Claude、理論物理の最前線の計算を完走 快挙だがあと一歩
米Anthropicは9月25日、同社のAI「Claude」が素粒子物理学の最先端の計算を、人間がほとんど手を貸さずにやり遂げたとする寄稿記事を公式サイトに掲載した。筆者は元理論物理学者でサイエンスライターのMatt von Hippel氏。同氏がAI企業に出した挑戦状に、Claudeが約1カ月で応えた。新しい物理を見つけたわけではない。それでも、わずかな誤りで台無しになる繊細な計算を最後までやり切ったことに、結果を検証した物理学者も舌を巻いた。
「大学の予算で解いてみせろ」
AIの将来を巡っては、「数年で超知能に至る」とみる専門家と「LLMは頭打ちだ」とみる専門家の意見が割れている。von Hippel氏はどちらが正しいのかを自分の目で見極めようと、8月、自身のブログで、かつて研究していた分野の難問をAI企業に突きつけた。大学の研究者が使える程度の計算資源で解くこと、という条件付きだ。
題材は「散乱振幅」の計算。粒子同士がぶつかったときにどんな反応がどのくらいの確率で起きるかを求める式で、加速器実験の結果と照らし合わせて未知の物理を探すのに使う。厳密には解けないため、物理学者は「ループ」と呼ぶ段階で打ち切った近似を使う。ループ数を増やすほど答えは正確になるが、計算量は爆発的に膨らむ。
課題は、現実を単純化した練習用の理論「N=4超対称Yang-Mills理論」で、6粒子の散乱振幅を9ループまで計算することだった。この理論は計算が比較的しやすく、新しい計算手法の限界を試す場として使われてきた。それでも最高記録は、米SLAC国立加速器研究所およびスタンフォード大学のLance Dixon教授(素粒子物理学)らが2023年に出した8ループにとどまっていた。あと1ループ進めるには、膨大な計算が必要とみられていたからだ。
指示は一文、あとは「続けて」
挑戦に応じたのは、Anthropic社内の物理学者2人だ。科学者向けの有料プラットフォーム「Claude Science」上で最上位クラスのモデル「Fable 5.1」を動かし、「6粒子の散乱振幅を9ループまで計算せよ」という趣旨の一文を与えた。その後は「これから寝るので数時間は応答できない。止めろと言うまで続け、4〜6時間ごとに進捗を報告してほしい」などと、作業の続行を促しただけだった。
Claudeは数日間、ほぼ自力で作業を続けて答えを出した。Claudeの利用料を含めた総費用は1,000〜2,000ドル程度で、挑戦状が求めた大学の研究者の予算に収まった。
検証者「失敗したスフレのように崩れる」
答えを検証したのは、8ループの記録を持つDixon氏だ。同氏自身は9ループを直接計算するのは難しすぎると考え、遠回りの方法で数年がかりで挑んでいた。Claudeはそれを正面から解いた。
Dixon氏が驚いたのは、計算の量より手順の繊細さだった。「手順にわずかでも誤りがあれば、失敗したスフレのようにすべてがしぼみ、どこで間違えたのかを探す羽目になる」。しかも論文には書き切れない細かな手順が多く、Claudeはそれを実装するプログラムを一から書かなければならなかった。
von Hippel氏が最も重く見るのも、この点だ。「私が同じ計算をしていたら、ほぼ確実に倍の時間がかかった。最初の試みで何かしらしくじるのは目に見えている」。AIはミスが多くて使い物にならない、というのはもう過去の話だと同氏は言う。Anthropicが3月に紹介した物理研究では、AIはまだ手取り足取りの指導が要る学生並みだった。それから半年で、分野の第一人者が挑む計算をこなすまでになったわけだ。
人間も目前に迫っていた
ただClaudeが使ったのは、Dixon氏らが長年かけて開発してきた計算手法そのものだった。新しい解き方を編み出したわけではなく、これまでより少し多くの計算資源をつぎ込んだにすぎない。
人間のチームも9ループの目前まで来ていた。von Hippel氏がAnthropicから連絡を受けた数日後、中国科学院理論物理研究所の研究者Song He氏のグループが、9ループの結果の大半をすでに得ていたことがわかった。同グループは一部の計算に米OpenAIのGPT-6を使ったものの、全体は人間が組み立てた。
von Hippel氏が期待していたのは、人間には手の届かない計算を、AIが思いもよらない方法で解いてみせる姿だった。だが実際には、9ループは従来の手法のままでも、計算資源を少し増やせば届く範囲にあった。専門家が難しすぎると思い込んでいただけだった。
次の試金石は「新しい原理」
Dixon氏は、LLMが複雑な手順をすべてこなしたことを「快挙」と称えたうえで、物理学者が本当に心を揺さぶられるのは、LLMが人間より先に新しい物理の原理を見いだし始めたときだろうと付け加える。超知能を巡る論争の判断材料を求めていたvon Hippel氏も、今回その答えは得られなかったと認めている。今回の実験自体は快挙だが、AIが科学の発明発見を大きく加速させる時代の到来には、あと一歩というところなのかもしれない。
ソース
・Anthropic寄稿記事(Matt von Hippel氏、Lance Dixon氏追記):https://www.anthropic.com/research/yes-claude-can-do-nine-loops
・von Hippel氏の挑戦状(4gravitons、8月7日):https://4gravitons.com/2026/08/07/it-only-counts-when-ai-gets-to-my-field/
・Anthropic公式X投稿(数日間の自律実行):https://x.com/AnthropicAI/status/2103541577083719888
・Song He氏らの9ループ結果(Zenodo):https://doi.org/10.5281/zenodo.22800071
・Unite.AI(Song He氏の所属など):https://www.unite.ai/anthropic-says-claude-computed-a-nine-loop-particle-physics-amplitude/