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「AIの知能を借りるだけでは競争力にならない」Sequoiaが説く企業の“ソブリンAI”戦略

「AIの知能を借りるだけでは競争力にならない」Sequoiaが説く企業の“ソブリンAI”戦略

米ベンチャーキャピタル大手Sequoia Capitalのパートナー、Sonya Huang氏は、同社が公開した講演「How Companies Are Building Their Own Intelligence」で、企業が外部のAIモデルを利用するだけでなく、自社固有の「知能」を所有する動きが広がっていると指摘した。

Huang氏は、これを「ソブリンAI」と呼ぶ。企業が外部サービスに全面依存せず、必要な部分についてはモデルの重みまで管理し、自社データを使って継続的に性能を向上させる考え方だ。

ただし、OpenAIやAnthropicなどのクローズドモデルから離れるべきだと主張しているわけではない。コーディングエージェントやデスクトップ業務、最先端の汎用推論などでは、クローズドモデルのAPIは依然として有力な選択肢だ。一方、製品の中核となる特定機能については、オープンウェイトモデルを基盤に自社で事後学習を行い、独自のAI能力を構築する企業が増えているという。

コスト、速度、性能、独立性が自社モデルを促す

企業がAIモデルを所有しようとする理由として、Huang氏はコスト、速度、性能、自社の将来をコントロールする能力の4点を挙げた。

第一はコストだ。AI製品は利用が増えるほどモデルAPIへの支払いが増加する。製品が成功するほどAI関連の売上原価が膨らみ、粗利益を圧迫する場合がある。特に利益率が低い企業にとって、自社モデルの運用は「あればよいもの」ではなく、事業を成立させるための必須条件になる可能性がある。

第二は速度である。コーディングやサイバーセキュリティなど、一瞬の遅延が製品価値に影響する領域では、大型の汎用モデルより、小型の専用モデルが優位になる場合がある。モデルを蒸留し、用途を限定して最適化すれば、必要な性能を維持しながら高速化できる。

第三は性能だ。従来、オープンウェイトモデルは、最先端のクローズドモデルより性能が低い代わりに、自由に運用・調整できる選択肢と見られることが多かった。しかし現在は、特定領域において、オープンウェイトモデルを独自データで調整することで、汎用的なクローズドモデルを上回る可能性が出てきたという。

第四は、特定のAI事業者に依存せず、自社の将来をコントロールすることだ。Huang氏は、OpenAIやAnthropicが多くの企業にとって良好なパートナーであると評価しつつ、企業が独立して立てる基盤を求め始めていると説明した。

競争の焦点がアプリから「知能そのもの」へ

これまでAI業界では、基盤モデル企業とアプリケーション企業が、ユーザーとの接点をどちらが握るかを競ってきた。基盤モデル企業はモデル側からアプリへ進出し、アプリ企業は顧客や製品側からAI機能を深めてきた。

Huang氏によると、現在の競争はUIや販売網、アプリケーションの「ラッピング」にとどまらない。どの企業が製品内部の知能を所有し、独自に改善できるかという「知能レイヤー」の争いへ移行しつつあるという。

同氏は、Harvey、Factory、Glean、OpenEvidence、Semgrepなどのアプリケーション企業を例に挙げ、こうした企業が、評価手法やベンチマーク、ハーネスの設計、モデルの調整技術などで応用研究を進めていると指摘。「アプリケーション企業が新たなAIラボになっている」と述べた。

所有か利用か、AI機能ごとに判断

企業がソブリンAIへ進む際の第一段階は、自社で所有するAI能力と、外部から借りる能力を分けることだ。ソブリンAIは「0%か100%か」という二者択一ではない。

判断基準は、コスト、速度・遅延、性能、独自データの4項目となる。AIの利用料金が売上原価に大きく影響するか、速度が最優先要件か、自社データによる調整で性能向上が見込めるか、学習に使うデータが競争優位の源泉かを、機能単位で検討する。

例えばコーディングAIでも、エージェントと入力補完では判断が異なる。複雑な作業を実行するコーディングエージェントでは、導入直後から高い推論性能を得られるクローズドモデルが多く使われている。多少の遅延も致命的ではない。

一方、キー入力のたびに実行されるコード補完では、速度が製品体験を左右する。呼び出し回数が多いため、API料金も積み上がる。このため、コード補完では専用の自社モデルを採用する例が多いという。

サイバーセキュリティ分野では速度や専門性能、独自方式で事後学習できることが所有の動機になる。バイオ分野では、企業固有のデータ自体が大きな価値を持つため、自社モデルへ移行する理由が強くなる。

