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人を削減するAIから、人を活用するAIへ、米企業が気付き始めた新潮流

公開日
2026.07.09
更新日
2026.07.14
人を削減するAIから、人を活用するAIへ、米企業が気付き始めた新潮流

あなたの会社で、ベテラン社員がAIの出力を手直ししたとき、その修正はどこへ行くのだろうか。おそらく、ほとんどの企業で答えは同じだ。どこにも行かず、そのまま消えていく。

この「消えていく修正」の価値に、米国企業が気付き始めた。AIを理由にした人員削減を株式市場が評価してきた米国で、人を排除するのではなく人を活かすことこそAI投資の回収に欠かせないという認識への転換が、この1〜2カ月で急速に進んでいる。

消えた「大量失業論」

つい1年ほど前まで、AI業界のトップたちは競うように雇用の消失を語っていた。米AI開発大手Anthropicの Dario Amodei氏は2025年5月、AIが1〜5年のうちにホワイトカラーの新卒級の仕事の半分を消し、失業率を10〜20%に押し上げかねないと警告した(J.P. Morgan Private Bankの解説)。

その論調が、この数カ月で反転した。米紙ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は7月上旬、テック企業のCEOたちが雇用消失の物語を捨て始めたと報じている(WSJ、Katherine Bindley氏)。数字にも表れている。コンサル大手EY系のEY-Parthenonの調査では、AI投資が大幅な人員削減につながると見るCEOの割合は、2025年1月の約46%から2026年5月には20%へと半分以下に減った(AI Weekly)。

当人たちの発言も変わった。米OpenAIの Sam Altman氏は、AIの時代にも人間がすべての中心であり続ける、その度合いを業界は見くびっていた、と軌道を修正した。1年ほど前に仕事の半分がなくなると唱えたAmodei氏は、自分は破滅の預言者になろうとしていたわけではないと釈明する。米Amazon創業者の Jeff Bezos氏に至っては、AIはむしろ労働力不足を招きうると述べ、一部の専門家やメディアの発言はAI脅威論に偏りすぎているのではないか、と語った(前掲WSJ)。米Metaの Mark Zuckerberg氏も、雇用はむしろ増えると語っている。とはいうものの、AmazonもMetaも人員削減は行っているのだが。

これらの経営者の言動に関し、専門家は冷めた目で見ている。MITの経済学者 David Autor氏は二つの可能性を挙げる。労働市場が言われたほど急には崩れていないと気付いたか、あるいは、自社の目玉商品が経済を壊すと吹聴するのは商売として下手だと悟ったか、のどちらかだ、と(前掲WSJ)。背景には、OpenAI(評価額約1兆ドル)やAnthropic(約3,800億ドル)が新規株式公開(IPO)を控える事情もある。雇用を蒸発させる機械より、人間を助ける道具のほうが、投資家にも規制当局にも売り込みやすいかもしれない(前掲AI Weekly)。

「AIチャンピオン」の役割が変わる

失業論が退いたあと、米企業が力を注いでいるのは社内の推進体制づくりだ。WSJが7月8日に報じたところによれば、「AIチャンピオン」と呼ばれるAIに前向きな推進役の社員が消極的な同僚を巻き込む取り組みが広がっている。米銀Citiは4,000人を超える推進役を組織し、18万2,000人の従業員のうち、社内公認AIツールの利用率を70%超まで引き上げた(Lead with AI)。

この種の推進役制度そのものは、日本企業でもすでに珍しくない。その点で日米の差は大きくない。

だが米国では今、この制度の意味が変わり始めている。チャンピオンの役割が、AIを使わせることから、人間の判断をAIに教え込むことへと移りつつあるのだ。なぜそうなるのかは、AIが賢くなる仕組みそのものに立ち入らなければ見えてこない。

学習ループが変える人材の価値

米Microsoftの Satya Nadella氏が6月に公表したエッセイは、企業が蓄えるべき資本を二つに分けた。社員の知識や判断力である人間資本と、自社で構築し所有するAI能力であるトークン資本。そして本当の勝負は、この二つが複利で増幅し合う学習ループを回せるかどうかにあると説いた。この抽象的な構想を具体的な仕組みに落とし込んだのが、米Google DeepMind出身の研究者が創業したAI新興、米Trajectory社である。同社は、専門家がAIの成果物に加えた修正を教師データに変え、モデルそのものに刻み込む仕組みを構築した。同社のクライアント企業の1社であるリーガルAIの米Harvey社では、弁護士の実務から作った基準で鍛えた小型モデルが、わずか24時間の追加訓練で最上位級の性能に届いたという(詳細は前回記事)。

