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「トークンを浪費し、知的財産を吸われるだけ」 Palantir CEOが突きつけたエンタープライズAIの転換点

公開日
2026.07.03
「トークンを浪費し、知的財産を吸われるだけ」 Palantir CEOが突きつけたエンタープライズAIの転換点

「彼らに悪意を向けているわけではない。だが、何かが完全に間違っている」

7月1日、米CNBCの朝の看板番組「Squawk Box」に出演したデータ分析大手、米Palantir CEOのAlex Karp氏は、AI業界の主流ビジネスモデルであるトークン課金を真っ向から否定した。名指しされたのは、米OpenAIと米Anthropicだ(CNBC)。

トークンとは、AIモデルが文章を処理する際の単位で、AI大手の多くは処理したトークン量に応じて課金する。Karp氏によれば、この仕組みに対する企業経営者たちの本音はこうだ。

「この国の企業の基本的な認識は『のんびりトークンを浪費して時間を無駄にし、価値は何も得られず、彼ら(AI大手)に自社のIP(知的財産)だけ持っていかれる』というものだ」(CNBC

発言は次第に熱を帯び、共同司会のBecky Quick氏が「かなり怒っているように聞こえますが」と遮る場面もあった。Karp氏はこう切り返した。「いや、これは私を通して伝えられているアメリカ企業の声だ」。さらに視聴者と投資家に向かって、企業CEOに直接電話して確かめてみろとまで言い放った。「『引用はしないと約束するから本音を聞かせてくれ』と言ってみればいい。彼らは私の2倍怒っているはずだ」(Mediaite

もう一人の共同司会Andrew Ross Sorkin氏が「それは悪口に聞こえますが」と突っ込むと、「いや、これは報道(reporting)だ」と返した。OpenAI CEOのSam Altman氏とAnthropic CEOのDario Amodei氏について「Dario氏とプライベートで議論するほど楽しいことはない」と個人攻撃ではないことを強調しつつも、業界の構造そのものが間違っているという主張は一切曲げなかった(Mediaite)。

市場はこの「怒り」を好感したのだろうか。発言当日、Palantir株は約8%上昇した(CNBC)。

一夜にしてAI業界の話題をさらったこのインタビューだが、Karp氏の主張は単なる放言ではない。その背後には、エンタープライズAIをめぐる企業行動の静かな、しかし確実な転換がある。

「偽りの進歩」への中毒

Karp氏の怒りを理解するには、「tokenmaxxing(トークンマキシング)」という言葉を知る必要がある。トークン消費量を最大化すること、つまりAIにできるだけ多くの処理をさせること自体が進歩の証だ、という企業側のマインドセットを指す言葉だ。AIブームの中で、多くの企業が「どれだけAIを使ったか」を変革の指標として掲げ、トークン消費に巨額の予算を投じてきた。

Palantirが7月1日の放送前日にX上で公開した9項目の声明は、この風潮を痛烈に批判している。「tokenmaxxingはあなたの価値観を乗っ取り、組織の胆力と知性を低下させる。トークン使用量の追求は、堅牢なソフトウェアではなく使い捨てのスクリプトを助長する。偽りの進歩という中毒的な感覚とともに」と断じ、さらに「トークンを売る者たちが、価値に基づく課金を拒むのには理由がある」と、AI大手の課金モデルの急所を突いた。

つまりこういうことだ。トークン課金モデルでは、AI大手の収益は顧客のトークン消費量に比例する。顧客企業が本当に価値を生んでいるかどうかは、AI大手の収益とは関係がない。むしろ非効率にトークンを浪費してくれる顧客ほど「上客」になる。インセンティブ構造が、顧客の成果と根本的にずれている、というのがKarp氏の指摘だ。

そして、この指摘が今このタイミングで刺さるのには理由がある。企業側の行動が実際に変わり始めているからだ。

CNBCによれば、AIコストが高騰し、新型モデルが従来モデルより高価になる中で、企業はtokenmaxxing的な発想から投資対効果(ROI)重視へとシフトしている。その受け皿となっているのが、同等のタスクを大幅に低いコストでこなせるオープンウェイトモデル(重みが公開されたモデル)だ(CNBC)。米Forbesも、これまで積極的にAI推論に支出してきた企業が、最近になって利用状況の監査を始め、収益に結びつかない支出の削減に動いていると報じている(Forbes)。

