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AI導入は「実験」から「運用」へ 問われるのはAIを動かす組織力

公開日
2026.06.18
更新日
2026.06.20
AI導入は「実験」から「運用」へ 問われるのはAIを動かす組織力

AIを導入しているかどうかは、もはや企業間の大きな差ではなくなりつつある。次の差は、AIをどこまで業務に組み込み、どれだけ安全に運用できるかに移っている。

米Ivanti(IT運用企業)が公表した「2026 AI Maturity Report」は、その変化をよく示している。同社は2026年2月から3月にかけて、米国、英国、フランス、ドイツ、オーストラリア、日本の6カ国で、IT担当者1500人と非IT部門のオフィスワーカー2400人、合計3900人を調査した。

同レポートによると、回答者の組織の56%はすでにAIを複数の業務フロー、または事業上重要な領域で広く導入している。AIをまったく使っていない組織は、わずか2%にとどまる。IT担当者の63%は、AIによって反復作業に使う時間が減ったと答え、45%は「AIによって仕事が速くなり、質も上がった」と回答している。

つまり、AIは一部の先進企業だけが試す新技術ではなくなった。少なくともIT部門では、AIは日常業務の一部になり始めていることが分かる。

IT運用に入り込むAI

AIは、IT部門の中でもすでに特定の業務に入り込んでいる。

ITサービス管理、つまり社内の問い合わせや障害対応を扱う領域では、AIエージェントやチャットボットによる問い合わせ対応、チケットの分類や振り分け、自動解決といった業務でAIがすでに使われている。

予測用途では、AIの導入はほぼ一般化している。AIを予測目的でまったく使っていないIT部門は6%にすぎない。主な予測用途は、システム障害を事前に防ぐ予防保守、サーバーやネットワークの必要量を見積もる容量計画、クラウド利用料の管理などだ。

さらに注目すべきは、エージェント型AIの利用である。エージェント型AIとは、単に質問に答えるだけでなく、人間が与えた目的に沿って、必要な情報を集め、手順を考え、複数の作業を進めるAIを指す。たとえば、問い合わせ内容を調べて回答案を作る、営業先の情報を集めて提案書の下書きを作る、社内文書を確認して申請処理を進める、といった使い方だ。

IT運用では、これがチケットの分類、危険な端末をネットワークから切り離す処理、サービスの再起動、パッチ適用などに広がっている。

Ivantiの調査では、企業のIT部門の57%が、複数の重要なIT業務でエージェント型AIを使っている。さらにIT部門の17%は、問い合わせの受付から対応完了までのように、IT運用の一連の流れにまたがってエージェント型AIを使っているという。

こうした利用は、今後さらに広がる見通しだ。Ivantiの調査に回答したIT担当者は、自社のIT業務のうち平均46%が、今後18カ月でAIによって自動化されると見ている。AI導入は「試してみる」段階から、「どの業務をどこまで任せるか」を決める段階に入りつつあるようだ。

ただし、この見通しには国による差もある。Ivantiの調査では、今後18カ月でAIによって自動化されるIT業務の割合について、米国のIT担当者は52%、オーストラリアは48%、英国は47%と答えている。一方、日本は40%で、調査対象6カ国の中で最も低かった。

これは、日本企業がAI導入に出遅れていると単純に決めつけられる数字ではない。IT業務の外部委託の多さ、社内システムの複雑さ、承認手続きの重さ、障害対応への慎重さなど、いくつかの背景が考えられる。だが少なくとも、AIによるIT運用の自動化に対する期待値は、米国や英語圏の企業より控えめであることが見て取れる。

ここには、日本企業にとっての課題も見える。自動化に慎重な姿勢は、障害対応やセキュリティ対応の品質を守るうえでは理解できる。一方で、障害対応、端末管理、脆弱性対応のような反復的なIT業務では、自動化の遅れがそのまま対応速度の差になりかねない。

 

AI活用が進んだ企業は、問題を「見つける」だけでなく「解決」まで進める

ただし、AIを導入すれば同じ成果が出るわけではない。Ivantiのレポートが強調しているのは、AI活用がどこまで進んでいるかによって、成果に大きな差が出ているという点だ。

AIを重要な業務に本格的に組み込んでいる企業では、IT担当者の54%が、AIによって仕事が速くなり、質も上がったと答えている。一方、AIを初期実験やパイロット段階で使っている組織では、この割合は24%にとどまる。

差がさらに大きいのは、問題の事前検知だ。初期段階の組織では、「利用者に知られる前にAIが問題を検知する頻度が高い」と答えたIT担当者は43%だった。これに対し、AIを広く運用している組織では89%に達している。

ここで重要なのは、AIの価値が単なる効率化にとどまっていないことだ。AI活用が進んだ企業では、IT運用の性質そのものを変え始めている。

従来のIT運用は、利用者から問い合わせや障害報告が来てから対応する「事後対応」が中心だった。だがAIが異常を早く見つけ、原因を推定し、必要な処置まで実行できるようになると、利用者が問題に気づく前に対応できる。Ivantiはこの流れを、端末管理をAIで自動化する「自律型エンドポイント管理」と呼んでいる。

レポートでは、AIがすでに自律的に実行している処理として、端末やシステムの動作設定の自動調整、危険な端末の隔離、サービスの再起動、パッチ適用などが挙げられている。AI活用が進んだ企業では、こうした自律的な処理の利用率が、導入初期の企業の2倍以上に達するという。

