AIは米中を対立させるのか 超知能を前に「競争から協調へ」のシナリオの可能性
人工知能(AI)の開発競争は、米国と中国の対立をさらに激化させる。これが、これまで広く語られてきたシナリオだ。AIが自らを改良する再帰的自己改善(RSI)が始まれば、汎用人工知能(AGI)から人工超知能(ASI)へ急速に進化する可能性がある。先に超知能を手にした国が経済と安全保障の両面で圧倒的な優位に立つとの見方も、競争をあおっている。
しかし、米中双方の政府とテクノロジー業界に通じるAlvin Wang Graylin氏は、これとは逆の未来を見る。「AIは米中を対立させるのではなく、協調の方向へ向かわせる」
Graylin氏は文化大革命下の中国に生まれ、1980年に米国へ移住した。半導体大手の米Intel、米IBM、台湾のスマートフォン・VR大手HTCなどで35年以上の経験を持ち、現在はスタンフォード大学人間中心AI研究所のデジタル・フェロー。中国政府公認のVR産業アライアンス副会長も務め、中国の政府高官や政策立案者、主要AI研究所のトップと直接対話できる立場にある。中国の内情を実務レベルで知る、数少ない米国人だ。
中国の不安を野心と読み違えるな
Graylin氏がまず問うのは、米国は中国を正しく読めているのか、という点である。
西洋は勢力圏を外へ広げてきた歴史を持つ。ローマ帝国、英国、そして米国。対して中国の伝統的な自己認識は中華、つまり世界の中心であり、必要なものは内側に揃っているという前提に立つ。外へ拡張する動機がそもそも薄い。その自足が工業化を遅らせ、列強に押し込まれる屈辱の歴史につながった。二度と同じ弱体化を繰り返さないという警戒心が、技術革新への執着を生んでいる。
米国は中国の行動を、世界的な覇権への野心と読む。だが実際に中国を動かしているのは不安のほうだ。不安を野心と取り違えたまま政策を組めば、必要のない対立と軍拡が生まれる。対立シナリオは、この読み違えの上に組み立てられているというのがGraylin氏の見立てである。
双方が望まないもの
読み違えを外すと、両国の利害はむしろ重なって見えてくる。
米中とも、制御不能な超知能が突如として出現し、現在の政治・経済システムを破壊する事態を望んでいない。「どちらも、ASIが突然どこからともなく現れて、現在のシステムを破壊することを望んでいません。ですから、そこには共通の利害があります。そして通常、協力に向けた対話は、そうした共通の利害から始まるのです」
安全基準や監視体制をめぐる対話の余地は、この一点から生まれる。相手を信頼するからではなく、同じものを恐れているからだ。
「中国に負けられない」が生む巨額投資
利害の一致は、理念の話にとどまらない。もっと即物的な形で、それは金融に現れつつある。
現在の米国では、AI向け半導体やデータセンターに巨額の資金が投じられている。背景にあるのは、AIが将来もたらす利益への期待だけではない。AIで中国に負ければ米国の経済的、軍事的な優位が失われるという安全保障上の危機感も、投資を後押ししている。
問題は、投資規模が現在の収益を大きく上回り始めた場合だ。Graylin氏が警戒するのは、半導体やデータセンターが生み出す将来収益を前提に資金を調達し、その資金でさらに設備を建設する構造である。計算資源が証券化され、リスクが投資会社やファンド、民間信用市場へ広がれば、AI企業の問題は金融システムの問題へ変わる。
この構造はすでに動いている。国際決済銀行(BIS)は3月の四半期報告で、大手クラウド事業者の社債発行が2025年に1000億ドルを超え、その多くが5年超の長期債だと指摘した。まだ収益を証明していない設備に、長期の負債を固定した形になる。さらに共同出資会社や特別目的会社を使い、自社の帳簿に載らない借入が広がっているとも警告する。AI関連企業へのプライベートクレジットの新規実行額は2025年に400億ドルを超え、2010年の約30億ドルから13倍に膨らんだ。
この構造が成立するには、AIサービスが将来にわたって高い収益を生み続けなければならない。ところが、AIモデルは急速にコモディティー化している。オープンソースモデルが最先端に迫り、同等の性能がはるかに安く手に入るようになれば、証券化の前提だった将来収益が消える。返済原資を失った債務の損失が金融商品を通じて市場全体へ広がる構図は、サブプライムローンのときと重なる。原資産の質が劣化しても、証券化を通じてリスクの所在が見えなくなるという点でだ。
なぜ中国が米国を支えるのか
では、米国のAIバブルが崩壊したとき、中国は競争相手の失敗を歓迎するのだろうか。
Graylin氏は、そう単純ではないと考える。
「中国が米国の金融システムの崩壊を望んでいるとは思いません。同様に、米国も中国の金融システムや電力網が機能停止することを望んでいません。どの大国であれ不安定化すれば、世界全体が被害を受けるからです」
米国の金融危機は米国内では終わらない。消費や投資が落ち込めば、中国の輸出や製造業に跳ね返る。市場の混乱は、中国が保有する資産の価値も傷つける。
前例が2008年である。金融危機のさなか、中国は米国債を売り浴びせなかった。それどころか保有額は2008年1月の4926億ドルから、同年12月には7274億ドルへ増えている。危機の年に2300億ドル以上を買い増した計算だ。結果として、それが米国の金融市場を下支えした。
同じように、AIバブルの崩壊が米国の金融システムを揺るがす事態になれば、中国が何らかの形で市場の安定に協力する可能性がある。もちろん、それは米国への善意からではない。米国を支えることが、中国自身の経済と社会の安定を守ることになるからだ。
米中双方にとって、自国の体制を脅かす最大のリスクは相手国ではない。両国が同時に沈む構造のほうである。
対話は始まるか
疑心暗鬼が投資を膨張させ、膨張した投資が金融危機の種になる。その連鎖を断つ入り口が、相互理解にある。Graylin氏の議論を突き詰めれば、そういうことになる。
米中は9月中に、AIをめぐる初の政府間協議を開く方向で調整している。ロイター通信によれば、米側はBessent財務長官が代表を務め、習近平国家主席の9月24日の訪米より前に開かれる見通しだ。日程も議題も、まだ確定していない。
読み違えを正す場になるのか、それとも一度きりで終わるのか。行方に注目したい。