「DX注目企業2024」に選出された双日
デジタルを事業戦略に組み込みビジネスの拡大を目指す
取締役 専務CDO兼CIO
常務取締役
総合商社の双日は、経済産業省などが選定する「デジタルトランスフォーメーション銘柄(DX銘柄)」において「DX注目企業2024」に選ばれました。前年の「DX銘柄2023」に続き、2年連続の選出となります。この成果の立役者の一人と言えるのが、2021年に執行役員CDOに就任した荒川朋美氏です。日本アイ・ビー・エム出身の同氏が、総合商社である双日のDXをどのように推進していったのか。エクサウィザーズ常務取締役の大植択真がお話をお聞きしました。
総合商社という業種の可能性と、双日の熱量に魅力を感じた
大植:IBMからユーザー企業に転身し、CDOとして活躍されている方がたくさんいらっしゃいますね。
荒川:アシックスでCDOから社長になった富永さんは元同僚でしたし、三井化学の三瓶さんやJTBの黒田さんなど、数多くの方々がいらっしゃいます。今でも、いろいろな形で情報交換や相談をさせて頂いています。
大植:そんな中、2021年12月、荒川さんは双日のCDOに就任されました。なぜ、双日を選ばれたのでしょうか。
荒川:私は、大学卒業以来ずっとグローバルITカンパニーであるIBMでテクノロジーを使ってお客様のビジネスを支援するというキャリアを過ごしてきました。次のキャリアでは、自分自身がビジネスを実行する立場の仕事をしてみたいと思ったのです。日本企業はテクノロジーを活用することで、これまで以上に世界に価値を届けることが出来るはずだと感じていたこともあり、次は日本企業に入りたいとも考えていました。
縁あって双日を紹介してもらった際に、総合商社というフィールドの広さやスケールの大きさ、日本発で世界に向けて打ち出していこうとする姿勢に惹かれました。総合商社は日本特有の業界で、IBMにいた頃には関わることがほとんど無かった領域であった、ということも興味を持った理由の一つです。
大植:入社された当初、双日にはどのような印象を持ちましたか。
荒川:まずは、双日に関して勉強したいと考え、最初は顧問として双日にかかわりました。これまでの自分のキャリアで培ってきたスキルを総合商社で充分に役立てることができるのか見極めたかったのです。結局、3ヶ月を待たずして、正式にCDOとして着任いたしました。
更なる成長を目指そうという社員一人一人の熱量が高く、そのためなら何でも学び挑戦しよう、という貪欲なところがありました。経営陣も同じ熱量を持っていて、トップダウンでDXを進めて行きたいという姿勢を強く感じ、それがとても魅力的だったのです。当初は社外取締役候補としてオファーを頂きましたが、これまでの経験を活かし、より現場に近いところでDXをリードしたいと考え、執行役としてミッションを開始したい旨を直談判しました。
CDOとして果たす役割を拡大、人材育成にも注力
大植:入社後は、CDOとしてどのようなことに注力されましたか。
荒川:最初は、社長直下の「CDO室」という特命チームからスタートしました。IT部門は別にあり私のミッションは、デジタルを活用した事業の価値創造や価値向上をしていくことでした。その後、IT部門も傘下となり、推進中だったERP(基幹システム)の刷新プロジェクトも私のチームに入りました。また、双日の100%子会社である「双日テックイノベーション(旧・日商エレクトロニクス)」も、今では私の管轄です。
さらに、データセンター事業やインターネットサービス事業を展開する「さくらインターネット」は、当社の持ち分法適用会社であり、当社が筆頭株主です。私は同社の社外取締役も担っており、同社の高性能なAIサービス基盤(GPU計算資源)を活用し、双日の多様な事業領域においてAI事業創出を開始するなどの連携も始めたところです。
営業本部の既存事業の価値向上に加えて、さくらインターネットや双日テックイノベーションを基軸にデジタル推進部隊が自らデジタルで稼ぐビジネスを創出していくことも目指しており、これを推進する体制の準備を整えた結果、今では3つの部署と9つの課を持つ規模にまで成長しました。
大植:人材育成の面では、デジタルスキルだけでなくビジネスデザインスキルの両方から育成する取り組みを進めたとのことですが、詳しく教えていただけますか。
