多くの企業がDXに取り組み、業務プロセスの変革や新たな価値創造を実現しつつあるなか、よりDXを深化させるにはAI領域に特化した取り組みであるAXが不可欠です。AXを推進していくには、AIに精通し、かつビジネス変革のスキルを合わせ持つAX人材を育成していかなくてはなりません。
この記事では、DX推進人材育成の指針となる「デジタルスキル標準」に基づき、AX人材育成の重要性について解説します。
AXとは
AX(AIトランスフォーメーション)とは、AIを活用して、ビジネスのあり方を根本的に変革したり、新たなビジネスモデルや価値創造を推進し、企業価値を高めていく取り組みです。従来人間がおこなっていた業務をAIを用いて完全自動化したり、人力では対応不可能であった業務をAIを活用して実現するといったことが、例として挙げられます。
AXは、特定の業務の自動化や効率化だけにとどまりません。AIをビジネスの意思決定をはじめとした事業推進の柱として活用し、企業経営のあり方そのものを変革していくものです。
DXとAXの関連性
ここでDX(デジタルトランスフォーメーション)とAXの違いを整理しておきましょう。ひとことでいえば、AXはDXの概念のなかでも、AIに特化した取り組みを指します。
概要 | 具体例 | |
---|---|---|
DX デジタルトランスフォーメーション |
デジタル技術全般を用いて業務変革をおこない、新たな企業価値を創造する |
|
AX AIトランスフォーメーション |
デジタル技術のなかでも、AIに特化し組織全体やサービスの変革をおこなう |
|
DXがデータ主体の業務運営の基盤を整備する活動であるのに対し、AXはDXで整備された環境をもとに、より一歩踏み込んだ付加価値創造をおこなう活動といえるでしょう。
AX人材とは
AX人材とは、AIを適切に用いて課題を発見・解決し、企業や社会の変革をリードする人材のことを指します。いわば、「AIに使われるのではなく、AIを使いこなす人材」として組織の中心で変革を担う人材といえるでしょう。
AX人材には「AI技術の基礎知識」「AIを活用してできること」「AI活用にともなう倫理的、社会的影響」など、これらAIリテラシーを有していることが求められます。しかし、AIに関する知識を有しているだけでは、AXを進めていくことは難しいといわざるを得ません。AIに関するスキルに加え、組織課題の発見や、その課題を解決していく力も求められます。
これらのスキルをあわせ持つ人材がAX人材として、AIを活用した組織変革の担い手となり、新たなビジネスモデルや価値創造を進めていくのです。
生成AIの活用段階の3フェーズ
AIの発展は目覚ましく、特に生成AIの登場以降、業務への活用が一般的になりつつあります。日本マイクロソフト株式会社によると、生成AIの業務への導入段階は、以下の3つのフェーズに分類されるとしています。
- Phase1.(壁打ち、独りアイデアソン)
- Phase2.(社内DXや工程改善を推進)
- Phase3.(顧客体験の改革)
具体的に内容を紐解くと以下の表のようになります。
フェーズ | 内容 | 具体例 |
---|---|---|
【フェーズ1】 生成 AI 利用基盤の導入と業務上の活用 |
>個人レベルのタスクが、生成AIにより代替・補完・高度化される段階 |
|
【フェーズ2】 生成 AI を活用した業務の高度化・効率化 |
業務プロセスを生成AIの活用を前提として再定義。時に複数の業務を横断する形で対象業務の品質、コスト、スピードを向上を図る |
|
【フェーズ3】 生成 AI を活用したビジネスモデル変革・価値創造 |
生成AIを活用した既存製品・サービスの価値向上や新規製品・サービスを提供し、顧客体験を変革する |
|
参考:「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方2024」デジタル時代の人材政策に関する検討会 令和6年6月
フェーズ1は、生成AIを個人で業務に活用しているだけの初期段階で、フェーズ2は組織的に生成AIを用いて限定された業務の自動化・効率化を図っている段階です。AX人材が担うのはフェーズ3の段階で、生成AIを用いてサービスや製品の改善・新規開発、顧客体験の向上など、総合的な企業価値向上を目指すものです。
AX人材の重要性
AX人材の重要性は、今後さらに高まっていくものと思われます。生成AIをはじめとしたAIの業務への活用は試験的な導入から、本格実装の段階に移行しているからです。現在では業務の根幹を担うプロセスにAIが組み込まれるケースが急増しており、業務改善や新規サービスの開発に、AIの活用が欠かせない状況になっています。
特に生成AIは、業務改善や生産性向上の中核を担うだけでなく、クリエイティブな業務領域にも活用され、さまざまなアイデアの発想に力を発揮します。多くの企業が抱える人的リソース不足の有効な解決策となるばかりでなく、新たなビジネスチャンスをもたらす可能性を秘めているのです。
今後もAI領域が、業務変革や新たなビジネスモデル創出の大きな柱となっていくことは間違いなく、AX人材の重要性は増すばかりでしょう。
