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「しゃべらないAI」に開発者が殺到=ChatGPT作者が作った判断専用モデル「Jev」

公開日
2026.09.20
「しゃべらないAI」に開発者が殺到=ChatGPT作者が作った判断専用モデル「Jev」

文章を一切書かないAIモデルが、世界の開発者の間で大きな話題になっている。米国のAIスタートアップTypeSafe AIが9月15日に早期アクセスを開始した「Jev」だ。創業者の発表投稿はXで初日だけで2500万回表示され、技術者が集まる米掲示板Hacker Newsでも1900ポイント、500件近いコメントを集めた。Webアプリ基盤の米Vercelによると、複数のAIモデルを切り替えて使える同社のサービスでは、公開から24時間で有料利用チームの約13%がJevを使い始め、過去最速の普及となった。OpenAIのGPT-5.6系の2倍、AnthropicのFable 5.1の6倍を超える広がりである。

Jevは人間と会話するためではなく、ソフトウエアの中で素早く「判断」を下すことに特化したモデルだ。開発を率いるのは、ChatGPTの開発に関わった元OpenAI研究者。同社は同日、ディープテック専門の投資会社、米DCVCが主導するシードラウンドで4000万ドルを調達したと発表し、2年間の非公開の開発期間を経て表舞台に登場した。米Forbesによると、評価額は2億ドル。

人を喜ばせるAIに、仕事は任せられない

Almeida氏はOpenAIで、人間の評価をもとにAIを鍛える手法(RLHF)の開発に携わった。ChatGPTを生んだこの手法は、今ではほぼすべての大規模言語モデル(LLM)の訓練に使われている。その生みの親の一人が、7月末に公開されたカンファレンスでの講演で、自らを「OpenAIでは珍しい、ChatGPTに批判的な人間」と紹介した。

同氏が講演で投げかけたのは、次の疑問だ。AIは数学の未解決問題を解くほど賢くなった。それなのに、はるかに簡単に見える顧客サポートでさえ、最後の判断は人間が下している。なぜなのか。

同氏の答えはこうだ。ChatGPTに代表される今のAIは、目の前の利用者に喜ばれるように鍛えられている。人がそばで使う助手としては優秀だが、人の目の届かないところで仕事を黙々と片付ける自動化には向かない。

問題は、喜ばれることを優先するあまり、わからないときでも自信ありげに答えてしまう点にある。人間の評価で訓練すると、自信のなさそうな答えは低く評価されやすいからだ。同氏は講演で、ネット上で話題になった投稿を紹介した。おならの効果音をChatGPTに聞かせて「私が作った曲をどう思う?」と尋ねると、ChatGPTは「正直に言うと、不穏な雰囲気が漂う味わい深い作品だ」と褒めたという。人がそばで見ていれば笑い話で済む。だが誰も見ていない自動化の現場で同じことが起きれば、誤った判断がそのまま実行されてしまう。

だから企業は、会社の損得に関わる判断をAIに任せない。Almeida氏は、AIがこれほど賢くなったというのに、今のところほとんどの仕事はまだ自動化されていないと言う。同氏は米TechCrunchの取材にも、「奇跡のような技術を手にしたのに、役に立っていない」と嘆いている。

文章を捨て、確率を返す

そこでAlmeida氏らが作ったのがJevだ。Jevは質問に文章で答えない。問い合わせ内容やデータなどの「状況」と、あらかじめ答えの選択肢を決めた「質問」を受け取り、選んだ答えとその確率を返す。たとえばサポート窓口の問い合わせなら、担当部署はどこか、緊急度は高いか、返金審査に回すべきか、といった判断をまとめて一度に出す。

同社はこれを「システム1モデル」と名付けた。ノーベル経済学賞を受賞した心理学者Daniel Kahneman氏の著書『ファスト&スロー』で、直感的で速い思考を「システム1」、熟慮する遅い思考を「システム2」と呼んだ区別にちなむ。訓練手法も、人間の好みではなく、確信度が実際の正答率と一致することを目指す独自のものに変えた。

文章を捨てた見返りは大きい。発表文によれば、料金は入力100万トークンあたり0.042ドルで、出力は「安すぎて課金する意味がない」として無料。既存のLLMは入力100万トークンあたり0.2〜10ドルで、出力はさらにその約5倍かかる。応答時間は0.07〜0.5秒と、最先端のLLMが3秒から5分余りかかるのに比べて圧倒的に速い。

答えは事前に決めた選択肢の中からしか出ないため、指定と違う形式の答えを返すことも、ありもしない選択肢をでっち上げることもない。それぞれの答えには確信度が付く。Almeida氏は発表文で、95%の確率でこなせる仕事でも、残り5%の失敗がいつ起きるかをAIが自己申告できなければ自動化はできないと指摘している。

