1. トップ
  2. トレンド
  3. 中国AI競争、第2幕は「ハーネス戦争」へ モデルを賢くする“外側”の技術

中国AI競争、第2幕は「ハーネス戦争」へ モデルを賢くする“外側”の技術

中国AI競争、第2幕は「ハーネス戦争」へ モデルを賢くする“外側”の技術

中国のAI競争は、モデル性能とAPI価格を競う第1幕から、同じモデルをどれだけ少ないトークンで、長く、確実に働かせられるかを競う「ハーネス戦争」へ移り始めた。

ハーネスとは、大規模言語モデルを取り囲むエージェントの実行基盤を指す。モデルへどの情報を渡すか、どのツールを使わせるか、会話履歴をどう圧縮するか、失敗した処理を何回再試行するか。さらに、長期記憶、権限管理、サンドボックス(隔離された実行環境)、子エージェントへの仕事の分配までを担う。

モデルが「頭脳」なら、ハーネスは頭脳を実際に働かせるための身体と作業環境である。

これまでAI業界の主戦場は、モデル単体の能力だった。パラメーター数、推論能力、コーディング性能、ベンチマーク順位、100万トークンを超えるコンテキスト長などが比較されてきた。

しかし企業がAIエージェントを実際の業務へ投入すると、別の問題が浮上する。複雑な仕事では、エージェントがモデルを何十回も呼び出し、そのたびに指示、会話履歴、ツール定義、検索結果、ファイル、途中経過を送り直す。タスクが長くなるほど入力トークンが膨張し、コストと処理時間が急増する。

そこで注目され始めたのが、モデルを変更するのではなく、その外側にあるハーネスを改善するアプローチだ。

Writerはハーネスだけで平均40%のコスト削減

米AI企業のWriterは2026年8月、主力AIモデル「Palmyra X6」とエージェント・ハーネスの改良版を発表した。

Palmyra X6は、中国Z.aiのオープンモデル「GLM-5.2」を追加学習したモデル。Writerは、新モデルとハーネスの改良を組み合わせることで、基本的なタスクのコストを最大50%削減できるとしている。

さらに興味深いのは、同じAIモデルで、ハーネスだけを改良版に変更した研究結果だ。同じ22のタスクを6種類のモデルで実行したところ、タスクの結果はほとんど変わらないのに、改良版ハーネスを使った場合の1タスク当たりのトークン数は平均1万4200から8800へ減少。コストは平均40%、処理時間は44%減ったという。

つまり、どのAIモデルを選ぶか以上に、ハーネスを使ってAIモデルをどう働かせるかが重要だということだ。

この動きは米国だけに限らない。中国の主要AI企業も、ほぼ同時期にハーネス開発を加速させている。

ByteDanceはトークン予算付きハーネスを公開

最も具体的な例が、ByteDanceのオープンソース・プロジェクト「DeerFlow」だ。

DeerFlowは当初、情報を検索してレポートを作るDeep Researchフレームワークとして始まった。しかし現在は、調査、コーディング、コンテンツ制作など、数分から数時間に及ぶ仕事を実行する「SuperAgent harness」と位置づけられている。

新しいDeerFlowには、1回の実行で使用できるトークン数を制限する「TokenBudgetMiddleware」が組み込まれた。主エージェントだけでなく、そこから起動された子エージェントの消費分も合算して予算を管理する。

コンテキスト管理にも、トークン削減を意識した仕組みが並ぶ。

古い会話は要約して圧縮し、大きなツール出力はモデルのコンテキストから切り離す。利用可能なスキルの本文をすべて渡すのではなく、最初は名前や説明だけを提示し、必要になった段階で詳細を読み込ませる。ツールについても、すべての定義を毎回送信せず、タスクに必要なものだけを後から追加する。

こうした「必要になるまで見せない」設計は、MCPやスキルが増えたエージェントでは特に重要になる。数十、数百のツール定義を毎回モデルへ渡せば、ユーザーの依頼を読む前から大量のトークンを消費してしまうからだ。

DeerFlowは、キャッシュされた入力と通常の入力を分けたコスト計測や、ユーザーが任意の時点で履歴を圧縮する機能も備える。ByteDanceは、モデルだけでなく、トークンを管理する実行層そのものをオープンソースで押さえようとしている。

Tencentは「Agent=Model+Harness」を宣言

Tencentは2026年7月、企業向けエージェント基盤「Tencent Cloud ADP 4.0」を発表した。同社は技術解説の冒頭で「Agent=Model+Harness」と明記している。

Tencentの定義では、モデルが理解、推論、意思決定を担うのに対し、ハーネスはツール、状態、権限、コンテキスト、実行環境、障害からの回復、評価、監視を担当する。

