データと内外人材によるDXで損保を再定義
常務執行役員 グループデジタル戦略総括
国内最大級の損害保険グループである東京海上ホールディングス。もともとデータ分析と親和性の高い損害保険事業を140年以上にわたって展開してきた老舗企業は、どのようにDX(デジタル・トランスフォーメーション)を推進しようとしているのでしょうか。東京海上ホールディングスのDX戦略の全容を、常務執行役員グループ CDO 生田目 雅史氏に伺いました。
事前事後のビジネス領域で貢献したい
Q.今、DXを推進する上でどのような課題感を持っていらっしゃいますか?
東京海上グループは、創業が1879年で、143年の業歴を持つ会社です。現在の当社主力商品である、自動車保険を発売したのが1914年。当時は、まだ街中に数百台しか自動車が走っていませんでした。こうした自動車事故のリスクに対処できる保険があったことが、今日のモビリティの発展の一助となったのだろうと思っています。
しかし一方で、この100年以上の時間の中で社会は大きく変化してきました。近年ではコンピューターやデータの活用が当たり前になり、まったく新しい事業領域が生まれています。
例えば、モビリティの領域では、自動運転や空飛ぶ車、電動キックスケーターなど、さまざまな新しい形の乗り物が生まれてきています。また、気候変動への対応は、すべての企業において経営上重要な要素になってきています。こうした新たな事業のリスクをしっかりとマネージメントできるような保険商品を提供することで、社会の発展に寄与していかなければならないという課題意識は常に持っています。
Q .これまで、損害保険会社がユーザーと接点を持つのは、事故や災害が起きた時に保険金を支払うのが主でした。今後、デジタルを活用することで、この接点をどのように増やしていこうとお考えでしょうか?
確かに、保険金をお支払いする形でお客様のお役に立つというのがこれまでの損害保険会社のビジネスの中心であり、今後も我々に求められる重要な役割であることは間違いありません。ただ、それで本当にお客様の損害を完全にカバーできているかというと、そんなことはないと思うのです。
例えば、物を壊してしまった場合、保険金で経済的損失はカバーされるかもしれませんが、お客様の心理的な痛みといった、金銭だけでは対応しきれない損害もあると思います。そうであれば、物が壊れないような仕組みが導入できないかなど、損害保険領域にとどまらない、事前事後のビジネス領域で貢献したいという問題意識があります。
こうしたことにアプローチするためには、データを分析し、そこから見えてくるものに対してソリューションを構築することが重要です。
医療の例を挙げましょう。医療は気になった人を治癒することが根源的な使命ですが、現代ではそれに加えて、病気にならずに健康を維持することにも、大きな付加価値が生まれています。今、医療業界が進めている医療のデータ化やデジタル化は、保険会社の果たすべき役割とかなり重なる部分があると思います。
また、もともと保険会社は、統計を利用しデータを分析することで商品開発をしてきた経緯もあります。こうしたデータの世界と親和性が高いのです。データを活用することで事業領域を拡大し、自らの能力をさらに高めていけると考えています。
外部のデータと組み合わせて新たな価値創造を
データといっても、決して当社の中にあるデータだけとは限りません。外部パートナーが持っているデータも含め、その他さまざまな外部データを組み合わせ、各種のデータを統合するデータレイクのようなものを構築する。これが新たな価値創造につながると考えています。
ただ、デジタルとはもともと非連続なものです。なので、変化も非連続に起きるという意識を持つ必要があるでしょう。成果が出るかは直前まで分からず、ある日突然うまくいくという場合もあります。それを掴み取るだけのエネルギーや情熱がとても大切なのです。そのためにはヒューマンの力が重要だと常々話しています。
デジタルトランスフォーメーション(DX)というのは、「デジタルで」トランスフォームするのではなく「デジタルに」トランスフォームすること。まだまだ学ぶべきこと、挑戦すべきことは山のようにありますね。
Q.損害保険会社として、データを活用したビジネスとして、特に注目している分野はありますでしょうか。
防災減災といった、自然災害の予兆などの分野に注力しています。これは地球規模の課題ですので、損害保険会社が取り組むべき領域は非常に大きい分野です。また、地球環境の変化から派生してくるものとしては、フードサプライの課題にも関心があります。例えば、デジタルテクノロジーを養殖事業に応用して、海上の赤潮による被害を未然に防止し、より安定的な養殖ができるようにするといった取り組みも進めています。
さらには、Web3やメタバースも含めたサイバー領域での経済活動が、今後拡大していくことになるでしょう。そこでの保険のあり方やセキュリティのあり方などが、大きなテーマになってくるだろうと思います。
損害保険事業は金融業の中でも、企業や個人の活動に直結するので、いろいろな事業展開を考えられるのがユニークなところです。損害保険会社を、ただ保険金を払うだけの企業体として見るのではなく、「一緒に組むとどんな事業ができるだろう」「自分の生活にどう役立つのだろう」という視点で見ていただきたいと思います。
DX推進で必要な「内部」と「外部」の活用
Q .これらのDXやデータの活用を進めるためには、DX人材の育成や配置が鍵となると思います。どのようなDX推進体制をとっているのでしょうか?
