1ヶ月で約200時間相当の業務効率化!名古屋鉄道のChatGPT活用方法と効果
名古屋鉄道株式会社
デジタル推進部グループDX担当課長
壁谷 知宏 氏
2002年名古屋鉄道入社。広報、財務、人事、インバウンド等様々な部署を経験した後、2020年から業務プロセス改革、名鉄グループ全体のDXに従事。コロナ後のグループ各社の事業構造改革・DX推進が急務な中、エリア版MaaSアプリ「CentX」、カスタマーエクスペリエンス、コールセンターDXなど各種プロジェクトのプロジェクトマネージャーを担い、現在、グループ横断で生成AI活用検証を進めている。
早くから生成AIの可能性に着目し、業務への活用を模索した名古屋鉄道株式会社。同社では、生成AIの導入に際し、導入効果を最大化すべく、3つの独自検証プロジェクトを進行させました。
2023年9月5日に開催されたセミナーでは、同社デジタル推進部グループDX担当課長・壁谷 知宏 様に登壇いただきました。
「1ヶ月で200時間の業務効率化!名古屋鉄道のChatGPT活用方法と効果」というテーマにて、3つの検証の意図や結果、その経験をもとにした重要ポイントについて語っていただきました。
今回は、そのセミナーの内容を紹介します。
生成AIの導入について
(出典:名古屋鉄道)
2022年11月にChatGPTの日本語版がリリースされ、わずか2ヶ月で1億人ユーザーを超えたということは、皆さまよくご存じかと思います。この頃から、さまざまなメディアで、連日のように生成AIが取り上げられるようになりました。それゆえに、社内のいろいろな部署から生成AIへの問い合わせが多くあり、デジタル部門だけでなく、一般の人にも広く認識されるようになってきたのだと感じました。
これは非常に良いことだなと思っています。我々が、デジタル化やDX化をしようとすると、「これはどんな意味があるのか?」と聞かれることが多くあります。しかし生成AIのChatGPTに関しては、皆さんのほうが知っているということが、これまでとは違う大きな特徴でした。グループ会社からも、ChatGPTを業務で使っていいのか、ChatGPTの利用ポリシーを定めてほしい、というような問い合わせが増え、これを受けて、2023年の5月にガイドラインを策定しました。
名古屋鉄道のガイドラインでは、基本的にはChatGPTの利用は禁止していません。しかし、個人情報や機密情報の入力は禁止することとしています。また、ChatGPTのアウトプットには虚偽が含まれている可能性があり、第三者の権利を侵害する可能性もあるので、それを認識した上で利用することも記載しました。さらには、万が一情報の漏えいがあった場合には、速やかに我々に報告をするよう義務付けるなどを定めました。
また、グループ会社においては、ChatGPTの利用を許可するかどうかは各社の判断に委ねるとし、いずれの場合にもガイドラインの策定を求めています。
ガイドラインを策定している間にも、生成AIが業務の効率化や生産性の向上につながる可能性は高いと強く感じていましたので、並行して、セキュアに利用できる生成AIの利用環境を作れないかと模索をしていました。その際に、エクサウィザーズの生成AI「exaBase 生成AI powered by GPT-4(以下、exaBase 生成AI)」の存在を知りました。
我々が「exaBase 生成AI」を高く評価をしたのは次の3点です。
- 入力データがChatGPTの学習データに使われずに機密事項の入力もできるということ。
- ユーザー単位でログの取得が可能で、これによりコンプライアンスに対応させることができること。
- ライセンスが安価
コストの面では、ユーザー一人ひとりの利用状態が日ごとに可視化される上、予算の上限設定も可能で、コストコントロールが容易なのが魅力でした。こうして、同年7月からグループ横断で利用を開始しました。
生成AIは、まだまだ成長の途中で、頻繁に機能がアップデートされ、他にもさまざまなサービスが登場してくるという状況です。1年後、ChatGPTが生成AIの主流かどうかは誰にも分かりません。
それを見定めるまで静観するというケースもあるかもしれませんが、生成AIから得られるメリットを考えると、非常にもったいないと考えております。やはり、SaaS型のサービスの利点は、短期間で契約ができ、短期間で利用を開始できるところだと思っておりますので、そこに魅力を感じて導入を決めました。
生成AIの活用検証
(出典:名古屋鉄道)
我々は、3つのタイプの生成AIの検証を、ほぼ同時並行で進めています。
1つ目のプロジェクトは、当社とグループ会社で希望者を募って、各業務における生産性向上にどの程度、生成AIが寄与するかを検証する「汎用活用検証トライアル」です。