同社が独自に作った業務フローの評価では、同程度の賢さのLLMに比べて約194倍の速さ、約1/445のコストだったという。デモでは、Jevに古典シューティングゲーム「DOOM」をリアルタイムで操作させた。1秒間に10回問い合わせても、費用は1時間あたり約7ドルにとどまる。

需要殺到でAPIが一時停止

TechCrunchによると、公開直後は需要が殺到して同社のAPIが一時的にサービスを提供できなくなったほどだ。Vercelのエンジニアは、コマンドの安全性をチェックする分類処理をOpenAIのモデルからJevに置き換えたところ、処理時間が1/5から1/18に縮み、精度も上がったと報告している。

開発者の間で注目されているのは確率が返ってくる点だ。オープンソース開発者として知られるArmin Ronacher氏は「確率が50%なら、コイン投げと同じだから無視すればいい。95%なら、それに基づいて動ける」とTechCrunchに語った。同氏は、仕事ごとにどのAIモデルに回すかを振り分ける用途にも向くとみる。LLMに振り分けさせるとコストがかさむが、Jevなら安く瞬時にこなせる。

LLMを置き換えるだけでなく、見張り役としての使い道もある。Almeida氏は、AIエージェントの動作記録を監視したり、AIの安全装置をすり抜けようとする不正な指示を検知したりする用途を想定する。エージェントをエージェントで監視すると費用が膨らむが、Jevならその問題を避けられる。

利用は順番待ち、モデルの配布はなし

Jevはダウンロードして手元で動かすモデルではない。TypeSafeのサーバー上で動くモデルを、インターネット経由のAPIで呼び出して使う。直接利用するには同社サイトで順番待ちリストに登録する必要があり、同社は順番待ちの開発者をできるだけ早く受け入れていくとしている。

利用が認められれば、ブラウザ上の試用画面で動作を確かめられるほか、PythonとJavaScript向けの公式ライブラリから自社のソフトに組み込める。AIアプリ開発の定番ツールであるLangChainも、Jevを呼び出すための専用パッケージを用意した。Vercelのサービス経由でも利用でき、同社は9月25日まで無料で提供している。

日本から使う場合、速度は割り引いて考えたほうがよさそうだ。同社によると、サービスの拠点は現在米西海岸にあり、公表した速度も西海岸から計測したもの。太平洋を往復する通信時間が、0.1秒前後という売り物の応答速度に上乗せされる。

数字は自社発表、構造は非公開

ほかにも割り引いて見るべき点は多い。性能の数字はすべて同社自身の計測で、第三者による検証はまだない。同社も発表文で、評価用の業務フローは自社チームが作ったもので偏りがありうること、提示した高速化の倍率は実際の利用では上限に近い値であることを認めている。

新しさそのものを疑う声もある。英The Registerは、出力が文章でない以上、LLMと誤答の有無を比べるのは公平な比較とはいえず、確率付きの答えも間違う可能性はあると指摘する。Hacker Newsでは「要するに汎用の分類器ではないか」との書き込みに、Almeida氏が「まさにその通り」と応じる場面もあった。モデルの構造について同氏は口を閉ざしており、外部には公開されているLLMを土台にしているのではないかとの見方もある。

Almeida氏は、OpenAIやAnthropicなどのフロンティアラボ(最先端AI企業)と同じ土俵に立つつもりはないようだ。TypeSafeはフロンティアラボなのかと問われ、「フロンティアラボの主力商品は恐怖か誇大宣伝だ。われわれの主力商品は知能でありたい」と答えている。

安くなれば、使われる

モデル名は19世紀英国の経済学者William Stanley Jevons氏に由来する。蒸気機関の効率が上がって石炭が節約できるはずが、かえって石炭の消費が増えた現象を指摘した人物で、この逆説は「ジェボンズのパラドックス」と呼ばれる。同社は発表文で、知能のコストが1桁下がるたびに使い道が何桁も増えると予測する。

Almeida氏が描くのは、巨大なAIアプリが世界を席巻する未来ではない。「賢いソフトウエアが、あちこちに自然発生的に分散して存在するようになる。今みんなが作ろうとしている巨大アプリより、初期のインターネットに近い姿だ」。人間を喜ばせるAIが主役だった数年間を経て、画面の裏で黙々と判断を下す安価なAIが次の主役になれるか。開発者の熱狂が一過性に終わらないかどうかは、自社発表の数字が第三者の検証に耐えるかにかかっている。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。