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AIの革新は「モデルの外」へ Jevが示した次の競争軸

公開日
2026.09.28
AIの革新は「モデルの外」へ Jevが示した次の競争軸

AIの技術革新が、OpenAIやAnthropicなどAI大手によるモデル開発だけでは説明できなくなってきた。

米VC大手Andreessen Horowitz(a16z)が9月26日に公開したPodcastで、米クラウド型コンテンツ管理企業Boxの共同創業者兼CEO、Aaron Levie氏、a16z General PartnerのMartin Casado氏、元Microsoft幹部でa16z Board PartnerのSteven Sinofsky氏が、最近登場したAIモデル「Jev」を取り上げた。

議論の終盤で出てきたのが、「イノベーションの中心が移った」という言葉だった。

Jevは、最先端の大規模言語モデル(LLM)と正面から性能を競うモデルではない。文章を書くことをやめ、ソフトウェアの中で判断することに特化している。3人が注目したのは、こうした異なる設計のAIが開発者に急速に使われ始めていることだった。

AIをめぐる競争は、より賢いモデルを作るだけでなく、それをどう使い、既存のソフトウェアにどう組み込むかという領域にも広がり始めている。

なぜ「しゃべらないAI」が必要だったのか

Jevは、米AIスタートアップTypeSafe AIが9月15日に公開した判断専用のAIモデルだ。

一般的なLLMは、入力された文章を読み、次に続く言葉を一語ずつ生成する。それに対してJevは文章を書かない。ソフトウェアから状況とあらかじめ決められた選択肢を受け取り、答えとその確率を返す。

例えば顧客から問い合わせが来た場合、「営業」「技術サポート」「請求」のどこへ回すべきかを判定する。AIエージェントなら、次にどのツールを使うか、処理を続けるか、人間に確認を求めるか、といった判断にも使える。

Webアプリ基盤を提供する米Vercelによると、Jevは同社のAI Gatewayで公開されてから24時間で、有料利用チームの約13%に使われた。同サービスで過去最速の普及だったという。

AI新聞では9月20日、Jevを「しゃべらないAI」として紹介した。TypeSafe AIの評価では、同程度の判断をLLMにさせた場合に比べ、最大約194倍速く、コストは約1/445だったという。ただし、これは同社自身が用意した業務フローでの評価である。

a16zのPodcastでCasado氏らが着目したのは、単なる速さや安さではなかった。

これまで多くのAIアプリケーションでは、LLMに文章を生成させ、その内容をソフトウェア側で読み取って次の処理を決めてきた。しかしプログラムが欲しいのは、必ずしも文章ではない。

「この問い合わせは顧客サポートか」「この処理を続けるべきか」「この操作は危険か」。必要なのがこうした判断だけなら、数段落の文章を生成させ、それを再びプログラムで解析するのは回り道になる。

Podcastでは、Jevについて、従来のソフトウェアにLLMを無理に組み込もうとしてきたやり方を変える可能性があるとの評価が出た。選択肢を与え、その中から答えを選ばせれば、文章生成よりも既存のプログラムに組み込みやすくなる。

ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜ、こうしたモデルをOpenAIやAnthropicなどAI大手が先に作らなかったのか。

Podcastでは、その背景として、大手AI企業が人間のように考え、会話できる汎用的な知能を目指してきたことが指摘された。「存在(being)」を作ろうとすれば、自然言語を扱う能力が中心になる。一方、既存のソフトウェアの中には、人間のように話す能力を必要としない用途も多い。

Jevの登場によって、大手AI企業が重視してきた方向とは異なる需要が見え始めた。

プラットフォームが成熟すると、革新は外から生まれる

Steven Sinofsky氏は、Jevをめぐる議論を、過去のプラットフォーム産業の歴史に重ねた。

大きなプラットフォームを運営する企業は、規模が拡大するにつれ、新機能の開発だけに集中できなくなる。既存サービスを安定して動かし、互換性を保ち、多数の顧客や開発者を支える仕事が増えていくからだ。

Sinofsky氏はAppleを例に挙げた。Appleの開発者コミュニティには「Sherlocking」という言葉がある。外部の開発者が作った便利な機能が普及し、後になってApple自身のOSやアプリに似た機能が組み込まれる現象を指す。

これは外部の開発者が単にAppleより優れているという話ではない。プラットフォーム企業は、基盤そのものを維持する責任を負う。一方、その上で製品を作る開発者は、特定の用途や問題に集中できる。利用者の近くで試行錯誤し、プラットフォーム側が想定していなかった使い方を見つけやすい。

Sinofsky氏は、AIでも同じ構図が現れ始めたとみる。

OpenAIやAnthropic、Googleなどは、モデルの学習や推論基盤を整備し、大量の利用者に安定してサービスを提供する巨大な基盤を構築している。その基盤が広く使えるようになったことで、今度は外部の開発者が、特定の用途に合わせた新しい設計を試せるようになった。

Sinofsky氏は、この状況を「The center of innovation has just moved(イノベーションの中心が移った)」と表現した。

同氏によると、これはプラットフォームが成熟する過程で繰り返し起きてきた現象でもある。基盤を提供する企業が運用や互換性の維持を担い、その上で外部の開発者が新しい製品や機能を試す。そこで広がったものが、後からプラットフォーム側に取り込まれることもある。