デジタルスキル標準におけるAIの位置づけ
デジタルスキル標準とは、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が、企業・組織のDX推進を人材のスキル面から支援する目的で作成したものです。2022年12月に初版が公開されましたが生成AIの急激な普及を受けて、2度の改定がおこなわれました。
一度目は2023年8月に、すべてのビジネスパーソンを対象にした「DXリテラシー標準」にAIに関する内容が追記されました。二度目は、2024年7月にDX推進人材を対象にした「DX推進スキル標準」の改定をおこない、6つの生成AIに関する項目を補記しています。
追加された内容は以下の6点にまとめられます。
- 生成AIの特性
- 生成AIを含む新技術への向き合い方・行動の起こし方
- 生成AIに対するアクション:基本的な考え方
- 生成AIに対するアクション:詳細定義
- 個人として業務において生成AIを活用する例
- (ビジネス・業務プロセスの)生成AI製品・サービスを開発、提供する際の行動例
DX人材の育成と同様、AX人材の育成はデジタルスキル標準に準拠した形でおこなうことが望ましいため、今後も生成AIに関する追記は随時確認しておく必要があるでしょう。
参考:「プレス発表DX推進する人材向けの「DX推進スキル標準」に生成AIに関する補記などを追加」経済産業省・IPA 2024年7月8日
企業における生成AIの活用状況
ここで、国内企業における生成AIの活用状況や、経営層の意識を確認しておきましょう。2024年のMicrosoft社の調査に、生成AIの活用状況の日本企業と世界平均の比較がなされています。その結果は以下のとおりです。
知的労働者の生成AIの業務利用割合 | 競争力維持に生成AIの必要性を認識している経営者の割合 | 業務スキルよりも生成AIスキルを重視する経営者の割合 | |
---|---|---|---|
日本企業 | 32% | 35% | 51% |
世界平均 | 75% | 66% | 71% |
参考:「生成AI時代のDX推進に必要な人材・スキルの考え方2024」デジタル時代の人材政策に関する検討会 令和6年6月
生成AIの業務利用割合は世界平均の半分以下という結果であり、その原因が経営層の生成AIに対する認識の低さであることが浮き彫りになった結果といえるでしょう。こうした現状を打破するためにも、AX人材の早期育成が望まれます。
AX人材の育成が進まない要因とは
日本企業における生成AIの利活用が、諸外国と比較し遅れていることは、国際市場における競争力低下の大きなリスク要因です。この状況を打破するには、早期のAX人材の育成が望まれますが、思うように進んでいない現状があります。その原因は以下のものが考えられます。
- 経営層の理解・関与が希薄
- データ活用のスペシャリストの不足
- AX人材のスキル要件が不明瞭
経営層の理解・関与が希薄
前述の調査結果からも分かるとおり、国内企業で生成AIの業務利用とAX人材の育成が進まないのは、経営層の理解・関与が希薄であることが原因の一つとして挙げられます。業務プロセスが大きく変化することに対する懸念や、リスクやコストにばかり意識が向いてしまい、積極的な施策に踏み切れないのでしょう。
しかし、全社的な施策が進まない場合、生成AIの業務利用はリテラシーの高い一部の従業員が個別に活用するにとどまります。こうした環境ではAIのスペシャリストを育成しようとする機運は高まらず、現場レベルでの利活用に終始する結果となるのです。
AIに対する理解不足
もちろん原因は経営層だけではありません。管理職や一般従業員の、生成AIに対する理解不足も改善すべき課題です。理解不足から生成AIの業務利用に対する方向性を定めることが難しく、具体的な業務利用にまで落とし込めない企業も多いのではないでしょうか。
こうした状況では、漠然とした利活用の構想はイメージできても、具体的な実現に向けた計画を立てることは難しくなります。生成AIの活用自体が目的化してしまうなど、AX人材育成の重要性にまで意識が向かなくなってしまうのです。
AX人材の育成手法が不明確
AI技術は近年急速に発展し、また日常的に新たな技術革新が進んでいます。こうしたなかAX人材の育成に関して、明確な手法が確立しているわけではありません。指針となるスキル要件も明確ではないため、必要性を理解していても具体的な施策が講じられないジレンマに陥っているのです。
しかし、AX人材の育成が、日本企業におけるAX推進の柱となることは間違いありません。早急になんらかの手を打つ必要があるのではないでしょうか。
AX人材育成のポイント
それでは、AX人材を育成するためにすべきことは何でしょうか。それは、経営層を含めた全社的な意識改革といった下地作りと、AXの推進役に選抜された人材の育成の方向性を定めることに他なりません。
AX人材育成のポイントについて以下に解説します。
- 経営層よりビジョン・方針を発信する
- 全社的なAIリテラシー向上を図る
- 階層別に効果的な研修カリキュラムを構築する
経営層よりビジョン・方針を発信する
