中国、米AI大手の「開発減速」提案に反発 「安全を口実にした覇権維持」と批判
AI開発のペースを意図的に落とすべきだ。米AI大手のトップがそろって打ち出したこの提案に、中国が政府と国営メディアを挙げて反発している。安全を掲げながら、実際には中国の追い上げを封じ、米企業の優位を固める狙いがあるとの見立てだ。9月24日の米中首脳会談を前に、AI安全をめぐる国際協調の難しさが浮き彫りになった。
発端はAmodei氏のエッセイ
発端は、生成AI「Claude」を開発する米AnthropicのCEO、Dario Amodei氏が9月12日に公開したエッセイ「We Must Pace the Frontier(最先端の開発ペースを抑えよ)」だ。Amodei氏は、この夏ごろからAIが次世代AIの開発を担うようになり、進歩が急加速したと指摘。AIモデルの能力を高めるペースを落とすべきだと訴えた。
提案は3段階からなる。第1段階では、外部の評価機関に社員並みのアクセス権を与え、安全対策の実施状況を常時確認させる。Anthropicはこれを単独で実施すると約束した。第2段階は民主主義国のAI企業による安全基準と開発速度の協調、第3段階は中国など権威主義国を含む国際合意だ。「ChatGPT」の米OpenAIのSam Altman氏や、米SpaceXのElon Musk氏も賛同した。
中国が問題視したのはエッセイの後半だ。Amodei氏は、民主主義国が減速できる幅は米国の対中リードの範囲内に限られるとし、その差を広げる手段として、先端半導体や製造装置の対中輸出禁止、権威主義国の企業による「蒸留」(他社の大規模モデルの出力を使って自社モデルを訓練する手法)の取り締まり、モデル流出の防止を挙げた。これらを実行すれば今後3〜5年で中国の進歩を十分に遅らせ、米国のリードを大きく広げられるとも書いている。
中国外務省「脅威論は誰の利益にもならない」
中国外務省の郭嘉昆報道官は14日の定例会見で、Altman氏やMusk氏が開発の「減速」を呼びかけたとの報道について問われた。郭氏は、AIの発展は全人類の共通の幸福に関わると述べ、さまざまな脅威論を広め対立や悪意ある競争をあおることは、AIのグローバルな統治を妨げるだけで、どの当事者の利益にもならないと反論した。
「怪物の生みの親が自制を説くとき」
国営メディアの論調はさらに厳しい。中国政府系英字紙China Dailyは14日、「『フランケンシュタイン博士』の警鐘は米AIエリートの利益目当て」と題する社説を掲載した。怪物を生んだ当人が自制を説き始めたら、人類を案じ始めたのか、それとも競合を恐れているのかを問うのは当然だ、という皮肉な書き出しだ。
社説は、Anthropicがその直前に中国企業による「産業規模の不正な蒸留」を指摘する報告書を出したことを取り上げ、蒸留は業界の一般的な手法で、指摘は根拠を欠くと反論した。報告書とそれに続く3社の「同盟」は実質的に連携した一手だとし、その狙いを、中国のAIの前進を鈍らせる、国内で有利な政策環境を得る、米AIへの投資熱をつなぎとめる、の3点だと断じた。
背景として社説が挙げるのが、米AI企業の成長シナリオに陰りが見え始めたことだ。文書作成や翻訳、顧客対応といった企業の日常業務は現行モデルで十分こなせるようになった。そこへ中国DeepSeekのモデルや、中国Moonshot AIの「Kimi K3」が、高性能で安価な代替品として登場した。半導体の輸出規制で中国勢を止められなかったため、米国の締め付けはモデルの利用制限などソフトウエアの領域に移った、というのが社説の分析だ。
3社の協調構想については、招待客が決まる前に会員規約だけ作られたクラブのようだと揶揄。中国を除いた安全の枠組みは「グローバル」とは呼べないとした。
中国共産党機関紙・人民日報系の環球時報(Global Times)も、エッセイの真の目的は技術障壁と規制の独占で中国のAI発展を抑え込み、先端技術での米国の覇権を維持し、中国をAIの国際的な統治の枠組みから締め出すことにあると論評した。
「AI企業は『戦略インフラ』になりたがる」
環球時報の別の記事は、エッセイに中国が12回登場すると数え上げたうえで、国内の専門家の見方を紹介した。
かつてAmodei氏と共に働いた経験を持つという深圳の研究機関の劉少山氏は、AI企業には短期的に、AIを実際より強力で危険なものに見せる強い動機があると指摘する。AIが国家の命運を左右する技術だと描かれれば、AI企業は普通のテック企業ではなく「戦略インフラ」と見なされる。その結果、政策上の重要性が増し、参入障壁が高まり、企業価値も上がるという。
清華大学のAI国際ガバナンス研究院で副院長を務める肖茜氏は、安価で高性能な中国製オープンソースモデルが、Anthropicのような非公開型モデルを脅かしていると分析。Amodei氏は自社の優位を守るため、中国企業による米国技術の利用制限を求めているとの見方を示した。
米国内からも「カルテル」批判
減速論を市場独占の口実とみる声は、中国だけのものではない。米大統領科学技術諮問会議の議長を務めるDavid Sacks氏は、Amodei氏とAltman氏に対し、カルテルを作るために独占禁止法の適用除外が必要なふりはやめろと迫った。China Dailyの社説もこの発言を引用し、自らの主張の裏付けに使っている。
Donald Trump大統領も減速論を退けた。Trump氏は、米国はAIで中国をリードしており、その状態を保ちたいと述べ、AIで勝つ者がすべてを制すると強調した。
首脳会談での進展は見通せず
米国の規制推進派は、24日にワシントンで開かれるTrump大統領と習近平国家主席の会談でこの問題が議題に上ることを期待している。ただ中国側の反発とTrump氏自身の否定的な姿勢から、AIの進歩を厳しく制限する国際合意は難しいとの見方が強い(AP通信電)。
中国も協議の扉を閉ざしたわけではない。China Dailyの社説は、一方だけでは対処できない領域では米中が協力すべきだとし、予定されているAI安全対話に期待を示した。Amodei氏自身も米CBSの番組で、中国が同じように減速しなかった場合にどうするかが提案の「最も難しいジレンマ」だと認めている(CNBC)。米国のリードを広げながら、中国には協調を求める。今回の中国の反発は、この構図の矛盾を突いたものだ。
ソース一覧
- Amodei氏エッセイ(一次資料): https://darioamodei.com/post/we-must-pace-the-frontier
- China Daily社説(一次資料): https://www.chinadaily.com.cn/a/202609/14/WS6aa7e616e4b06d4aa055df6e.html
- 環球時報 論評: https://www.globaltimes.cn/page/202609/1370436.shtml
- 環球時報 専門家記事: https://www.globaltimes.cn/page/202609/1370462.shtml
- 中国外務省会見(中国新聞網): https://www.chinanews.com.cn/gn/2026/09-14/10696185.shtml
- AP通信(Spokesman-Review掲載): https://www.spokesman.com/stories/2026/sep/14/china-says-us-tech-leaders-calls-for-ai-slowdown-a/
- Al Jazeera: https://www.aljazeera.com/news/2026/9/14/silent-cold-war-why-calls-to-slow-ai-have-sparked-new-us-china
- CNBC(CBS発言): https://www.cnbc.com/2026/09/13/china-dilemma-ai-slowdown-anthropic.html
- Sacks氏発言(Tomasz Tunguz氏ブログ経由): https://tomtunguz.com/what-does-the-pause-mean/