「AIの真価は科学で発揮される」 Socher氏が新著、10年で100年分の発見を予測
米Salesforceの元チーフサイエンティストで、自己改良型AIを開発する英新興企業Recursive SuperintelligenceのCEOを務めるRichard Socher氏が、新著『The Eureka Machine』(副題:なぜAIが科学的発見の新時代を開く鍵なのか)を米出版社PublicAffairsから9月22日に出版した。仮説づくりから実験、データ分析、理論化まで、科学研究のあらゆる段階をAIが一変させ、今後10年で100年分に相当する画期的な発見が生まれると主張する。
Socher氏は自然言語処理の分野で被引用数が3番目に多い研究者で、その数は24万回を超える。AI検索の米You.comのCEOも兼ねる。10月8日には米書籍紹介サイトNext Big Idea Clubに、本書の要点を5つにまとめて寄稿した。
破滅論より科学
世間の関心は映画「ターミネーター」のような破滅シナリオに向かいがちだが、Socher氏は、AIの歴史的な意義はチャットボットではなく科学で発揮されると説く。象徴として挙げるのが2024年10月のノーベル賞だ。米GoogleのAI研究部門Google DeepMindを率いるDemis Hassabis氏が化学賞を、カナダ・トロント大学名誉教授のGeoffrey Hinton氏が物理学賞を受賞した(いずれも共同受賞)。2人とも化学者でも物理学者でもないが、ニューラルネットワークの研究で両分野を大きく動かした。
ただ、科学そのものは勢いを失いつつある。Socher氏によると、論文の数はかつてなく増えた一方、研究者の専門は細分化し、科学の進歩のペースは落ちている。同氏は、世界の研究者2300万人が5万4000を超える学術誌に論文を発表しており、全体を一度に見渡せる人間はいないと指摘する。
生物の「言葉」を学ぶ
停滞を破る手がかりとして、Socher氏は言語モデルの性質に注目する。言語モデルは次に来る単語を予測する訓練を積むだけで、教えられていない知識まで身につける。例えば、「ベルリンから車で南へ向かい、○○に着いた」という文章の空欄に、もっともらしい地名を入れるには、都市の位置関係を知る必要がある。モデルは大量の文章で次の単語を予測する訓練を重ねるうちに、こうした地理的な関係も学んでいく。
同じ原理は人間の言葉以外にも通じる。タンパク質の構成要素であるアミノ酸の並びを予測させれば、モデルは生物の「言語」を身につける。同氏がSalesforceで同僚らと開発したProGenは、1万9000のタンパク質ファミリーにわたる2億8000万の配列で学習し、新しいタンパク質を設計した。細菌の細胞壁を分解する酵素リゾチームの仲間を生成して検証したところ、73%が狙いどおりの立体構造をとり、期待した抗菌作用を示したという。
「微積分が物理学にもたらしたことを、AIは生物学にもたらす」と同氏は書く。自然がすでに作ったものを理解する学問だった生物学が、AIという新しい言語を得て、設計できる科学に変わるという見立てだ。
論文の山に埋もれた発見
次の大発見は、すでに発表された論文の中に眠っているかもしれない。1980年代、情報科学者のDon Swanson氏は、魚油の効果に関する研究と、血管が収縮して手足の指先が白くなるレイノー症候群の研究を読み比べた。それまで別々に扱われていた研究から、「魚油がレイノー症候群の症状を和らげるのではないか」と考えた。この仮説は、その後の検証で裏づけられた。両者をつないだ同氏の仮説は的中したのだ。
Swanson氏が一人で見つけたような結びつきを、AIは網羅的に探せる。米シカゴ大学教授のJames Evans氏らは、約2000万本の生物医学論文と、それを書いた900万人の研究者をAIで地図にした。科学が何を知っているかに加え、研究者がどこに目を向けているかを描き、その地図を裏返して、誰も手を付けていない領域に次の結びつきを探す。Evans氏は、人間の研究者が思いつきにくいこうした仮説を、異質な知性による発想になぞらえて「エイリアン仮説」と呼んでいる。
4本の柱で「発見する機械」を
こうした流れが合流した先にあるのが、書名の「ユーレカ・マシン」だ。ユーレカは、古代ギリシャのアルキメデスが浮力の原理に気づいて叫んだとされる「見つけた」という言葉。