荒川:取り組みを始めた2年前は、まだIPA(独立行政法人情報処理推進機構)のデジタル人材の定義がありませんでした。また、既成のデジタル人材育成サービスはいくつかあったのですが、どれもピンとこず、総合商社という独特な業界で、どのようなデジタルスキルを身に付けさせれば良いのかをゼロから考え、外部パートナーの支援も得ながら育成プログラムを自社開発致しました。
データを利活用して、事業課題への施策を企画・推進できるデータアナリティクスのスキルと、ビジネスにデジタル(テクノロジーとデータ)を組み込んでDXを構想するビジネスデザインスキルの両面が必要だと考えました。今後のPJ推進のコアメンバーとなる世代がコーディングなどのデジタルスキルを習得し、実務部隊として機能していく面と、商社のビジネスリーダーである世代がデジタル活用を前提としたビジネスモデルを構想する面とを掛け合わせながら、全社でDX推進を加速するための人材体制を整えました。ITの専門人材を育てるというよりは、商社パーソンが役割に応じて必要なデジタルスキルをバランス良く身に付けるというイメージですね。
大植:経済産業省がDXに関わるビジネスパーソンに求められるスキルを定義した「デジタルスキル標準」も、まだできていない時期ですよね。
荒川:そうです。総合商社だけではなく、他の業種でのスキル設計にも気を配り、IBMのネットワークを生かして双方に情報交換する場を設けました。IBMのDNAが似ているのか、みなさん、既製品で満足できずに自分たちで作ろうとしていたところでした。旭化成の声掛けのもと「未来のデジタル人材の会」が発足し、IBM出身以外の企業ともつながりが広がっています。
情報発信の重要性とシステム内製化のポイント
大植:そうした取り組みもあって、双日は「DX銘柄2023」に続き「DX注目企業2024」にも選出されました。マーケットへの情報発信やブランディングなどで意識されたことはありますか。
荒川:メディアの取材を受けるなどの情報発信は積極的に行うように強く意識しました。取り組みを外部に発信すると、それが社外での評価が加わった形で社内に還元されます。これらの情報を社員が目にし、双日が本気でデジタル変革を起こす最中にいるということを自覚してもらうことが、デジタルに対するマインドを変える一番の近道だと思っているのです。
DX注目企業に選定された各企業の代表者(上段、右から5人目が荒川氏)
出所:双日株式会社
営業担当者がそうした発信についてお客さまから質問されたりすると、それに答えるために勉強する必要も出てくるでしょう。社員がデジタルに対する理解度を深めていく上でも効果があると思っています。一見遠回りのようですが、外への発信は社内の意識改革にとっても非常に重要です。
また、外部への発信を続けた結果、いろいろなパートナーからコンタクトをいただくようになりました。これまであまりお付き合いがなかった企業からも「AIでご一緒できませんか」とお声がけいただくなど、双日のDXの認知はさらに広がってきています。
大植:DXを推進する上で、システムの内製化を目指す企業は多いと思います。そうした企業へのアドバイスをいただけますでしょうか。
荒川:「双日ツナファーム鷹島」でのマグロ養殖事業が良い事例でしょう。マグロ養殖の生け簀は深くて巨大なもので、中にマグロが何尾いるのか知る術がなく、在庫金額が把握しずらいということが長年の経営課題でした。そこで、カメラやソナー、各種センサーを導入し、生け簀をデジタル空間で再現するデジタルツインのアプローチに挑戦し、高精度の尾数カウントを実現しました。その全工程を双日社員が担いました。
本事業に取り組み始めた当初はあらゆる企業に相談しました。なかなか思ったような回答が得られない中、最後に名乗り出てくれた国立研究開発法人海洋研究開発機構と共同でAI開発を始めたところ、これまでチャレンジしてきた光学では極めて困難だということがわかりました。音波によって物体を探知するソナー(魚群探知機)を使う必要があったのです。
CTスキャナーでマグロへの魚群ソナー射特性を調査
出所:双日 統合報告書2023
