人材業界においてもDX推進が加速しています。法改正により労働契約関係書類の電子化が認められるなど制度が整備されたことが拍車をかけ、競争優位を獲得するにはDXへの取り組みが不可欠になりました。
この記事では、人材業界におけるDX取り組みのメリットや課題、企業事例を紹介します。
DXとは
まずDXの定義から確認していきましょう。経済産業省はDXを以下のように定義しています。
『企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。』
出典:『デジタルガバナンスコード2.0』経済産業省 2022年9月13日
人材業界でもDX推進の流れは加速しており、業界における競争優位を獲得するためには、各社ともDXの取り組みは避けて通れないものとなっています。
人材業界の4つの領域
人材業界に属する企業の役割は「働きたい人」と「働き手が欲しいと考えている企業」の橋渡しをすることです。人材業界は、主に以下4つの領域に分類されます。
【人材業界4つの領域】
人材紹介 | 人材が必要なクライアント企業に求職者を紹介し、求職者と紹介先企業の雇用契約が成立することにより報酬を得る。 |
---|---|
人材派遣 | 人材が必要なクライアント企業に対し自社で雇用した労働者を派遣する。派遣労働者の人件費と手数料を報酬として受け取る。 |
求人広告 | クライアント企業の求人を自社で運営する媒体に掲載し、広告料を報酬として得る。 |
人材コンサルタント | クライアント企業の人事戦略や人事制度についてアドバイスを行い、コンサルティング料を報酬として受け取る。 |
人材紹介・人材派遣・求人広告のサービスがあることで、クライアント企業は労力をかけることなく、必要な労働力を確保しやすくなります。また、企業運営の根幹をなす人材を戦略的に活用することは、企業の競争力向上に欠かせない要素であり、その点において人材コンサルタントの果たす役割は重要です。
こうした人材業界の企業が提供するサービスにより、クライアント企業は必要な人材を確保・活用しやすくなり、事業運営を存続していけるのです。
人材業界の現状
ここで人材業界のおかれている状況を確認しておきましょう。一般社団法人日本人材紹介事業協会による、有料職業紹介事業の最新統計から紐解いていきます。
求人数・求職者数ともに上昇傾向であり、活況を呈していることが見て取れます。
人材紹介業の業況
2021年度と2022年度における、人材紹介業の業況を比較してみましょう。
【人材紹介業業況:2021年度・2022年度 比較】
2022年度 | 2021年度 | 前年対比 | |
---|---|---|---|
常用求人数 | 3,724,836人 | 3,059,753人 | 121.7% |
新規求人申し込み件数 | 4,227,211件 | 4,134,468件 | 102.2% |
常用就職件数 | 264,749件 | 228,085件 | 117.6% |
手数料額 | 323,438,920(千円) | 260,641,473(千円) | 124.1% |
手数料単価(1人あたり) | 1,222(千円) | 1,158(千円) | 105.5% |
出典:一般社団法人日本人材紹介事業協会『人材協、2022(令和 4)年度分「業況調査」を発表』2023年9月4日
人材紹介事業の数字ではありますが、常用求人数で121.7%、求人に対する申し込み件数は102.2%の伸びを示しています。常用就職件数の伸びは117.6%、それにともない発生する手数料は、124.1%と大幅な伸びがありました。
このように人材紹介事業は活況を呈しており、業務量が増大していることが推察されます。DX推進による業務効率化は、シェア獲得のための重要な施策となるのではないでしょうか。
人材業界大手3社の転職紹介実績
次に人材業界大手3社の速報値で検証してみましょう。
- 株式会社ジェイ エイ シー リクルートメント
- パーソルキャリア株式会社
- 株式会社リクルート
上記3社の協力のもと、半期ごとの転職紹介実績をとりまとめた数字です。
【人材紹介大手3社 転職紹介実績の推移】
転職紹介実績 | 前年同期比 | |
---|---|---|
2023年度上期(4-9) | 61,742人 | 123.1% |
2022年度下期(10-3) | 52,559人 | 122.4% |
2022年度上期(4-9) | 50,165人 | 132.6% |
2021年度下期(10-3) | 42,952人 | 142.9% |
2021年度上期(4-9) | 37,843人 | 108.2% |
2020年度下期(10-3) | 30,060人 | 75.5% |
2020年度上期(4-9) | 34,983人 | 83.5% |
出典:一般社団法人日本人材紹介事業協会『人材協、職業紹介会社大手3社 2023 年度上期転職紹介実績を発表』2023年 12 月 1 日
