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「AIに仕事を教える」新産業が誕生、売上10億ドル級の企業が相次ぐ

公開日
2026.07.13
更新日
2026.07.14
「AIに仕事を教える」新産業が誕生、売上10億ドル級の企業が相次ぐ

AI業界の話題といえば、AI大手によるモデルの性能競争ばかりが注目される。だがその周辺で今、「AIに仕事を教える」という新しい産業が急速に育ちつつある。実際の売上や年換算売上が10億ドル規模に達する新興企業も相次いでいる。

背景にあるのは、AIの鍛え方の変化だ。ネット上の膨大なテキストを読み込ませる従来の学習だけでは、モデルの能力を伸ばし続けることが難しくなってきた。そこで重要性を増しているのが、AIに課題を解かせ、結果を評価しながら能力を高める「強化学習」である。

専門業務をこなすAIを育てるには、単なる大量の文章だけでは足りない。どのような課題を与えるのか。何を正解とするのか。どのような手順で仕事を進めるべきなのか。専門家の判断や企業内の実務データを、AIが学べる形に変換する必要がある。

さらに今後、公開されたオープンモデルを自社仕様に育てる動きが広がれば、この市場はいっそう膨らんでいくとみられる。

強化学習シフトが生んだ新興企業群

この産業の主なプレイヤーは、ビジネスモデルの違いによって3つの型に分けられる。

専門家をAI大手に仲介する「人材仲介型」、訓練データの作成を丸ごと引き受ける「品質請負型」、そしてAIが仕事を練習する場を作る「環境販売型」だ。

人材仲介型:専門家をAI大手に送り込む

筆頭は、専門人材仲介の米Mercor社だ。2023年、高校の討論部仲間だった3人が19歳で創業した。

当初は米スタートアップにインドのエンジニアを仲介する人材会社だったが、AI大手が訓練データを作れる高度人材を探していることに気づき、事業の軸足を移した。

現在は医師、弁護士、投資銀行アナリスト、博士研究者ら30万人超の人材プールを持つ。AIによる書類審査や面接で選抜した専門家を、AI各社の訓練プロジェクトに送り込んでいる。

顧客はデータの作成だけでなく、AIの回答をどのように採点するかという基準づくりや、評価方法の設計まで発注できる。同社サイトによれば、主要AI企業上位5社のすべてがMercorを利用している。

同社ブログによれば、毎週稼働する専門家は3万人以上に上り、専門家への報酬支払いは1日200万ドルを超えるという。

CEOのBrendan Foody氏は6月、専門家への支払いを含む総額ベースの年換算売上高が20億ドルを突破したと発表した。2月に10億ドルに達したばかりで、わずか4カ月で倍増したことになる。

Bloomberg通信によれば、同社は評価額200億ドルでの資金調達を交渉中だ。成立すれば、23歳の共同創業者3人の資産はそれぞれ43億ドルに達するという。

もう一社、急成長しているのが学生向け就職サービスの米Handshake社だ。

もとは全米1,500以上の大学と提携する学生就活サイトで、登録者1,800万人のうち、博士号取得者や博士課程在籍者が50万人を占める。大学との提携により、学歴を大学側が確認している点が最大の武器だ。

2025年1月に「Handshake AI」を開始し、物理、化学、数学などの博士級人材に、AIの回答の採点や、AIが簡単には解けない難問の作成を任せている。報酬は一般人材の時給30ドルから、博士級人材の100ドル超まで幅がある。

同事業は開始4カ月で年換算売上5,000万ドルに達し、現在は8億5,000万ドルを超えたと報じられている

CEOのGarrett Lord氏は、「うちの博士課程学生のほぼ全員が、モデルより先を行っている。彼らはモデルを打ち負かせる」と語っている

品質請負型:データ作成を丸ごと引き受ける

品質請負型の草分け的存在が、AI訓練データ作成の米Surge AI社だ。

Google、Meta、Twitterを渡り歩いた機械学習エンジニアのEdwin Chen氏が、粗悪な訓練データへの不満から2020年に創業した。

Surge AIは、人材だけを顧客企業に貸し出すのではない。約100万人の登録作業者と専門家網を自社で管理し、AIの回答に対する評価データの作成を一括で請け負う。