最大の課題は「責任の所在」

AI運用が進むほど、次に問題になるのはガバナンスである。

Ivantiの調査では、多くのIT部門がAIのガバナンス体制を整えていると回答している。65%はAIリスクを審査する仕組みがあると答え、59%は新しいAIソリューションを評価・承認するルールがあると回答している。また58%は一般社員のAI利用ルールを持ち、49%はAIを監督する組織を設けている。

しかし、形式上のルールと、実際の運用には大きな差がある。

IT担当者の85%は、すべてのAIエージェントや業務フローに担当者がいると答えている。ところが、AIに関する責任の所在が実際に明確だと答えたのは42%にすぎない。つまり、担当者の名前は決まっていても、AIが誤った判断をしたときに誰が止めるのか、誰が最終責任を負うのかまでは、十分に整理されていない企業が多いということだ。またAIの利用ルールがある企業でも、そのルールが日常業務で『ほぼ常に守られている』と答えた従業員は24%にとどまる。

これは、AI導入企業にとってかなり深刻な数字だ。AIが助言するだけなら、最後に人間が判断すればよかった。しかしAIがチケットを振り分け、端末を隔離し、サービスを再起動し、パッチを適用するようになれば、判断と実行の境界は曖昧になる。

そのとき、「誰が許可したのか」「どこまで自律的に動いてよいのか」「問題が起きたとき誰が止めるのか」が決まっていなければ、AIは便利な道具ではなく、管理しづらい業務システムになってしまう。

IvantiのSenior Vice President of Global Solutions and ServicesであるSterling Parker氏は、同レポートの中で「成功する組織は、事業成果に集中し、誰が責任を持つのかを仕組みの中で明確にしている」と述べている。また同氏は別の箇所で、「見えないものは統治できない」と指摘し、AIエージェントの動きを後から確認でき、想定外の動きを抑え、必要に応じて利用範囲を広げられるようにするには、チケット、端末、承認、実行履歴を一元的に管理できる仕組みが必要だと説明している。

「野良AI」は禁止では止まらない

ガバナンスの問題は、社内で承認されたAIだけに限らない。Ivantiのレポートは、会社が認めていないAIツールの利用にも触れている。

従業員が社内承認を待ちきれず、外部のAIツールを使えば、企業は誰がどのAIに何を入力し、どんな判断に使ったのかを把握できなくなる。特に政府、医療、教育など規制の厳しい業界ほど、未承認AIツールの利用率が高く、会社が提供するAIツールの利用率が低いという。

これは皮肉な結果だ。規制が厳しい業界ほどAI利用には慎重であるべきだが、承認プロセスが遅すぎれば、現場は使いやすい外部ツールに流れてしまう。禁止中心の管理は、かえって実態を見えにくくする。

IvantiのChief Legal Counsel, Senior Vice President of Security and Human ResourcesであるBrooke Johnson氏は、同レポートで、企業は「野良AI」をモグラたたきのように追いかけるのではなく、明確なガードレールを設け、その範囲内で現場が安心してAIを使える仕組みに移るべきだと述べている。

これはAI時代の企業統治にとって重要な視点だ。AI利用を止めるのではなく、見える場所で使わせる。そのためには、承認済みツールを用意し、利用範囲を決め、重大な判断では人間の確認を必須にする必要がある。

AIは仕事を奪うより、仕事の中身を変える

Ivantiのレポートは、AIによる雇用不安を強く打ち出してはいない。むしろ、AIをよく使っているIT担当者ほど、自分の将来に前向きな傾向がある。

IT担当者の79%は、AIが自分の仕事を減らす、または置き換えることについて「まったく心配していない」または「多少心配している程度」と答えている。53%は「AIによって時間と優先順位を自分で管理しやすくなった」と回答し、49%は「仕事がより面白く、満足できるものになった」と答えている。

一方で、求められる能力は変わる。IT担当者の83%は、AIが定型業務を自動化するにつれて、相手の状況を理解し、説明し、調整する力が重要になると見ている。いわゆる感情知能、EQに近い能力である。

AIが検知、分類、初期対応を担うようになれば、人間の仕事はチケット処理の量をこなすことから、リスクを見極め、優先順位を決め、技術的な判断を非技術部門に説明することへ移っていく。

この変化は、組織構造にも現れている。Ivantiの調査では、72%のIT部門がすでにAI専任の役割やチームを設けており、さらに13%が設置を計画している。「AIをきっかけに、少なくとも一部の役割やチームが大きく再設計された」と答えた組織は37%に上る。テクノロジー業界では、この割合は57%まで上がる。

AI活用の差は、組織設計の差である

AI導入の初期段階では、焦点は「どのモデルを使うか」「どの業務で試すか」だった。しかし、AIが本格的に業務へ入り始めた今、重要なのは別の問いである。

AIにどこまで任せるのか。どの判断に人間を入れるのか。責任者は誰か。AIの判断をどう記録し、監査するのか。現場が勝手に外部AIを使わなくても済むように、どんな環境を用意するのか。

Ivantiのレポートが示しているのは、AI導入の次の格差である。AIを便利なツールとして試す段階は終わりつつあり、これから問われるのは、責任、承認、監査、教育を含めて、AIが働ける組織を作れるかどうかだ。

AI導入は「実験」から「運用」へ移った。その差は、IT部門の生産性だけでなく、企業の対応速度やリスク管理にも表れていく。

 

出典: Ivanti「2026 AI Maturity Report: Scaling AI in IT Operations: The Path to Maturity in 2026」 https://www.ivanti.com/resources/research-reports/scaling-ai-it-operations

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。