラットフォーム」の構築も進めています。

第一三共株式会社

トータルケアエコシステム及びトータルケアプラットフォームの概要 (出典:第一三共株式会社)

データ活用を支える、基盤・ガバナンス・体制の整備

Q.統合データ分析基盤構築の背景や、具体的な活用方法についてお教えください。

統合データ分析基盤の構築は、2016年に、それまでの創薬の主な対象としていた「循環器」領域から「がん」領域へと事業転換することをきっかけに本格化しました。

というのも、がん治療薬の開発には、これまでと異なる多様なモダリティ(低分子や抗体などの薬物分子)を用いるため、より高度かつ新たなデータ分析が必要になるのです。また、研究から販売に至るまでの統合的なデータ分析も必要になります。

こういった新しい分析ニーズに加えて、データの分散や分断、信頼性や扱いにくさなどの課題も抱えていました。

これらを解決するための統合データ分析基盤として、「Integrated Data Analytics Platform(IDAP)」を構築しました。IDAPは、社内外のあらゆるデータを一元化し、用途に応じて加工、解析システムを用いてアウトプットする仕組みです。

IDAPは最初から“完成品”というわけではなく、まずは入れられるデータからデータレイクに入れて分析。そして、また次のデータを入れて…という形で徐々に拡張していっています。第一三共株式会社

統合データ分析基盤(IDAP)の概要 (出典:第一三共株式会社)

IDAPはさまざまな業務で活用していますが、一例としては、医薬品の販売後の問い合わせ対応への活用があります。以前は、問い合わせごとに、関連するデータや報告書のPDFファイルを人力で1〜2日掛けて探し出していました。IDAPによって複数のデータを1つのデータセットにまとめ、それをBIツールで検索・分析できるようにしたことで、問い合わせ対応に必要なデータを非常に短い時間で準備できるようになりました。

Q.データを統合したり、データレイクを活用したりすると、管理が煩雑になるかと思います。データガバナンスはどのように整備されていますか。

私たちが扱うデータは、臨床試験データのような個人情報も含むため、ガバナンスをきかせた設計や運用プロセスを整備することが非常に重要になります。

このため、技術面では、IDAP内のデータ管理基盤上にデータカタログ機能を実装し、データのトレーサビリティやアクセスコントロールなどを行なっています。

運用面では、個人情報保護や薬事規制などのコンプライアンスを遵守するために、『データガバナンスポリシー』を制定しています。その上で、どのようにデータを管理し、どのようなプロセスでデータ分析を承認するのかといったルールも、IDAPの拡張に合わせて整備していっています。

Q.統合データ分析基盤の構築や、データ分析・活用をどのような組織体制で進めてこられましたか。

まずは組織の全体像からご説明します。2020年に「DX推進ユニット」を立ち上げ、傘下に日本国内の「DX企画部」と「ITソリューション部」、「データインテリジェンス部」という3つの組織を、その後欧米のそれぞれのIT機能を配置し、グローバルで一体化して運営しています。

「DX企画部」は、DX推進ユニットの戦略立案や実行の推進役です。データ分析基盤の構築や、データを利用する上でのルール作りやガバナンスの整備は、DX企画部が中心となり、データインテリジェンス部などと協力しながら進めてきました。

「ITソリューション部」は、基幹システムを含む社内インフラの構築・運用・保守や、グローバルを含むIT開発プロジェクトの要件定義やプロジェクトマネジメントなどを担当し、さまざまなベンダーさんと協力しながら業務を推進しています 

「データインテリジェンス部」は、まさにデータの分析、活用の中心を担ってきた組織です。元々は、臨床開発の研究開発本部にあった組織なのですが、全バリューチェーンにわたるデータ活用の強化と付加価値向上を狙って、DX推進ユニットに移管しました。

データインテリジェンス部は、グローバルで、多様なデータソースから信頼性の高いデータの収集・蓄積・分析をするための機能を集約する「Data Intelligence Center of Excellence(DI CoE)」の構築も進めています。これによりデータ利活用の戦略立案、データの信頼性確保や民主化、AIやML(機械学習)の応用、リアルワールドデータなど多様なデータの活用がグローバルに展開・推進できるようになります。

