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    横河電機の社内外DX正攻法

プロセス・IT・組織のグローバル化をやり抜く
横河電機の社内外DX正攻法

横河電機株式会社
常務執行役員(CIO)
デジタル戦略本部長 兼 デジタルソリューション本部 DX-Platformセンター長
舩生 幸宏 氏

1915年、電気計器の研究所からスタートした横河電機。100年以上が経った今、海外の売上が7割以上を占めるほどのグローバル企業へと成長しました。もともと製造業を中心としたOT(Operational Technology:制御・運用技術)に強みを持つ同社ですが、近年は、IT(情報技術)の強化に乗り出し、OTとITを融合させたサービスを展開しつつあります。2018年に本格的にDXへの取り組みをスタートし、社員の生産性の向上に焦点を当てた「Internal DX」と、顧客向けにデジタルで付加価値を提供する「External DX」の両面からDXを推進しています。こうした取り組みを、先頭に立って主導してきた、常務執行役員(CIO)デジタル戦略本部長 兼 デジタルソリューション本部 DX-Platformセンター長の舩生 幸宏氏に話を伺いました。

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出典:横河電機株式会社

データ基盤の統合を実現するため、ITのグローバル化を推進

Q.最初に、これまでのご経歴を教えていただけますでしょうか。

大学は理論経済学を専攻していました。文系の学部ですが、数学が得意だったので、統計などを用いて経済を数理モデル化するような研究をしていました。もともとパソコンが好きだったこともあり、IT業界を目指して、1990年、新卒でNTTデータに入社しました。ここでは、ITと金融を融合するような仕事を10年ほどしていました。その後、ソフトバンクファイナンスに転職。ネット銀行の立ち上げなどを通して、インターネットと金融を融合するサービスを開発していました。

その次に、ソニーに移り、ITのグローバル化推進に取り組みました。ここではデータアーキテクチャやエンタープライズアーキテクチャを推進する仕事をしていました。そして、2018年の3月に横河電機のCIO兼デジタル戦略本部長に就任して、今に至ります。

Q.2018年当時、横河電機のIT環境はどのような状況でしたでしょうか。

DXを推進する上で一番大事なのは、データの統合です。データ基盤が整備されていなければ、AIを活用するようなDXは実現できません。しかし、当時の横河電機は、まだITがグローバル化しておらず、各拠点がそれぞれのIT部門・ITシステムを持っている状態でした。それなので、まずはIT環境を世界で統一する仕事からスタートしました。

しかし、データを統合するといっても、それほど簡単な仕事ではありません。コストも時間もかかります。ただ、この課題は、前職で強く経験していたので、しっかりとグローバル最適化をやり切る必要があると考えました。

現在、日本人と外国人の部門長の割合は半分半分くらいで、バランスをとりながらグローバル化を進めているところです。

Q.グローバルな環境では、DX人材をどのように採用、育成するのでしょうか。

日本よりも海外から採用する方が、難易度が低いと感じています。大学でコンピュータサイエンスを専攻している人も多いですし、もともと英語も話せるので、入社後、すぐに即戦力になってくれます。特にインドの方は優秀ですね。ところが、日本人の学生はコンピュータサイエンスを専攻している人も少ないですし、ゼロからデジタル技術と英語を学んでもらうとなると3-5年くらいかかってしまうのです。

なので、ある一定レベルのエンジニアを採用しようとすると、大体3割以上が外国人になります。日本人にこだわってしまうと、残念ながら競争力が落ちてしまうのです。これがグローバルの現実で、我々はそれを受け入れる必要があると思っています。

ただ、日本人は、同僚に優秀なインド人などがいると、その力量の差に驚きながらも、非常に頑張ってくれます。そこが素晴らしいところです。日本人は、国内にいると自分達がDXは進んでいると思いがちですが、グローバルで見ればかなり遅れています。その現実を見ないと、なかなか本気にならないですね。