2020年度、特に下期は新型コロナウイルス感染拡大の影響からか、大幅な落ち込みがあったものの、翌年の同時期には大幅な回復を見せています。その後も堅調に伸び続け、最新データの2023年上期には、6万人を超えるまでになりました。
各社とも業務量は増大し、取り扱う人材データも膨大になっているでしょう。DX推進による管理体制の強化が急務であることは明らかです。
人材業界がDXに取り組むメリット
これまで見てきたように人材業界は需要が増大しており、今後もこの傾向は大きく変化することはないと見込まれるでしょう。しかし、人材業界はこれまで、他の業界と比較しデジタル化が進んでいない現状があります。
人材を扱う業務の性質上、求職者と企業のマッチングや面接スケジュールの調整など、どうしてもアナログな業務プロセスになりがちでした。こうした業務フローが改善できなければ、依然として人間の手による属人的な業務が残り、時間と労力を消費し利益率の低下を招いてしまいます。
人材業界がDXに取り組むことで、こうした状況を改善すれば以下に挙げるようなメリットが生まれます。求職者・クライアント企業双方にとって、満足度の高いサービスが提供可能になるでしょう。
人材データの一元管理が可能になる
自社に登録している求職者や企業の求人情報が一元的に管理されていない状態であれば、管理そのものが煩雑になるだけでなく、最適なマッチングを阻害するといった機会ロスにもつながります。社内のあらゆるデータを一元的に管理するツールを導入すれば、こうした不具合を一気に解消できるでしょう。
たとえば、以下に挙げるツールの導入が想定されます。
BIツール | 社内に蓄積されたデータを集約し、共有・分析を容易にするツール。膨大なデータのなかから、必要なデータを抽出し確認できる。 |
---|---|
CRMツール | 顧客管理に特化したツール。企業の求人履歴、求職者の属性や過去の業務履歴などがデータとして蓄積され共有が容易になる。 |
MAツール | マーケティング支援ツール。見込み客(登録前の求職者やまだ取引のないクライアント企業)の情報を管理し、効果的なアプローチを自動化する。 |
情報管理ツールを導入すれば情報の一元管理が進むだけでなく、各ツールを連携させることにより、あらゆるフェーズで情報が有効活用できるようになります。業務効率化が進み、かつ新たなビジネスチャンスの創出も可能になるでしょう。
電子契約・ペーパレス化により業務の効率化が図れる
人材業界においてDXが進まなかった要因のひとつに、労働契約関連書類の書面交付の問題がありました。労働条件通知書や派遣労働契約書は、書面により交付することが法律上求められ、ペーパーレス化を阻害していたのです。
まず、2019年4月から「労働基準法施行規則第5条11項4号」の規定により、労働者が希望した場合は労働条件通知書の交付を、EメールやSNSのメッセージ機能等で交付することが認められます。
『第5条11④ 法第十五条第一項後段の厚生労働省令で定める方法は、労働者に対する前項に規定する事項が明らかとなる書面の交付とする。ただし、当該労働者が同項に規定する事項が明らかとなる次のいずれかの方法によることを希望した場合には、当該方法とすることができる。
一 ファクシミリを利用してする送信の方法
二 電子メールその他のその受信をする者を特定して情報を伝達するために用いられる電気通信(電気通信事業法(昭和五十九年法律第八十六号)第二条第一号に規定する電気通信をいう。以下この号において「電子メール等」という。)の送信の方法(当該労働者が当該電子メール等の記録を出力することにより書面を作成することができるものに限る。)』
参考:厚生労働省『平成31年4月から、労働条件の明示がFAX・メール・SNS等でもできるようになります』 2019年2月
また、労働者派遣契約は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律施行規則第21条3項」の規定により、書面での交付が原則とされていました。
『第21条3 労働者派遣契約の当事者は、当該労働者派遣契約の締結に際し法第二十六条第一項の規定により定めた事項を、書面に記載しておかなければならない。』
しかし「厚生労働省の所管する法令の規定に基づく民間事業者等が行う書面の保存等における情報通信の技術の利用に関する省令」の別表2に同規定が追加されることにより、PDFファイル等での交付が可能になります。
これまで、ペーパレス化を阻害してきたこれら規定の改訂により、クラウドサービス等を活用した電子契約を導入する事業者は今後も増加する見込みです。こうした取り組みが進めば、契約事務手続きに要していたマンパワーの大幅な削減や、契約書管理の省力化が進んでいくでしょう。
RPAツールによる業務の自動化
求職者データの登録作業や求人票の作成、各種問い合わせへの対応など、人材業界における事務は定型化しやすいものが多い傾向にあります。こうした業務は比較的、自動化が容易であり、RPAとの相性が良いものです。
