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米国が最先端AIを規制する間に、中国が一般向けAIで米国と肩を並べ、コスパで圧倒。世界で広がる中国AI利用

米国が最先端AIを規制する間に、中国が一般向けAIで米国と肩を並べ、コスパで圧倒。世界で広がる中国AI利用

2026年6月、わずかひと月の間に、米国と中国はAIをめぐって正反対の選択を見せた。米国は自国の最先端モデルへのアクセスを絞り、中国は準フロンティア級のモデルを誰でも無料で使える形で世界中に放った。米国側では、米AnthropicのClaude Fable 5とMythos 5が一時的に輸出規制の対象となって事実上凍結され、米OpenAIの新型GPT-5.6も政府の承認手続きを経なければ広く提供できない状態に置かれた。一方、中国AI企業Z.ai(旧Zhipu AI)は、コーディングやエージェント作業で米国の現行最先端機に肩を並べるモデルを、改変も商用利用も自由なMITライセンスで公開した。この状況は、日本企業のAI調達にどう影響を与えるのだろうか。

公開されたGLM-5.2 ── コーディングで米最先端に1ポイント差

Z.aiが6月16日にオープンウェイトとして公開したGLM-5.2は、7440億パラメータ規模のMoE構成で、1クエリあたり約400億パラメータを実行する。コンテキストウィンドウは100万トークンで、前世代の20万トークンから大きく広げた。

性能は、Z.aiの公式評価と第三者測定の双方で裏づけられている。長期的なソフトウェア開発タスクを測るFrontierSWEでは、GLM-5.2が74.4%を記録し、AnthropicのClaude Opus 4.8(75.1%)に1ポイント未満まで迫り、GPT-5.5(72.6%)を上回った。実在のGitHub課題を解かせるSWE-bench Proでも、62.1点でGPT-5.5(58.6点)やGoogleのGemini 3.1 Pro(54.2点)を引き離した。AIベンチマーク機関である米Artificial Analysisの総合指標(Intelligence Index v4.1)では、51点とオープンウェイトモデルとして史上最高を付け、全モデル中でも4位に入った

価格差はさらに鮮明だ。GLM-5.2のAPI利用料は100万トークンあたり入力1.40ドル・出力4.40ドルで、Opus 4.8の入力5.00ドル・出力25.00ドルに対し、出力ではおよそ6分の1にとどまる

開発者の反応も熱い。fast.ai創設者のJeremy Howard氏は「少なくともOpus 4.8やGPT-5.5と同等かそれ以上で、高速かつ安価で、長い文脈の扱いが実にうまく、オープンウェイトでこんな体験は初めてだ」と評した。AI教育で知られるHarrison Kinsley氏(Sentdex)も「Opus 4.8やGPT-5.5を安心して置き換えられる初めてのオープンモデルだ」と書いている。

ただし、GLM-5.2が肩を並べたのはコーディングとエージェント作業に限られる。総合的な知能を測る指標では4位であり、自律的なターミナル操作を測るTerminal-Bench 2.1では81.0点とOpus 4.8の85.0点に届いていない。最難関の領域では、米国のクローズドな最先端モデルがなお先行している。

NVIDIAを1基も使わず ── 規制が招いた内製化

GLM-5.2が示したもう一つの事実は、性能よりも重い意味を持つかもしれない。このモデル系列は、米NVIDIAのGPUを1基も使わずにトレーニングされている。

Z.aiは2025年1月、米商務省から先端技術の輸出規制対象に指定され、NVIDIAの最上位GPU(H100/H200)へのアクセスを断たれた。それでも同社は、前身となるGLM-5を10万基のHuawei Ascend 910Bだけを束ねたクラスターで、28.5兆トークンを学習させて訓練した。Ascend 910Bは中国の通信機器大手Huaweiが設計し、中国の半導体受託製造大手SMICが7nmプロセスで製造したチップで、フレームワークもHuawei製のMindSporeを用いた。学習スタックは丸ごと中国製である。

チップ単体の性能は見劣りする。Ascend 910BのFP16性能は約320 TFLOPSで、NVIDIAのA100(312 TFLOPS)とH100(989 TFLOPS)の間に位置する。つまりZ.aiがやってのけたのは、一基ずつは非力なチップを10万基、安定して協調させて巨大な学習を完走させるという力技だった。AIの学習は、膨大な計算を同時並行で進める処理である。チップ単体の性能で劣っていても、数と運用技術で補えば、大規模モデルは訓練できるわけだ。

ここに、輸出規制をめぐる皮肉がある。米国が先端GPUを断ったことが、かえって中国の半導体内製化を後押しした。そして仕上げに、Z.aiはこのモデルを「地域制限なし」を掲げるMITライセンスで公開した。誰でも、どの国からでも、自社のサーバーに丸ごと載せて動かせる。