しかもこの問題意識は、Karp氏一人のものではない。米Microsoft CEOのSatya Nadella氏も今月、産業界全体の知識がAIモデルに吸収されてしまうリスクについて、同様の懸念を表明した(Forbes)。AI大手と最も深く組んできたMicrosoftのトップまでもが同じ方向の懸念を口にしたという事実は、これが業界の底流になりつつあることを示している。

背景には中国勢の存在もある。Karp氏はCNBCに対し、中国がAIモデル構築で進歩するスピードを過小評価すべきではないと警告した。中国のオープンソースモデルは急速に能力を高めており、米国のAI大手に追いつくのではないかという懸念が高まっている(CNBC)。高価な米国製クローズドモデルと、無料か格安で使える中国製オープンモデル。この価格差が、企業のROI意識をさらに研ぎ澄ませている。

「トークンをたくさん使うこと」が進歩だった時代から、「トークンが何を生んだか」を問う時代へ。Karp氏の発言は、この転換点を最も過激な言葉で宣言したものだと言える。だが、Karp氏の主張の核心はコストの話ではない。もっと深刻な問い、すなわち「AIを使うことで、企業は自らの競争力の源泉を差し出しているのではないか」という疑念だ。

アルファは誰のものか

Karp氏がインタビューで繰り返し使った言葉がある。「アルファ(alpha)」だ。もともとは投資業界で市場平均を上回る超過収益を指す用語だが、Karp氏はこれを「企業の競争優位の源泉」という意味で使っている。そしてKarp氏の主張の核心は、トークン課金型のAI利用が、この「アルファ」を密かにAI大手へ移転させている、という点にある。(注:実際には、AI大手各社は、事業者向けデータをデフォルトではモデル訓練に使わないと説明している)

「クライアントは、ごく基本的な質問に答えられなければならない。あなた(AI大手)はデータを保持するのか? 我々のビジネスに参入するつもりなのか?」とKarp氏は問う(Mediaite)。

この問いの背後にあるのは、AI大手に対する「三重取り」の懸念だ。英テック専門メディアThe Stackはこう整理している。AI大手は、①トークン利用料を課金し、②顧客の業務プロセスや知的財産にアクセスし、③最終的にはそこで得た知見をもとに顧客のビジネス領域そのものに参入しかねない、という懸念だ(The Stack)。Karp氏自身の言葉ではこうなる。「戦場の兵士も民間企業も抱えている問題は同じだ。『彼らが私のアウトプットを作るようになるなら、なぜ彼らに私のデータへのアクセスを許すのか』」

放送前日の6月30日にPalantirがXに投稿した9項目の声明は、この懸念を「主権(sovereignty)」という言葉で体系化している。第1項は「あなたのAI主権が、あなたの組織の未来を決める」と宣言し、第2項は「データの保持はあなたの宝だ」と説く。そして最も鋭いのが第4項だ。「ウェイト(モデルの重み)を支配することは、運命を支配することだ。ウェイトとは、苦労して蓄積した組織の知識が蒸留されたものだ。他者にウェイトの支配を許せば、あなたのビジネスのアルファを彼らのビジネスへ移転させることを許すことになる」AOL/Business Insider

この主張が最も先鋭化するのが、国防の文脈だ。Karp氏はCNBCでこう述べた。「機密の文脈で、Department of War(旧国防総省)が『このアプリケーションが必要だ』と言ったとき、政府側がウェイトを支配できるのか、それともAI大手側が支配するのか。この国の戦場を、シリコンバレーのコンセンサスに外注するというのか。正気の沙汰ではない」。米金融メディアBenzingaは、この発言はAIの軍事利用をめぐるAnthropicと米政府の対立を念頭に置いたものだとみられると報じている(Benzinga)。

では、Palantirが提示する「解」は何か。それが放送2日前の6月29日に発表された、半導体大手の米NVIDIAとの提携拡大だ。

発表文によれば、両社はNVIDIAのオープンモデル「Nemotron」を、米政府機関や米国の重要インフラ向けの「主権環境(sovereign environments)」で稼働させる基盤を提供する。NVIDIAの計算資源・エコシステム・オープンモデルと、PalantirのAIP、Ontology、Foundry、Apolloといった製品群を組み合わせ、顧客が自社のデータ、知的財産、AIシステムの支配権を保持したままフロンティア級の能力を使えるようにするという。発表文が挙げる具体的な機能は、明示的なデータ認可、セキュリティ境界の強制、顧客ごとのアーキテクチャレベルでの分離、データポータビリティ、消去権、そして完全な監査可能性だ。さらに「顧客は、自らのミッションに特化した自己改善型モデルを所有することになる」と明記している(Palantir発表文)。

