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米のフィジカルAI投資、過去最高に=未上場企業の第2勢力に

公開日
2026.07.06
米のフィジカルAI投資、過去最高に=未上場企業の第2勢力に

米VC大手Andreessen Horowitz(a16z)は、ロボティクスなどのフィジカルAI分野への投資額が2026年第1四半期に過去最高を記録したとする分析を発表した。調査会社PitchBookのデータによると、同四半期の投資額は約160億ドル、件数は約500件で、いずれも四半期ベースの最高記録。カテゴリー別の未上場企業の企業価値で見ても、フィジカルAIは10年前には存在感すらなかったのに、今やフィンテックを抜いて第2位の勢力に浮上したという。数字の急伸以上に重要なのは、その中身だ。PitchBookは、投資家の審査基準が「技術が動くかどうか」から「量産できるか、金を払う顧客がいるか」に移ったと指摘しており、フィジカルAIは実験の時代から実用化の時代へと足を踏み入れた。この巨額の投資は、ロボットの「脳」となる基盤モデルからシミュレーション訓練基盤、部品供給網までを一気に成熟させつつある。この追い風は、間違いなく日本のフィジカルAIにも届くことになる。

マネーはデジタルからリアルへ

a16zは今回の分析で、現在の投資サイクルを「デジタル(ソフトウェア)からリアル(物理世界)への資金の大転換」と位置づけている。象徴的なのが、カテゴリー別に見た米国未上場企業トップ100の企業価値の変化だという。2016年のチャートにフィジカルAIというカテゴリーは存在すらしなかった。それが10年後の現在、フィジカルAI・ロボティクスの企業価値は2,630億ドルに達し、フィンテック・決済(2,450億ドル)を抜いて、首位のAI・ソフトウェア(1兆9,720億ドル)に次ぐ第2位のカテゴリーに躍り出た。AIとフィジカルAIの2カテゴリーを合わせると、トップ100の企業価値全体の8割を占めるとしている。

a16zはこの現象を次のように解釈する。ソフトウェアの改善にも依然大きな可能性はあるが、ロボティクスはソフトウェア単体では手が届かない現実世界の「タスク」にまでテクノロジーを押し広げる。電気が「馬力」を安価にしたことで人類が想像もしなかった仕事を機械が担うようになったのと同じように、フィジカルAIは需要の裾野を前例のない形で拡大する、というわけだ。

数字の中身を見ると、単なる投資ブームではないことが分かる。PitchBookのレポートは「資金の急増は表面的な話にすぎない」と指摘する。より深い変化は、3つの動きが同じ四半期に重なったことだという。すなわち、審査済みの製品カタログから軍が直接購入できる「防衛調達マーケットプレイス」の登場、商用のRaaS(サービスとしてのロボティクス)契約の広がり、そして投資回収(イグジット)の本格的な波の到来である。つまり、金が入っただけでなく、金が回り始めたのだ。

投資家の目線も変わったとPitchBookは分析する。もはやロボティクス企業は「技術が動くかどうか」では評価されない。「量産できるか、金を払う顧客を獲得できるか、導入コストを下げられるか」で判断されるようになったという。その結果、資金は産業用ロボット、防衛自律システム、ロボティクスソフトウェアに向かい、派手なデモと研究用途の顧客に依存したままのヒューマノイド企業には、逆に厳しい問いが突きつけられているとしている。実用化の時代とは、選別の時代でもある。

牽引役は防衛

過去最高となった第1四半期の投資額163億ドルの中身を見ると、牽引したのは工場や倉庫のロボットではなく、防衛分野だった。

PitchBookが挙げる同四半期のメガディール3件のうち、2件が防衛企業だ。自律型軍用ドローンを手がける米Shield AI社は3月、20億ドルを調達し、評価額は127億ドルと前回の2倍以上に跳ね上がった。米誌Fortuneの報道によると、同社は2026年に80%超の増収を見込んでおり、売上高は5億4,000万ドル以上に達する見通しだという。その数日後には、自律型無人艦艇を開発する米Saronic社が17.5億ドルを評価額92.5億ドルで調達した。防衛系2社だけで約37.5億ドルと、第1四半期のフィジカルAI投資全体の2割強を占める計算になる。

a16zも、現時点でロボティクスの最も注目度の高いフロンティアは防衛分野だとしている。世界的な国防予算の拡大が追い風になっているという。ウクライナでの戦争は、安価な無人機を大量投入して高価な兵器を破壊するという新しい戦い方を見せつけ、各国の軍に自律システムの調達を急がせた。

