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「数学の次は生物学」 AIが5,000疾患の治療候補を3年で発見するのか

「数学の次は生物学」 AIが5,000疾患の治療候補を3年で発見するのか

「生物学でも、数学と同じくらい、もしかするとそれ以上に、多くの難問が一気に解かれるようになる」。米AI研究企業Reifiedの創業者、Alexander Wissner-Gross氏は、10月15日公開のポッドキャスト「Moonshots with Peter Diamandis」で、AIによる生命科学研究の将来をこう予測した。同氏は、主要な5,000の疾患について、AIが治療候補をコンピューター上で提案できるようになるのは「最大でも今後2〜3年」と語った。

背景には、10月6日に米OpenAIが公表した数学研究の成果がある。同社は未公開のAIモデルに約4,000件の研究課題を与え、数論や幾何など幅広い分野で300件を超える成果を論文草稿として公開した。人間の数学者が長年解けなかった問題への証明案も含まれる。成果1件あたりの計算量は、平均でChatGPT Proを約3時間使った場合に相当するという。証明の正しさを専門家が検証している段階のものもあるが、Wissner-Gross氏は、この大量の成果に生物学の将来を重ねている。

その鍵として注目されているのが「仮想細胞」だ。現実の細胞の働きをAIで再現し、薬や遺伝子操作によって何が起きるかを予測する技術である。米非営利生命科学研究機関Biohubは10月7日、米国政府やGoogle DeepMind、Metaなどが参加する総額18億ドル規模の研究協力を発表した。

薬を使う前に、細胞の反応をAIで予測

新しい薬の効果を確かめるには、細胞や動物を使う実験などを積み重ねる必要がある。仮想細胞が目指すのは、薬を投与したり、遺伝子の働きを変えたりしたときの細胞の反応を、まずコンピューター上で調べられるようにすることだ。十分な精度で予測できれば、膨大な組み合わせの中から有望な治療候補を絞り込み、実験の効率を高められる。

その実現を難しくしているのが学習データの不足だ。文章を大量に学習する言語AIと違い、生物学では、細胞内の分子の状態や、薬などによる変化を記録したデータが十分にそろっていない。Biohubは高度な顕微鏡や細胞の測定技術を開発し、さまざまな種類の細胞が刺激にどう反応するかを大量に記録する。データを研究機関の間で共通の形式にそろえ、広く利用できるようにすることも目標だ。

研究協力には、Biohubによる5年間で5億ドルの拠出のほか、米エネルギー省による5年間で5億ドル超の投資、米国立衛生研究所(NIH)が過去の公的投資で整備した研究データの提供などが含まれる。Google DeepMind、英AI創薬企業Isomorphic Labs、Metaの3社は合計3億ドルを投じる。18億ドルは新たに投じる現金だけを合計した額ではない。

大量のデータを学べば、生命の仕組みも理解できるのか

Wissner-Gross氏が仮想細胞の実現を楽観視するのは、現在の言語AIの進歩を生物学にも当てはめて考えているからだ。同氏は、10〜20年前には言葉の理解や人間の認知能力はAIには複雑すぎると考えられていたが、大量の文章と計算資源から予想を超える能力が生まれたと指摘した。

「同じことが生物学でも起こると思う。細胞生物学、分子生物学、個体レベルの生物学、進化生物学でもだ」。同氏は、Biohubなどが集める大規模なデータをAIに学習させれば、生命の働きを理解する能力が育つと考えている。

もちろん、生物学は数学やプログラミングとは違う。細胞の中では多数の分子が相互作用し、薬への反応も細胞の種類や状態によって変わる。生物学は複雑すぎて、数学と同じようには解けないという意見について、同氏は「それは間違いだ」と反論した。「生物学の方が、おそらく必要なデータが多く、扱う情報も複雑だというだけだ」という。

仮想細胞から仮想人体へ 病気から健康への道筋を探す

Wissner-Gross氏が描くのは、細胞一つを再現する段階にとどまらない。「仮想細胞から仮想組織、仮想臓器、そして生物全体へと、モデルを拡張する激しい開発競争が起こると思う」。個々の細胞だけでなく、臓器同士の関係や人体全体の働きまで再現できれば、治療の選択肢を比較する範囲も広がるという構想だ。

同氏は、病気の状態から健康な状態に戻すための治療法を探す作業を、Google Mapsの経路検索に例える。患者の症状やタンパク質の状態などをデータで表し、どの薬をどの順番で使えば望ましい状態に近づくかをAIに探索させるという発想である。囲碁AI「AlphaGo」が人間の予想しなかった一手を見つけたように、医療でも従来考えられなかった治療の組み合わせが見つかる可能性があると同氏はみる。

そして、十分な能力を持つモデルが完成すれば、多数の疾患の治療候補を「一夜にして」提案できると予測する。一方、候補が見つかることと、患者に投与して効果や安全性が確認されることは別だ。実際の臨床試験を行うのか、コンピューター上の試験を米食品医薬品局(FDA)がどこまで認めるのかについて、同氏は「そこから先は政策の問題だ」と述べ、米国の政権やFDAの指導者によって対応が変わるとの見方を示した。

著者
湯川鶴章

AI新聞 編集長

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『生成AIで心が折れた』(2025年)、『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。