Karp氏はCNBCで、この提携の狙いをこう要約した。「私をNVIDIAと結びつけているのは、技術に精通した顧客が求めているもの、つまり自らの計算資源、モデル、データ基盤、そしてアルファに対する支配権だ」。彼らは「生産手段を自ら所有していること、それが他者に移転されていないことを確認したいのだ」とも述べている(Mediaite)。

トークンを買うのではなく、モデルを所有する。データをAI大手に渡すのではなく、自社の境界内に留める。これがKarp氏の言う「AI主権」の姿だ。正論に聞こえる。だが、ここで立ち止まる必要がある。この一連の発言は、Palantirという企業の利害と完全に一致した「営業トーク」でもあるからだ。

営業トークと正論のあいだ

ここまでKarp氏の主張を見てきたが、最後に忘れてはならない視点がある。この一連の発言は、周到に設計されたマーケティングキャンペーンの一部だったという事実だ。

時系列を整理するとこうなる。6月29日(月)、PalantirはNVIDIAとの提携拡大を発表した。翌30日(火)、Palantir公式Xアカウントが「AI主権」に関する9項目の声明を投稿した。そして7月1日(水)、Karp氏がCNBCに出演し、その日のAI報道を席巻する発言を放った。提携発表、理論武装、そしてテレビでの「怒りの爆発」。3日間で3つの布石を打つ、絵に描いたような情報発信の設計だ(Digital Applied)。

Palantirには、この物語を必要とする事情もある。米金融メディアTheStreetによれば、同社株は直近1週間で11%上昇したものの、年初来では30%下落している。「モデルへのアクセス」ではなく「AIの支配権」こそが希少資産になるという物語は、同社の株価を支える中核のセールストークそのものだ(TheStreet)。オランダのテック専門メディアThe Next Webは9項目の声明を「原則を装った営業提案(a pitch dressed as a principle)」と評した。同メディアは皮肉な事実も指摘している。「主権」という言葉は今、Palantir自身に向けられている論理でもある。フランスの対外情報機関は米国製のPalantirを国産の競合製品に切り替え、ドイツ軍も同社と距離を置いてきた。欧州の政府にとっての真の主権とは、一社の米国ベンダーに依存しないことを意味するからだ(The Next Web)。

つまりKarp氏の発言は、割り引いて読む必要がある。だが、ここが重要な点だが、ポジショントークだからといって間違いだとは限らない。

The Next Webも「壮大な物言いを剥ぎ取れば、Palantirの主張の核心は妥当だ。データとモデルのウェイトは現実の競争優位の源泉であり、それを第三者に渡すことには現実のリスクがある」と認めている(The Next Web)。米Forbesも、フロンティアモデル事業が商業的に伸び悩んでいるのは技術が悪いからではなく、ガバナンス層、計算資源の主権、そして「セッションが終わったとき誰が何を所有するのか」という問いへの明確な答えを欠いたまま売られてきたからだと分析する。企業のAI調達では、トークン課金型のベンダーはKarp氏の問い(データを保持するのか、我々のビジネスに参入するのか)を書面で問われるようになり、逆に「主権」を売るベンダーは、その分離・可搬性の主張について独立監査を求められるようになる、というのが業界観測筋の見立てだ(ForbesDigital Applied)。

日本企業への示唆も明確だ。問うべきは「どのモデルが一番賢いか」でも「どれだけAIを使ったか」でもない。「自社のアルファ、つまり競争優位の源泉となるデータと知見をどこに置き、誰に支配させるか」だ。トークン消費量を誇る段階は終わった。AI支出の一つひとつに「これは何を生んだのか」と問い、自社のIPをどこに置くのか、主導権を握り続けられるのか、を確認することが重要になってきている。Karp氏の「怒り」が本物か演技かはさておき、この問いだけは、すべての経営者が自分のものとして受け取るべきだろう。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。