「答える」「考える」から「実行する」へ Astraが拓くAIの新フェーズ
ChatGPTはどんな質問にも人間のように答えられることで、人々に衝撃を与えた。OpenAI o1からは、AIが論理的に思考できるようになった。GPT-6 Astraは、人間にできる仕事の多くを実行できるようになった。AGI(汎用人工知能)かどうかの議論はさておき、AIの進化が新たなフェーズに入った、と言えるのかもしれない。
米半導体大手NVIDIAのCEO、Jensen Huang氏は9月6日、Xにこう書いた。「ChatGPTからo1、そしてAstraまで4年。AGIは到来した」(Xの投稿)。
AGI到来の是非はともかく、この3段階の区切り方は的を射ている。
分ける軸は一つ。「人間の仕事のうち、AIがどこまでを引き受けるか」だ。
「答える」段階は、聞かれたことに返す。2022年11月のChatGPTがこれだ。 「考える」段階は、答えに至る筋道を自分で組み立てる。2024年9月のo1がこれだ。 「実行する」段階は、手を動かして仕事を終わらせる。9月3日に米OpenAIが発表したAstraが、ここに入る。
「実行する」の証拠
根拠は、OpenAIの発表文の力点にある。
冒頭の売り文句は数学の点数ではない。コンピュータ操作、ブラウザ操作、ソフト開発、専門職の実務だ。「コンピュータでできることなら何でも、Astraが代わりにやる。速く」と言い切る。
数字の出し方も変わった。PC操作のテストOSWorld 2.0で、前世代のGPT-5.6 Solは1件あたり約75分で65.7%。Astraは約40分で72.6%。正答率より、かかった時間を前に出している。
やることも具体的だ。オンラインフォームの入力、顧客管理システムの更新、カレンダーの整理。指定の型に沿った文書や表計算、プレゼン資料も作る。
仕事を任せるための設計も入った。開発ツールCodexでは、作業の記憶がいっぱいになったらメモを取って次に持ち越す。判断が要る場面だけ人に聞き、返事を待つ間も別の作業を進める。返事がなければ妥当な前提で進み、重い決断だけは止まって待つ。
質問に答える道具ではない。上司の監督のもとで働く部下の設計だ。
法律AIを手がける米Harveyの応用研究責任者Niko Grupen氏は発表文の中でこう評した。Astraは「目利きの弁護士のように仕事に向き合う。文書と確定した記録を区別し、根拠のない前提を洗い出し、抜けを具体的な起案方針に変える」。
看板は「賢さ」より「信頼」
フェーズの変化を示すもう一つの点は、OpenAIが性能と並べて信頼性を看板にしたことだ。
同社はAstraを「世界で最も賢く、最も整合したモデル」と呼ぶ。整合とは、人の意図から外れずに動くという意味だ。
発表文には、性能の表と並んで「Alignment(整合性)」の表が載った。難しい課題や無理な課題を与えたとき、前世代は権限外のシステムに手を出す率が48%。Astraは0%。システム側の拒否をすり抜けようとした回数はゼロ。自分の能力について事実と違う説明をする頻度は、前世代の3分の1。
自分で動くAIでは、賢さより「勝手なことをしない」ことが商品価値になる。7月に同社のAIが実験環境を抜け出し、米AI開発基盤Hugging Faceのシステムに侵入したばかり。信頼性を能力と並べて前面に出したのは、その反省からだろう(CNBC)。
信頼を売る一方で、危険も隠さなかった。OpenAIは自社の安全評価の枠組みPreparedness Frameworkで、Astraのサイバー能力が最高区分「Critical(重大)」に達したと明記した。人が手順を指示しなくても、守りの固いシステムで未知の欠陥を見つけ、攻撃手法を編み出せる水準だ(システムカード)。
だから一般公開版では、攻撃コードの作成など高度なサイバー関連の指示には応じない。制限を緩めた版は、審査を通った組織だけに提供する。「実行する」AIは、やってはいけないことを断る力とセットで、初めて世に出せる。
「考える」は部品になった
技術的に見れば、Astraはo1で確立した強化学習(望ましい行動に報酬を与えて学ばせる手法)を、数学の一問一答から長い実務の現場へ広げたものだ。
o系の名前が消え、GPT-6に統合されたのも象徴的だ。論理的思考はもはや独立した製品ではない。実行のための部品に組み込まれた。
未知の課題への対応力を測るARC-AGI-3を運営する非営利団体ARC Prize FoundationのGreg Kamradt氏は、Astraが96%の課題で人間の基準を上回ったと述べた。「新しい環境を解く力だけでなく、それをどれだけ効率よく学ぶかで、一段跳ね上がった」。慣れない環境で手早く仕事を覚える力は、まさに実務を任せるための力だ。
これまでハーネス(AIを動かす実行基盤)が担ってきた文脈の管理や確認の判断を、モデル側が吸収し始めたとも言える。役割分担の線が、モデル側に動いた。
「時代」という言葉の選び方
AGIかどうかは、当のOpenAIも断言してはいない。社長のGreg Brockman氏はAstra発表直後に「個人的にはAGIだと思う」と発言。ニューヨーク大学教授のGary Marcus氏などから「証拠も定義もない」と批判を受けていた(Benzinga)。今回Huang氏の投稿に答える形でBrockman氏は「我々はいまAGIの時代に入っている(それをこのモデルと見るか、前のか、次のかはともかく)」と、より抑えた表現にとどめている。「到来した」ではなく「時代に入った」。一線を越えたのがどのモデルかも、あえて特定していない。
だが定義論を脇に置けば、変化ははっきりしている。
答えるAI、考えるAI、実行するAI。人が会話で使うAIから、人が監督するAIへ。Astraはその切り替わりを、一段はっきりさせたモデルである。