既に我々の部門では英語が公用語になっています。日本人にとって、英語で会議をファシリテーションするなどのスキルは、すごく苦手ですよね。こうした実践的なスキルは、海外のITメンバーが講師となり、実践的な英語のトレーニングをしてもらっています。

海外に赴任すれば、当然、日本人でも英語を習得せざるを得ません。そういった疑似的な海外赴任環境を社内に作ろうとしています。英語とデジタル技術の両方を使えるようになれば、その人材の市場価値はかなり上がるはずです。そんな人材は、日本にそんなに多くいないのですから。そうなると、他社に移ってしまう場合もあるかもしれませんが、もうそれを悪く言う時代でもないですよね。こうしたコンセプトで、我々はDX人材育成を進めています。

Q.ITプラットフォームのグローバル化はどの程度まで進んでいるのですか?

一番下のレイヤーは、ハイブリッドクラウド環境で構築していて、Microsoft AzureとAWSを利用しています。その上にコミュニケーションプラットフォームがあり、Microsft365をグローバルで統合しました。データ基盤としてはデータレイクをOTとITで別々に用意し、データ基盤として整備しました。

その他には、ERPの整備を進めながらも、人事やエンジニアリングサービス、カスタマーポータルなど、さまざまな機能を追加しています。また、お客様向けのDXプラットフォームである、「Yokogawa Cloud(ヨコガワクラウド)」も提供しています。

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出典:横河電機株式会社

これでも、まだまだ途中の段階です。2024年度中の完成を目指して取り組んでいます。

Q.このようなグローバル化を進めていく中で、どのようなことが課題となるのでしょうか。

グローバルでビジネスプロセスをどう標準化していくかが一番大変です。当然、色々なステークホルダーとの調整が必要になるのですが、すべてを聞いていたらまとまらないですよね。なので、事業部門に発注方法を変えてもらうなど、ビジネスプロセスの議論が日常茶飯事で発生します。

グローバル化する中で、ビジネスプロセスが一番複雑なのは日本です。そこをいかにシンプルにできるかが課題ですが、そう簡単にはいかないところもあります。

特に難しいのが、人事制度の統一です。海外は、まず組織構造があって、そこに人をアサインさせるジョブ型なのですが、日本の場合、人の能力に応じて組織を作るメンバーシップ型なので、アプローチがまったく違います。最終的にこの人事制度を改革しないと、本当のグローバル化は実現しません。今まさに、Global HR Transformationとしてここに真剣に取り組んでいるところで、2023年7月にグローバルHRプラットフォームが無事カットオーバーできました。

ITとOTの融合を目指し、AIを活用したサービスを展開

Q.横河電機は「Internal DX」と「External DX」の両面からDXに取り組まれています。その成果をどのように見ていますか。

「Internal DX」は自社向けのコスト削減の要素が強いので、ROI(投資利益率)を見ながらDXの施策を進めつつも、ビジネスの成果として具体的に説明するには難しい面もありますね。

「External DX」はまさにビジネスの売上や利益に直結するところなので、数字を厳しく求められています。受注ボリュームで言うと、まだ全体の数%ほどですが、中長期的にはこれを10%以上に成長させていきたいです。

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出典:横河電機株式会社

ここで主軸となるのは、お客様向けのDXプラットフォーム「Yokogawa Cloud」です。もともと我々は、プラントや工場などのオンプレミスのオペレーションデータをエッジ側で取得することに強みを持っています。そのOTのデータとクラウド上での経営数字等のITのデータを融合し、企業経営をプレディクティブにしていくことが今後の目標です。

ENEOSマテリアル様との実プラントにおける実証実験では、オペレーションをシミュレートしたAIによって、自動制御が適用できず手動制御をしていた箇所を1年にわたって自律制御することに成功しました。この技術は「第52回 日本産業技術大賞」の最高位となる「内閣総理大臣賞」を受賞しました。

最終的に我々が考えているのは、プラントオペレーションのバーチャル化です。今は、現場で人がオペレーションしていますが、バーチャル化すればリモートでの運営も可能になります。この実現には、お客様のニーズも高まっていますね。

