AI市場で進む二極化=DeepSeekはコスト重視、Astraは未知に挑む
AIモデルの競争が、二つの方向に分かれ始めている。
一つは、企業の日常業務に使える高性能なAIを、限界まで安くする競争だ。中国DeepSeekが7月31日に更新したDeepSeek V4 Flashは、米OpenAIの低価格モデルに迫る性能を、入力100万トークン当たり0.14ドル、出力同0.28ドルまで安くして提供する。米SpaceXAIのGrok 4.5も、最先端モデルに近い性能を比較的低い費用で利用できるモデルとして登場した。(Artificial Analysis)
もう一つは、複数のAIエージェントを長時間動かし、人間がまだ答えを知らない問題に挑む競争である。米OpenAIは8月1日、開発中の次期主要モデルAstraが、数学と理論計算機科学の未解決問題10件を解決、または大幅に前進させたと発表した。解答を見つけるために使ったトークンを、同社のGPT-5.6 SolのAPI料金に換算すると、総額は約2000ドルだったという。(OpenAI)
DeepSeekが安くしようとしているのは、文章作成、調査、分析、コーディングなど、企業が日常的に繰り返す仕事である。一方、Astraが目指しているのは、正解も解き方も分からない問題から、新しい答えを見つけ出すことだ。
AI競争は、単一の性能ランキングで最強モデルを決める時代から、一般業務の費用対効果を争う競争と、科学的な発明や発見を争う競争に分かれようとしている。
最強モデルより「パレート・フロンティア」
中国DeepSeekが更新したDeepSeek V4 Flash 0731は、独立系AI評価会社の英Artificial Analysisが算出する「知能指標」で50点を記録した。米OpenAIのGPT-5.6 Lunaの51点に、わずか1点差である。
それでも、DeepSeekの公式API価格は、入力100万トークン当たり0.14ドル、出力同0.28ドルに抑えられている。過去に処理した入力を再利用するキャッシュ利用時は、入力100万トークン当たり0.0028ドルである。Artificial Analysisによると、実際に評価課題を処理させた際の費用は、同等の性能を持つGPT-5.6 Lunaより約60%低かった。(DeepSeek API Docs)
安いだけではない。
実際の仕事に近いエージェント能力を測るGDPval-AA v2では、DeepSeek V4 Flashの最新バージョンの評価は旧バージョンの1189から1559へ上昇した。コンピューター上で作業を実行する能力を測るTerminal-Bench 2.1も、17ポイント上昇して79%に達した。モデルが使った出力トークンの総量は、旧バージョンより12%減っている。性能を高めながら、必要な計算量と費用を抑えたことになる。(Artificial Analysis)
米SpaceXAIのGrok 4.5も、同じ方向を示している。価格は入力100万トークン当たり2ドル、出力同6ドルで、DeepSeekほど安くはない。しかし、SpaceXAIによると、同等の主要モデルに比べて、同じ課題を半分以下の手順で処理できる。出力速度は毎秒80トークンとしている。(SpaceXAI)
Artificial Analysisの評価では、Grok 4.5は知能指標の1つの課題を平均0.31ドルで処理した。高度な知識労働を測るGDPval-AA v2では1543を記録し、コーディング用AIエージェントとして使った場合も、米AnthropicのClaude Fable 5やOpenAIのGPT-5.5より少ない費用で同等水準の成績を上げた。(Artificial Analysis)
DeepSeekは、絶対的な利用価格を大幅に下げている。Grokは、最先端に近い性能を、少ないトークンと比較的低い費用で実現している。方法は異なるが、両者が争っているのは「1ドルでどれだけ高い知能を利用できるか」という競争である。
そこで注目されるようになったのが、性能と費用の「パレート・フロンティア」だ。パレート・フロンティアとは、あるモデルより安く、しかも性能も高いモデルがほかに存在しない場合に、そのモデルを結んでできる境界線である。反対に、同じ性能でもっと安いモデルが存在するなら、そのモデルはパレート・フロンティアから外れる。
以下のArtificial Analysisのグラフは、横軸に一つの課題を処理する費用、縦軸にモデルの知能指標を取り、主要モデルの費用対効果を比較したものだ。左上にあるほど、安くて性能が高い。薄緑は費用対効果が特に高い領域、黒い点線は、価格と性能の両方で他のモデルに上回られていないモデルを結んだパレート・フロンティアを示している。DeepSeek V4 FlashやGPT-5.6 Luna、Grok 4.5などが、この線上に並んでいる。

従来のAIモデル評価では、どのモデルが最も高いベンチマーク成績を取ったかが注目されてきた。しかし企業が実際にAIを導入する場合、性能が1ポイント高いことより、同じ予算で何倍の仕事を処理できるかの方が重要になる。
Artificial Analysisは、モデルの知能指標だけでなく、「1課題当たりの費用」「1課題当たりの所要時間」「1課題当たりの出力トークン数」などを公開している。同社はDeepSeek V4 FlashやGrok 4.5、OpenAIのGPT-5.6シリーズなどを評価する際にも、性能と費用を組み合わせたパレート・フロンティアを中心的な指標として使っている。(Artificial Analysis)