ADPのハーネスは、モデルを呼び出す前に不要なツール情報を削り、会話履歴を小刻みに圧縮する。長期記憶はバックグラウンドで抽出し、必要な情報だけをモデルへ戻す。途中の検索や試行錯誤は独立した子エージェントに担当させ、主エージェントのコンテキストへノイズが流れ込むことを防ぐ。

長い会話の圧縮も、モデルが上限へ近づいてから慌てて実行するのではない。バックグラウンドで増分要約を準備しておき、必要になったときは完成済みの要約へ即座に切り替える。Tencentによると、これによって同期的な圧縮にかかる待ち時間を秒単位からミリ秒単位へ短縮できるという。

Alibabaは複数の実行基盤へ圧縮機能を実装

Alibabaは、単一のハーネス製品を打ち出すのではなく、複数のエージェント基盤へコンテキスト効率化を組み込んでいる。

Alibaba系の「AgentScope」は、コンテキストのトークン数を監視し、モデルの上限に対して設定した割合を超えると、自動的に古い履歴を圧縮する。

開発者は、圧縮を開始する閾値、原文のまま残す最近の履歴量、要約の形式などを設定できる。巨大なツール出力は外部へ保存し、必要になった場合だけ参照させることも可能だ。

Java向けの「Spring AI Alibaba Agent Framework」も、context compaction、context editing、モデルやツールの呼び出し回数制限、動的なツール選択を標準機能として掲げる。

動的ツール選択は、利用可能な全ツールをモデルへ常時提示せず、そのタスクに関係するツールだけを選んで渡す仕組みだ。企業が多数の社内システムをMCPで接続するようになれば、ツール定義だけでコンテキストが肥大化する。動的選択は、そのコストを抑える重要なハーネス機能になる。

さらに「Qwen-Agent」は、100万トークン級の文書をそのままモデルへ投入するのではなく、検索によって必要な部分を絞り込んでから処理する方式を提供している。Alibabaはモデル、検索、コンテキスト圧縮、ツール選択を組み合わせ、エージェント全体の効率を高めようとしている。

BaiduはHarness専任人材を25人募集

Baiduの動きは、採用情報から見えてくる。

Baiduは2026年7月、「Agent Harness研究開発エンジニア」という職種で、北京勤務の人材を25人募集した。

業務内容には、状態管理、サンドボックス、フィードバックループ、実行制約、コンテキストの引き継ぎ、重要情報のcompaction最適化が並ぶ。さらに、モデルとハーネスの共同最適化や、異なるハーネス設計がモデルの挙動へ与える影響の検証も明記されている。

完成したトークン削減製品が発表されたわけではない。しかし25人規模の専任採用は、Baiduがハーネスを一時的な機能追加ではなく、独立した技術領域として扱い始めたことを示している。

Kimiも長時間作業に自動圧縮を導入

Moonshot AIの「Kimi CLI」にも、長時間のエージェント作業を支える自動圧縮機能が実装されている。

標準設定では、コンテキスト使用量がモデル上限の85%に達するか、現在の入力に回答用の予約領域を加えると上限を超える場合に、履歴のcompactionを開始する。1ターン当たりの最大ステップ数や、失敗時の再試行回数も制御できる。

Moonshot AIは、この仕組みをWriterのようにトークンコスト削減製品として宣伝してはいない。それでも、長く動くエージェントでは、モデルのコンテキスト長だけでなく、何を残して何を捨てるかを決める実行基盤が不可欠になっている。

制約が競争力に変わる

 

競争の焦点は、1トークンをどれだけ安く生成できるかから、仕事を完了するまでに何トークン必要かへ移り始めた。

 

この競争では、中国企業が意外な優位性を持つ可能性がある。

 

最先端半導体へのアクセスを制約されてきた中国のAI開発者は、限られた計算資源から性能を引き出すことを迫られてきた。モデルの小型化や推論効率の改善、低価格APIの提供を競ってきた歴史もある。計算資源やトークンを無尽蔵に使うのではなく、限られた予算で結果を出すという発想が、開発文化として根づいている可能性がある。

 

ハーネス開発で問われるのも、同じ能力だ。不要な情報を捨て、呼び出すモデルやツールを絞り、失敗する処理を早く止め、少ないトークンで仕事を完了させる。半導体制約の下で培われた「限られた資源を徹底的に使い切る」設計思想がモデルの外側でも生きるなら、中国勢はハーネス競争で有利な位置に立つかもしれない。

 

第1幕では、計算資源の制約は中国企業にとって不利だった。しかし第2幕では、その制約への適応そのものが競争力へ変わる可能性がある。

 

AI業界の競争軸が、高性能モデルを作る戦いから高効率ハーネスを作る戦いへと移行する中で、今後より注目すべきは中国AI業界の動きかもしれない。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。