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中国が追いついたことで変化する米中のAI規制の形

公開日
2026.07.25
中国が追いついたことで変化する米中のAI規制の形

これまで米国では、最先端AIの開発で自国企業が先行していることを前提に、その技術を中国へ渡さないための規制が議論されてきた。ところが、中国Moonshot AIのKimi K3が米国の有力モデルと肩を並べたとの評価が出たことで、その前提が揺らぎ始めている。

 自国モデルの輸出規制を強めれば、世界中で中国製モデルの利用が進み、米国経済は不利になる。規制しなければ、そのサイバー攻撃の矛先が米国に向く可能性がある。またK3の米国内での利用を認めれば、米国のAI大手の業績に悪影響を与える可能性がある。 中国でも、安全保障上の理由で自国の最先端モデルを国内にとどめるべきだとの主張と、米国モデルの中国国内での利用を規制すべきだという議論が始まっているという。

米中はともに、安全保障と産業政策の両面から、急きょ対応を迫られている。果たしてどういう決着になるのだろうか。

最先端は囲い込みたい、それ以外は広めたい

米国政府は6月12日、国家安全保障上の権限を根拠に、米AI開発企業Anthropicの「Claude Fable 5」と「Claude Mythos 5」を外国籍の利用者に提供しないよう命じた。Anthropicによると、直接のきっかけはFable 5の安全対策を回避し、ソフトウエアの弱点を見つける手法が政府に報告されたことだった。両モデルへの輸出規制は6月30日に解除され、Fable 5は安全対策を追加して世界での提供を再開した。安全上の制限が少なく、強いサイバー能力を持つMythos 5は、一部の米国内組織だけに提供されている。(Anthropicの6月12日の声明規制解除後の説明)

同時に米国内では、中国製の高性能モデルを米国企業から事実上締め出すべきだとの声も出ている。商務省は以前、中国のAI企業を「エンティティー・リスト」に加える案を検討した。このリストに指定された企業と米国企業が取引するには、原則として政府の許可が必要になる。技術革新を妨げるとの懸念から当時は見送られたが、米政治メディアAxiosによると、Kimi K3の登場を受け、政権内で規制論が再び強まっているという。米OpenAIとAnthropicは、安全保障上の懸念を理由に中国モデルへの規制を米国政府に働きかけているが、業界内ではその本当の理由はこの2社が低価格の中国モデルを脅威と捉えているからではないかと評されている。(Axiosの報道ロイター通信)

中国でも、自国の最先端モデルの海外提供を制限する案が検討されている。ロイター通信によると、中国商務省などはAlibaba、ByteDance、Z.aiなどの経営陣と会合を開き、未発表モデルを含む最先端AIへの海外からのアクセス制限を協議したという。対象にはAPIで提供する非公開モデルだけでなく、ウェイトを公開して利用者が自ら動かせるオープンウェイトモデルも含まれる可能性がある。最先端AIを国家の重要資産と位置づけ、技術の流出や盗難を防ぐ狙いがあるとみられている。(ロイター通信の報道)

一方、中国では米国製AIを重要業務から外す動きも出ている。中国工業情報化省が運営する政府系の国家脆弱性データベースは7月8日、Claude Codeの一部バージョンについて、利用者の位置情報や識別情報を同意なく外部サーバーへ送る恐れがあると警告。対象版の削除や更新に加え、重要な業務ネットワークで開発ツールの外部通信を制限するよう求めたという。Alibabaも社内でClaude Codeの利用を禁止している。(AI新聞関連記事

ただし、米中とも自国モデルの海外展開そのものを止めたいわけではない。中国国家主席習近平氏は7月17日の世界人工知能大会で、AIについて「オープンソースと開放、協力と共有」を奨励すると表明した。同時に、リスクへの警戒を強め、安全で管理可能な状態を維持する必要性も訴えている。最先端の自国モデルは管理し、相手国モデルは警戒する。その一方で、一般的な用途に使える自国モデルは世界に広めたい。米中の考え方はよく似ている。(習近平氏の演説全文)