Socher氏は、科学的な発見を自動で生み出すこのAIシステムが、人間自身による最後の発明になるかもしれないと述べる。その後の発明や科学的な問題解決は、システム自体が担うという見立てだ。
Socher氏は、このAIシステムの実現には4つの構成要素が必要だとする。一つ目は人類の知識全体の地図で、インターネットや膨大な書籍、論文で学習した大規模言語モデルがすでにその近似になっている。二つ目は物理的な現実のモデルで、人工衛星や宇宙探査機、顕微鏡、センサーが集めたあらゆる観測データを取り込み、人間の感覚をはるかに超えて世界を捉える。三つ目は現実を精密に再現したシミュレーション(デジタルツイン)で、危険すぎる、費用がかかりすぎる、あるいは物理的に不可能な「もしも」の実験を数十億回単位で試す。四つ目は完全自律の実験室で、AIの目を持つロボットが生物、化学、物理の実験をこなし、シミュレーションの予測を現実の結果で確かめる。
その上で数百万のAIエージェントが科学者の共同体のように連携し、互いのアイデアを批判し合う。生物の進化に似たこの過程で、成果は磨かれ続けるという。
知能の上限ははるか先
本書はあらゆる科学の中でも、知能の仕組みや、AIの能力を高める方法を探る研究が最も大きく変わると予測し、その先に、理論上の上限に達するまで自らを改良し続ける超知能を描く。Socher氏は、その上限までは途方もなく遠いとみる。ここでいう上限は天井ではなく、伸びしろの大きさを示す遠い地平線だという。
例に挙げるのが画像認識だ。今のAIは人間の目に見える狭い範囲の光を前提に作られ、人間と同じように物体を見分けられるかで評価されている。同氏はこれを、人間を基準にAIへ課してきた数多くの制約の一つとみる。原理的には、AIは重力波から素粒子の振る舞いまで、人間には捉えられない現象を何兆ものセンサーで知覚できる。視覚は本書が定義する知能の10の次元の一つにすぎず、知識やコミュニケーション、社会性、生存といった次元にも同様に広大な未開拓領域があるという。
米書評誌Kirkus Reviewsによると、本書は終盤で、AIが神のような意識を備え、自らの進化を握る可能性にまで踏み込む。高度な知能は最終的に「自らの計算基盤の完全な支配を求めるかもしれない」とし、知能を生み出す物質そのものを作り変える姿まで描いている。
構想を自社で追う
本書が描く自己改良する超知能は、Socher氏が率いる米Recursive社での事業目標そのものだ。同社は5月、Alphabet傘下の投資会社GV(旧Google Ventures)とベンチャーキャピタルGreycroftが主導し、NVIDIAとAMDも加わる形で6億5000万ドル超を調達したと発表した。企業価値は46億5000万ドルに達する。
7月のAI技術者向けカンファレンス「AI Engineer World’s Fair」の講演で、Socher氏は「ユーレカ・マシンをどう作るか」と自問し、「それ自身に作らせるしかない」と答えた。まずAI研究そのものを自動化し、その力をほかの科学分野に広げる道筋を描く。講演では、小型言語モデルの学習効率やGPU向けプログラムの最適化など、研究者が記録を競ってきた3つの課題で、同社のシステムが短期間で従来の最高記録を上回ったと報告した。ただ、これらは重要な一歩だが、AIが自らの弱点を把握して自分自身を丸ごと作り直す「真の再帰的自己改良」ではないと、同氏自身が線を引いている。
楽観への評価
米書評誌Kirkus Reviewsは本書を、深い知見に裏打ちされた、きわめて楽観的な書だと評した。専門知識がなくても議論を追える明快さを称える一方、AIの台頭に懐疑や警戒を抱く読者には、知識の拡大が人間の主体性の喪失を補って余りあるという同氏の楽観は、一途すぎると映るだろうとも指摘する。
米国の書籍紹介サイトNext Big Idea Clubへの寄稿の最後で同氏は、今後数十年の世界を正確に予測することはできないとしながらも、未来への期待を示す。描くのは、人々が今より健康で豊かに暮らし、クリーンなエネルギーが社会を支える世界だ。限られた富を奪い合うという発想からも解放される。その実現に大きな役割を果たすのが、ユーレカ・マシンだという。
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