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出典:横河電機株式会社

Q.こうした技術の開発も、グローバルなチームで進めているのですね。

すでに、我々の売上比率の7割以上が海外になっているので、グローバルプロジェクト体制で進めないとこうしたソリューションは実現できません。なので、こうしたグローバルプロジェクトをマネージメントできる日本人が、どうしても必要になってきますね。

Q.クラウドなどのIT(情報技術)と工場などのOT(制御・運用技術)の融合という横河電機の狙いは、今後の大きなテーマになりますね。

もともと、我々の社内にはOT人材が多くいるので、今後、IT人材を強化しながら、OTとITをいかに早く融合できるかが勝負だと思っています。

また、この時に大きな課題となるのが、セキュリティの確保です。我々は2022年に「OpreXTM IT/OT Security Operations Center(IT/OT SOC)」というサービスを開始しました。これまで別々に管理されていたITとOTを統合して管理することで、業務の効率化を図る狙いがあります。

最近は、ハッカーもAIを使ってハッキングしてくるため、我々もAIでプロテクトしないと防御できません。最終的には、AIによるセキュリティオペレーションの自動化を目指しています。

現場に体感してもらうことで、DX推進を加速させる

Q.IT人材を強化する上で、社内の人材育成はどのように進めているのでしょうか。

まずは、BIツールを全社員に浸透させようとしています。BIツールは「Tableau」を使っていて、グローバルで3500人ほどに利用してもらっていますが、ダッシュボードの作り方などの研修を実施しました。社内でのダッシュボードの活用は、かなり進んできたと感じています。BIツールはデータで過去のトレンドを見るのに有効ですが、次のステップとして、これらのデータを使って予測可能な環境を作ろうと考えています。そのためのAIツールを、今グローバルに展開し始めているところです。

今、部品不足問題が深刻化しており、サプライチェーンの最適化に力を入れています。そのためには需要予測が重要になってきますが、これまでは勘や経験を頼りにやってきていました。これを今、現場主導で、AIに置き換えようとしています。今、異常なほどの部品不足で現場は大変な状況なのですが、AIが頼りになると、まさに体感し始めているようです。DXをより早く推進するには、現場に体感してもらうことが大切だと改めて感じています。

Q.新規事業をなかなか立ち上げられない企業も多くある中で、横河電機は「External DX」のような取り組みを積極的に推進しています。どのような心構えが必要なのでしょうか。

我々は、基幹ビジネスを「モード1」、新規ビジネスを「モード2」と呼んで分けて考えています。「モード1」は今現在、キャッシュを生み出す源泉でもありますが、これが未来永劫続くわけではありません。だからこそ、まだ売上比率が低い「モード2」も重要であり、ゆくゆくはこの比率が変わっていくことになるはずです。

この二つをうまくバランスさせることを強く意識しています。新陳代謝はどうしても必要なのです。

また「いい意味」で、この二つを競い合わせることも大切です。「モード1」だけだと、どうしても驕りが出てくるので、新興勢力である「モード2」が刺激を与えて、健全な競争が生み出せれば、ビジネスがうまく回っていくのではないでしょうか。

今後、OTの領域の成長が多く見込めない状況の中、我々は危機感をもってOTとITの融合を進めています。アクションを起こして、新しい領域を広げていくことが、我々が生き残っていく道だと考えています。

横河電機株式会社
常務執行役員(CIO)
デジタル戦略本部長 兼 デジタルソリューション本部 DX-Platformセンター長
舩生 幸宏 氏
1990年、NTTデータ入社。その後、ソフトバンクファイナンス(現・SBIホールディングス)を経て、2003年にソニーへ移り、グローバルITトランスフォーメーションを推進。2018年3月、横河電機の執行役員(CIO)兼デジタル戦略本部長に就任。2019年4月からデジタルソリューション本部DX-Platformセンター長を兼務し、お客様向けDXサービスの企画開発を担当。