最上位だけを囲い込む二層構造は続くのか

この後、両国のAI規制はどの方向に向かうのだろうか。どちらか一方がAI規制を強化し、自国の最先端モデルの公開規制と相手国モデルの自国内での展開規制を強化する動きに出れば、もう一方も規制を強化し、AI活用において世界は2つに分断され、軍拡競争と同じ流れになるだろう。

ただ軍拡競争とは異なり、どちらも最先端以外の自国モデルを世界に広めたいという思いもある。

そこで妥協策として最も可能性があるのが、最先端モデルは厳しく管理し、それ以下のモデルは国内外に流通させる二層構造のように思える。

しかし、この二層構造は当面の妥協策で、長期的には安定しにくい。どのモデルまでを安全保障上の危険と見なすべきなのか、明確な線引きが難しいからだ。最先端のすぐ後を追うモデルでも、工夫次第でサイバー攻撃の能力を持たせることも可能かもしれない。また今は、線引きができたとしても、半年後には最先端のすぐ後を追うモデルが、その線を間違いなく超えてくることになる。最上位か、それ以外かという一つの基準だけで、進化の速いAIを管理し続けるのは難しい。

「最先端」ではなく、能力と使われ方を規制する

二層構造を長期的に維持できないのなら、どうすればいいのだろう。1つ考えられるのが、そのモデルが具体的に何をでき、誰が、どのような方法で利用できるのかによって、規制の強さを変える方式だ。

参考になるのが、米国立標準技術研究所(NIST)に設置されたAI評価機関CAISIの方針である。CAISIは、米国製と外国製のAIが国家安全保障に与えるリスクを評価する際、サイバーセキュリティー、バイオセキュリティー、化学兵器など、実証可能なリスクに重点を置くと明記している。総合評価で何位かではなく、ソフトウエアの弱点を見つけて攻撃できるのか、危険な物質の製造をどこまで支援できるのかといった能力を、分野ごとに調べる考え方だ。(CAISIの公式ページ)

EUのAI法も、学習に使った計算量だけでモデルの危険性を決めてはいない。計算量を一つの目安としながら、モデルの自律性、利用できる外部ツール、利用規模、各種の能力評価などを組み合わせ、社会全体に大きな影響を及ぼすリスクがあるかどうかを判断する。対象となったモデルには、公開前の能力評価や攻撃テストだけでなく、公開後の継続的な監視と重大事故の報告も求めている。

この考え方に立てば、同じモデルでも提供方法や利用者によって扱いを変えることになる。ウェイトを公開し、誰でも改変できるモデルには厳しい事前審査を求める。一方、提供者が利用状況を監視し、必要に応じてアクセスを停止できるAPIであれば、本人確認や利用記録の保存を条件に提供を認めることが考えられる。一般利用者には提供しないモデルでも、政府機関や審査済みの研究機関には、外部と隔離した環境での利用を認める方法もある。

安全分類器を解除できるのか、利用記録を保存しているのか、不審なアクセスを検知できるのかも判断材料になる。公開前の審査だけで終わらせず、公開後も利用状況や事故を監視し、新たな危険が確認されれば提供条件を見直す必要がある。

AI規制には今後、こうした考えが適用されるようになるのではないかと思う。

K3のウェイト公開で両国の姿勢が見える

直近の注目点は、Moonshot AIが7月27日までに予定しているKimi K3の全モデルウェイト公開だ。一定のサイバー攻撃能力を持つK3について、中国政府が海外への公開に条件を付けるのか。米国政府が国内での利用制限に動くのか。あるいは、両国とも規制せず、予定通り公開されるのかが注目される。

制限されれば、「最上位」と「それ以下」を分けた2層の規制という対処方法が米国で維持され、中国で始まったということになる。

ただK3への対応は、今後の規制を考える一つの事例にすぎない。その後、米中が「最上位」と「それ以下」ではなく、個別の能力、提供方法、利用者に応じた規制へ移るのか。この両国の動きが、世界の安全保障と経済に対して大きな影響を与えることは間違いない。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。