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【連載】AI時代の執筆(後編) ~AIとともに文章を書く、そしてAIに記事を書いてもらうということ~

【連載】AI時代の執筆(後編) ~AIとともに文章を書く、そしてAIに記事を書いてもらうということ~

エクサウィザーズでは、一部のエンジニアだけでなく、経営層から現場の実務担当者まで全社員がAIを活用する「AIドリブン経営」の実現に取り組んでいます。この「AIドリブンデイズ」では、自社を実験場としたエクサウィザーズ社内のAI活用事例を発信しています。

本連載「AI時代の執筆」のテーマは、編集・ライティングというクリエイティブな仕事のAI活用。前編では、AI新聞編集長・湯川鶴章の生産性が「10倍」に跳ね上がるまでの歩みと、その土台となる情報収集の方法をご紹介しました。後編ではいよいよ、AIとともに文章を「書く」プロセスの具体と、「AIに記事を書いてもらう」ことに湯川自身がどう向き合ってきたのかをお伝えします。


執筆にはAnthropicとOpenAIのモデルを使う理由

前編では、リサーチの方法についてお話ししました。ここからはいよいよ原稿執筆の話です。

X上のGrokが大きく進化してきたので、リサーチ全編をGrokに任せてもいいのかもしれません。しかしAnthropicやOpenAIのモデルは長年使ってきたので、私が何者で、どんな仕事にAIを利用し、AIで何をしようとしているのかを知っています。執筆の際に私がこだわるポイントも熟知しています。Grokを使い込んで私好みのライターに育て上げることも可能でしょうが、その時間がもったいない。なので執筆には引き続き、AnthropicとOpenAIのモデルを使います。

執筆にAnthropic、OpenAIのモデルを使う以上、リサーチの最終段階も同じモデルに任せたいのです。GeminiとGrokにはキーパーソンの発言という一次情報を集めてもらい、AnthropicやOpenAIのモデルには、関連する論文やプレスリリース、報道などを調べてもらう。そしてリサーチの最終段階で十分な情報を持っているモデルに、そのまま執筆を任せるのが一番効率的です。リサーチと執筆を別のモデルに分けると、執筆担当のモデルはリサーチ結果を要約して理解してしまい、執筆の際に細部の情報を落としてしまうことがあるからです。

「楽だが、楽しくない」——だから切り口は自分で選ぶ

この1、2週間はAnthropicのFable 5を使っています。ファクトを並べるだけの短いストレートニュースなら、「リサーチ結果を元に記事を書いて」というプロンプトだけで、Fable 5は完成度の高い記事を書き上げます。ほとんど修正が要りません。非常に楽です。ですが、私自身は楽しくありません。やはり自分の思いや主張を織り込みたいのです。

そこで原稿を書いてもらう前に、まず原稿のタイトルと切り口の候補をいくつか挙げてもらいます。その中から、私自身が書きたいと思うものを選びます。複数の候補を組み合わせることもありますし、私の考えを説明して、候補を考え直してもらうこともあります。

アウトラインを固めることが最重要

タイトルと切り口が決まれば、アウトラインを考えてもらいます。ここでアウトラインをしっかり固めておくことが非常に重要です。執筆後に原稿の構成を組み直そうとすると、AIは過去の原稿の内容に引っ張られて論理の流れがめちゃくちゃになり、修正がほとんど不可能になってしまいます。同じチャットで一から作り直しても過去の原稿に引っ張られますし、新しいチャットを立ち上げても、前のチャットの内容に引きずられるようです。そうなると手の打ちようがないので、Fable 5で書くことを諦め、GPT-5.6 Solに切り替えて一からリサーチし直して執筆するようにしています。

