AMD、Fei-Fei Li氏のWorld Labsを82億ドルで買収 「世界モデル」から次世代半導体を設計
米半導体大手AMDは9月28日、世界モデルを開発する米World Labsを約82億ドル(約1.2兆円)の株式交換で買収すると発表した。
買収でAMDが手に入れるのは、世界モデルの技術だけではない。World Labs共同創業者兼CEOで、コンピュータービジョン研究の第一人者であるFei-Fei Li氏がAMDの執行副社長兼チーフサイエンティストに就任し、Lisa Su CEO直属となる。
半導体メーカーが、次世代AIの有力研究者と研究組織を丸ごと社内に取り込む大型買収となる。
「言葉」ではなく「世界」を理解するAI
World Labsは2024年、スタンフォード大学教授のFei-Fei Li氏らが創業した。Li氏は、大規模画像データセット「ImageNet」を主導し、現在の画像認識AIの発展に大きな役割を果たした研究者として知られる。
World Labsが開発しているのが「空間知能(Spatial Intelligence)」を持つ世界モデルだ。
現在の大規模言語モデルが大量の文章から言葉の関係を学ぶのに対し、世界モデルは三次元空間や物体の動きなどを学習し、現実世界を理解・予測することを目指す。
同社のモデルは、文章、画像、動画などからインタラクティブな3D環境を生成、再構築、シミュレーションできる。最初の製品「Marble」では、文章や画像、動画などから持続的な3D世界を生成できる。
用途は映像制作やゲームだけではない。ロボットが現実世界で動くには、物体がどこにあり、どう動き、自分が行動すると何が起きるのかを理解する必要がある。World Labsは2026年7月にはロボティクス企業SceniXも買収し、世界モデルをロボット学習やシミュレーションへ広げていた。
AMDが欲しいのは「次のAIが必要とする半導体」の知識
今回の買収で注目されるのは、AMDがWorld Labsを単なるAI事業として扱っていないことだ。
Lisa Su氏は発表で、「次世代AI向けのコンピューティング基盤を構築するには、モデルがどのように進化しているのかを深く理解する必要がある」と説明した。
AMDによれば、推論、ロボティクス、シミュレーション、フィジカルAIへAIの用途が広がれば、コンピューティング基盤に求められる性能も多様化する。World Labsの研究チームを社内に置くことで、AIの計算処理が今後どう変わるのかを早い段階で把握し、それを半導体、ソフトウェア、システムの設計に反映する考えだ。
つまりAMDは、「現在のAIモデルを速く動かす半導体」を作るだけでなく、「次世代AIが何を必要とするのか」をモデル開発側から把握し、その要求から半導体を設計しようとしている。
両社は買収以前から接近していた。
Li氏によると、World Labsは昨年からAMDと技術提携し、AMD製GPUを使ったモデル学習や推論の最適化を進めてきた。
「チーム同士が協力するうちに、ソフトウェアとハードウェア、基盤モデル、アプリケーションからなるAIエコシステムを一つにすることが自然だと分かった」とLi氏は説明している。
82億ドルを投じてNVIDIAを追う
買収額の大きさも目を引く。
World Labsは2024年にステルス状態から姿を現した際に2億3000万ドルを調達。その後、2026年にはAMDやNVIDIAなどが参加するラウンドで10億ドルを調達した。
報道によると、直近の資金調達後の評価額は約54億ドルだった。AMDはそこからさらに高い約82億ドルを投じて会社全体を取得する。取引は全額株式で、規制当局の承認などを経て2026年末までの完了を予定している。
背景には、AI半導体最大手の米NVIDIAとの競争がある。
NVIDIAはGPUだけを販売する企業ではなく、CUDAを中心とするソフトウェア基盤を構築し、さらにロボティクスやフィジカルAI向けでは、仮想空間でロボットなどを訓練するシミュレーション技術や世界モデル「Cosmos」まで展開している。
AMDにとってWorld Labsの買収は、この競争をGPU単体の性能比較から、モデル、ソフトウェア、シミュレーション、半導体までを一体化した競争へ広げる意味を持つ。
ロイター通信は、World Labsの技術によってAMDが半導体とソフトウェアを組み合わせ、NVIDIAのOmniverseに近い戦略を取れる可能性を指摘している。
World Labs側にもAMD傘下に入る理由がある。
同社は買収発表で、研究を加速するには「規模を拡大し、到達範囲を広げ、ハードウェアにもっと近づく必要がある」と説明した。Li氏も「次世代AI技術を前進させるには、モデル研究、システム、コンピューティングの緊密な連携が必要だ」と述べている。
生成AIの主戦場が言語モデルからロボットやフィジカルAIへ広がれば、半導体に要求される計算処理も変わる。
AMDは82億ドルを投じて、その未来を外から予測するのではなく、次世代AIを作る研究者を社内に抱え、その研究から次の半導体を設計する道を選んだわけだ。