Trajectoryの Ronak Malde氏は、チャット画面の「いいね」ボタンは教師データとしては十分ではないと言う。専門家がAIの出力に手を入れた修正そのものこそが、AIを訓練する上での極上のデータだ、と語っている。AIが仕事の8割をこなせても、その修正など残り2割の仕事は人間に残る。そこには、どの論点を見落としてはならないか、どの表現が危ういかという、長年の実務で培われた判断が凝縮されているというわけだ。

AIが賢くなる速度は、質の高い判断を注げる人間をどれだけ抱えているかで決まる。人員を削れば短期のコストは下がるが、同時にループに提供する学習データも失うことになる。人を活かす側への転換は、倫理の問題である以上に、AIの性能を左右する損得の問題である。

そう捉え直すと、前出のAIチャンピオンの姿も変わって見える。使わせる役としてのチャンピオンの価値は、利用率が上限に近づけば頭打ちになる。だが学習ループの時代のチャンピオンは、現場で誰がAIの出力をどう直しているかを最もよく知る立場にいる。散らばった修正データの在り処を押さえる、いわば判断の目利きとなる。制度の形は同じでも、担う役割が入れ替わるわけだ。

これを裏づけるような動きもある。4,000人の推進役を擁するCitiは2026年2月、日本のSakana AIに戦略的投資を行った。Citiにとって日本企業への初めての出資であり、金融分野に特化したAIモデルを作ってきた実績と技術力を評価したものだという(Citi発表)。Sakana AIが得意とするのは、既存のモデルを特定領域向けに鍛え直すポストトレーニングの技術である。現場の判断を拾う人のネットワークと、その判断をモデルに刻む技術。人間資本とトークン資本を複利で増幅し合う学習ループを構築しようとしているのではないだろうか。

この構図は、雇用をめぐる議論の前提を書き換える。大量失業論は、AIが人の仕事を奪うという一方向の関係を思い描いていた。だが学習ループの中では、関係は双方向だ。人間の判断がAIを育て、育ったAIが人間をより高度な判断へ解放し、その判断がまた次の教師データになる。専門人材は、削るべきコストから、複利を生む資本へと位置づけが変わる。米国の論調が反転した底流には、この計算のやり直しがあるのではないだろうか。

日本の勝機はどこにあるか

日本にも、ベテランの判断をAIに取り込む試みは実施されている。しかしそのほとんどが、ベテランへのインタビューで暗黙知を聞き出し、それを形式知に変換するというものだ。ベテラン社員の退職前に1回だけインタビューするものだったり、複数回インタビューする場合でも暗黙知の形式知への変換には半年以上かかるものが多い。日々の業務から修正がAIの学習ループに流れ込み続けるTrajectoryの方法とはかなり異なる。

日本の雇用慣行は、この学習ループと相性がよい可能性がある。米国では、AIに判断を教え込むことに従業員が身構える。自分を置き換えるかもしれない道具を、自らの手で賢くすることになりかねないからだ。米AIライティング企業Writerの2026年の調査では、従業員の29%、Z世代では44%が、自社のAI戦略をひそかに妨げたと認めている(Writer)。レイオフが日常の国では、AIに修正を教えることが自らの立場を危うくしかねない。

日本の終身雇用的な雇用慣行は、この警戒を和らげる。導入競争で日本を遅らせてきた雇用の固定性が、ループ競争では、社員が安心して判断を注げるという利点に変わりうる。

ただし、人間資本を抱えているだけでは資産は生まれない。ベテランの修正が日々捨てられている現状を変え、それを拾って学習に回す仕組みがなければ、優位は宝の持ち腐れに終わる。人事評価にAIへの教師データ提供という項目を持つ日本企業は、まだ多くない。人を削らずに来た日本こそ、人を活かすAIの最大の受益者になりうるかもしれない。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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