2つ目が、人的資本経営や新しい働き方の実現という視点を含めて、有志メンバーによって、より高度でクリエイティブな活用方法を検証する「高度活用検証ワークショップ」。
そして最後3つ目が、「自社データ活用生成AI開発」です。生成AIをより高度に使おうとすると、自社データを取り込む必要があります。自社データの活用が可能な生成AIをグループの情報システム子会社と連携をして開発しようと考えております。
これらを7月から年末にかけて約半年の期間、同時並行で検証を進めて、2024年以降に将来的なプロジェクト化を目指していきます。
汎用的な活用を検証するトライアル
(出典:名古屋鉄道)
ここからは、それぞれの詳細を説明します。最初が「汎用活用検証トライアル」です。
生成AIの活用事例として、例えば、文書の作成、情報収集、リサーチ、企画のアイデア出し、議事録の作成、外国語の翻訳などが挙げられます。「汎用活用検証トライアル」では、これらの活用方法が実務において具体的にどのぐらい活用できるかを、定量的・定性的に検証することを目的としています。
当社グループで、トライアル参加の希望者を募ったところ、約200名の利用希望があったので、全員にアカウントを付与しました。若手だけでなく、経営層やマネジメント層、中堅社員、グループのさまざまな職種の方から希望があったのは非常によかったと思っています。
検証を推進する上では、次の3点について工夫をしました。
工夫(1)コスト意識
1点目は、コスト意識を持ってほしいということで、本当に意欲を持った人に絞りたいと考えました。
そこで、この半年のトライアル期間中に、2回のアンケートに回答することを必須にしました。ChatGPT自体は、個人利用であれば、ある程度の機能が無償で利用できてしまうので、そのイメージを持ってもらいたくなかったのです。
「exaBase 生成AI」のライセンス料金だけでなく、GPT3.5と4のバージョンの違いでも、それぞれの利用料金が違うことを明示しました。
工夫(2)無償でアカウントを提供した
2点目の工夫は、グループ会社に対して、無償でアカウントを提供したことです。我々のグループ企業は100社程度あるのですが、基本的に中小規模の会社が多く、デジタルリテラシーが高い会社ばかりではないというのが現実です。
そんなグループ会社でも、我々としてはぜひ生成AIを使ってもらいたい。彼らの中でも、生成AIは認知されているので、この検証期間中については、グループ企業は無償で利用できるスキームにしました。
工夫(3)定量・定性的なデータを取る
3点目は、定量的、定性的なデータを取ることに加えて、製品を使う上での知恵をメンバー間に共有できるようにしようと考えました。そこで、メンバー間でリアルタイムに共有できるチャットルームへの参加と、利用実績シートの入力を必須にしました。
生成AIを使っていく中で、プロンプトエンジニアリングと呼ばれる、適切な質問や指示を与え、より良い答えを引き出すスキルが求められます。ただ、このプロンプトエンジニアリング自体を、全メンバーが高めるというのは、決して低いハードルではないでしょう。
一方で、こんな業務や用途に使えるのではないか、というようなアイデアも非常に重要です。これらの共有は簡単ですし、新たな気づきもあるのではないかと思っています。
この仕組みを導入したこともあって、利用希望者が非常に増えています。当初、想定した200アカウントを超えておりますので、今後は、アカウントを追加していこうと考えています。
利用実績シートには、生成AIをどんな作業に使って、それが単発だったのか定期的に使えるものか、それによって、かかっていた業務の時間がどのぐらい削減できたかを記載してもらいました。この手法で業務の削減時間を集計したところ、「exaBase 生成AI」を導入した7月中旬日から8月中旬までの1カ月間で、約200時間の削減効果がありました。
自由記載の意見として、「自分では考えつかなかったようなアイデアをもらえた」「新たな気づきを得られた」という声もあり、定量的な面だけでなく、定性的な面でも導入効果は大きかったと思っています。
驚いたのは、Excelマクロを含むプログラミングのコードの作成や確認に活用したという声が20%ほどあったことです。デジタル部門やITシステム子会社の社員だけでなく、一般部門の若手からもそうした声があったのは、非常に大きな意味を持ちます。
最後に、「今後も生成AIを継続して使いたいか」という質問をしたところ、98%の人がYESと答えました。業務を進める上で、生成AIが価値を生んでいるというのが、まさにこの数字に表れていると思います。
高度活用検証のワークショップ
(出典:名古屋鉄道)
次が、「高度活用検証のワークショップ」です。
生成AIに高い知見を持つファシリテーターに主導してもらって、より高度でクリエイティブな利用を検証するというものです。
