「AI導入が進まないのは、実はいいこと」Altman氏
米AI大手OpenAIのCEO、Sam Altman氏が、AIの社会実装が予想より遅れている現状を「多くの意味でむしろ良いことだ」と語った。起業家研究のポッドキャストで知られるDavid Senra氏の番組に出演した際の発言で、8月23日に公開された。
Altman氏はまず、自らの予測が外れたと認めた。「2023年にGPT-4へ到達したとき、その直後から非常に急速に、もっと大きな破壊的変化が起きると思っていた。ソフトウェア企業がすぐに奪い合いの対象になると」。実際にはそうならなかった。
理由として挙げたのが経済の慣性である。「人々は同じことを続け、同じ会社から買い続け、これまでと同じように道具を使おうとする」。そのうえでこう続けた。「これは多くの意味で、実は良いことだと思う。これからの大きな移行が、より滑らかに、ゆっくり進むだろう。私はそのことをありがたく思っている」
見通しの甘さも認めている。「私たち全員が時期の見通しを野心的に考えすぎていた。AIは人類が発明した中で最も驚異的な技術の一つだと思うが、それでも社会と経済の適応はもっとゆっくり進む」
同じ論旨を、より強い言葉で語るのが米中AI関係の専門家Alvin Wang Graylin氏だ。台湾のVR機器大手HTCの中国法人トップを2016年から2023年まで務め、現在は米シンクタンクAsia Society Policy Institute上級フェロー、Stanford大学Digital Economy Labデジタルフェローを兼ねる。起業家Peter H. Diamandis氏のポッドキャスト「Moonshots」で、過去の産業革命との比較を持ち出した。
「世界が適応できるペースで進む必要がある。過去の産業革命は、それぞれ展開するのに80年、60年、40年かかった。それなのに今回は、現在からシンギュラリティまで5年で到達すると言う人もいる。それは世界が適応し、消化できる速度ではない」。速すぎれば混乱と不安定が生じ、文明を後退させる可能性さえあると警告した。
Graylin氏はさらに、業界自身が速度を管理すべきだと主張する。「業界が意識的に進歩の速度を管理し、実際に減速させることを検討すべき問題だ」。そのうえで、1000人を超える業界関係者がこの問題に取り組み始めたことを歓迎すると述べた。
AI開発の速度を意図的に調整すべきだという議論がここにきて、AI業界の中でも目立つようになってきた。2026年7月に公開された「Pacing the Frontier(フロンティアの速度調整)」という声明には、AI業界の開発者や研究者、起業家など1378人が署名した。声明は、主要AI企業がAI研究そのものの自動化に近づいていると指摘し、能力の向上が人間の理解や制御の及ぶ範囲を超えて加速する現実的なリスクがあるとしている。各社も各国も単独では減速できない競争圧力下にあり、世界には速度を意図的に調整する技術的・制度的な手段がまだない。この声明は、米政府に対し、そうした手段を国際的に開発する取り組みを支援するよう求めている。
署名者にはAnthropic共同創業者兼CEOのDario Amodei氏、同社最高科学責任者のJared Kaplan氏、OpenAI主任研究者のJakub Pachocki氏、Google DeepMind共同創業者のShane Legg氏、Safe Superintelligence CEOのIlya Sutskever氏ら、各社の中枢が名を連ねている。
Graylin氏は1000人を超える業界関係者がこの問題に取り組み始めたことを歓迎すると述べている。
AI研究は、再帰的自己改善(RSI)と呼ばれるフェーズに入ってきたと言われる。RSIとは、AIが次世代のAIを人間の手を借りずに開発するフェーズのこと。AIが自分で自分を改善し始めたら、その進化のペースが指数関数的に伸び、社会が劇的に変化することになると言われている。今後10年で平均寿命が倍になり、エネルギーがほぼ無料になり、人間の仕事の大半はAIとロボットに奪われるようになるといった予測もある。
AIの進歩を意図的に遅らせるべきだという意見が業界内部から出てきたことは、再帰的自己改善(RSI)が現実味を帯びてきたことの裏返しとも言える。
社会全体で見れば、AI導入の遅さは変化の衝撃を和らげる緩衝材になる。しかし、巨額のデータセンター投資だけが先行し、企業の導入が想定ほど進まなければ、計算資源の供給過剰を招き、AIバブルの調整を促す可能性もある。一方、導入が全体として遅いからこそ、先行企業が築ける差は大きく、その優位も長く続く。社会の適応には時間が必要だとしても、競合がAIで生産性を高めるなか、自社までゆっくり構えてよいという話ではない。