DX人材の育成や、適材適所への配置というのは多くの企業にとって共通の課題でしょう。そこには4つのポイントがあると考えています。
1つ目は、内部人材の育成です。当社には、もともと数学やITの能力の高い人材が多くいます。そういう方に向けて「Data Science Hill Climb(データサイエンスヒルクライム)」というデータサイエンティスト養成講座を毎年開催しています。東大の松尾豊教授に監修いただいた講座で、年間を通して260時間受講するという厳しいものです。自身の業務をやりながらの受講となるので、かなり大変なコミットを求められますが、これまでに63名のデータサイエンティストを輩出しています。
そのほか、社員のレベルに合わせた研修メニューも多数用意しており、関心のある領域に自由に参加してもらう形になっています。
次の2つ目のポイントは、外部人材の採用です。キャリア採用の取り組みを強化しており、デジタル部門だけでも数十名の中途の人材を採用しています。前職が、自動車メーカーや電気機器メーカーの社員、あるいはGAFAのプロジェクトマネージャーだった社員など、多岐にわたるバックグラウンドを持つ社員です。こうした多様な価値観や能力を混ぜ合わせることは、新たな価値創造が期待できるだけでなく、当社のカルチャー変革にも大いに貢献してもらえると思っています。
3つ目のポイントが、外部との連携です。昨年、AI開発のPKSHA TechnologyとジョイントベンチャーのAlgoNaut(アルゴノート)を立ち上げ、現在共同で事業開発を行なっているところです。また、先日アクセンチュアが買収を発表したALBERTとも、多くの事業を進めています。こうした取り組みは、人的な連携の強化も目的としています。
そして最後のポイントは、海外のデジタル人材の活用です。当社のビジネスは46カ国に展開しており、世界各地にもデジタルのエキスパートが数多くいます。彼らの能力を集結させることも非常に重要です。2022年9月には、米ラスベガスに全世界のデジタルスタッフが一堂に集まり、知見を共有するイベント「TOKIO MARINE DAY 2022」を開催しました。こうしたグローバル人材の活用をさらに積極化していきたいと思います。
DXに関連し、企業との資本業務提携も増えていますね。
今、約40社の企業と進めています。
国内では、9月、空飛ぶ車を開発するSkyDrive(スカイドライブ)に出資し、新たな保険商品の開発などで協業を開始しています。また、海外では、衛星から得た高精度な地球の観測データを提供するフィンランドのICEYE(アイスアイ)や、インターネット上で「組み込み型保険」と呼ばれる商品を扱う世界最大級のプレイヤーであるシンガポールのbolttech(ボルトテック)にも出資しています。
他にも、有望と思われるスタートアップ企業との資本業務提携も積極的に行なっています。22年4月には、シリコンバレーを拠点とした、コーポレート・ベンチャーキャピタル「Tokio Marine Future Fund」も本格的に稼働を開始しました。こちらでは、シード期のスタートアップを中心に、出資や業務提携を進めているところです。
Q.大企業がスタートアップとうまく付き合う「秘訣」のようなものはあるのでしょうか。
ある起業家が言っていた言葉に「スタートアップとは、崖から飛び降りて、着地する前に飛行機を組み立てるようなものだ」というものがあります。
彼らは、自分たちの製品やサービスに対して格別な情熱を持っており、見習わらなくてはいけないと感じています。こうした価値観をしっかりと共有することが、大企業とスタートアップのコラボレーションの成功の鍵だと思います。
本日はありがとうございました。