この取り組みは、デジタル推進部だけでなく、総務部や人事部とも連携し、人的資本経営でも重要視される社員のエンゲージメントの向上につなげるための施策や、今後労働人口が減少する時代に向けて、より少人数で大きな成果を得るための業務効率効果などを検証したいと思っています。
ワークショップ自体は全4回で、初回はプロンプトの作り方や他社の先行事例を学ぶというような基礎的な内容でしたが、2回目以降は、より具体的な活用方法を模索していきたいと思っています。
第1回のワークショップが終わった後に何名かのメンバーに話を聞いたところ、「ファシリテーターから教わったプロンプトのコツを試してみたら、本当に活用できそうなアイデアが得られた」というような声をもらいました。第1回目としては、上々な船出だったと思います。このワークショップで得られた知見を、ゆくゆくは役員にも提言していきたいと考えています。
自社データ活用生成AI開発
(出典:名古屋鉄道)
最後が、「自社データ活用生成AI開発」です。
株主総会やIR情報、社史・社内報など、自社固有の情報に関する質問に精度高く回答できるよう検証を進めていきます。
他社事例
(出典:名古屋鉄道)
生成AIの導入で先行する事例として、パナソニックコネクト様をご紹介します。
パナソニックコネクト様は2023年2月のタイミングで、すでに汎用的なAIを導入し、その活用の検証を終えています。その次の段階として、自社に特化したAIの開発を9月にもリリースするということです。
これは、我々が目指すべき姿に非常に近いです。さらに面白いのが、来年度以降に開発するAIのゴールとして、個人に特化をしたAIを目指しているとのことでした。これはおそらく、その人の役職や業務に応じて、生成AIが答えを変えてくれるようなものだと想像しています。こういった他社事例も参考にさせていただきながら、我々の生成AIもさらに進化をさせていきたいと思っています。
メッセージ
最後にメッセージを3つお伝えさせていただきます。
最初の2つは、ユーザー個人として、生成AIに対する向き合い方についてです。
(出典:名古屋鉄道)
100%の精度を追い求める前に、まずは利用してみる
生成AIの回答精度は100%ではないことを理解した上で、壁打ちの相手として、どんどん質問を投げかけていってもらいたいと思っています。
すべてが正しくないにしても、初動を早めたいという用途には役に立つと思います。これはあくまで一般論ですが、質問を繰り返すことによって精度が高まり、3割から4割の業務効率化につながるのではないかと言われております。
また、効率化だけではなく、新しい気づきを与えてくれるものだとも思っています。例えば、先輩や同僚に対していろんな質問を何度もすると、たぶん嫌がられると思いますが、生成AIは、どんな質問に対しても、愛想よく丁寧に答えてくれるのです。マイクロソフトが自社の生成AI自体をコパイロット(副操縦士)と呼んでいますが、まさにその名の通り、我々のよき相談パートナーになってくれると思います。
現場だけでなくマネジメント層にも有用
生成AIが必要になるのは、いわゆる実務を担っているような若手や中堅職のみであって、経営層やマネジメント層は、その対象にあたらないというような、間違った認識があるのではないかと思っています。
生成AIは、マネジメント層であっても、アイデア出しや情報の収集などで、非常に優秀なパートナーになり得ると思います。今後、各社様が使う際にも、ぜひ経営層やマネジメント層に対しても積極的な活用を推奨していくといいのではないでしょうか。
情報システム部門は、効率化のチャンスを逃すな
最後のメッセージは、情報システム部門の方向けです。
おそらく、社内的に生成AIの利用ニーズが高まっていると思います。一方で、ガイドラインの作成やツールの選定などに時間をかけてしまって、効率化のチャンスを逃してしまってはいませんか。
生成AI自体が日進月歩のテクノロジーなので、今日私が話している情報も、来月にはもう古くなっているかもしれません。どの生成AIが主流になっていくかは、誰にも分かりません。
当社は、縁あって「exaBase 生成AI」を導入させていただいておりますが、同様のサービスがこれからまた出てくるでしょうし、SaaSであれば切り替えも非常に簡単にできてしまうでしょう。
情報システム部門以外の社員からも非常に関心の高い生成AIは、同時に社員DXの意識を高めてくれる素晴らしいツールとなります。ですので、スモールスタート、クイックインで、導入するのもアリだと思っています。
当社も、決して先進的な取り組みができているわけではないのですが、その中で、何とか知恵を絞って周りを巻き込みながら、少しずつ成果が出始めた段階です。この講演が、各社様の参考になれば幸いです。
これで、私の講演は以上とさせていただきます。ありがとうございました。