「第二の創業」で培ったデジタルとの共生
意識も組織も再構築する富士フイルムグループのDX
執行役員 CDO ICT戦略部長
写真フィルム事業を祖業とする富士フイルム。「第二の創業」でデジタルを活用した事業を次々と生み出し、大転換を果たしたことは、多くの人の知るところでしょう。2021年には、All-Fujifilm DX推進プログラムを設置。これまでボトムアップで進められてきたDXを、CEOを中心としたトップダウンで取りまとめ、より強力に推進できる体制に整えました。さらなるデジタル変革を目指す富士フイルムグループのDXの現状を、CDO (Chief Digital Officer / 最高デジタル責任者)である杉本 征剛氏に伺いました。
「第二の創業」で培ったデジタルと共生する意識
Q.富士フイルムグループは、「第二の創業」でデジタル変革を成し遂げました。その時代から今のDXへと、どのように繋がっているのでしょうか。
第二の創業というのは、2000年代ごろ写真フィルムなどの印画紙中心のビジネスがデジタルに置き換えられた時代の話なのですが、実はその前の1980年代後半からすでにデジタル変革に取り組んでいました。例えば、世界初となるデジタルカメラの開発、X線写真のデジタル画像化、印刷事業においては、印刷材料のデジタル化に対応し、コンピューターから直接データを書き込む刷版材料(CTP版)の製造など、デジタル技術を自社の事業展開に活用してきました。
もともとデジタルを活用しようという気持ちは、当時から従業員一人ひとりの心の中にしっかりと根付いていたと思います。デジタルを拒絶するのではなく、デジタルと共生していくという意識が強くあるので、今回のDXもその延長線上にあると捉えています。
Q.2021年には、「All-Fujifilm DX推進プログラム」を設置しました。この意図を教えてください。
2014年に立ち上げたICT戦略推進プロジェクトでは、現場主導のボトムアップ型でデジタル施策を進めていました。まだDXという言葉が出てくる前ですね。しかしボトムアップだけでは現場の改善が経営の数字に直接結びついてこず、なかなかそこまで昇華していかないというもどかしさがありました。
そこで、「All-Fujifilm DX推進プログラム」を始動させ、これまでのボトムアップの活動をトップダウンで取りまとめて、さらに強力に推進していこうという体制にしました。代表取締役社長CEOをDX推進プログラムディレクターとし、グループ横断体制のもと、DXを実行していくことになります。
富士フイルムグループの「DX推進体制」
Q.富士フイルムグループの事業部門は多岐に渡りますが、それらをどのように取りまとめていくのでしょうか。
まず、富士フイルムグループ共通の「DXビジョン」を策定しました。「わたしたちは、デジタルを活用することで、一人一人が飛躍的に生産性を高め、そこから生み出される優れた製品・サービスを通じて、イノベーティブなお客さま体験の創出と社会課題の解決に貢献し続けます」というものです。
富士フイルムグループの「DXビジョン」と土台となる「DX基盤」
このビジョンを軸に、各事業部長がそれぞれのDXビジョンを策定し、そのビジョンを実現するための課題を洗い出してもらいました。ICT戦略部では、こうした課題を精査し、共通の課題を取りまとめていきました。これはサプライチェーンの課題、これは人材育成の課題などといった形です。現在は、その横串を通せるような、デジタルプラットフォームをICT戦略部で構築しているところです。
例えば、サプライヤーへの発注や納期を管理するプラットフォームにブロックチェーンを使って開発しています。今現在はトライアルで1つの事業部に導入していますが、今後は、他の事業部にも横展開する予定です。
「なぜ、今DXに取り組まなければいけないのか」を伝え、マインドセットを育成
Q.こうしたDXを推進する上での人材戦略について、お聞かせください。
富士フイルムグループの共通のDXビジョンの下に、「DX基盤」というものを掲げています。ビジネス変革を進める「製品・サービス」、生産性向上でクリエイティブ業務へシフトする「業務」、多様なDX人材を育成する「人材」、そしてこれら3つを支える「ITインフラ」が、DX基盤を構成するものです。このインフラ部分を担う専門家やセキュリティの専門家などは、外部から積極的に採用しています。
人材の育成に関しては、「なぜ、今DXに取り組まなければいけないのか」というマインドセットを変えてもらうような、DXリテラシー基礎講座を、すべての従業員に受けてもらっています。さらにその先の知識を得たいという方には、IT関連の国家資格の取得を目指した、知識装着型の講座を提供しています。これらは自主性に任せているのですが、多くの従業員のみなさんが手を挙げて取り組んでいます。
