AI競争の主戦場が移った Palantirの得意領域に各社が参入
モデルの性能差が縮まり、競争の焦点は「どのモデルを使うか」から「モデルをどう業務に接続するか」へ移った。いま各社が争っているのは、開発者がAIを扱いやすくするための道具立て、いわゆるハーネスである。だがこれも早晩、横並びになるという意見がある。モデルを使いやすくするだけでは、AIを実際の業務で動かすことはできない。企業のデータや業務手順につなぎ、誰が何をしてよいかという権限まで管理する必要があるからだ。その役割を担うのが、コントロールプレーンと呼ばれるもう一段上の層である。この層の主導権を勝ち取った企業が、法人向けAI市場の勝者になるという見方が業界で広がり、この領域への参入が相次いでいる。
ところが、である。この層を20年も前から顧客企業に提供してきた会社がある。データ分析ソフトの米Palantir Technologies社だ。もちろん、20年前にAIを統御していたわけではない。当時この層が管理していたのは人間の作業者だった。同社はそれを業務の地図とでも呼べるものに描き上げ、その上で組織を動かしてきた。いま同じ地図の上を、AIエージェントが動き始めている。土台を作り直す必要がなかった。競争の場が、同社がすでに立っている場所に移ってきたのである。
Palantirの強さはどこにあるのか
2026年8月3日に発表された同社の第2四半期決算は、ソフトウェア企業の常識を外れていた。売上高は前年同期比93%増の19億3500万ドル、GAAP営業利益は9億1200万ドルで営業利益率47%、調整後営業利益は11億9400万ドルで62%。成長率と利益率を足したRule of 40は155%に達した。米国商用部門は149%増である。
共同創業者でCEOのAlexander Karp氏が決算発表で語ったことは、三つに整理できる。第一に、AI主権への需要が解き放たれた、と述べた。AIを動かす場所も、データを置く場所も、自分の手元で決めるべきだという判断が、企業経営者の間に一気に広がったという意味である。第二に、トークンを実際の経済価値に転換できると実証した企業は自社だけだ、と述べた。AIモデル各社がトークンをどれだけ消費させたかを競うのに対し、自社はそれが実際の業務でいくらの価値を生んだかで語れる、という主張になる。第三に、顧客は自らの業務とデータと意思決定に対する最大限の統御を得るために我々を信頼している、と述べた。コントロールプレーンの預け先として選ばれている、と言っていることになる。
そのコントロールプレーンの中核にあるのが、Palantirがオントロジーと呼ぶ仕組みである。企業が実際にどう動いているかを写し取ったもので、対象物とその属性だけでなく、実行できる行為、権限、関係性のすべてが含まれる。表計算では、注文番号も顧客名も工場名も、意味を持たない文字列として別々の列に並んでいるにすぎない。どの列が何を指し、それらが互いにどうつながっているのかを、あらかじめ書き出しておく。すると、この工場が止まればどの注文が遅れ、どの顧客に影響が出るかまでが、一枚につながる。
書き出すのは関係だけではない。それぞれに対して何ができるか、そしてそれを誰がやってよいかも、同じ場所に書き込む。エージェントが発注をかけ、支払いを止める時代になると、企業が問われるのはモデルの賢さではない。どのデータに基づいたのか、誰がその権限を与えたのか、取り消せるのか。この三つが別々の場所に散っていれば、突き合わせは人間の作業として残る。同じ場所にあれば、誰が何をしたかは自動的に残り、後から検証できる。この仕組みは、人間の作業者を管理するために作られた。誰が何を見てよく、何を実行してよいかを定めておく必要があったからだ。その条件が、AIエージェントに求められるものとそのまま重なったのだ。
三方向からコントロールプレーンを狙う
2026年に入り、コントロールプレーンをめぐる動きが一斉に始まった。攻め方は三つに分かれる。どこから手を伸ばすかの違いである。
第一が、データの集まる場所から攻める陣営だ。データ基盤の米Snowflake社は1月8日、システム監視の米Observe社を約10億ドルで買収すると発表した。同社史上最大の買収であり、クラウドのデータウェアハウスから本番AIのコントロールプレーンへの転換を明確にしたものだった。6月の自社年次イベントではエージェント型企業という構想を掲げ、CoWorkとCoCoを核とするエージェント型コントロールプレーンを打ち出した。すべてのエージェントに暗号技術による身元を与え、エージェントごとに権限を設定し、完全な監査記録を残す仕組みも正式提供に入っている。Palantirが押さえてきた領域に、正面から入り込んできた形である。
競合の米Databricks社も、同じ場所から攻めている。6月16日、業務の文脈を自動で学習し続けるGenie Ontologyを発表した。共同創業者でCEOのAli Ghodsi氏は、財務責任者に対してなぜ利益率が変わったのかをAIが説明できないなら、それはAIの能力の問題ではなく、業務の文脈を知らないことによる問題だ、と述べた。優れたモデルを導入するだけでは業務は動かず、コントロールプレーンが要る、という主張にほかならない。オントロジーという名称は、Palantirが自社の中核機能を指して使ってきた言葉である。同じ名前を掲げて同じ場所を取りに行く、Palantirへの挑戦状といえる。