既存のAI基盤チームに「兼務」させない

第二段階はチームの構築だ。AIラボの責任者については、基礎研究に強い研究者型と、製品への実装に強いエンジニア型の双方が考えられる。企業が必要とする研究が基礎寄りか応用寄りかによって、適切な人材像は異なる。

組織設計では、既存のAIプラットフォームチームにソブリンAI開発を追加業務として押し込むべきではないと言う。

一般的なAIプラットフォームチームは、複数の製品部門に共通基盤や社内サービスを提供する。安定運用、標準化、再利用などが主な役割となる。これに対して自社の知能を作るチームには、最先端の技術を探索し、試行錯誤しながら研究成果を生み出す役割が求められる。

Huang氏は、各部門からの依頼に対応するだけでなく、「守りではなく攻め」に回れる組織が必要だと説明した。最初から大規模な組織を作る必要はなく、少人数の専任チームをゼロから設置し、自社ラボとして位置づけることを推奨した。法律AIを手掛けるHarveyでは、7人のチームが多くの研究を発表しているという。

研究成果を外部から見える状態に

第三段階は「Legibility」、すなわち自社の技術力を外部から認識できる状態にすることだ。

企業顧客は現在、将来のAI活用を託すベンダーを選ぼうとしている。各社が似たようなAIの説明をする中で、顧客は、どの企業が本当に高度な技術力を持ち、継続的に製品を改善できるかを見極める必要がある。

このため企業は、社内で優れた研究を行うだけでなく、その成果を外部から検証できる形で公開する必要があるという。Huang氏は、質の高い技術マーケティング、独立したブランドを持つ研究部門、技術的・編集的な水準の高い研究発表などを例に挙げた。

CEOの責任は実質的な成果を出すことだけではなく、自社が何を構築しているかについて、市場からの見え方を形成することにもあるという。

評価から始め、必要に応じてモデルを学習

第四段階は技術ロードマップの策定だ。最初に戦略を決めた後、Huang氏が特に重要だとしたのがEvalsと呼ばれる評価基準の整備である。

Evalsは、自社AIが実際の業務でどれだけ正しく機能しているかを測るテスト群だ。地味で手間のかかる作業だが、事前に十分な評価基盤を整えるほど、その後のモデル選択やハーネス改善、事後学習の効果を正確に判断できる。

企業は次に、タスクに応じて複数のモデルを使い分けるモデルルーターや、モデルの動作を制御するハーネスを試す。既製モデルとハーネスの改善だけで必要な性能が得られる企業もある。

それでも性能が不足する場合は、オープンウェイトモデルを自社データで事後学習する。さらに限られたケースでは、中間学習や事前学習まで進む。最終的には、顧客とのやり取りから得られるデータを評価・学習に利用し、AIが継続的に改善するフィードバックループを構築する。

「本番」と「開発」の二つのスタック

Huang氏は、企業のAI基盤を「Production stack」と「Development stack」に分けた。

Production stackは、ユーザーが目にする回答を生成する仕組みだ。基盤モデルの上にハーネスを置き、プロンプト、ツール、検索、コンテキスト、メモリ、モデルルーティングなどを組み合わせる。

Development stackは、その知能を改善するための仕組みである。Evals、本番環境での性能監視、事後学習用データ、合成データ、専門家の作業軌跡、強化学習環境、オンライン学習などが含まれる。

クローズドモデルのAPIは構成が単純で、導入直後から高い性能を得られる。Huang氏はこれを「高い床」と表現した。一方、自社の本番データを使ってモデルの重みそのものを改善する自由度は小さく、性能の上限という意味では「低い天井」になるとした。

オープンウェイトモデルを所有すれば、専門領域でより高い性能を追求できる。ただし、ベースモデルの選択、事後学習、推論基盤、ハーネス、ツール、コンテキスト、評価、監視までを自社で構築しなければならない。Huang氏は、単純なAPI呼び出しの背後に隠れていた複雑性が一気に現れることを「パンドラの箱を開けるようなもの」と表現した。

コンテキストの設計も性能を左右する。講演では、ベクトルデータベース、企業内ナレッジグラフ、MCPによる外部システムとの接続、記憶をモデルの重みに符号化する研究などが紹介された。

自社AIを所有することは、モデルファイルを保有することだけを意味しない。モデル、データ、ハーネス、コンテキスト、評価、学習ループを一体として運営し、顧客による利用を自社固有の知能へ変換することを意味する。

Huang氏は、オープンウェイトモデルの性能向上により、企業が独自データによる事後学習、ハーネスの設計、オンライン学習を組み合わせ、自社領域で最先端の汎用モデルを上回る可能性が出てきたと説明した。AI製品を巡る競争は、誰が最も優れた外部モデルを利用できるかだけでなく、誰が利用データを継続的な性能向上へ変え、自社固有の知能として蓄積できるかを競う段階へ入りつつある。