弁護士なしの訴訟が米で急増
「弁護士は度を越して根拠のない訴訟を起こせば、処分を受けたり評判を落としたりする。だが弁護士でない人は、そうしたことをあまり気にしない」。ホワイトハウスのAI政策顧問を経て、米OpenAIで政策チーム「Strategic Futures」を率いるDean W. Ball氏が18日、Xにこう投稿した。AIの助けを借りれば、根拠の薄い訴えでも弁護士なしで起こせると考える人が増えるのではないか、という懸念だ。米国のデータを見ると、弁護士なしの訴訟はすでに急増している。
本人訴訟がほぼ倍増、訴状の5件に1件にAIの文章
米マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者Anand Shah氏と米南カリフォルニア大学博士課程のJoshua Levy氏が2026年3月に公開した論文(査読前)によると、弁護士を立てずに自分で起こす「本人訴訟」は、受刑者によるものを除くと2005〜2022年度に年平均2万3,210件だったが、2025年度は4万1,490件に達した。連邦民事訴訟に占める割合も、長年11%前後で安定していたのが16.8%に上がった。無作為に選んだ訴状を調べると、AIが書いた文章を含むものは2023年の1%から、2026年初めには18%に増えていた。
増えたのは雇用差別や住宅の差し押さえ、借金や信用情報をめぐる争いなど、書式が定型化しやすい分野だ。特許や証券のように専門知識が欠かせない分野では、ほとんど増えていない。
New York Timesはミネソタ州の事例を伝えている。69歳の男性が元妻やその弁護士、州の判事を訴えた手書きの訴状は、1カ月足らずで退けられた。3カ月後、男性はChatGPTとClaudeを使って訴状を出し直し、さらに50件の書面を提出した。同州の連邦地裁のPatrick Schiltz首席判事(当時)は「何百ページもの書類を裁判所に投げ込み、訴えを裏づける事実や主張を裁判所に探させることはできない」として再び訴えを退け、今後の書面は予告なく廃棄すると命じた。同地裁で本人訴訟を審査する担当者によると、2025年3月ごろから受刑者以外の本人訴訟が約5割増えたという。
訴えられる側の費用は10倍に
負担は訴えられる側にも及ぶ。米テック系メディアFuturismの取材に応じた弁護士によると、従来なら約2,000ドルで片付いた紛争が、相手がAIで申し立てを繰り返したために2万ドルを超えた。5,000ドル程度のはずが7万ドルを超えた例もある。フロリダ州では、数百ドルの管理組合費の滞納をめぐって夫婦が起こした本人訴訟が、AIで書面を量産するうちに、管理組合と弁護士が組織ぐるみで住民をだましていると訴えるまでに膨らんだ。ある弁護士は、以前ならこうした原告も弁護士費用を払わなければ訴訟を続けられなかったが、今はそうではないと話す。
企業も無縁ではない。米訴訟データ分析会社Lex Machinaによると、連邦の雇用訴訟に占める本人訴訟の割合は、2021年の10%未満から2025年には16%超に上がった。
素人の原告に処分は効くか
AIが作った架空の判例などが裁判所に提出された事例を集めたデータベースでは、2026年8月末時点の1,981件のうち、本人訴訟の当事者によるものが1,136件と、弁護士の793件を上回る。AIの出力を確かめずに出してしまうのも、弁護士より素人の方が多い。
本人訴訟の当事者も処分と無縁ではない。根拠のない訴えには制裁金が科されることがあり、訴訟を繰り返す原告に、新たに訴える前に裁判所の許可を得るよう義務づけた例もある。ただ、企業側の代理人を務める米法律事務所Davis Wright Tremaineは、原告に支払い能力がなければ費用の負担命令も回収できない場合があると認めている。そうなれば、防御費用は訴えられた側が自腹で払うしかない。
悪い訴訟が増えたのか
もっとも、AIが本人訴訟を増やしたという因果関係はまだ証明されていない。Shah氏ら自身、データの推移を示しただけで因果関係までは証明していないと認めている。米ジョージタウン大学法科大学院の技術研究所は、増加はChatGPT公開前の2021年から始まっていたと反論する。
訴えの中身が悪くなったとも言い切れない。判事に棄却される本人訴訟の割合はAI以前の約60%に対し以降は63%、本人側が勝つ割合は以前も今も1%未満で、結末の比率はほとんど変わっていない。根拠の薄い訴えの割合が増えたのではなく、同じ比率のまま件数が倍になった。
誰がつけを払うのか
AIは弁護士を雇えない人に、裁判所への道を開いた。だが、書面を読み、反論を書く側の手間は少しも減っていない。訴えの質が同じでも、数が倍になれば、その負担はそのまま訴えられる側と裁判所にのしかかる。下がったのは訴える側のコストだけだ。訴えられる側に回ったそのつけを誰が払うのか、まだ答えは出ていない。