Jevは、その一例として見ることができる。

最先端モデルを自前で開発しなくても、既存のAIを前提に設計を変えることで、新しい製品や技術を生み出せる余地が広がっている。

AIを文章生成ではなく「判断」に使う

Jevをめぐる議論で、Sinofsky氏がもう一つ注目したのが「確率」だった。

従来のソフトウェアでは、「この条件を満たせばA、満たさなければB」という明確な条件分岐が基本になる。ところがAIの判断は、必ずしも0か1ではない。例えば顧客から届いた問い合わせについて、「サポート部門に送る確率80%、営業部門に送る確率20%」といった形で答えを返すことができる。

Sinofsky氏は、こうした確率をそのままプログラムの判断に使う考え方に注目した。

同氏によると、これはまったく新しい発想ではない。コンピューターの初期には、天候や物理現象、ミサイルの軌道など、不確実な条件を扱うシミュレーションが重要な用途だった。そのため1960年代から70年代にかけて、確率を取り込んだプログラミングの研究が盛んに行われていた。

Sinofsky氏は、AIによって、こうした古い研究が再び重要になる可能性があるとみる。

従来のAIアプリケーションでは、LLMに文章を生成させ、その内容を別のプログラムで読み取って次の処理を決めることが多かった。Jevのように最初から選択肢と確率を返せば、その結果を直接プログラムの処理に渡せる。

問い合わせをどの部署へ回すか、取引を不正と判定するか、AIエージェントが次にどのツールを使うか、人間の確認を求めるか。こうした小さな判断をAIに任せ、その結果をソフトウェアがそのまま使うことができる。

Sinofsky氏は、従来の「if文」にAIが返した確率を組み込むような使い方を想定している。

これは、生成AIをチャット画面の中だけで使う発想とは異なる。人間に文章を書いて返すのではなく、ソフトウェアの内部で多数の判断を担わせる使い方だ。

AIエージェントがOSの前提を変える

AIが文章を返すだけなら、利用者が直接目にする問題は主に回答の正確さだった。しかしAIエージェントがファイルを読み、社内システムに入り、APIを呼び出し、実際に作業を進めるようになると、「AIにどこまで権限を与えるのか」が重要になる。

現在のコンピューターは、人間が操作することを前提に作られている。そのためAIに操作を許可する場合も、「毎回、人間に確認させる」か、「広い範囲へのアクセスをまとめて許す」かという両極端になりやすい。

Podcastでは、これではAIエージェントには不十分だという議論が出た。「このフォルダーは読み書きしてよい」「こちらは読むだけ」「このAPIは利用してよい」「このシステムにはアクセスしてはいけない」といった細かな制御が必要になる。

問題は権限の細かさだけではない。人間の従業員なら、同じシステムに一日に何千回もアクセスし、考えられる操作を片端から試すことは通常ない。AIエージェントは、大量の処理を休まず実行できる。

Podcastでは、エージェント群を「1万体のドローン」のようなものだと表現している。悪意がなくても、大量のエージェントが動けば、想定外のAPI呼び出しや認証、ファイル操作が一気に増える可能性がある。

これまで企業の情報システムは、利用者の大半が通常の範囲で行動することを暗黙の前提としてきた。操作主体が人間から大量のソフトウェアに変われば、その前提も見直す必要がある。

Podcastでは、認証、ネットワーク、ファイルアクセス、APIなどを、より細かく監視・制御する仕組みが必要になるとの指摘が相次いだ。

Martin Casado氏は、こうした技術そのものは新しくないと指摘する。高度な権限管理やネットワーク分離は、OSやセキュリティ研究の世界で何十年も研究されてきた。ただ、人間が日常的に使うには複雑すぎ、広く普及しなかった。

ところが操作する主体がAIになれば、細かな権限設定を人間が一つずつ管理する必要もなくなるかもしれない。Casado氏は、AIをきっかけにOS、ネットワーク、プログラミング言語などの研究が再び活発になる可能性に言及した。

AIエージェントを安全に動かすには、モデルの性能を上げるだけでは足りない。そのAIに何を許し、何を許さないかをコンピューター側で制御する仕組みも重要になる。

AIの価値はモデルの外でも生まれる

Jevの登場が示しているのは、AIの進化がモデルの性能向上だけでは語れなくなってきたことだ。

これまでは、より大きなモデルを作り、より難しい問いに答えられるようにすることが大きな競争軸だった。だがAIが実際の業務やソフトウェアに入り始めると、どのような形式で判断を返すのか、どこまで自動で動かすのか、どの情報や機能にアクセスさせるのかといった設計も、製品の使いやすさや安全性を左右する。

最先端の汎用AIを自前で作らなくても、既存のAIを前提にソフトウェア側の設計を変えることで、新しい技術やサービスを作ることができる。

Sinofsky氏の「イノベーションの中心が移った」という言葉は、そうした変化を端的に表している。

OpenAIやAnthropic、Googleによるモデル開発競争は今後も続くだろう。その一方で、AIを既存のソフトウェアにどう組み込み、安全に動かすかという領域でも、新しい技術革新が始まっている。

参考URL
https://www.youtube.com/watch?v=TLJNJDf2XGo
https://exawizards.com/column/ai-trend/news-09-20-2026/
https://vercel.com/blog/ai-gateway-jev-model-launch

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。