扱うのは、ChatGPTの開発でも使われた「人間のフィードバックによる強化学習(RLHF)」向けのデータだ。フィールズ賞受賞数学者まで抱える品質の高さを武器に、競合の最大10倍の料金を取るという。

外部資本を入れず、従業員250人前後で、2024年に12億ドルを売り上げた。顧客には米OpenAI、Google、Anthropic、Metaが名を連ね、GoogleのGeminiやAnthropicのClaudeの訓練にも貢献した

現在は創業以来初となる外部からの資金調達を交渉中で、Forbesによれば、評価額は300億ドルに達する可能性がある。Chen氏の保有株は約180億ドル相当と評価され、Forbes 400の最年少メンバーとなった。

後続では、AI訓練データ作成の米AfterQuery社が急伸している。創業は2025年1月。金融、法務、医療などの分野で約10万人の検証済み専門家を組織している。

同社の特徴は、専門家が出した正解だけでなく、その結論に至るまでの判断や推論の過程を段階的に記録したデータを作ることだ。

創業14カ月でARR(年換算経常収益)1億ドルを突破した

環境販売型:AIの「練習場」を作る

強化学習では、AIに実際に仕事をさせるための練習場が必要になる。業界ではこれを「環境」と呼ぶ。

例えば、表計算ソフトを操作するAIを育てたいなら、AIが何度失敗しても問題のない模擬的な表計算ソフトを用意し、作業を繰り返させなければならない。

この練習場を専門に作るのが環境販売型だ。

2024年創業のAI訓練環境開発の米Fleet社は、SalesforceやExcelといった実在ソフトの精巧な複製を作り、AIエージェントが操作を繰り返し練習できる環境として販売している。

The Informationによれば、同社の年換算収益は昨年末の約100万ドルから6,000万ドル超へ跳ね上がった。現在は評価額7億5,000万ドルでの資金調達を交渉中だ。

少数精鋭を貫くのが、AI訓練環境開発の米Mechanize社である。AI調査機関の米Epoch AI出身の研究者3人が、2025年4月に立ち上げた。

同社は「価値ある経済的労働の完全自動化」を公然と掲げ、コーディングに特化した高難度の訓練環境を少数だけ作り込み、AI大手に販売している。

TechCrunchによれば、同社はエンジニアに年俸50万ドルを提示し、Anthropicとの協業も報じられている。

米調査会社SemiAnalysisのレポートによれば、エンジニア1人に期待される成果は、週に良質な訓練タスク1件。その訓練タスク1件の価格は5,000ドルに達するという。

1件のタスクにそれだけの価値がつく市場なのだ。同社の売上は1億ドル規模に達しているとSemiAnalysisは推計している。

この3つの型に共通するのは、人間や企業が持つ知識を取り出し、AIが学べるデータ、採点基準、訓練環境へと変換している点だ。

では、この市場で取引されている「AIに教える中身」とは、具体的に何なのか。

専門業務をAIに教える原料

その答えを浮かび上がらせるのが、汎用モデルから業界特化型AIへの流れである。

業界特化で高まる需要

この動きが顕著なのが米Anthropicだ。

同社は金融業界向けに「Claude for Financial Services」を展開し、今年5月にはピッチブック作成、顧客確認(KYC)審査、月次決算といった金融実務に特化したエージェント10種を投入した

発表イベントではAnthropic CEOのDario Amodei氏と、米金融大手JPMorgan Chase CEOのJamie Dimon氏が初めて同じ壇上に立った。Fortuneは、Anthropicが「ウォール街のオペレーティングレイヤー(OS層)」を狙っていると評した

金融ITインフラ大手の米FIS社とは、マネーロンダリング対策の調査を数時間から数分に短縮するAIエージェントを共同開発し、カナダのBMOなどの銀行が先行導入するという(Forbes)。