また、もっと高度なスキルを習得してもらうために、AIプログラム言語を学ぶ研修も用意しています。その後、こうして身につけた知識を実際の業務課題に活かせるように、フォロー研修まで行っています。
製品・サービス開発では、ビジネスプランナーやプロダクトアーキテクトの育成ブートキャンプを実施しています。事業部の課題を持ち寄り、新しいビジネスをどう実現できるのか、ワンクール3ヶ月をかけてチームで議論します。業務改善の面では、データサイエンスを活用したプロセス変革を牽引する人材を育成するブートキャンプを実施すると同時に、自身でデータの可視化や分析ができるようにするための、セルフBI(ビジネスインテリジェンス)研修も行っています。
Q.従業員のみなさんが持つスキルを管理するデータベースがあるといいですね。
これだけのリスキリングを進めると、毎年どんどん変わっていってしまうので、把握するのがなかなか難しいのが悩みです。定点観測はしているのですが、日常のチャットやメールなどの会話をAIで自動的に分析し、特別なスキルを持つ人材が浮かび上がってくるようなダッシュボードがあるといいですね。そして、そうした人材を結びつけることができれば、新しいサービスが生まれやすくなると考えています。
Q.社内に存在するデータも一元管理しようとしているのでしょうか。
いくつかのクラウドベンダーを利用しながら、データウェアハウスの整備を進めているところです。製造データや研究データ、さらには経営データと組み合わせて、その相関・因果を見つけられるような環境を目指しています。先ほどお伝えした、セルフBI研修を通して、自在にデータ分析ができる人材を育成していきたいです。
DXの目的を明確化し、経営指数にいかに貢献できるかを考える
Q.こうしたDXの取り組みの成果として、ご紹介いただけるものがあれば教えてください。
業務面では、今まで人手でやっていた生産計画の最適化や配送ルートの最適化などを、AIで自動化しようという施策はどんどん進めています。また、特許調査のサポートに、AIの自然言語処理技術を活用しようとしています。膨大な文書を調べなければならない特許調査ですが、AIで絞り込みができれば、業務の生産性がかなり向上できると期待しています。
製品・サービスに関係するものでは、メディカルシステム事業が主になりますが、Deep Learning技術を用いた画像診断ワークフロー「SYNAPSE SAI viewer」をクラウド化して展開しています。また、医師自身がデータを学習させ、自らモデルを作り、画像診断AIを開発できる「SYNAPSE Creative Space」というサービスも開始しました。
このように、メディカルシステム事業部では、診断機器を販売する「モノ」売り事業から、診断支援サービスといった「モノ+コト」売りへとシフトしてきています。事業部によって進度に違いがあるものの、こうした事例を見ながら、従業員のみなさんの理解を深めてもらう段階だと思っています。
Q.従業員のDXマインドの醸成が非常に重要になってきますね。
第二の創業で、デジタルと共生していく意識は、従業員一人ひとりの中に根付いているとは思うのですが、デジタルとDXとでは何が違うのかという話になると、なかなか分かりにくいかもしれません。DXの重要性を従業員全員の心の奥底にまで浸透させるためには、「何のためにDXをやるのか」を継続的にしっかりと伝えていくことが重要です。
All-Fujifilm DX推進プログラムを開始するにあたり、最初にCEOが、このプログラムの目的や従業員のみなさんに期待することを発信しました。またCEOだけでなく、CFOや人事役員、そして私からもメッセージを出し続けています。
実は、その反応も分析していて、ネガティブなものも一部あるのですが、その分析を通して発信の手法も改善していこうとしています。DXマインドを高めていくための工夫は怠ってはいけないと考えています。
ただ、こうしたDXへの取り組みというのは、皆初めての経験ですから、手探りでやっているというのが正直なところです。やってみてダメだったら反省して方向性を変える、その繰り返しです。こうした話題を、他社のCDOやCIOの皆さんと、忌憚なくお話しできる機会があると嬉しいですね。
Q.今後、どのようなDXを目指すのか教えてください。
DXの課題として、人材が足りていないとよく言われますが、個人的には、そこが最重要とは思っていません。AIもオープンソースが充実してきており、ある程度のリテラシーがあれば誰でも作れてしまう時代になってきています。
これからのDXは、何が目的で、そのためにはどういうデータが必要で、そのAIを作ると経営指数にどのように貢献できるのか、ということを考えられるかどうかが鍵となるでしょう。こうしたことを前提として、DXを推進できる人材を育てていきたいと考えています。