この構図の中で、米国防総省は巨額の売上をもたらす「最初の顧客」として機能している。Shield AI社は米空軍から大型契約を獲得した上で資金調達に臨んでおり、投資家は「すでに金を払う顧客がいる企業」に出資している形だ。前述の「デモではなく量産と顧客で審査する」という新しい基準を、防衛企業が最も早くクリアしたと言うこともできる。

米国では、防衛から生まれた技術が民間に展開されてきた歴史がある。GPSもインターネットも、軍事技術として生まれ、後に民間の巨大産業を生んだ。では今回も同じことが起きるのか。それを考える鍵は、防衛用と民生用のフィジカルAIが、どこまで同じ技術基盤を共有しているかにある。

防衛と民生、共通の技術基盤

防衛用と民生用のフィジカルAIは、技術スタックのほぼすべての層を共有している。

まず、ロボットの「脳」にあたる基盤モデルの層だ。現在のフィジカルAIの中核は、VLA(視覚・言語・行動)モデルと呼ばれるロボット基盤モデルである。カメラ映像と言語指示を入力すると、ロボットのモーター制御コマンドを直接出力する仕組みで、LLM(大規模言語モデル)と同様に「一度大規模に事前学習し、幅広い用途に適応させる」アプローチを取る(The Robot Report)。重要なのは、これらのモデルが設計思想として「ロボットの体を選ばない」ことだ。今年1月に14億ドルを調達した米Skild AI社は、自社の基盤モデル「Skild Brain」について、ヒューマノイド、四足歩行ロボット、産業用アーム、移動マニピュレータなど形状を問わず制御できる「オムニボディッド(全身体対応)」だと説明している。同社は用途として、倉庫での反復作業の自動化から危険環境の点検まで挙げており、一つの「脳」が民生と防衛の境界をまたぐ構造になっている。

次に、自律システムのソフトウェア層。この層では、防衛企業と米軍当局の双方が「軍民両用」を明確に打ち出している。第1四半期最大のメガディールとなった米Shield AI社は、中核製品の自律ソフトウェア「Hivemind」を「プラットフォーム非依存で、商用デュアルユース。軍とOEM(機器メーカー)向け」と明記している。これは同社の営業文句にとどまらない。発注者である米空軍が同社と結んだ最大6,000万ドルの契約自体に、「軍用および商用プラットフォームへの統合を加速する」ことが目的として盛り込まれており、空軍の「空飛ぶクルマ」プログラムへの組み込みも対象だという(Privacy International)。なお同社幹部によれば、Hivemindのスタックは「知覚、認知、行動」の3段構成だといい(同社サイト)、これは民生の自動運転や倉庫ロボットと同じ抽象構造である。米Amazon社のAWSとの協業発表でも「防衛と商用、双方の顧客にメリットをもたらす」と記されている

三つ目は、モデルを訓練するシミュレーション基盤の層だ。Skild AI社は米NVIDIA社の物理シミュレーション「Isaac Lab」や合成データ生成基盤「Cosmos」を使い、数千種類のロボットと環境を仮想空間に並べて基盤モデルを訓練している。物理シミュレーションで数十億件の訓練データを生成し、現実では危険すぎる失敗シナリオを安全に大量経験させる手法だという(NVIDIA)。この「シミュレーションで訓練し実機に転移する」手法は、防衛の自律機体開発でも民生ロボット開発でも共通であり、中でもNVIDIA社のツール群は業界で最も広く使われるシミュレーション基盤となっている。