製薬でも同じ戦略が進む。

Anthropicは5月、製薬大手の米Bristol Myers Squibb社と戦略提携し、全社員3万人超にClaudeを導入すると発表した。

同社のデジタル責任者は、「本当の宝は、数十年分のデータサイロの中に閉じ込められたままの未開拓の価値だ」と語っている

6月末には、科学研究に特化した製品「Claude Science」と、自社の創薬プログラムも発表した(CNBC)。

医療や法務でも同様の特化型製品を展開しており、業界を絞り込む垂直戦略だと報じられている

こうした専門業務向けAIの構築には、その業界の専門家が作る訓練データや評価基準が必要になる。

ネット上に公開された汎用的な文章だけではない。投資銀行のアソシエイトや内科医が持つ実務上の判断、経験に基づく勘所などが、重要な訓練材料になる。

専門業務向けの強化学習で、暗黙知の価値が高まっているのだ。

なぜ「暗黙知」が必要なのか

専門家がこの産業で実際に作っているものを見れば、その理由が分かる。

彼らが担うのは、模範解答の作成、AIが出した複数の回答への優劣の判定、そして「何をもって合格とするか」を定めた採点基準づくりである。

いずれも、単に教科書から答えを書き写す作業ではない。現場経験に基づく職業的な判断を、AIが学べる形に翻訳する作業だ。

AfterQueryは自社の事業を、「専門家の直感と組織的知識を、符号化されたパターンと推論に翻訳すること」と説明している

SemiAnalysisのレポートによれば、データ各社が今、血眼になって探しているのが、ホワイトカラーの実務を記録した画面録画だという。

実際の仕事ぶりを数千件集めれば、どの画面を開き、何を確認し、どの順番で判断したのかを分析できる。誰も文書化したことのない仕事の手順や勘所を、訓練タスクや採点基準へ落とし込めるからだ。

Metaが社員の画面や操作の記録を始めたのも、この文脈で理解できる。

考えてみれば、事前学習が「本を読ませる」学習だとすれば、専門業務向けの強化学習は「実際に仕事をやらせ、師匠が出来栄えを添削する」学習である。

いわば徒弟制だ。人類が言葉だけでは伝えにくい仕事の知恵を受け継ぐために使ってきた方法を、AIの訓練に持ち込もうとしている。

「データは渡さない」

しかし、業界特化が進むほど、別の問題が浮上する。

モデルを鍛えるために必要な独自データを、誰が握るのかという問題だ。

投資家のDavid Friedberg氏はポッドキャスト番組All-Inで、Anthropicがライフサイエンス特化モデルの構築に向けて製薬大手各社に独自データの提供を持ちかけたところ、ほぼ全社に断られたと語っている

Anthropicの提案は、データを共有した企業に早期アクセスなどの見返りを与えるというものだった。

しかしFriedberg氏によれば、製薬各社は「これは自分たちのビジネスをコモディティ化する試みだ」と気づいたという。

同氏は、「数百億ドルを投じた実験と製品開発から生まれた独自データは、組織の真の資産だ。それをモデル企業に渡し、他社のデータと混ぜられたら、唯一の差別化要因を自ら手放すことになる」と説明している。