まず必要なのは、経営層からAIの積極的な利活用について方針を明確に発信し、「新しいものを取り入れていこうとする文化」を組織内に定着させることが必要です。AIの導入が人材不足をはじめとした現場の課題解決の決め手であり、その先の企業価値向上まで含めたビジョンを全社に浸透させましょう。
そうした基盤ができたうえで、AXの推進役となる人材を選抜し推進体制を整備します。AXが自社の早急に取り組むべき課題であることを社内の共通認識とし、推進を担う人材の立ち位置を明確にすることで、AXに関する施策が進めやすい環境が構築できるでしょう。
全社的なAIリテラシー向上を図る
AX人材を育成しAXを進めていくには、推進役となる人材を教育するだけでは不十分です。管理職から一般社員まで全社的にAIに関する知識とスキルを高めていかなければなりません。AXの推進役として選抜された人材が施策を進めていくにあたっては、現場の理解が必要だからです。
すべての従業員がAIの利便性・有用性、またAIの不完全さとリスクに対する正しい理解を促す教育が必要です。こうした教育をAX人材が主導していくことで、AXの推進役に選抜された人材の育成にもつながります。
階層別に効果的な研修カリキュラムを構築する
全社的にAXを進めていくにあたっては、階層別に効果的な研修カリキュラムを構築することが望ましいです。なぜなら、経営層・管理職・一般社員とAXを推進する人材、それぞれに担う役割が異なるからです。
例えば、経営層や管理職はAI技術の詳細を把握するよりも、経営戦略の策定や意思決定にどのようにAIを活かせるかを学ぶ必要があります。反対に現場を預かる一般社員は、具体的なAIツールやデータの扱い方を学び、いかに効率よく業務フローを改善するかといった視点を養う必要があります。
このように組織における立場や役割によって、AI活用に求められる知識やスキル、活用方法は異なります。各階層に応じた研修を効果的に実施することにより、AI活用・AX推進の全社的な共通認識を形成できるのです。
エクサウィザーズのAX人材育成ソリューション
エクサウィザーズでは、AX人材育成に向けた階層別研修プログラムを提供しています。AX推進の役割を「経営層」「中核リーダー」「全社員」の3階層に分け、それぞれに応じた研修や支援を提供しています。
経営層向け研修
経営層向けのカリキュラムでは、エクサウィザーズの取締役が講師となり、高度なAI技術をビジネス・経営の視点から解説します。演習を通じて、経営層自らが生成AIに触れ体感する機会を作り、AIに対する認識を深めていくサポートを行います。
また、それぞれの課題に応じ、豊富な研修コンテンツ・モジュールから、自社に最適なカリキュラムを選択可能です。こうした研修を受講することにより経営層が生成AIに対する認識を深めていけば、AI時代における経営のあり方を社内外に示すことができるのです。
中核リーダー向け研修
エクサウィザーズのAX人材育成ソリューションでは、中核リーダーを「自らAIエージェントを設計・開発し、業務改革を牽引する人材」と位置付けます。中核リーダー向けには、4日間のワークショップ形式の研修を実施。AIエージェント開発スキルを習得し、実業務で使えるプロトタイプを開発するまでをサポートします。
講師の徹底指導により実習を行うことで、プログラミング未経験者でも無理なく実践が可能です。プログラミングに対する苦手意識が払拭され、生成AIを自らのパートナーとして協働する意識が芽生えます。実務を熟知している中核リーダーだからこそ、AIを活用した理想のワークフローを設計できます。さらに、その理想のワークフローを、AIエージェントとして実装できるまでのスキル獲得が可能なカリキュラムとなっています。
全社員向け研修
全社員向けの研修では、オンラインと集合研修を組み合わせ、短期間で効率的に全社的なAXリテラシーの底上げを図ります。AI開発会社ならではの強みを活かし豊富な事例を基に、AI技術の最新動向をレクチャーすることで、より具体性を持ったAIの業務活用をイメージできるカリキュラムです。
また、講義だけでなくAIを実際に使用するワークショップも実施し、知識と実践の両面から、全社的なAIリテラシー向上をサポートします。
なお、研修事例については以下もあわせてご確認ください。
▼事例
- 各社員のDXスキルを把握し、学習をパーソナライズ
- アイデア創出プログラムでは5つが実現に向けて進行中
- 全業態90社1000人に「exaBase 生成AI」を3カ月で導入
- DX育成組織が活用と定着を支援、高利用率をさらに向上
まとめ
AIの活用が企業にとっての競争力維持・向上に欠かせなくなるなか、AI活用の推進役となるAX人材の育成は喫緊の課題であるといっても過言ではありません。しかし、効果的な育成の手法が確立されておらず、各企業は人材の選抜と育成を模索しながら進めていかなくてはなりません。DXのなかで、AI領域に特化した施策がAXであるため、AX人材の育成は、DX人材の育成と同様の流れで構築することができそうです。そのためにもデジタルスキル標準に準拠した、育成ツールの導入は良い選択肢となるでしょう。