そして一番下の、部品・サプライチェーンの層。センサー、エッジ計算チップ、バッテリー、モーターといった要素部品は最初から軍民共通だ。この点は日本政府も認識しており、経産省と防衛省の資料は小型無人航空機について「要素技術やサプライチェーンにおけるデュアルユース性が強い」と明記している。ウクライナで双方が消耗品として数百万機規模で投入したドローンも、その多くは民生部品の組み合わせだった。

つまり、防衛マネーが注ぎ込まれているのは「兵器」そのものではなく、基盤モデル、自律スタック、シミュレーション基盤、部品供給網という4層の共有インフラである。電力網が一度引かれれば工場にも家庭にも電気が流れるように、このインフラの上では民生用ロボットも動く。米国の防衛需要による産業化は、フィジカルAI全体の技術基盤を成熟させていることになる。

日本の牽引役は人手不足

では日本でも、防衛がフィジカルAI市場を牽引するのだろうか。日本政府も動いている。2026年度の防衛関係予算は総額9兆353億円と初めて9兆円を超え、12年連続で過去最高を更新した(Yahoo!ニュース)。中でも防衛省は、UAV(無人航空機)・USV(無人水上艇)・UUV(無人潜水艇)を組み合わせた多層的沿岸防衛体制「SHIELD」の構築費として契約ベースで1,001億円を計上した。防衛省は、安価で大量の無人アセットによる防衛体制の整備を「喫緊の課題」と位置づけている。経産省と防衛省は、米国防イノベーションユニット(DIU)を参考に、スタートアップの技術を防衛調達につなげるデュアルユース・エコシステムの構築も進めている

ただし米国とは規模の桁が違う。日本のSHIELD構築費1,001億円は、防衛予算の想定為替レート(1ドル=149円)で約6.7億ドル。奇しくも同名の米Shield AI社が、今年3月の1回の調達ラウンドで集めた20億ドルの3分の1に過ぎない。日本の防衛調達はフィジカルAI市場を牽引するほどの規模ではない。

一方で、日本には防衛に代わる「絶対に金を払う顧客」が存在する。人手不足だ。物流、建設、介護、農業では労働力の確保が経営の最重要課題となっており、フィジカルAIへの需要はすでに待ったなしで存在する。米国では国防総省が果たしている「最初の顧客」の役割を、日本では人口動態が果たすことになる。

進化の経路は違っても、その上で動く技術は同じだ。米国の防衛マネーが成熟させた基盤モデルは日本の倉庫ロボットにも載り、シミュレーション基盤は日本の建設ロボットの訓練にも使える。米国の産業化が生む技術基盤の成熟という追い風は、間違いなく日本のフィジカルAIにも届くことになる。

そのとき勝負を分けるのは何か。ヒントは言語モデルの歴史にある。LLMでは、最先端モデルの性能差が縮まり、オープンソースのモデルでも多くの用途で実用に足る水準に達した結果、価値の重心は「どのモデルを持つか」から「モデルをどう業務に組み込むか」に移りつつある。同じことがフィジカルAIでも起こる可能性が高い。すでに米NVIDIA社はロボット基盤モデル「GR00T N1」をオープンモデルとして公開しており、Skild AI社も「あらゆるロボットで動く一つの脳」を掲げる。

ロボットの「脳」が共通の基盤モデルとして誰にでも手に入るものになっていくなら、勝負を分けるのは、それをどの現場に、どう組み込み、どう制御するかだ。そして実装の勝負は、現場への入り込み、商慣習、規制対応がものを言う。日本の現場は、海外プレイヤーにとって決して戦いやすい市場ではない。人手不足という世界最先端の需要を抱える日本は、フィジカルAI実装のホームグラウンドで戦えるのだ。

問われるのは、その先である。有利な戦場から生まれる現場データと運用ノウハウを、海外製の「脳」を鍛える燃料として差し出して終わるのか。それとも自らの資産として蓄積し、時間差で同じ課題を迎える世界への輸出産業に育てるのか。人手不足の最先進国という立場は、フィジカルAI実装の最先進国になれる立場でもある。追い風は吹いている。それをどこへ向かう帆に受けるかは、日本側の選択だ。