AIが「科学の探索」を担い始めた 米Anthropic、Claudeによる酵素発見を発表
AI開発の米Anthropicは9月23日(米国時間)、同社のAI「Claude」が、遺伝子編集技術CRISPRに似た構造を持つ未知の酵素システムを自律的に発見したと発表した。このシステムが何をするのかはまだわかっていないが、同社はAIが科学の探索役を担えることを示す成果だとしている。
CRISPRに似た構造
同社はこのシステムを「ART」と名付けた。逆転写酵素(RNAをDNAに写し取る酵素)、その隣にあるパートナー遺伝子、等間隔に並ぶDNAの反復配列の三つからなる。主に、細菌に感染するウイルス(バクテリオファージ)の遺伝子から見つかった。
CRISPRは遺伝子編集技術として知られるが、もとは細菌がウイルスから身を守るために持つ仕組みだ。細菌は、侵入したウイルスのDNAの断片を反復配列の間に記録しておく。同じウイルスが再び来ると、この記録から作られる短いRNAが目印となり、酵素がウイルスのDNAを切る。この目印を書き換えれば好きな遺伝子を切れることがわかり、遺伝子編集技術に生まれ変わった。開発した2人の研究者は2020年のノーベル化学賞を受賞している。
ARTがCRISPRに似ているのは、この反復配列の並び方だ。ただし、CRISPRでDNAを切る役割を担う酵素の遺伝子は、ARTの近くには見当たらない。それでも同社が注目するのは、ARTと同じ特徴の組み合わせを持つ既知のシステムがごく一握りしかなく、そのすべてがDNAを切る、写す、貼り付けるといった操作をするからだ。
CRISPRでは、反復配列から作られる短いRNAが、酵素に「どこを切るか」を教える目印になる。ARTの反復配列からも短いRNAが作られていたということは、ARTもRNAの目印を使って何かをしている可能性がある。
他の研究者が公開していたデータを調べると、ブドウ球菌に感染したファージは、感染からわずか15分後には、作り出すRNAの最大8%をこれらのRNAが占めていた。それだけ大量に作られているということは、反復配列がDNAに残っているだけでなく、実際に使われていることを示している。
同社はこれを、ARTが実際に働いている兆しとみている。
950体のAIが21時間
研究者がClaudeに与えた指示は、巨大なDNAデータベースから珍しい逆転写酵素を探せ、というものだった。約950体のClaudeエージェント(自律的に作業を進めるAI)が21時間かけて20万件を超える逆転写酵素を集め、そこから約3500の候補を選び出し、最終的に約20件に絞り込んで詳しい報告にまとめた。同社は、専門家なら数週間から数カ月かかる作業だと説明する。
発見につながったのは、候補の一つを調べていたエージェントが、酵素遺伝子の周辺のDNAに同じ配列が繰り返し並んでいることに気づいたことだった。エージェントは「これってCRISPRみたいな…反復配列?!」と書き込んでいる。その後、反復の数や間隔を数え、既知のシステムと比べ、過去の論文も調べたうえで、人間の研究者に報告した。
10回やり直して10回とも見逃す
同社が公開した論文は査読前で、ARTが遺伝子編集に使えるかどうかは未知数だ。発見の中身にも注意が要る。逆転写酵素そのものは既に知られており、このファージのゲノムを最初に報告した論文にも記載があった。ただ、その論文は反復配列とパートナー遺伝子には触れていなかった。Claudeの功績は、見過ごされてきた周辺の構造に目を向けた点にある。
しかも、この着眼は再現できていない。同社が同じ探索を10回やり直したところ、酵素遺伝子の周辺のDNAを読みにいった回は一度もなく、10回すべてで反復配列を見逃した。
CRISPR研究の第一人者で米MIT(マサチューセッツ工科大学)教授のFeng Zhang氏は、論文を読んだうえで、逆転写酵素と反復配列の組み合わせを見つけたことは実に興味深く、さらに調べる価値があるとコメントした。
科学に乗り出すAI企業
ARTは、Anthropicが今春立ち上げた生命科学の研究グループと実験室から出た最初の成果だ。機能がわからないまま公表した理由について、同社はClaudeの能力を示し、自社の研究を広く知ってもらうには、早めの共有が重要だと考えたからと説明する。
同社CEOのDario Amodei氏は、AIが5年から10年でほとんどの病気を治しうるとかねて主張してきた。今回のXへの投稿では、この「分子機械」が新しい遺伝子編集の仕組みかもしれないと述べたうえで、他の最先端AI企業も本気で生物学の発見に取り組んでほしいと、競合に参入を呼びかけた。
市場もこの発表に敏感に反応し、発表当日には遺伝子編集関連の銘柄が下落した。
「自律」の実像
Amodei氏は今回の成果を、ほとんどはClaudeのものだが、すべてではないと表現した。どの分野を探るかを決め、拾われた候補を実験で確かめたのは人間だ。そしてAIの探索は、やり直すたびに同じ発見に届かないほど不安定でもある。AIが科学の探索を担い始めたのは確かだが、研究者が安心して任せられる段階にはまだないと言えそうだ。