新たな挑戦に取り組むことを決めた際、自分たちのナレッジを蓄える上でもその全工程を双日社員で推進する方針とし、社内の理系出身者などを探し出してプロジェクトに参加してもらいました。探してみると、意外にも学生時代に機械学習を活用した経験のある若手などが社内に多くいることがわかりました。素地があるので、OJTによるスキルアップも早かったですね。また、ハードウェアまで対応できる高専出身の社員がおり、社員寮のお風呂場で魚群探知機の実験をするなど、大活躍でした。
ポイントは今後のDXをリードする第1号案件については、外部に頼り切るのではなく、社内で素質のある人材を探し出し、しっかりと育成することで内製化するということ。そして、PJを通じて得られた知見を双日のデジタルアセットとして蓄積し、それらに異なる業界の課題やデータを適用することでDX推進の回転数を高めていくことが出来るということです。また、技術ありきでプロダクトアウトするのではなく、解きたい課題に必要な技術を探すことも、本質的なアプローチだと思います
生成AIは大きなチャンス、デジタル事業を収益の柱に
大植:今多くの企業が導入を進めている生成AIですが、双日の活用状況について教えてください。
荒川:2024年2月に、Azure OpenAIの社内環境(Sojitz AI Chat)を整備し、全社員に向けてリリースしました。最初の2週間で35%ほどの社員が使ってくれました。活用が進むと、生成AIにデータアナリティクスの結果を答えさせたい、プロンプトエンジニアリングを高度化させたいなど、現場からの意見・要望が集まります。社内のデジタル人材にも生成AIの活用を推進するリーダーの役割を担って頂き、彼らを中心として生成AIの活用を促進しながら、機能拡充(RAG【検索拡張】の導入など)を段階的に行うことで、社内業務に役立てているところです。
また、さくらインターネットとは、我々が強みを持つ自動車の分野などでAIを活用したビジネス創出に向けて、日々連携しています。マグロ養殖事業で蓄積したデジタルアセットを他のビジネスでも適用するなど、事業としての可能性が次々と広がってくるので、非常に大きなチャンスだと捉えています。
大植:2024年5月に発表した「中期経営計画2026」では、”Digital-in-All”という言葉を掲げ、「徹底的なデジタル活用による新たな価値創造」と謳っています。ここに込めた思いを教えてください。
出所:双日 中期経営計画2026
荒川:マグロ養殖事業の取り組みもそうですし、中古車流通DXや東南アジアの農業プラットフォーム事業など、DXを進める中で、デジタルを活用しなければ成長はないという理解が社内に浸透し、いよいよ中計2026では全ての事業にデジタルを組み込むことをDX戦略とし、Digital-in-Allを掲げました。
やはり大事なのは、DX戦略と経営戦略を一体化させること。CDOだけが声高らかに掲げただけでは会社全体は変わりません。社長をトップとする経営層全体が経営戦略としてデジタル活用をリードし、CDOがそれをサポートするという関係性が重要です。
中期経営計画2026では、デジタル推進部隊が自ら稼ぐというテーマも掲げています。双日テックイノベーションやさくらインターネットの取り組みをさらに広げ、デジタル事業をさらに大きくしていきたいという目標を持っています。独自のデジタルサービスを新たな収益の柱にしていくことを構想しており、その土台を作り始めたところです。
大植:最後に、DX推進部門の役員や管理職の方に向けてメッセージをお願いいたします。
荒川:勉強し続ける姿勢は非常に重要です。私もエクサウィザーズさんのセミナーに参加するなど、常に学んでいます。デジタルの世界はどんどん新しいテクノロジーが生まれるので、一度学んで終わりというわけにはいきません。
そして、日々更新されていく情報を積極的に取りに行くため、ネットワーキングによるコミュニティ形成はとても重要です。そのためには、まずは自ら外に向けて情報を発信することが大切でしょう。同じような悩みを抱えている企業が沢山いらっしゃり、その方たちの取り組みに共感し、それらを自社向けにアレンジしながら取り入れられる可能性もあります。また、今までお付き合いのなかった業種の企業からも相談やご紹介を受けて、よりビジネスの幅を広げることにも繋がります。このように、積極的な情報発信とコミュニティの形成を通じて、新たなビジネスチャンスを見つけ、成長の可能性を広げていくことが、デジタル時代の競争において不可欠な要素となるでしょう。