製薬各社が守ろうとしている実験結果や研究記録は、必ずしも暗黙知ではない。文書やデータベースとして保存された、明示的な独自データも多い。

一方、そのデータをどのように読み、次の実験や意思決定につなげるのかという判断には、研究者や組織の暗黙知が含まれている。

専門家の頭の中にある暗黙知と、社内に蓄積された独自データ。性質は異なるが、どちらも外部には公開されていない「企業内知識」である。

AIの業界特化が進むほど、この企業内知識の価値が高まる。同時に、誰に渡し、誰にAI化を任せるのかという問題も大きくなる。

解は「自社で鍛える」

その解決策として浮上しているのが、オープンモデルを企業内知識で鍛える「自社特化」である。

先行するのは、AIを中心に事業を構築してきた企業だ。

AIコーディングサービスの米Cursor社は、自社モデル「Composer 2」を中国Moonshot AIのオープンモデルKimi K2.5を土台に構築した。

同業の米Cognition社も、オープンモデルの上に実務タスクの訓練環境を組み、端から端まで強化学習で鍛えたと明言している

AI大手の汎用モデルをそのまま利用するのではなく、オープンモデルを土台にして、自社が持つ実務データや評価基準を追加し、独自の強みを持つモデルへ育てるやり方だ。

この方法を一般企業にも広げようとするサービスが生まれている。

企業向けAI開発の米Applied Compute社は、米OpenAIで推論モデル「o1」やコーディングエージェント「Codex」の開発に携わった元研究者3人が、2025年5月に創業した。

同社は「Specific Intelligence(特化知能)」を掲げ、企業の独自データを使った強化学習を請け負う。

「企業の中に眠る潜在知識を解き放ち、それでカスタムモデルを訓練し、社内エージェントの労働力として配備する」というのが同社の売り文句だ。

顧客には料理宅配大手の米DoorDashなどが名を連ねる。The Informationによれば、創業1年足らずで評価額13億ドルでの資金調達交渉に入った。

中国のオープンモデルの進化に加え、NVIDIAの「Nemotron」のような米国製オープンモデルも実用水準に達してきた(参考:AI新聞既報)。

これまでAI大手と組む以外に選択肢が乏しかった企業にとって、モデルを自社で保有し、自社のデータと知識で育てるという道が現実味を帯び始めた。

AI大手も内製化を急ぐ

皮肉なことに、この産業の最大の顧客であるAI大手自身も、訓練を外部企業に依存し続けるつもりはない。

SemiAnalysisの7月10日のレポートによれば、Metaは自社の超知能研究部門で、約3,000人のエンジニアを訓練データと訓練環境の構築に投入している(参考:AI新聞既報)。

Mercorの専門家稼働時間が四半期251万時間、フルタイム換算で約4,800人分であることを考えれば、一社の内製組織としてはこれに匹敵する規模だ。

同レポートは、「この3,000人が単純なラベリング作業をやるという誤解は否定しておく。教育水準の低い契約労働者が画像に枠を描く時代はとうに終わった」と記している。

米OpenAIも、Surge AIやMercorへの依存を減らすため、人間データを扱うチームの内製化を進めているとSemiAnalysisは分析している。

AI大手が内製化を急ぐ理由は、秘密保持だけではない。訓練データの品質を高め、開発サイクルを速め、外注費を抑え、訓練ノウハウそのものを社内に蓄積する狙いもあると考えられる。

訓練ベンダーの勃興、事業会社による自社特化、そしてAI大手の内製化。三者三様に見えるが、争っているものは同じだ。

企業や専門家の知識を誰が取り出し、誰がAIに教え込み、誰がそのノウハウを握るのか。その主導権である。

「AIに何を教えられるか」が競争力を決める

この新産業の正体は、企業内知識の採掘・精製業である。

これまでのAIは、ネット上にすでに文書化されていた膨大な知識を主な原料として成長してきた。

これから専門業務をこなすAIを育てるうえで重要になるのは、医師の診断の勘所、弁護士の判例の読み筋、一流エンジニアの設計判断といった暗黙知と、企業が長年蓄積してきた実験結果、業務記録、顧客対応履歴などの独自データだ。

専門家に時給100ドル超を支払い、製薬大手がデータ提供を拒み、Metaが3,000人を投入してまで確保しようとしているのは、こうした外部には公開されていない企業内知識である。

強化学習の技術や訓練環境そのものは、専門業者から購入できる時代になった。だが、AIに何を教えるかという中身は、簡単には買えない。

だとすれば、現場に厚い知識と経験を蓄積してきた日本企業が持っているのは、まだ十分な値札のついていない資産ということになる。

その知識を安く外部に切り売りするのか。AI大手に預けるのか。それとも、自社特化AIの燃料として自ら活用するのか。

「AIに何を教えられるか」が、企業の競争力を決める時代が始まっている。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

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