AIの「執筆の悪い癖」とその対処法

Fable 5と相談してアウトラインが決まれば、最初のセクションから順番に執筆してもらいます。AIには、どうやら執筆の悪い癖がいくつかあります。1つは、同じ主張を少し言葉を変えて別の箇所で繰り返す癖です。例えば最初の段落で「この件に関しては最新情報を常にチェックする必要がある」と主張したのに、後の段落で「新しい情報を確認することが不可欠だと言える」と、表現は少し違うものの同じ主張を繰り返してくるのです。この癖のせいで、AIの書いた文章は冗長になりがちです。

どうやらAIは、原稿が3000字を超えると全体像が見えなくなる傾向があるようです。「このことを主張しよう」と決めると、原稿内の別の箇所でその主張を繰り返してしまう。そうならないように、セクションごとに執筆させるわけです。修正依頼もセクションごとに出します。

またAIに関するリサーチでは元の情報が英語で書かれていることが多いためか、英語表現を日本語に直訳してくる癖があります。直訳なので正確さは担保できるものの、日本語としては不自然で分かりづらい。そこでAnthropicの「設定」の中の「一般」にある「Claudeへの指示」に、次のような文章を入れています。

【英語直訳の排除】
執筆後、全文を「英語を知らない日本の新聞読者」として読み直す。「5〜7倍安い」→「1/5から1/7の価格」。キリスト教などの慣用句など、米国人には一般的でも日本人には分かりづらいものを原稿に使う場合は、日本人に分かりやすい表現に変える。

 

【原文忠実性より読者理解】
引用や原文の細部は、記事の論理に不要なら思い切って落とす。「原文にあるから」は残す理由にならない。残す基準は「この要素がないと読者の理解が損なわれるか」のみ。

このように設定してあっても、癖のある文章を書いてくることがあります。なので最終原稿として確定する前に、「日本人編集者として、AIに興味のある日本人ビジネスパーソンがスムーズに理解できる文章に直して」と、最後にもう一度プロンプトで指示します。それでも分かりづらい文章が残ることがあるので、最終的には自分で修正します。

だいたいこのような手順で、AIに執筆してもらっています。これで大半の記事はAIが書いてくれます。私が独自の視点を持つ場合は、タイトル、アウトライン、ごくラフな下書きを私が書き、AIにそれを洗練された文章に書き直してもらうこともあります。

AIに記事を書いてもらうということ

新しい技術は、いつも「それでいいのか」と問われる

私自身、自分の職業をどう形容すればいいのか分からないので、ジャーナリストと名乗ることがあります。新聞記者出身なので、ジャーナリストと名乗っても、まあいいのかなと思っています。

その私が今は、自分ではなくAIに記事を書いてもらうようになりました。「自分で記事を書いていないじゃないか。それでもジャーナリストか」という叱責の声が聞こえてきそうです。

インターネットの民間利用が始まったころ、IT担当の新聞記者だった私は、ネットを誰よりも早く活用し始めました。「新聞記事は足で書け」と言われていた時代です。取材先を駆けずり回って情報を集めてから記事を書くのが王道だと思われていました。ネットで情報を収集する記者に対しては、コタツに入ったまま記事を書いたのだろうと揶揄する「コタツ記者」という言葉もありました。「それでも新聞記者か」と叱責されたこともあります。

それでも私は常に、最先端のテクノロジーを仕事に活かそうとしてきました。ですから今回も当然、AIを使い倒しています。

「自分が自分の上長になる」という発想

ただ、今回は少し事情が違います。自分がほとんど努力せずに記事を出せてしまうのです。自分の存在意義がなくなったように感じました。これはAIによって仕事内容が激変する人たちが、一度は経験する感覚のようです。知り合いのエンジニアも、自分はこれからも社会に必要とされるのだろうかと悩むことがあると言っていました。

他人から「それでもエンジニアか」「それでもジャーナリストか」という言葉を浴びせられている気がするし、自分でも、これでいいのかと自問自答するわけです。

そんなとき私は、「編集長」という肩書きに救われました。編集長は自分では執筆しません。ライターに書く記事を指示し、ライターが書いてきた記事を修正するのが編集長の仕事です。今回、そのライターが人間からAIに変わっただけの話です。「それでもジャーナリストか」と言われれば、「はい、編集長ですが」と答えればいいのです。

