禁止しても消せない、放置すれば奪われる。中国オープンモデルが米国に突きつけたジレンマ
7月16日に公開された中国AIスタートアップの中Moonshot AI社の「Kimi K3」が、米国の最先端モデルに肩を並べる実力を示したことは、これまで報じてきた通りだ。7月27日には、モデルの中身であるウエイトが公開され、誰でも無料でダウンロードして自社サーバーで動かせるようになる。フロンティア級の知能が、米AI大手のAPIを一切経由せずに使える時代が始まる。
この事態に、政治が動き始めた。米政治専門メディアのAxiosによると、トランプ政権はK3の公開を受け、中国製AIモデルの米国内利用を制限する検討を再開した。だが規制には根本的な難題がある。一度公開されたウエイトは、ダウンロードして自社サーバーに置かれてしまえば追跡が難しく、消し去ることができない。かといって放置すれば、すでに米国企業のAI利用の3割から4割半を占めるに至った中国モデルに、市場をさらに奪われる。
禁止しても消せない。放置すれば奪われる。米国は今、出口の見えないジレンマの中にいる。
規制再検討に動いたワシントン
政権にとって、中国モデルの規制は新しい話ではない。米商務省は昨年、DeepSeekなど複数の中国AIラボへの規制を検討したが、イノベーションを阻害するという政権内の反対で棚上げになった経緯がある。その議論がK3の登場で再燃した。
再燃の背景には、米国企業の間で進む中国モデルへの乗り換えがある。AIモデルの中継基盤である米OpenRouter経由で米国企業が使うAI処理量のうち、中国モデルの比率は2025年上半期には4.5%だった。それが今年2月以降は毎週30%を超え、ピークでは46%に達した。民泊大手の米AirbnbがカスタマーサービスにAlibabaのQwenを使っていることをCEOが公言するなど、大手も隠さなくなった。この流れの先に、米最先端級のK3が無料で配られる。政権が動くのは自然なタイミングだった。
ただし検討されているのは、正面からの利用禁止令ではない。政府調達からの排除や、中国モデルを使う企業への賠償責任ルールなど、利用に法的・商業的リスクを負わせて、企業が自主的に手を引くよう仕向ける間接的な手法ばかりだ。理由は単純で、正面禁止が事実上不可能だからだ。クローズドモデルなら、API接続という蛇口を締めれば利用を止められる。だがウエイトが公開されたモデルは、ダウンロードして自社サーバーに組み込まれてしまえば、蛇口の外で動き続け、外部から追跡もできない。禁止しても、消せないのだ。
「これがAI競争に負けるやり方だ」
こうした規制論に対し、政権に近い立場から反対の声を上げているのが、今年3月までホワイトハウスでAI・暗号資産政策を担当し、現在は大統領科学技術諮問会議の共同議長を務めるDavid Sacks氏だ。
Sacks氏はK3公開の翌日、Xにこう投稿した。「これがAI競争に負けるやり方だ。我々が自分を縛っても、世界は我々のルールに従わない」。
Sacks氏が問題視するのは、米国だけが中国モデルの利用を制限しても、米国外の企業は引き続き安くて高性能なモデルを利用できる点だ。規制によって選択肢を失うのが米国企業だけであれば、国際競争ではかえって不利になりかねない。
また米国モデルは、安全性を理由として特定の作業を拒否する性能制限が課されている。悪用を防ぐために必要な制限ではあるが、企業側から見れば、必要な作業を実行できないモデルより、実行できるモデルの方が便利だ。
規制の仕方を間違えば、損をするのは米国企業になる。
どちらに転んでも難しい
政権は板挟みにある。
報道によると、OpenAIとAnthropicは相次いで非公開でIPOを申請した。想定評価額はそれぞれ約8,520億ドル、約9,650億ドルだ。この巨額評価は、高い利用料金を今後も維持できることが前提で、無料の中国モデルはその前提を直撃する。規制は評価額の防波堤になる。だが代償として米国企業は割高なAIコストを負い続け、Sacks氏の言う「自分で自分の競争力を下げる」状態が固定される。また米国の規制に関わらず、米国外では中国モデルの浸透が止まらない。
規制を見送れば、市場の浸食が続く。今のところ、日常的な大量処理は安い中国モデルへ、失敗できない重要な処理は高価な米国モデルへ、という棲み分けが機能していると言われる。だが7月27日以降、企業は重要な処理でも最先端級のモデルを自社サーバーで無料で試せるようになる。この防衛線がいつまで続くかは、誰にも分からない。
そして、どちらを選んでもウエイトは残る。7月27日に公開されるファイルは世界中のサーバーに複製され、二度と回収できない。米国が決められるのは、中国モデルを消すことではなく、中国モデルのある世界でどう戦うかだけだ。禁止しても消せない。放置すれば奪われる。このジレンマに、きれいな出口はない。