鍵をかけられるのは、自ら握るモデルだけ

その同じ6月、米国は逆方向に動いていた。6月2日に発令された大統領令は、AI開発企業に対し、最先端モデルを一般公開する30日前に政府へ共有することを義務づけ、「保護対象フロンティアモデル」という新たな区分を設けた。続く6月12〜13日には、商務省が輸出規制を発動し、AnthropicのFable 5とMythos 5を外国籍の利用者に対して全世界で停止した。OpenAIの新型GPT-5.6も、政府の要請を受けて「信頼できるパートナー」に限定する形での提供を強いられている。

ここに構造的なねじれが浮かぶ。米政府が規制で囲い込めるのは、自国の企業が握るクローズドな最先端モデルだけだ。一方、世界の現場が実際に使う量で見れば、主役はすでに移っている。AIモデル仲介サービスの米OpenRouterの利用動向を集計した推計では、2026年5月時点で処理トークンの約61%を中国製オープンウェイトモデルが占め、最も使われたモデル上位5つのうち4つが中国製だった。止められるのはクローズドモデルに限られ、オープンなモデルは止めようがない。

政府内部からの警告 ── Sacks氏「猶予は2、3カ月」

この自縄自縛を、最も鋭く突いたのは政権の中枢にいた人物だった。大統領科学技術諮問委員会(PCAST)の共同議長で、2026年3月までホワイトハウスのAI・暗号資産担当顧問を務めたDavid Sacks氏である。

Sacks氏は自身も司会を務めるポッドキャスト番組「All-In」で、GLM-5.2がいま実際に使えるOpenAIとAnthropicのモデルと同等の水準にあると認めたうえで、皮肉な現状を指摘した。肝心の米国の最新モデル、すなわちAnthropicのFableとOpenAIのGPT-5.6は、いずれも承認手続きの中で身動きが取れなくなっている、と。

同ポッドキャストに登壇者したシリコンバレーの起業家、投資家たちの危機感は、そこにある。中国勢はモデルそのものでは米国の最先端に半年ほど遅れ、半導体では2年ほど遅れている。それでも、大量のチップを並べる並列運用とモデル開発の工夫によって、実際のAI能力の差は数カ月程度にまで縮まっている。特にサイバーセキュリティに関しては「猶予は2、3カ月しかない。最先端モデルを規制している場合ではない」とSacks氏は言い切った。

Sacks氏の批判の矛先はAnthropicにも向かう。同社のDario Amodei氏がAIに航空当局(FAA)のような規制機関を設けるべきだと主張したことについて、Sacks氏は、複雑な承認制度は大手企業だけを有利にすると反論した。規制が安全のためではなく、既存大手を守る参入障壁になりかねない、という批判である。

 

蒸留・データ・検閲 ── 残る三つの留保

もっとも、GLM-5.2を手放しで評価するには、いくつかの注意が必要だ。

第一に、どうやってここまで追いついたのか、という疑問だ。業界には、米国の先端モデルからの「蒸留」があったと見る向きがある。蒸留とは、他社モデルのAPIに大量の質問を投げ、返ってくる推論の過程を収穫して自社モデルの学習に回す手法を指す。All-Inポッドキャストの番組内で、これを他社が追いつくためのカンニングだと評する声も出た。ただしこれは推測であり、Z.aiは自前のチップで一から訓練したと説明している。

第二に、データの扱いだ。Z.aiのクラウドAPIを使えば、入力した情報はZ.ai側のサーバーを通る。中国当局が法的に協力を求めた場合、データ提供を拒めるのかという懸念がある。もっともGLM-5.2をダウンロードして自社インフラで動かせば、このリスクは避けられる。

第三に、検閲とバイアスがある。Z.aiのホスト版に台湾や天安門事件について尋ねても、まともな答えは返ってこない。ただAll-Inポッドキャストの中では、米AI検索企業Perplexityが早い段階で中国製モデルをフォーク(派生版を作成)し、こうした制約を取り除いて見せた例も紹介された。米企業が改変して修正できる以上、致命的な欠陥ではない、という考えだ。

日本企業はどうするべきか

性能面で肩を並べ、価格面で圧倒的に有利になった中国オープンソースモデル。一部日本企業も中国オープンソースモデルの派生版を作り活用し始めた。この動きは、今後ほかの企業にも広がるのだろうか。

そして問いは振り出しに戻る。米国は最先端モデルを囲い込み、中国は最先端に迫るレベルのAIモデルを開放した。安全保障を優先する囲い込みと、普及を優先する開放、どちらの戦略が最終的に世界の実装を制するのか。少なくとも現時点で、世界の現場が動かしているトークンの過半は、すでに開放された側に流れている。その事実だけは、ベンチマークの優劣とは別に、重く受け止める必要がある。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。