著名投資家のGavin Baker氏も、Grok 4.5などの登場を受け、「長期的には、1ドル当たりの知能だけが重要になる」とXに投稿した。(X (formerly Twitter))
AIアプリケーション開発基盤を手がける米LlamaIndexのJerry Liu氏は、さらに踏み込んだ見方を示している。同氏は、費用と性能の両方で優れたモデルは、必ずしも最先端モデルとは限らないと指摘した。高価な最先端モデルを一つ使うより、安価な複数のモデルを仕事に応じて使い分けた方が、高い費用対効果を得られる場合があるという。(X (formerly Twitter))
少なくとも企業の日常業務では、「最も賢いモデルはどれか」という問いだけでは、モデルを選べなくなりつつある。「必要な性能を、最も低い費用で提供するモデルはどれか」が、より現実的な問いになっている。
Astraが売るのは「人間がまだ持っていない答え」
低価格モデルの競争が激しくなる一方で、米OpenAIは別の方向へ進もうとしている。
同社は8月1日、開発中の次期主要モデルAstraを使い、数学と理論計算機科学の未解決問題10件について、新しい解答や大幅な進展を得たと発表した。
対象となったのは、高次元空間に球を最も密に配置する方法、量子計算の複雑性、量子暗号にも関係する格子問題、グラフ理論などの問題だ。OpenAIによると、Astraは、長年正しいと考えられてきた予想の一部に反例を見つけた。別の問題では、答えが存在し得る範囲を従来より大幅に絞り込んだ。(OpenAI)
これらの成果を見つけるために使ったトークンを、GPT-5.6 SolのAPI価格で計算すると、約2000ドルだったという。(OpenAI)
一般的なAI利用の感覚では、2000ドルは高い。文章の要約や顧客からの問い合わせ対応に2000ドルを使う企業はないだろう。
しかし、人間の数学者が何年も取り組んできた問題を解決、または前進させるための推論費用だと考えれば、2000ドルは破格に安い。研究者を何人も雇い、数カ月から数年かけて研究する場合とは、費用の桁が違う。
ここでは、100万トークン当たりの価格は、それほど重要ではない。問われるのは、未解決問題を一つ前進させるために、総額でいくらかかったかである。
Astraの詳しい仕組みや公開時期は、まだ明らかになっていない。米テクノロジー専門メディアThe Informationは、OpenAIがAstraを、複数のAIエージェントが長時間協力して難題に取り組むモデル群として開発していると報じた。OpenAIのSam Altman氏は、米国の政策担当者らにAstraを説明し、難しいプロジェクトや高度な数学問題への利用を示したという。(The Information)
DeepSeekやGrokが、すでに存在する仕事を安く処理する方向へ進んでいるのに対し、Astraは、人間がまだ答えを持っていない問題に計算資源を集中させようとしている。
Astraが売ろうとしているのは、安いトークンではない。人間にとっての未知の答えである。
一つのAI市場から、二つの知能市場へ
DeepSeek V4 FlashとAstraの登場を、経営戦略メディアの伊FourWeekMBAは、AIモデル市場の「バーベル化」と表現している。
バーベルは、中央の棒が細く、両端に大きな重りが付いている。AI市場でも、中央に位置する平均的なモデルより、両端の異なる市場で価値が大きくなり始めているという見方だ。(FourWeekMBA)
一方の端には、DeepSeek、Qwen、Kimiなどの低価格モデルがある。十分に高い性能を持つモデルが低価格で提供されれば、基盤モデルそのものは、特別な技術から安価な部品へ近づいていく。
もう一方の端には、Astraのような長時間稼働型のモデルがある。複数のAIエージェントを動かし、仕事を分担させ、途中の結果を検証しながら、一つの難題に取り組ませる。価値の中心は、モデル単体の性能ではなく、複数のモデルを統合する仕組みや、長時間の計算を安定して続けられる基盤へ移る。(FourWeekMBA)
ただし、AI企業が二つの陣営に完全に分かれるわけではない。
OpenAI自身もGPT-5.6 Lunaの価格を引き下げ、費用対効果の競争に参加している。Artificial Analysisによると、GPT-5.6 Lunaと上位モデルのSolは、性能と1課題当たりの費用を組み合わせたパレート・フロンティア上にある。(Artificial Analysis)
DeepSeekも、単純な文章生成だけを安く提供しているわけではない。V4 Flashは、ツール利用を伴うエージェント型の仕事でも性能を高めている。Grok 4.5も、低コストモデルであると同時に、コーディングや銀行業務、オフィス文書の作成などを実行するエージェントとして開発されている。(Artificial Analysis)
つまり、二極化しているのはモデル開発企業ではない。AIが使われる仕事と、その価値を測る物差しである。
文章作成、社内調査、顧客対応、定型的なコーディングなど、目的と評価方法が分かっている一般業務では、性能、費用、速度のパレート・フロンティアが重要になる。必要な品質を満たしたうえで、1ドルでどれだけ多くの仕事を処理できるかが問われる。
一方、科学研究や数学の未解決問題では、処理したトークンの量や、回答一回当たりの価格だけでは価値を測れない。人間がまだ知らない答えを一つ見つけるために、総額でいくらかかったかが問われる。
AIの価値を測る物差しは、「1ドル当たりの知能」と「一つの発見を生み出す費用」に分かれ始めている。