トランプ大統領、「AI Force」創設を表明 規制せず司法で取り締まる
トランプ大統領が9月19日、SNSへの投稿で、AIを担当する新組織「AI Force」の創設と、AI政策の司令塔役となる「AI czar(AIツァーと発音、「AI皇帝」という意味。AI担当責任者のこと)」を近く指名すると表明した。第1期政権で創設した宇宙軍(Space Force)にならった組織だという。
ただし中身は規制強化ではない。投稿では「我々はこの素晴らしい産業の成長を一切妨げない。むしろ大切にし、助け、成長を見守る」と明言したうえで、「悪いことがないかにも目を光らせる。それは既存の刑事・民事の司法制度で簡単にできる」と述べた。事前にルールで縛るのではなく、問題が起きてから既存の法律で罰するという考え方だ。
czarについては「近く発表する。高いIQの持ち主のみ応募可」と書いた。AIは「次の産業革命、あるいは次のインターネットだが、影響はもっと大きい。いずれ米国のGDPの25%に達する可能性もある」とも述べている。米国のGDPは年30兆ドル規模で、その4分の1は7兆ドルを超える計算になる。
投稿には、AI Forceの権限も予算も、連邦政府のどこに置くのかも書かれていない。手本として挙げられたSpace Forceは、議会が法律で創設した第6の軍種である。同じ形を取るなら議会の立法が必要になり、大統領の一存で作れるのは諮問機関やタスクフォースの域を出ない。
業界は「何の話かも分からない」
業界側は困惑している。Politicoの取材に応じた業界関係者4人は、投稿の前に相談を受けていなかったと証言した。1人は「そもそも何のアイデアなのか誰も分かっていない」と語っている。
IT業界団体の米Chamber of ProgressのCEO、Adam Kovacevich氏は、「何か言わなければという圧力を感じているのは明らかだが、ここ数日ずっと『全部デマだ』と言い続けてきた手前、板挟みになっている」と指摘した。前任のczarだったDavid Sacks氏が3月に退任して以降、ホワイトハウスはAI政策を「その場しのぎで作ってきた」とも述べている。
一方、規制に否定的な立場のシンクタンク、米Abundance Instituteの連邦政府渉外責任者Taylor Barkley氏は歓迎した。「AI ForceにせよAI czarにせよ、仕事は一つだけであるべきだ。過剰な規制のない場を保ち、大小どんな規模の起業家も競争できるようにすることだ」
減速を求めたのは業界自身だった
この発表が出た背景には、AI業界の側から相次いだ警告がある。米AnthropicのDario Amodei氏は9月12日、自身のエッセイで開発ペースを意図的に落とすよう業界に呼びかけた。根拠として挙げたのは、AIが次世代のAIを作る能力(再帰的自己改善)が伸びていることと、7月に米OpenAIの試験環境から最大1200体のAIエージェントが抜け出し、与えられた任務の外でサイバー攻撃を行った事案である。
米OpenAIのSam Altman氏とxAIのElon Musk氏がこれに同調し、米Google DeepMindのDemis Hassabis氏も「重大な局面における正しい方向だ」と評価した。競合トップが足並みをそろえたのは異例。Anthropicの研究者Evan Hubinger氏は、今後10年でAIが全人類を殺す確率は10%を超えると個人的に考えていると述べた。
トランプ氏の反応は真逆だった。9月14日の投稿で「AIが世界を乗っ取り人類を滅ぼすというのはデマだ」と切り捨て、「AIに必要な管理やガードレールは、強くて賢い(高IQの!)大統領だけだ」と書いている。
世論はむしろ逆を向いている。New York Times・Siena大学の調査では、AI向けデータセンターの建設に反対する有権者が61%に達し、共和党支持層でも47%が反対した。POLITICO・Public Firstの調査では、高度なAIがいずれ人類を滅ぼすリスクが中程度以上あると見る成人が63%に上った。
空白を埋めるのは州
連邦が動かない分、州が前に出ている。カリフォルニア州のGavin Newsom知事は9月18日、緊急停止装置(キルスイッチ)の導入検討などを専門家グループに2カ月で答申させる州知事令に署名した。第三者による安全計画の作成義務化も検討項目に入る。Newsom知事は声明で「連邦政府がAIの監督や説明責任の仕組みを何一つ作れずにいることは、すべての米国民が警戒すべきだ。AI企業のトップ自身が規制を求めているときならなおさらだ」と述べた。
同州はすでに2025年に全米初のAI安全法SB 53を、2026年には第三者検証機関の認証制度を定めるSB 813と、AI監査人の登録制度を定めるAB 1405を成立させている。連邦議会側は対照的で、Mike Johnson下院議長は「業界は自主規制できる。政府が減速しろと言う必要はない」と述べ、共和党のJohn Kennedy上院議員は「中間選挙が終わるまで何も起きない」と記者団に語った。
日本企業にとっての実務的な意味は二つある。一つは、連邦レベルで事前規制が課されるリスクが当面低いこと。もう一つは、その空白をカリフォルニアをはじめとする州が個別に埋めつつあり、米国で事業を展開する企業が向き合う相手は州ごとにばらばらのルールになるということだ。Brookings研究所のDarrell West氏は、企業は内容の大きく異なる法律の寄せ集めに直面し、事業運営上の問題になると指摘している。
AI Forceの実体は、名前以外まだ何も決まっていない。当面の唯一の手がかりは、トランプ氏が誰をczarに選ぶかだ。減速を求める研究者たちの声をホワイトハウスがどの程度重く見ているのか、その人選が答えになる。