この組織には70名ほどのデータサイエンスのプロフェッショナルが所属し、これまで行なっていた研究開発に関するデータ分析に加えて、市販後のリアルワールドデータ(さまざまなデータソースから日常的に収集される患者の健康状態及び/または医療の提供に関するデータ)を活用した費用対効果分析など様々な分析を行なってきました。

DX推進ユニット内に、「データインテリジェンス部」を含めたこの3つの組織があることで、データ活用に向けて非常に機敏性のある体制を築くことができたと考えています。これら日本国内の組織と欧米の組織が一体となり、グローバルにデータとデジタルを活用した変革を進めています。

組織については2023年度4月に、DX推進ユニットはグローバルDXと改称し、グローバル運営を加速します。また新たにHaaS企画部を設置し先ほど述べたHealthcare as a Serviceの実現に向けてさらに一歩踏み出すことになります。Healthcare as a Serviceを冠した組織は国内では初めてではないかと認識しています。

2023年4月からの組織体制(出典:第一三共株式会社)

変革に踏み出すためのキーポイント

Q.データ分析基盤の構築やソリューションの提供を目指す製薬企業は多いかと思います。一方で、思うように進められていない企業も多いかと思います。そのような中で、御社が推進をすることができたポイントをお教えください。

ポイントは2つあると思っています。

1つ目は、統合データ分析基盤の構築や活用促進をスモールスタートで始めたことです。DX推進ユニットで基盤の構築と少量のデータの格納を行い、それを具体的な価値を感じてもらいやすい組織に持っていきました。そして、利用のメリットや方法を伝え、実際に触ってもらうという活動を地道に進めていきました。

新しいツールを使ってもらう際には、利用のハードルを下げることが重要なので、基盤上のデータ分析ツールには、研究者が以前から使っていたSASやTableauのほか、TIBCO Spotfireなど複数ツールを採用し、使いやすいツールを選べるようにしました。

2つ目のポイントは、ソリューションの提供に向けて、他の経営陣やステークホルダーと中長期的な課題や価値を共有した上で議論を重ね続けたことです。薬剤費の削減やSociety 5.0のヘルスケアが求められるなどの社会的潮流を踏まえると、DXにより、トータルケアソリューションを提供する業態への発展が必要なことは多くの方が同意をしてくれました。

一方で、1品目で1千億円以上を売り上げることもある医薬品の議論と並行して、目先の売り上げ規模が大きいとは言えないヘルスケアソリューションの議論をすることは、ともすると「それは本当に必要なのか」という話になりかねません。そうならないために、今と将来のポテンシャルや社会的価値創造に向けたプロセスを丁寧に説明して、価値観を共有しながら進めています。

もちろん全てが順風満帆というわけではありません。しかし、風がある方がヨットは進むと思っているので、そういった力も原動力に変えながら、進んでいこうと思っています。

全社変革に向けたAI活用と、変革のパートナー

Q.冒頭で、AIなどの先進デジタル技術の活用による全社変革にも取り組まれていると伺いました。今のAIの活用状況についてお教えください。

AIは、翻訳、議事録作成から画像解析や文章解析、データ分析までをバリューチェーン全体で幅広く活用しています。

エクサウィザーズさんとの取り組みでいうと、2019年から専門チームを設けて、AIを活用した「データ駆動型創薬」に取り組んでいます。

協業全体の統括責任者を務める、株式会社エクサウィザーズ 執行役員 羽間 康至

前提として、新薬の開発は、ターゲットタンパク質の決定、および化合物のデザイン・合成・テスト・解析のプロセスを繰り返すことで行います。従来の化合物のデザインの過程では、研究者はまず、特許情報や内部データを人力で集めて解析し、身体の中で薬の標的となるタンパク質を見つけていました。その上で、化合物のデザインの過程では、新薬候補となる化合物を一つひとつ突き合わせることで、有望な候補化合物を探し出していました。