RPA(Robotic Process Automation)とは、人間がパソコン作業で行う定型的な業務を、ソフトウェアロボットに代替し自動化させるツールです。
RPAを導入することにより、これまで多くのマンパワーを費やしてきた膨大な定型業務を少人数かつ短時間でこなすことができます。ヒューマンエラーによるミスの発生もなく正確性が担保され、大幅な省力化が進むでしょう。
労務面の改善や人件費の削減が進み、空いた人的リソースを有効活用できるため、新たな機会創出が図れ事業の発展につなげていけます。
求職者と企業のマッチング精度が高まる
人材派遣や人材紹介においては、求職者と求人企業のマッチングが重要です。これまでは、自社の担当スタッフが、在籍する求職者の希望や保有スキルをヒアリングし、企業からの求人と照らし合わせマッチングを行っていました。
しかし、人間の手によるマッチングは、膨大な求職者と求人情報データから見極める必要があるため、時間と労力がかかります。しかも、担当者の主観が入ることにより、ミスマッチが生じる可能性も否定できません。
AIを活用したマッチングであれば、担当者の経験や勘に頼ることない判断が可能になります。人材不足の昨今、人材サービスを利用するクライアント企業にとって、紹介された人材がミスマッチにより機能しないことは大きな痛手となります。求職者にとっても不幸なことでしょう。
AIを活用し精度が高まることでこうした問題を解消しつつ、マッチングを行う担当者の負担軽減にもつなげていけるのです。
身近なルーチン業務からはじめられるDXとは?
自社のDXを推進しようと検討するものの、何から始めたらいいかわからない、また、社内の複数部署で合意形成を取る難易度が高い…と考えている方へ。
まずは、「身近な業務のDX化」から検討するのが得策です。ぜひ、無料のお役立ち資料からご確認ください。
\こんな方におすすめの資料です/
- DXと言っても何をすればいいかわからない
- まずは身近なところからクイックにできるDXを試したい
- 目の前のルーチン業務を効率化したい
人材業界がDXに取り組む際の課題
人材業界のDXは他業界に比べ、後れを取っている現状は前述の通りです。しかし、雇用関係書類の電子化が認められるなど、DX推進の下地は整いつつあるようです。
今後、急速なDXが進むなか、人材業界ならではの留意しておかなければならない課題も存在します。
ここでは、人材業界がDXに取り組むうえで解決すべき課題について解説します。
強固なセキュリティ対策が必要
人材サービスでは、膨大な求職者の個人情報を取り扱います。氏名や年齢・住所といった基本情報だけでなく、職歴や保有スキルといった、かなり踏み込んだ情報をデータとして保有することになるのです。こうした個人情報の流出が発生した場合、人材サービス企業は社会的信用を失い、経営基盤が揺らぐほどのダメージを受けかねません。
人材業界においてDXを進めていくうえでは、こうした個人情報を守る確実かつ強固なセキュリティ体制を構築し、流出等のリスクを排除しなくてはなりません。
不正アクセスによる脅威に対応するだけでなく、人為的ミスや不正行為による流出が発生しないよう、強固なセキュリティ体制を構築しなくてはならないのです。
業務プロセスのデジタルシフト
雇用関係書類の電子化や電子契約の導入など、業務プロセスのデジタルシフトは早急に取り組むべき課題となるでしょう。これまで述べた通り、法的制約によりペーパーレス化が進んでいないことが、人材業界でDXが進んでいない一因です。
こうした環境が長く続いたことから、書面による契約の取り交わしが業界の慣習として根付いている側面もあります。業務のデジタルシフトを推進するには、業界全体でDX推進に向け意識を高めていく必要があるでしょう。
しかし、設備投資等の課題をクリアしながら進めていかなくてはなりません。まずは大手企業が中心に取り組みを始め、中小企業に波及させていくことが望まれます。
DX人材の確保・育成
人材業界に限らず、DX人材の確保・育成は各業界における急務です。人材業界においては、これまでDXが進んでいないこともあり、デジタルツールの導入により業務省力化が進めば、他の業界に比べ多くの人的リソースが確保しやすい状況が生まれる可能性もあります。
まずは、すぐに始められるDXとしてデジタルツールの導入を進めます。そして、これまで定型業務に従事していた人的リソースを活用し、DX人材へと育成していくことで活路が見出せるのではないでしょうか。
人材業界のDX推進事例
ここでは、人材業界におけるDX推進事例を紹介します。人材業界におけるDXは、自社の業務効率化とユーザーの利便性向上、2つの切り口が存在します。それぞれの事例を見ていきましょう。
- リクルートホールディングス
- フルキャストホールディングス
- パーソルグループ
上記3社の取り組みを解説します。