第二が、業務システムのある場所から攻めるクラウド陣営だ。AWSは6月30日、10億ドルを投じ、技術者を顧客企業に常駐させる組織を立ち上げると発表した。顧客企業に常駐するこうした技術者はフォワード・デプロイド・エンジニア、略してFDEと呼ばれる。Palantirが10年以上前に始めた取り組みだ。7月2日には米Microsoft社が25億ドルと6000人規模のFrontier Companyを立ち上げ、商用部門責任者のJudson Althoff氏は、従来フォワード・デプロイド・エンジニアリングと呼ばれてきたものを超えるものだ、と述べている。
ただし、受け継いだのは名称と、人を現場に送り込むという形だけである。中身は違う。AWSのFDEチームは顧客のAWS環境の中に、Palantirのオントロジーに当たる層を設け、社内のデータ源に接続したうえで、AIに業務の地図を描かせる。報酬は働いた時間ではなく、顧客の事業にどれだけの成果が出たかで決まる。1顧客あたり5、6人が45日周期で入り、要件定義から実装、試験までをエージェントに走らせ、人間の技術者は検証と方向づけに回る。人が数カ月かけて描いていたものを、AIに数日で描かせる仕組みだ。
第三が、知能のある場所から攻めるモデル陣営である。米Anthropic社は5月4日、投資会社の米Blackstone社と米Hellman & Friedman社、金融の米Goldman Sachs社を創業パートナーとする企業向けサービス会社を設立した。評価額は15億ドルで、社内に人材を抱えられない中堅企業を対象とする。BlackstoneのJon Gray氏は、最先端のAIを速く実装できる技術者の不足こそ、企業のAI導入における最大の障壁のひとつだと述べた。米OpenAI社も5月11日、19の投資家から40億ドル超を集めてThe Deployment Companyを設立し、実装専門の技術者150人を抱えるAIコンサルティングの英Tomoro社を買収した。優れたモデルを持ちながら顧客の業務を知らないという弱点を、外部資本を巻き込んだ実装部隊で埋めにきた形になる。
争いの外にいるNVIDIA
半導体の米NVIDIA社は、この三陣営のどこにも属さない。コントロールプレーンそのものの主導権争いには加わらず、それを作る各社に部品と計算基盤を売る立場にいる。6月1日のGTC Taipeiで発表されたのは、エージェントを構築するための部品群だった。CEOのJensen Huang氏は、ソフト大手がそれぞれ自社のAIエージェントを企業向けシステムに組み込もうとする一方、NVIDIAはNemoClawを通じて、誰でも使えるオープンなエージェント基盤を提供すると述べている。コントロールプレーンの主導権争いで誰が勝っても、その下ではNVIDIAの半導体と計算基盤が使われるからだ。
日本でのNVIDIAの動きは、こうした同社の戦略をよく表している。NVIDIAは7月15日、日立製作所、NTT、ENEOSホールディングス、avatarinなどが、同社の開放モデルNemotronを使って業界特化のAIを構築していると発表した。来日したHuang氏は自動車、金融、医療、社会インフラの各分野で日本企業が自社専用のAI基盤を構築すると語り、次の産業革命はメイド・イン・ジャパンになる、と述べた。自社専用という部分が重要である。コントロールプレーンを利用する企業の側には、海外勢に業務の地図を預けず、自社専用の基盤を構築するという選択肢もあるわけだ。
勝負を決める三つの条件
では、コントロールプレーン争奪戦の勝敗を分けるものは何か。第一は、企業の業務をどこまで深く理解できるかだ。データを集めるだけでは足りない。顧客、注文、工場といった情報がどうつながり、誰が何を判断し、どこまで実行してよいのかまで把握する必要がある。Palantirはこれをオントロジーとして20年かけて蓄積してきた。一方、SnowflakeやDatabricksは、すでに企業データが集まっている場所から業務の文脈を取り込もうとしている。どこまで正確な「業務の地図」を作れるかが一つ目の勝負になる。
第二は、その地図の上でどこまで広く業務を動かせるかだ。AIが業務を理解しても、実際に発注したり、支払いを止めたり、別のシステムを動かしたりできなければ、企業の仕事は変わらない。そのためには、データだけでなく、権限や業務システムまでつなぐ必要がある。AWSやMicrosoftが業務システムのある場所から参入しているのは、この点で強みを持つからだ。どれだけ多くの業務を一つの基盤から動かせるかが二つ目の勝負になる。
第三は、それをどこまで速く、多くの企業に導入できるかだ。どれだけ優れたコントロールプレーンでも、顧客ごとに技術者が数カ月かけて業務を調べなければ作れないのであれば、普及には限界がある。AWSは要件定義から実装、試験までにAIエージェントを使い、人間の技術者を検証と方向づけに回す。AnthropicやOpenAIも、モデルを提供するだけでなく、企業への実装を担う部隊を作り始めた。業務の地図を作る作業そのものをAIで短縮できるかが、三つ目の勝負になる。
各社の出発点は違う。Palantirは業務理解、SnowflakeとDatabricksはデータ、AWSとMicrosoftは業務システム、AnthropicとOpenAIはAIモデルからこの市場に入ってきた。しかし最終的には、企業を深く理解し、広い範囲の業務を動かし、それを短期間で導入できるかという同じ三つの条件を満たす必要があるのだ。