体内のタンパク質も、また薬剤として適切な性質を持つ化合物 (ドラッグライクな化合物)の候補もそれぞれ非常に膨大な数があり、有望なターゲットタンパク質やそれに対する候補化合物を探し出すには多くの時間を費やしていました。

また、化合物のデザイン後は、合成・テスト・解析を行い、そこから得られたデータをもとに、化合物のデザインを一部変更して…ということを繰り返します。この最適な構造へと近づけていくプロセスにも膨大な時間が掛かっていました。

こういったプロセスの効率化や高速化などにAIを活用し、テストをする前に化合物とタンパク質の相互作用を予測することや、デザインした化合物の改善要因を可視化するといったことを行なっています。さらに、新薬候補となる有力な化合物デザインの提案にもAIを活用しています。

データ駆動型創薬の取り組みは、単にAIを活用するというだけではありません。創薬研究プロセスの加速化や効率化、データに基づいた確度の高い意思決定ができる文化の醸成を目標としています。

ここに向けて、エクサウィザーズさんとは、業務をどう変えていくべきか、AIやデータを活用できる人材をどう育成していくべきか、あるいは意思決定のあり方をどう変えていくべきか、といった目的意識を共有しながら密なコミュニケーションをとって進めています。

「創薬研究における成果創出の仕組み」と「エクサウィザーズによるサポート」
(出典:エクサウィザーズ)

Q.製薬企業が外部のITやデジタル企業とのパートナリングを成功させるためのポイントについてお教えください。また、私たちエクサウィザーズとの協働についてのご感想もお聞かせください。

まず前提として、パートナリングを行う企業同士が、お互いの領域においてプロフェッショナルであること。そして、お互いをリスペクトしながら得意な領域でしっかり貢献し合うことが重要だと思っています。

その上でポイントとなるのは、ITやデジタル企業に丸投げをしないことだと思っています。製薬会社である我々自身でもよく考えて、パートナー企業と議論をしながら意見を反映していくが必要だと考えています。反対に、IT企業側も製薬企業の意見を丸呑みにしたり、忖度したりするのではなく、目的達成のために重要だと思うことをしっかり伝えて、議論をしていただくことが大切だと思っています。

こういったことを踏まえて、このインタビューに同席していただいている羽間さんをはじめとするエクサウィザーズの皆さんとは、まさにこの理想的な形で進められていると思っています。さらに、エクサウィザーズさんは、単にテクノロジーをどう活用するかというだけでなく、ビジネス全体をどう設計していくかという提案や議論をすることにも長けていると感じています。

先ほどはデータ駆動型創薬の協働のお話をしましたが、トータルケアエコシステムやプラットフォームの構築についてもコアパートナーとして一緒に進めており、昨年12月にプレスリリースを行っております。ここについては、まだ構想・企画段階なので、技術以外の観点も含めビジネス全体をどう設計していくかという視点が非常に重要になります。

この部分でも、製薬会社での経験が長い我々とは違う視点で、業界知識を持つ事業開発メンバーやエンジニア、デザイナーなどの多様なエクサウィザーズさんのメンバーから提案してもらい議論をしています。まだ漠然とした状態だったとしても構想やアイディアをこちらから話してみて、意見をもらい、時には意見を戦わせながら、互いに考えを深めていくという、議論のパートナーとしてもとても信頼しています。これから技術を活用した具体的な活動も進んでいくので、共に成果を出していければと思います。

第一三共株式会社
取締役専務執行役員 ヘッド オブ グローバルDX
Chief Digital Transformation Officer (CDXO)
大槻 昌彦 氏
東京大学大学院薬学系博士(1987)同年、三共株式会社入社。研究所勤務の後、アメリカ子会社出向、経営戦略、研究開発企画部長、研究統括部長、事業開発部長を経て、2020年6月より取締役専務執行役員DX推進本部長、CIO(Chief Information Officer)。現在は、取締役専務執行役員 ヘッド オブ グローバルDX Chief Digital Transformation Officer (CDXO)を務める。