エンジニアを含め、これから多くの人が自分の存在意義を自問自答するようになると思います。そんなときは今の肩書きにこだわらず、自分が自分の上長になったのだと考えればいいのではないでしょうか。開発チームのリーダーになってAIを使うようになった。広告宣伝部のグループリーダーになって、AIに宣伝文を書いてもらうようになった。そんなふうに、自分の役割の定義を1つ上に上がればいいのです。

「書く喜び」を失って、見つけた新しい喜び

自己批判は、それである程度かわせるかもしれません。ですが、仕事の喜びはどうなるのでしょう。友人のエンジニアは「自分はパズルが趣味。パズルを組むようなところがあるので、プログラミングが楽しかった。その楽しさをAIに奪われようとしている。どうすればいいんだろう」と悩んでいました。

私自身も、文章を書くのが好きで新聞記者になったところがあります。その、文章を書く喜びをAIに奪われたわけです。私も苦しくなりました。

しかし嘆いていても仕方がありません。文章を書くという仕事は、なくなる運命なのですから。文章を書く喜びがなくなるのであれば、積極的に別の喜びを見つけるしかありません。

私が見つけた喜びは、知識を得ることでした。AIが高速でリサーチし、自分の問いに答えを出し、考えをまとめてくれる。AIに関する知識量は、自分でも驚くほど増えています。AIのおかげで、AIに関する最新の論文も読めるようになりました。最先端の研究者の会話にも、ある程度ついていけるようになってきました。

週に1本のペースで記事を書いていたころは、面白そうなニュースの中から取り上げるものを1つだけ選び、それ以外のニュースは詳しく調べられませんでした。今は、面白そうな記事はほぼ全部、AIにリサーチしてもらっています。その上で自分はどういう意見を持つのかを、AIと相談しながら論理を組み立てていくわけです。ですからAIに関する話なら、どんな話題でも十分な情報と意見を持てるようになりました。

AIに関してだけではありません。AIは医療、法律、教育、科学など、あらゆる分野を変えていきます。そこでAIを軸に、いろいろな領域のことを調べ、理解し始めました。知識量が増えることで、余計にいろいろなことに興味を持つようになる。この歳になって、ここまで自分の知識欲が拡大するとは思っていませんでした。

「人間資本」と「トークン資本」の学習ループ

そして自分の興味と知識量の拡大は、AIとの共同作業の形を変えつつあります。AIが提案してくる記事の切り口では飽き足らず、別の切り口がないかAIと議論することが増えてきました。私の知識が増えたことで、AIの書く原稿のレベルが明らかに向上しつつあります。AIの原稿の質が向上することで、私の学びがさらに深まり、広がる。私の学びが深まり、広がると、AIの質が向上する。AIの質が向上すると、、、以下省略。これが米Microsoftのsatya Nadella氏の言う「人間資本」と「トークン資本」の学習ループの複利効果なのだと思います。

Nadella氏は6月に公表したエッセイの中で、企業が蓄えるべき資本を二つに分けました。社員の知識や判断力である人間資本と、自社で構築し所有するAI能力であるトークン資本。これからの企業の勝負は、この二つが複利で増幅し合う学習ループを回せるかどうかにあると説きました。

AIの導入で人間の従業員を減らして効率化を進める企業よりも、人間の知識・判断力とAIの能力を組み合わせ、双方の能力がさらに伸びて企業全体の能力が向上する仕組みを作れた企業が勝つ、というわけです。

私がAI活用で体験していることが、まさにこの「複利で増幅し合う学習ループ」なのだと思います。

AIが進化する時代に、われわれはどういう働き方を目指せばいいのか。答えは1つ。AIを活用して自分の能力を高め、その高めた能力で、さらにAIを活用することだと思います。

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