リクルートホールディングス
リクルートホールディングスは、Indeed社が新たに開発・提供した求人配信プラットフォーム「IndeedPLUS」に参画することにより、これまでにない求職者と求人企業のマッチングを目指しています。
これまで、リクルート社では求人企業にATS(採用管理システム)を提供し、対応するジョブボード(求人サイト・ページ等)で求職者を集めていました。同社が既存のATSとジョブボードをIndeedPLUSに連携させることで、より求職者の希望に沿った求人情報を届けられるようになりました。
これにより、求職者は普段使用している求人サイトを閲覧すれば、IndeedPLUSに連携している複数の求人サイトに掲載された情報を閲覧できます。多くの求人情報を目にすることができ、より自身にマッチした仕事を発見しやすくなるのです。
求人を掲載する企業は自社が使用するATSに求人を掲載するだけで、複数の求人サイトに求人を表示できます。IndeedPLUSに連携した求人サイトのなかから、ターゲット層の目につきやすい複数の求人サイトに自動で転載されるのです。
この取り組みにより、求人企業・求職者双方にとって最適なマッチングが可能になりました。
参考:リクルートホールディングス『幅広い選択肢の中から、求職者と企業双方の希望をかなえるマッチングを!リクルートが「Indeed PLUS」に参画』2024年3月28日
フルキャストホールディングス
フルキャストホールディングスでは、同社の強みでもある「短期人材サービス」においてDXを推進し、求職者・クライアント企業双方の利便性向上を図っています。短期支援事業とは、クライアント企業に自社の登録人材をあっせん・紹介し、1日単位のスポット的な人材ニーズに対応するものです。
短期人材サービスでは、求職者と就業先の企業は短期間の雇用契約を締結する形になります。そのため、クライアント企業にとっては求人の発注から雇い入れ、勤怠管理から給与の支払いまで煩雑な業務が発生しますが、すべてオンラインで完結できる仕組みを整備しています。
求職者にとっても全国に190箇所ある同社の拠点から、希望条件にマッチした求人を紹介してもらえることに加え、Web上で簡潔に行える契約手続きや、リアルタイムに給与を受けとれるなど働きやすい環境が整備されています。
また、同社は派遣スタッフ管理システムの開発を同業他社との合同出資により取り組むなど、積極的な取り組みを行っています。
参考:フルキャストホールディングス『中期経営計画2024』2022年2月10日
参考:フルキャストホールディングス『派遣スタッフ管理システムの共同開発に向けた資本提携に関するお知らせ』2023.年1月10日
パーソルグループ
総合人材サービスを提供するパーソルグループでは、RPA導入の取り組みにより、大規模な業務自動化を実現しています。同社は2017年にいち早く、RPA推進室を立ち上げ、RPAの導入検討・推進を進めました。初年度において、年間約17.5万時間の業務自動化を実現するなど成果を上げます。
RPAにより自動化した業務は「請求書作成、対象者への送付」「Webサイトや基幹システムからのデータ取得」「派遣契約における契約延長、契約終了処理などの契約関連業務」など、多岐にわたります。取り組みを始めて2年後には、グループ内で300案件、延べ30万時間にもおよぶ業務自動化を実現しました。
また、パーソルグループは、DX人材育成に力を注いでいる点でも注目を集めています。アセスメントにより自社人材のDX推進に対する適性を把握し、担当に抜擢することで成果を上げました。また、アセスメントの結果から成長意欲の高い人材がいることが分かり、eラーニングを導入するなど、積極的なDX人材育成は目を見張るものがあります。
参考:パーソルグループ『RPAとは?特徴やメリット、得意な業務、導入事例を徹底解説』2024年1月31日
参考:エクサウィザーズexaBase DXアセスメント&ラーニング『お客様の声』2024年6月
まとめ
人材業界におけるDX推進は、まだまだ多くの取り組みを行う余地が残されているようです。その取り組みの担い手となる、DX人材の確保・育成は各企業における急務となるでしょう。
企業事例からも分かる通り、DXに積極的な企業は大きな成果を残し、競争優位7を確立しています。まずは、自社の人材からDXの素養をもつ人材を見つけ出し、適切な育成を行うことから始めてみてはいかがでしょうか。
またエクサウィザーズでは、DX人材の育成に関する課題をワンストップで解決する「exaBase DXアセスメント&ラーニング」を提供しています。デジタルスキル標準に完全準拠しており、これまで1,500社以上、200,000名以上のDX人材育成支援実績をもとに、人材要件や育成計画〜個人ごとにパーソナライズされた育成プログラムの作成まで伴走し、DXの実現を後押しします。
まずは無料の資料請求、またはトライアルのお申し込みをご検討ください。