AIで「コスト削減」は狙うな、天井のない成長を狙え=Andrew Ng氏
「AIで人件費をどれだけ減らせるのか」──。多くの企業がAI導入を考えるとき、まずそこに目が向く。だが、その発想ではAIの本当のリターンを取り逃がす。そう説くのが、AI研究者でスタンフォード大学特任教授のAndrew Ng(アンドリュー・エン)氏である。
Ng氏は、共同創業者のKirsty Tan氏と率いる米AI助言会社AI Aspireを通じ、米国を中心に世界の大企業の経営陣とAI戦略を議論しているという。米AI開発支援企業LangChainが主催したカンファレンス「Interrupt 26」の対談動画で、同氏はLangChain CEOのHarrison Chase氏を相手に、現場任せのAI導入がなぜ大きな成果につながりにくいのかを語った。
Ng氏の主張は明快だ。AIを「業務効率化の道具」としてだけ使えば、得られる成果には上限がある。だが、業務の流れそのものを作り直し、新しい成長を取りにいけば、リターンの天井ははるかに高くなるというものだ。
ボトムアップだけでは実らない
多くの企業が最初に進めたのは、現場の一人ひとりにAIを使わせる取り組みだった。Ng氏は、その価値を否定していない。現場から多くのアイデアが出てくることは、むしろ望ましいことだと見る。
問題は、その多くが「点の改善」にとどまることだ。Ng氏は対談の中で、「ボトムアップの取り組みは、たいてい点の解決策を生む。漸進的な効率改善で、それ自体は良いことだが、AI革命が約束するような変革ではない」と語っている。
たとえば、ある担当者が自分の作業をAIで少し速くする。ある部署が問い合わせ対応の一部を自動化する。こうした改善は無駄ではない。だが、会社全体の売り上げ構造や顧客体験を変えるほどのインパクトにはなりにくい。
Ng氏の答えは、ボトムアップをやめることではない。現場から生まれるアイデアを、経営側が大きな設計に組み込むことだ。
「1時間の短縮」ではなく「10分で完了する商品」を作る
Ng氏は、この違いを銀行のローン審査の例で説明している。
ローンの実行には、商品のマーケティング、申し込みの受け付け、審査・承認、最終確認、実行という一連の流れがある。現場がAI活用を考えると、まず見つけやすいのは中間にある審査・承認の自動化だ。人間が1時間かけていた審査をAIに肩代わりさせる。これは分かりやすい効率化である。
だが、前後の工程がそのままなら、短縮できるのは基本的にその1時間分にとどまる。申し込みの方法、確認の手順、顧客への案内、実行までの流れが古いままなら、AIは部分的な省力化ツールで終わってしまう。
一方で、Ng氏によれば、ローンの流れ全体を作り直そうとする銀行もある。目指すのは「審査を1時間短縮すること」ではない。申し込めば10分で承認されるローン商品そのものを作ることだ。
そうなると、必要な発想はまったく変わる。申込情報をどう集めるか。審査に必要なデータをどう事前にそろえるか。マーケティングの段階でどの顧客にどう提案するか。承認後の確認や実行をどうつなぐか。AIを入れる場所を一つ探すのではなく、業務の流れ全体を組み替えなければならない。
Ng氏はこの点について、「ワークフロー全体を考え直し、設計し直せる、より広い視野を持つ人材が要る」と語っている。一つの工程の自動化なら、現場からでも始められる。だが、商品設計、データ基盤、顧客接点、社内の権限設計までまたぐ変化は、現場の一担当者には背負いきれない。
AIの本当の価値は、ここにある。1時間の作業を消すことではなく、顧客にとってまったく違う体験を作ることだ。
節約できる額には限りがある
Ng氏が強調するのは、AIをコスト削減の道具として見ると、最初から天井の低いゲームになるという点だ。
たとえば顧客対応AIは、単にコールセンターの人件費を減らす道具ではない。待ち時間を減らし、これまで取りこぼしていた問い合わせにも応じられるようになれば、顧客満足度や継続率を押し上げる可能性がある。ドライブスルーの注文自動化も同じだ。人件費を減らすだけでなく、注文処理を速くし、ピーク時により多くの顧客をさばけるようになれば、売り上げそのものを伸ばせる。
Ng氏は対談で、「節約できる額には限りがあるが、成長にはほぼ天井がない」と語っている。企業がAIのROIを考えるとき、この視点の違いは大きい。
コスト削減は、どれだけ成功しても現在かかっている費用の範囲を超えにくい。100人分の仕事を80人でできるようにする、あるいは10時間かかっていた作業を5時間にする。もちろん意味はあるが、計算できる成果には上限がある。
一方、成長を狙う場合、問いは変わる。これまで対応できなかった顧客に応じられないか。これまで時間がかかりすぎて売れなかった商品を売れるようにできないか。人間だけでは回らなかったサービスを、より多くの市場に広げられないか。AIの価値は、削れる費用ではなく、これまで取れなかった売り上げの側にある。
大きく賭けるのはトップの仕事
では、どのAI活用に賭けるのか。ここから先は、現場の工夫だけでは決めにくい経営判断の領域になる。
Ng氏によれば、ある金融機関は300を超えるAI活用のアイデアを並べ、どれに投資すべきかを相談してきたという。どの案が単なる効率化で、どの案が事業を変える可能性を持つのか。技術的に実現できるのか。事業上のリターンは大きいのか。こうした判断は、現場の思いつきだけでは決められない。
当たれば大きい少数の賭けに資源を集中する。そのためには、人材、予算、データ、社内の権限を動かす必要がある。つまりこれは、AI活用のアイデア出しではなく、経営がどこに賭けるかを選ぶ仕事なのである。